13話 奪われないためには、奪うしかない
「何が処刑だ。何が早くなっただ。俺は今も、これからも殺される予定なんて入ってねぇよ!」
叫んだせいで傷口がズキッと痛むが、魔法で軽く処置したおかげで痛みは軽減した。
これならまだ戦える。
「なんや。あの傷でも死なんのか。なら今度は、首を切り落としたろっかなぁ?」
「それは面白いな。だが、俺もすぐに殺されるわけにはいかないんだよ」
「はぁ? さっきあんな簡単に刺されて何言ってんの?」
そうだな。
確かに俺は、特に攻撃を与えることが出来ずに背後から刺されてしまった。
だけど、今はもうそんな事にはならない。
それはなぜか。
正直、クレバランを殺すということには抵抗感があった。
あんなやつでも、共に勇者として戦った仲間でもあった。
だけど、あいつは俺を躊躇なく剣で突き刺した。
もう吹っ切れたよ……。
やっぱり生き残るためには殺さなくてはいけないらしい。
「これでお前を迷うことなく殺せる」
そしてクレバランを睨む俺の眼は、金色から青く光り輝いた。
「お前……その目……!」
俺は強くなりたかった。
とにかく体を鍛え、魔法と技の融合を試し、何度も何度も勇者同士の模擬戦に挑んだ。
だが、俺は数える程しか勝てなかった。
だから俺は、更なる訓練や研究を重ねて閃光殺龍を含む10個の技を作りあげた。
魔法も魔力も必要としない、己の体の力のみで使用できる技。
長い時間をかけて作り上げたが、まだ完璧に使えるわけではなかったため、依頼のついでにその技の精度を上げていた。
ここしばらく行われていなかった、次の模擬戦の為に。
でも、こんな場で始めて他の勇者に使うことになるとは思わなかった。
今握っている剣が木剣なら、また別の気持ちで技を使うことが出来たかもしれない。
「お前魔眼持ちやったんか!」
「ルドス様……その眼……」
俺たちを囲う周りの奴もざわざわし始める。
まあそれも当然だろう。
ずっと勇者の立場にいたやつが、実は魔眼持ちだったとなればこの騒ぎになるのも当然だ。
実際は魔眼ではないが。
「もしかしてずっと隠してたんか!」
「だったら?」
「絶対に殺す。仲間に嘘ついた罰や」
「はっ、仲間、仲間ねぇ……。寝言は寝て言えよ」
「ふざけんなや!」
いつもとは違う眼で、クレバランを睨みつける。
「真眼」
《真眼》も俺が作り上げた10個の技の1つだ。
これを使うと俺の眼に映る景色は、全てスローで動く。
つまり、時間が引き延ばされた世界を見ることが出来るのだ。
だが、時間が引き延ばされ、スローに見えるだけで俺の動きが他の人に比べて速くなるわけではない。
ただ、スローで見えるだけなのだから。
さらに使い過ぎると目がしばらく見えなくなる。
だから、他の技でカバーする。
「雷豪脚」
これでクレバランを殺す。
俺が動いたことでクレバランは剣を構えた。
だが遅い。
遅すぎる。
引き延ばされた時間で雷豪脚を使えば、クレバランでさえ何の脅威でもない。
引き延ばされた時間の中を素早く移動し、ゆっくりと動くクレバランの間合いに入り込む。
お前を今殺さなかったら、これからも俺を殺そうとしてくるんだろう?
そんなのは御免だ。
だからここで死ね。
「じゃあな。クレバラン」
一閃。
どんな治癒魔法を使っても処置をすることが出来ないほど深く横に斬り込む。
そして時間は、元に戻る。
生温かい血が俺に吹きかかり、剣も、服も、体も赤く染められる。
「ぇぁ……一体……なに……が……」
何が起こったのか分からず、剣を落とし血が噴き出す腹に手をやり、地面に倒れた。
「く、クレバラン様ぁぁぁ!!!」
「早く魔法で処置を! はやく!」
俺が斬ったのは表面だけではない。
恐らく内臓も切断されていることだろう。
もう魔法などではどうしようもできない。
「おいおい、あいつやりやがったぞ!」
「この人殺しが!!!」
「お前なんかさっさと処刑されればよかったんだ!」
「命を簡単に奪いやがって!」
当然ながら野次馬共にも罵声を浴びせさせられる。
俺が死にそうになった時とはまるで反応が違うな。
それも何が命を簡単に奪いやがって、だ。
さっさと処刑されろとか言ってるやつが何を言っている。
「息をしていない……」
「嘘だろ……」
「クレバラン様! クレバラン様!」
クレバランのパーティーメンバーは、顔を真っ青にして魔法での回復を行なっている。
無駄だというのに。
「貴様ぁぁぁ!!! よくもクレバラン様を!!!」
金髪の女が剣を引き抜き向けてくる。
「先に殺そうとして来たにはクレバランだろ」
「だからなんだ!」
「だからなんだって……この世界で一方的に奪えると思うなよ」
「何を意味のわからない事を――」
「何かを奪うなら、自分も同じものを奪われる。命を奪うなら、己の命も奪われても仕方がない。
クレバランは頭のおかしい奴だったが、これまで幾多の戦場に向かい、そして多くの命を奪った。だから、そいつも分かっているはずだ。
自分が奪ったものはいつか奪われるって」
「貴様が……貴様なんかがクレバラン様を語るなぁ!!!」
復讐に囚われ自らの命を犠牲にしてでも、目の前にいるやつは必ず殺そうと。
そう憎しみの心に刻み込んだ目で、俺を睨みながら剣を持ち走ってくる。
お前が俺の命を奪おうとするなら、俺はお前の命を奪う。
奪われないためには、奪うしかない。
俺はこれから、どれくらいの命を奪っていくのだろうか。
見えない……全く見えなかった……。
野次馬の少し前で戦いを見守っていたマラフィーは、いつの間にか目の前から消え、気づいた時にはクレバランの腹を斬っていた。
恐ろしい……あの人は恐ろしい人だ……。
「あれ? これ……」
腕に生温かい何かを感じて目を向けると、そこには赤い液体が付着していた。
クレバランが斬られたときに飛び散った血だ。
マラフィーは、付着した血を嫌がることなくジッと見つめる。
これが死人の血。
私が知っている血ではない。
私が知っている死人の血は、これよりももっと黒かった。
マラフィーは躊躇することなく、腕についた血を舐める。
舌で、何かを感じるように。
嗚呼、そうか。
「これが人間の血か」
マラフィーの口からこぼれ落ちた声は、誰にも聞こえることはなかった。




