18話 どうやら、俺達とは世界が違ったらしい
ポタッポタッ、とリズムを刻みながら岩から冷たい水滴が落ちていく。
その音を聞いていると、不思議と心が落ち着いていく。
このままずっと聞いていたい。
こんな状況でなければだが。
「ここちょっと寒すぎではないですか?」
「そうかな? 私は結構ちょうどいいけど」
俺たちは現在、新たな依頼を受けてそれを達成するべく、そこそこ大きな洞窟の中に来ていた。
茶色や黒色の岩がゴツゴツしていて、結構湿っている。
洞窟の中というだけあり、外に比べてだいぶ涼しい。
もっと暑い日に来ると、ちょうどいいんじゃないだろうか。
俺は寒いとは感じないものの、マラフィーは自分の体を抱きしめるように腕を前で組み、手で擦っている。
そして、そんなマラフィーとは違う反応を見せているのは、昨日俺の借りた部屋の扉を、木っ端微塵に破壊したシュフランだ。
俺は今日の朝も必死に抵抗したのだが、マラフィーに、「諦めましょう」と言われ今に至る。
こいつが一緒にいると、良いことが起きそうにない。
逆に悪いことばかり起きそうだ。
「それにしても、まさかルドス君と一緒にやっていけるなんて嬉しいよ」
「君付けはやめてくれ。変な感じがする」
「なら、ルドスだね」
「それでいい。ていうか、俺と一緒にいて嬉しいなんて、どういう考えを持っているんだ」
「え? だってルドスく……ルドスは有名人じゃん。有名人といられるってなかなか出来ない体験だよ?」
そんな不思議そうな顔でこっちを見るなよ。
俺の方が見てやりたいくらいだ。
「まあいい。お前の考えは一生理解できそうにない」
「なら、理解してもらえるようにするよ」
「無理だな」
一歩一歩歩くたびに、チャピチャピと音が鳴る。
靴に染みてしまわないか心配だ。
今は、マラフィーの魔法のおかげで洞窟の中を歩けるが、もしその光がなかったら暗黒の世界だっただろうな。
岩に躓いて、転んでしまっていたかもしれない。
そんな事はさておき、今回の依頼は雷光虫の採取だ。
どうやらこの先に開けた場所があるらしく、そこが雷光虫の生息地らしい。
大雨で洞窟が崩れて、日光がその場所には通っているため草が生えているらしく、とても幻想的な場所と本で読んだことがある。
この依頼は、そんな綺麗な場所に行って虹色の体を持つ虫を採取するだけなのだが、今俺たちが歩いている道のように険しい道を通って、さらに凶暴な魔物に遭遇したら逃げられないため、あまり誰もやりたがらない。
そのため、報酬はそこそこいい。
「あ、あそこ明るいですよ」
「こんな洞窟で明るい場所って言ったら、あそこしかないよな」
「やったね! 雷光虫美味しいんだよね!」
「「は?」」
俺とマラフィーは同じことを、同じタイミングで思ったようだ。
この女は、雷光虫を食べたことがあるのだと。
俺達は立ち止まって、シュフランを見る。
「もしかしてお前、雷光虫食べる気なのか?」
「そうだけど。ジャキジャキしてて美味しいんだよ」
「信じられません」
「だな。俺も食感を聞いて鳥肌が立ったのは初めてだ。なんだよジャキジャキって」
「外骨格の音だよ」
「教えてくれなくていい」
やはり、こいつは色々違うと思っていたが、住んでいた世界が違ったようだ。
まず、雷光虫はあまり採取出来る虫でない。
そのため、もし雷光虫が手に入ったら、アクセサリーとして売るか武器の加工に使うかのどちらかだ。
それを食べるなんて誰が思いつくのか。
「いいか。俺たちは食材を調達しに来たわけじゃないんだ。あくまで依頼の達成のために来ている。だから、くれぐれも食べるために持ち帰るんじゃないぞ」
「えぇ……でも、おいし――」
「絶対ダメです。たとえ、ルドス様が許しても私が許しません」
マラフィーは怒っているという目より、頼むからやめてくれ、という訴える目でシュフランを見つめていた。
その訴えが通じたのか、シュフランは渋々頷いた。
頷いたのを確認すると、明かりがある場所へと俺達は向かって行った。
もう明かりは十分なため、マラフィーは魔法を使うのをやめて光を消した。
「綺麗ですね」
マラフィーは目の前に広がる光景を見て、目を輝かせている。
「ああ……綺麗だな……」
どこからか流れてきているのか、明かりが入ってきている下の部分には水が溜まっている。
一切の汚れを知らなさそうな水は、どこまでも透けていて青く輝いていた。
その水と光のおかげだろう。
俺の腹の部分まで伸びる草は、本当に洞窟に生えているのかというほど元気よく育っている。
この場所は誰にも汚されたくない。
俺は心の底からそう思った。
「いつまでも見ていたいが、早く採取を終わらせよう。依頼された採取数は15匹だから、余分に取らないように。無駄にとって、ここに雷光虫がいなくなっても困る」
「それもそうだね。気をつけるよ」
「始めよう」
俺の合図と同時に、生い茂る草の中に入っていき、岩に引っ付いていたり、草の裏に隠れていたりする雷光虫を捕まえた。
俺達が来て警戒しているのか、1匹も飛ばずに物陰に隠れてしまっているため、なかなか見つけづらい。
「今何匹捕まえた?」
俺の声が洞窟に響き渡っていく。
「私は6匹です」
「こっちは5匹」
「俺は3匹だ」
あいつら見つけるの早いな。
何十回も岩を動かしたりしてるのに、こっちは全く出てこない。
そのおかげで、俺の袋だけ寂しいままだ。
「あ、見つけました」
もう既に6匹見つけていたマラフィーの声が響き渡る。
少し声が弾んでいる。
嬉しいのだろう。
「わかった。じゃあ、15匹取り終わったから帰――」
「静かに」
俺の言葉を遮り、緊張が伝わる声を響かせたシュフランは、耳に手を当てて目を瞑っている。
あいつには何か聞こえているのか?
俺には全く聞こえないが。
一応状況を把握するために、俺も同じように耳に手を当てて目を瞑る。
意識を耳に集めて、流れる空気に集中する。
この声は……!
「聞こえた?」
「ああ、聞こえた。この近くにいるな。とにかく今は、遭遇しないことを願って戻ろう」
そうして俺達は、素早く荷物をまとめてこの幻想的な場所を後にした。