3話 楽しい過去は、すでにない
いつものように目が覚める。
窓から朝日が差し込み、俺は目を細めた。
「もう朝かぁ……」
俺はゆっくりとベットから起き上がる。
まだ寝たいな……。
でも、早く着替えないとメナに怒られる……。
そんなことを考えると、だんだん脳が覚醒していき体が勝手に素早く動いた。
ベッドのすぐ隣に置いてある棚から服を取り出し、急いで寝巻きから着替える。
ここはパーティーメンバーが住むシェアハウスだ。
この家には俺を含めて7人住んでいる。
同じ家に共に住むことで、情報共有が楽になり色々便利なことが多い。
当然ながら不便なこともあるが……。
て、そんなこと考えてる場合じゃない。
急いでズボンを取り出して足を通す。
よし、準備完了。
早く行かないと!
俺は走ってドアまで移動し、勢いよく開ける。
「おぉ! びっくりした!」
「こっちもだよ!」
扉を開けた先には、俺と同じように急いで移動するオラルとばったりあった。
どうやら驚かせてしまったらしい。
「あれ? リリスは?」
「もうとっくに起きたよ」
リリスというのは、オラルの双子の妹だ。
性別は違えど、性格はそっくりそのままなのだ。
「ていうか、これからドア開けるときはゆっくりと――」
「はよ、行け!」
「痛ってぇ!」
オラルは背後から強烈な蹴りを入れられて、前に派手にこける。
「朝から元気だな」
朝から仲間に蹴りを繰り出すのは、女性の中でも小型の体だがそこからは想像することが出来ないほど強烈な攻撃を繰り出すクレナだ。
クレナは近接戦を得意とする。
「悪く言うと?」
地面に大の字になりながら顔だけ後ろを向かせて、オラルはニヤリと笑って俺に問う。
「うるさい」
「私がうるさいのはこいつのせいや!」
「うぎゃっ!」
クレナはその場から高くジャンプし、地面に倒れる背中を力強く踏みつけてそのまま走って階段を降りていった。
「う……ぅ……」
「オラルも早く来いよ」
オラルを跨いで、階段を降りながら声をかけた。
「絶対仕返ししてやる……」
何か聞こえてしまったが、やっぱり聞かなかったことにしよう。
階段を降りれば、もうすでに朝食は出来上がっていた。
いつも朝食を作っているのは、このパーティーの副リーダーであるメナが作っている。
メナが作る料理は料理人が作ったのか、と言いたくなるほどうまい。
「やっと起きて来ましたわね」
メナの鋭い視線が俺に突き刺さる。
「僕たちでさえ早起きをして手伝っているのに」
いつもは手伝わないくせに、何故か今日だけ手伝っているのは、このパーティーで魔法攻撃を得意とするイオルだ。
「そうだそうだ。ていうかオラルの奴はまだ寝てんのか?」
「オラルは私がのしといた」
「ああ、なるほど」
クレナの話に何故か納得し、茶色の前髪を揺らしながらフリュズは頷いた。
フリュズは遠距離攻撃を得意とし、魔法で強化した弓で攻撃をする。
「花に水やっといたよ」
扉を開けて家の中に入ってきたのは、オラルの双子のリリスだ。
「ありがとう、リリス」
「どういたしまして」
「それでは皆んな揃ったことだし、朝ごはんを食べましょうか」
その言葉に部屋は歓喜の声で溢れる。
だが、この部屋にオラルはまだ居ない。
「ひっでぇ〜。俺が来てないのに食べてるのかよ」
「あら。全然気付きませんでしたわ」
「本当にひでぇ」
オラルはぶつぶつ聞こえない声で何か言いながら、俺の隣まで来て席に座った。
「それでルドス様。今日の依頼は何ですの?」
そのメナの声に、皆の視線は俺に集まった。
俺たちはいつもこうして、受けた依頼の確認を行なっている。
急いで口の中に入っているパンを飲み込み、昨日ポケットに入れておいた依頼の紙を取り出した。
ちょっとだけくしゃくしゃになってしまったが。
「これは今日の依頼だ」
そう言いながら、俺は紙を机の上に置く。
「ふーん。結構やばいね」
「こんなのいけるん?」
「どうだろうなぁ」
メナ達は紙を上から覗き込みながら、少し悩むような表情を見せた。
「水神竜の討伐……」
「そう。これが今回の依頼だ」
水神竜は、近くにある巨大な湖に生息する魔物で長い間人々を悩ませて来た。
あまりにも巨大な湖に為、水上を移動するよりも迂回する方が2倍ほど時間がかかり、その分食糧やら様々な問題が発生する。
その問題が解決できればいいのだが、出来ないものは船を借りて水上を移動する。
運良く水神竜に出逢わなければ良いのだが、遭遇してしまえば命を落とすこと間違いなし。
その為、何百人という死者を出している。
「こいつってさ、国が騎士を派遣して討伐しようとしたけど返り討ちにあったんだろ? 俺たちだけでやれるのか?」
「どうせ騎士が弱かったんやろ? 私たちならいけるて」
俺も当然、無理な依頼は受けない。
俺たちがやれば、よっぽど騎士達よりも勝算はある。
「よし、朝食が済んだらすぐに出発だ」
「いいえ。今すぐ出発ですわよ」
「え?」
机を見渡すと、すでに皿の上から朝食は消えていた。
もう食べてしまったらしい。
「なら今から出発だな。すぐに準備しろよ」
俺の掛け声に、元気な声が返ってくる。
オラルを除いて。
「まだ俺、食べてるんだけど……」
どこまでも緑が広がり、人の吐息のような風で所々生えている長い植物がリズムに乗っているかのように左右に揺れる。
標高がどのくらいの高さなのか分からないほど、大きな山に囲まれその湖は存在する。
こんな場所に凶暴な魔物が出るのかと疑ってしまう程いい場所だ。
この場所が俺たちの国の領地で、本当に良かったと思う。
今すぐに引っ越したいぐらいだ。
俺たちはしばらく馬車で移動し、ここまでやって来た。
馬車の荷台から一人ずつ降りて来て背伸びをする。
「この場所始めて来た。本当にここに出るの?」
「僕も初めて来たけど……信じられないな」
「信じられないなら誰か泳げば?」
「なら、言い出したお前が行け」
「絶対やだ!」
オラルはフリュズに背中を押されるが、なんとかその場に踏みとどまった。
でも、一体どうやって水神竜を誘き出そうか。
ここから、池の反対側を見ることが出来ない程大きい。
漁をしている船が見えるが、襲われていないってことはこの辺りにはいないのだろう。
「それで、どうやって探すの?」
リリスの質問に、皆頭を抱える。
探す能力が長けている人物がパーティーに居れば良かったが、残念なことにここにはいない。
ここで考えても仕方がない。
1番遭遇する確率に高い船で探そう。
と言うことで、俺たちは船を借りて乗ることにした。
「やった! これで6匹目!」
「お前ばっか釣れすぎだろ」
俺たちは今、見てわかる通り釣りをしている。
俺以外、誰も水神竜を探していない。
「私の方が大きいですわよ」
「いや、僕の方が大きい」
「てかさ、クレナの魚ちっさすぎだろ」
「虫の幼虫でも釣ってんのかよ。ここ湖だぞ」
「幼虫言うな!」
あいつら水神竜の事忘れてるんじゃないのか?
すっかり釣りを楽しんでいやがる。
まだ時間はあるから別にいいのだが、そろそろ水神竜を見つけたいところ。
頼むから早く出て来てくれねぇかな……って、あれなんだ……?
俺は船から身を乗り出して、一瞬だけ見えた影をもう一度探す。
その影の大きさは、俺たちが乗る船の数倍ぐらいはあった。
見間違いでなければ、あれは間違いなく――
「え、待って結構な大物なんやけど! ほらほら! 竿がこんなにも曲がってるし!」
後ろが突如更に盛り上がりだし、皆湖を覗き込む。
「まだ見えないね。結構深いところにいるのかも」
「そんなん余裕余裕。私の竿なら折れることもない――」
そして、背後からパキッ、と音を鳴らしてクレナの竿が半分だけ落下していく。
「ハァァァ!? 私の竿が! 魔力流しておいたらか折れるわけないのにぃ!」
「そんなに大物だったの?」
「感覚だけだから分からないけど、結構大物だったかも。でも一瞬だけグッと重くなったんよ」
釣れなかった事に残念がるクレナ達。
だが、釣れなかった魚の代わりに、化け物がもう来ている。
「釣りしてるとこ悪いが、来るぞ」
この言葉だけで、俺の言いたいことはすぐに伝わったらしい。
持っていた竿を机の上に置いていった代わりに、走って船内に入って行き武器を持ってきた。
船上に緊張が漂う。
いつ襲ってくるのか、いつ姿を見せるのか。
どこから襲ってくるのか。
俺たちは周りを見渡していると、クレナ達が釣りをしていた場所とは反対の場所に泡が浮いてきているのが見えた。
「竜様の、お出ましだ」
「ギャララララァァァァァァァァァァ!!!」
フリュズの声と共に、美しい水縹の鱗を持つ竜が、天とは逆の地から舞い降りた。
「私が狩ったるわぁ!」
クレナは力強く蹴って、水の中に潜ろうとする水神竜の首元に大剣を叩き込む。
クレナの一撃は非常に強力で、どれだけ頑丈な岩をも粉砕してしまうほどだ。
それも、魔法強化なしで。
そんな攻撃を喰らえば、ただで済むわけがない。
通常の魔物なら。
「硬すぎやろこいつ!」
一枚一枚が光り輝く鱗は、まるで騎士が身につける鎧のようで、火花を散らしながらクレナの攻撃を跳ね返す。
黄金の瞳で俺たちを睨みながら、爆音と共に水飛沫を立てながら水中に潜って行く。
流石は水神竜。
何故、騎士達が討伐できなかったのかが一目で分かる。
だからと言って、俺たちが討伐できないわけではないが。
「さぁ、本格的に始めよう」
俺の掛け声と共に、全員の顔に笑顔が浮かぶ。
新しい遊び道具を買ってもらった、子供のように。
「水魔法。その太古から眠りし力、目覚めよ。水虜蛇」
オラルは水中に手を入れて、魔法の詠唱を始める。
水魔法は地上でも使うことができるが、水の中だと更に強力になる。
オラルの魔法がどれだけ効くか楽しみだ。
詠唱が終わると同時に、水中に人の体を丸呑み出来るほどの蛇が現れて、水神竜を追って行く。
水神竜よりも早い速度で、だけど全く音も立てずに背後から近づいて行く。
水神竜は攻撃を仕掛けようと、体を回転させて勢いをつけようと尾を動かした時、すでにそいつはそこにいた。
ようやく背後にいた存在に気付き、牙が生え揃う大口を開けて大蛇を消し去ろうとする。
口の中は光り輝いていき、今にも攻撃が来そうな時に大蛇は口に巻きついた。
突然の俊敏な動きに、水神竜は攻撃するのを中止して引き離すためにもがく。
だが、一向に大蛇は離れず、それどころか体、手、尾と巻きつける範囲を広げていった。
「はい。捕まえた」
「オッケー。なら引き上げて。私が殺す」
「りょうかーい。そらぁ!」
オラルはニヤッと笑いながら、水中から手を勢いよく引き抜く。
それと同時に、大蛇がズルズルと水の中から出てきて、そして水神竜共々引き上げた。
「これが釣りってもんよ!」
騒ぐオラルの隣でリリスは詠唱を始める。
「光魔法。深海を照らし、闇を消し去る聖なる光。
光殺矢」
リリスの声が響き渡り、その声の主に集まるかのように光がどこからか現れて数百本もの矢を創り出した。
「行け」
そう言いながら手を前に出すと、飼い主の合図を待つ獣の如く、光の矢は水から引き上げられた竜へと向かって行く。
ある矢は擦り、ある矢は刺さり、ある矢は貫通した。
「シェレレレェェェェェェ!!!」
貫通した矢は、竜の体の臓器を当然ながら貫通して行く。
だが、それでも息絶えることはない。
「やっぱまだ死なないかぁ。と言うことで、爆ぜろ」
ニコッと笑い、指を鳴らす。
パチンッ、と高い音と共に光の矢は更に光を強くさせて、水神竜共々爆発した。
綺麗に輝く鱗や、まだ温かみを感じる肉片や血液が船や湖に飛び散って行く。
「流石私。凄まじい活躍」
「そのせいで私たち何も出来なかったのですけれど」
「私の方が強いってことだ」
「うざいですわね」
クレナとメナの言い争いが一向に止まらないが、俺も何もしていない。
戦う気満々だったのに。
「なんか弱くね?」
「だね。本当にこんな竜が色々しでかしてきたの?」
意味がわからない、といった表情で、イオルは船に落ちてきた手のひらサイズの肉片を拾い上げる。
「だけど、それが事実ですわ」
「騎士達弱すぎでしょ」
「まぁ、そんなもんでしょ。騎士って」
「それもそっか」
騎士が弱すぎた、ということで話はまとまり話し合いは終了した。
しかし、まだ問題が残っている。
船に飛び散った血や肉。
このまま返したら、一体どうなるか分かりきったことだ。
「バレないように掃除しよう。大変だけど……」
こうして俺たちの掃除は始まった。
俺は家の扉を開けて、一人ずつ順番に入っていき武器やら荷物を運び入れて行く。
「結構疲れたぁー」
「掃除がな」
「そう。掃除がね」
俺たちはあの後、数時間かけて船の掃除をした。
船を貸してくれたおじさんは、買った時のように綺麗になったと喜んでいた。
「俺部屋に戻って報酬の整理しとくよ」
「あ、俺も手伝う」
「わかりましたわ。私は夕飯の準備をしますので」
そして俺達は、いつものように報酬整理を行い、夕飯を食べて、遊んで、夜を迎えた。
何だか今日は疲れたな。
特に何かしたって訳でもないのに。
俺はベットに寝転びながら、窓から見える星を眺める。
こんな楽しい日がいつまでも続けばいいのになぁ。
俺はそんなことを考えながら目を瞑り、眠りにつく。
俺は夢を見た。
昔読んだ絵本の話だ。
どう考えても子供向けではない絵本だった。
どんな話だったかはあまり覚えてないが、唯一はっきり覚えているシーンがある。
確かこんな終わり方だった。
共に旅をしてきた仲間に裏切られ、冤罪をかけられて処刑される。
この終わり方は、いつまでも忘れずにいる。