(3)仮入部
「あ、来た」
そう言ったのは天文部の部長、如月だ。
ここは天文部の部室。
今は放課後。
部屋にいるのは如月一人。
入って来たのは綾音一人だ。
「この間は、ありがとうございました」
綾音が如月に頭を下げる。
「え」
「え?」
如月が驚いた顔をしたので、綾音が首を傾げる。
「ああ、ごめん。怒りにきたのかと思ったからさ」
「何をですか?」
如月の意図がわからず、綾音は尋ねるが、彼は両手を振って「何でもない」と言って、会話を切ってしまう。
「綾ちゃん、入部することにした?」
「はい、とりあえず仮入部させて貰いたくて」
「そうだね、他の部員とも会ってないし、それが良いかもね。そうそう、君以外にもう一人男の子が入りそうだよ」
「そうなんですか」
同学年の子がいるのは嬉しい。
綾音は部室を見回す。
部室は全体が十畳くらいの部屋だ。
入口正面奧には校庭が見える窓があり、その下には教職員用の机と椅子が二つ並んでいる。一つの机上にはノートパソコンが置いてあり、スクリーンセーバーがうようよ動いていた。
もう一つの机には段ボールが乗っていて側面に「お菓子箱(食べたら入れる)」と書いてある。
こちらの机の前に椅子はなく、四角いアルミのケースが三つ積んである。
部屋の左右の壁には天井まで届くくらいの本棚が敷き詰められており、そこに隙間無く天体の本が入っている。
部屋の真ん中には長テーブル2台が長辺をくっつけて大きなテーブルを作っている。
その周りにパイプ椅子が乱雑に散らばっていた。
「好きなところに座って良いよ」
如月が言うので、綾音は彼の隣の椅子に腰を下ろす。
「部長は何をしてたんですか?」
綾音が尋ねると、彼は見ていた本を綾音の前に開いて置く。
それは天体の写真が載っている本だ。
「綺麗ですね」
綾音がパラパラと眺めているのを、如月は頬杖をつき、ニコニコ見ている。
「君も綺麗だよ」
「なーーにいってんじゃい!!」
如月の言葉と、部室を凄い勢いで入って来た女性の声が合わさり、綾音は驚き小さな悲鳴を上げた。
「あ、来た来た。三井、彼女が入部希望の一年生、惣島綾音さん。」
自己紹介をされたので綾音は挨拶をしようと立ち上がるが、三井と呼ばれた女生徒は綾音を通り過ぎ如月に詰め寄った。
「あんた、まーたしょうもない事しようとしてるでしょう!廃部になったらどうすんのよ!」
「そしたらもう一回作れば良いよ」
「ポジティブか!!この犯罪者予備軍が!」
「失礼だなぁ。綾ちゃん、この人は三井巴。僕と同じ三年生で、うちの副部長。」
如月が、紹介してくれたので綾音はもう一度立ち上がり、三井へ頭を下げる。
すると返ってきたのは勢いのある指差しだ。
「貴方もやばい匂いがぷんぷんするわ!良い?この男に騙されちゃ駄目よ!このヘラヘラ顔に何人の女が泣かされたか!」
「酷いなぁ騙してないよ。僕は並列恋愛主義なの」
「それ浮気っていうんですー!!今まで何回この部室で修羅場披露したと思ってんのよ15回だコラァアア!!」
綾音が、目の前で繰り広げられる喧騒に動けずにいると、彼女の隣にすっと誰かが座った。
彼は何も言わず鞄からノートと教科書を出し、勉強をしだす。
「あの……」
綾音が彼に話しかけると、彼は一瞥しただけで何も言わない。
「こら、倉井。コミュニケーション、コミュニケーション」
如月が注意すると、綾音の隣の男子生徒は溜息をついて綾音へ体を向ける。
「二年B組、倉井光。よろしく」
それだけ言ってまた教科書に目を落とした。
綾音はなんとか挨拶を絞り出したが、倉井の耳には入ってなさそうだ。
「ね。楽しそうなメンバーでしょ」
如月が笑顔で綾音に聞く。
どこが楽しかったのかわからないが、綾音はとりあえず頷いた。
「倉井、四十物と村山は来る?」
如月が尋ねるが
倉井は目も向けず答えた。
「知りません」
無愛想な態度だが、如月は不機嫌になる様子もない。
「まったく、今週は新入部員が来るから、なるべく来るように言ったのになぁ」
「どうせ二人で遊びに行ってんだろ。あいつら部活よりデート優先だからな」
三井は空いているパイプ椅子に腰掛けぼやいた。
「し、失礼します」
今までの中で一番普通に、男子生徒が入ってきた。
身長は男の子にしては小さく、綾音くらいだろうか。
体の線の細い、大人しそうな子だ。
「吉田くん、こんにちは」
如月がニコリと微笑み、彼に言った。
そして続けた。
「これで全員だ」
「四十物と村山がいません」
「うん、あれはいいや」
倉井がぽつりというのを、如月はあっさり取り下げた。
そして手を叩き皆を見回す。
「じゃあ改めて自己紹介しよう。名前とクラス、あと嫌いな物を言っていこう」
「はあ?なんで嫌いな物なんだよ、ふつう趣味とか好きな物でしょ?」
三井が噛みつくが、如月はそれを片手で制した。
「最初に地雷避けするための配慮だよ。言いたきゃ言って良いよ。3分以内に済ませてね。はいじゃあ僕から。僕の名前は如月有希。クラスは3年C組。天文部部長。嫌いな物は声が大きい人」
「あぁ?喧嘩売ってんの!?」
「買わなくて良いよ、ハイじゃあ次は三井」
「ったく。あたしは三井楓。3年B組。天文部副部長。嫌いなのは如月!」
「じゃあ次、倉井」
「さっき言いました。」
「え、そうなの?聞いてなかったからもう一回やって」
「……倉井光。二年B組。騒がしいのは嫌いです」
「わかるわかる」
如月が共感すると三井が彼を睨んだ。
「じゃあ次は吉田くん。1年はあと、天文部でやりたいことを言って」
「は、はい…えっと」
綾音と同じ1年の吉田は緊張しているようだった。
綾音は目が合ったので微笑むと下を向かれてしまう。
「よ、吉田蓮人です。クラスは1年A組。き、嫌いな物は……無駄遣い、でしょうか」
無駄遣いが嫌いとは、お金に厳しい人なのか。
大人しそうで、そういう風には見えない、と綾音は思った。
「天文部に入ったら、星をいっぱい見たいです」
「素晴らしい」
如月が拍手した。
「じゃあ次は綾ちゃん」
「ちょっと待て、なんだ綾ちゃんて」
三井がまたまた如月に、突っかかる。
「仲良しなんだよ僕たち、ね、綾ちゃん」
如月に微笑まれ、綾音は困ったように首を傾げ笑った。
「めちゃめちゃパワハラじゃん」
「失礼だなぁ。はい、綾ちゃんどうぞ」
「は、はい。惣島綾音、1年C組です。嫌いな物……」
さて嫌いなものは何だろうと綾音は考えた。
綾音が言い淀み、俯く。
すると三井が無言で如月を指差ししてきた。
綾音は苦笑いして首を振る。そしてまた、悩み、
「……目立つ事?」
「可愛い~」
綾音の呟きに間髪入れず如月が感想を述べた。
その如月に三井はまた顔をゆがませる。
「えっと天文部でしたいことは、……皆さんと仲良くしたいです。」
「満点、満点、いてっ」
如月の椅子を三井が蹴り、悲痛な声が上がる。
「惣島さん、気を付けてね本当。こいつに気に入られて幸せになった子いないから」
三井が綾音を見て言った。
部長と副部長が仲が悪いのに、この部は良く成り立ってるな。
その惣島の雰囲気を察したのか倉井がぼそりと
「いつものこと」
と呟いた。
「はい、ありがとう。じゃあ今日はカラオケでも行こうか?」
「駄目!仮入部期間くらいちゃんと活動する!」
三井がそういうので、如月はやれやれといった顔で、部の活動ファイルを持ってきてテーブルの上に開く。
「先週は飛鳥山に行ったんだよ」
そして見せてくれたのは綺麗な星々の写真だ。飛鳥山は桜の名所で、星と一緒に写っている。
綾音が感嘆の声をあげ、吉田も興味深そうに見ている。
「うちは望遠鏡を三種持っていてね。あ、天体望遠鏡の種類って知ってる?」
綾音が首を振る。
「屈折式、反射式、カタディオプトリック式、ですよね」
吉田が答えた。如月が満足そうに頷く。
「そう、良く知ってるね。吉田君は望遠鏡もってる?」
「いえ……ずっと、欲しいんですけど」
「そうか、確かに全部そろえると十万は超えちゃうし、個人で持つには厳しいよね」
如月は綾音と吉田を見た。
「今週の金曜夜に学校の屋上で観測をするんだ。二人とも来れるかな?」
吉田はすぐに返事をした。
対して綾音は言い淀む。
「綾ちゃん、駄目?」
「……すみません。門限があって…」
「何時?」
三井が尋ねる。
「五時です」
「小学生か!」
三井はパァンとテーブルを叩く。
綾音もそう思う。5時なんて、下手すれば小学生ですら遊んでる。
「綾ちゃん家は厳しいなぁ、とりあえず金曜だけ特例にしてもらえないか聞いてみてくれる?せっかく天文部に入るなら、観測にも参加したいでしょう?」
「は、はい……」
……果たして龍斗は許してくれるだろうか。
「駄目だ」
やっぱり。
綾音は自宅に戻り、龍斗との夕食の席で、天文部の夜間天体観測の話をしたら、即答で却下された。
しかし、ここまでは想定内だ。
如月が、知恵を貸してくれた。
「じゃあ、龍斗も一緒に行こうよ。家族の人も来て良いって部長さんが……」
「金曜は教師がくる」
しまった。失念していた。
龍斗は隔日で家庭教師を家に呼んでいる。
金曜はその日であった。
つまり龍斗は一緒に来られない。
綾音は意気消沈した。
「昼間の活動だけじゃ嫌なのか」
「うん、やっぱり天文部に入るなら、天体観測にも参加したいな、って……」
落ち込んでいる綾音は可哀想だが、龍斗も譲りたくない所ではある。
夜の野外、男がいる状況に綾音を置いておくなんて絶対駄目だ。
その時、綾音がぱっと顔を上げ、笑顔で龍斗を見た。
「いるかも!」
「?」
「わー!夜の学校って初めてー!なんかわくわくするー!」
学校の屋上で夜空を見上げ、興奮した様子で奈々(なな)が言った。
「奈々ちゃん、星好き?天文部入る?」
如月の誘いに、奈々は笑顔で答える。
「あたし、テニス部って決めてるんで。ごめんなさーい」
「えー、掛け持ち歓迎だよーいって!」
奈々に浮ついた如月の尻を、三井が蹴り上げた。
「馬鹿言ってないで、撮影用のカメラ準備する!」
はいはい、と如月は部室から持ってきた望遠鏡などの機材をアルミケースから取り出す。
「惣島、この子はクラスメイトなの?」
三井が奈々を見て言った。
「はい、幼馴染でうちの家族とも面識があるから、今日は家族の代わりに来てもらいました」
「倉敷奈々(くらしき なな)です。よろしくお願いします。」
奈々は三井に頭を下げた。
龍斗が来れないので、代わりに奈々に同伴を頼んだのだ。
彼女の事は龍斗にはよく話していて、彼も認識があり、なんとか了承を得られた。
「代役用意させてまでなんて、本当過保護な家族ね。てか、マジで来なくても、友達に頼んだから、って言っとけばいいじゃん」
「それが……安全の確認にと、10分に一回一緒に写ってる写真を送るよう言われてまして……」
その言葉に奈々と三井が「ひぃ」と声を出し引いている。
「そこまでくると、キモい通り越して怖いな……」
三井の正直な言葉に、綾音は苦笑いするしかない。
龍斗の心配性は、確かに怖いくらいだ。
「綾ちゃん、吉田、こっち来てくれる?」
如月に呼ばれ、二人は駆け寄る。
「機材の設置するから手伝ってね」
如月の足元には天体望遠鏡と、三脚が2台、一眼レフ、あとはよくわからない物が置いてあった。
その一つ一つを如月が説明してくれる。
「これは星を撮るのに使う追尾撮影用の架台。これを三脚に付けて、さらにこの一眼レフをつける。シャッターはレリーズで押す」
説明しながら、てきぱきと如月は機材を組み立てていく。
綾音も真剣にそれを聞いていたが、吉田は特に集中して見ていた。
「吉田は星の位置わかる?」
「はい」
「じゃあ北極星が真ん中に来るようにこれ合わせてくれる」
吉田は如月に色々聞きながら、真剣に言われた事をこなす。
「吉田君、使ったことあるの?」
綾音が吉田に尋ねると、彼は照れながら答えた。
「持ってはいないんだけど、ずっと欲しくて、使い方だけは調べてたんだ」
「追尾撮影用の架台は高いからね。よし、カメラはこれでオッケー。おーい、倉井」
そういえば倉井さんがいない、と思ったら少し離れたところで何かを準備している。
見ると火を使って何かを作っている……?
「コーヒー出来た?」
如月が近づき、そう聞くと倉井は親指を立てた。
「冷えてきたしコーヒー飲もう。倉井が入れるのは美味しいんだ」
倉井は皆の分のコーヒーを丁寧に紙コップへ入れていく。
綾音はコーヒーは苦くて飲めないのだが、香りは好きだった。
「いいにおい」
そう言うと、倉井が微笑んだ気がした。
「倉井は天文部屈指のキャンパーだよ。ぜーんぶやってくれるから本当助かる。」
以前、天文部にはキャンプ目当ての奴がいると、如月が言っていたが、倉田がそうだったようだ。
皆でコーヒーを飲み、体を温めたところで、望遠鏡で星を眺める。
普段、肉眼でしか見ていなかった星が望遠鏡で見ると全く違う姿だった。
月のクレーターがはっきりと見え、土星の輪も見ることが出来た。
「こんなに良く見えるんですね。」
綾音が望遠鏡から目を離し、如月を見て言った。
すると如月は満足そうに微笑む。
「面白いよね。ずっと見てても飽きない。綾ちゃんも好きになるよ、きっと」
嬉しそうに、如月は言った。
本当に星が好きなのだろう。
三井からは色々言われていたが、綾音は如月の穏やかな人間性は好きだ。
悪い面をまだ見ていないだけなのかもしれないが。
「奈々、ありがとう。今日は付き合ってくれて」
綾音は望遠鏡から離れ、倉井が作るスープで胃を満たしていた奈々に囁く。
「いいよー。こういうのしたことないし。なんか面白い。あ、先輩。スープもうちょっと下さい」
倉井は表情は変えず、奈々の要求に応える。
「倉井先輩は星を見ないんですか?」
綾音が聞くと、彼はこちらを見ずに応えた。
「……目で見てる」
そう言って、彼はスープの入った紙コップを持ち、夜空を見上げた。
こういう星の楽しみ方もあるのだろう。
「さて、そろそろ帰ろうか。もう8時だ」
如月が仕切り、部員の皆で機材を片付け始める。
「奈々。写真撮ってもいい?」
「はいはい、本当に10分おきに撮るのね。もう10枚は送ってるでしょ」
「うん、既読ついてるから、ちゃんと見てるんだよ」
「やっぱ怖いわ、龍斗……」
綾音はアプリ内のカメラを立ち上げ、レンズを構える。
「なーにしてんの?」
いきなり如月が、綾音の後ろから抱きついてきた。
驚き、うっかりシャッターボタンを押してしまう。
「え、あ!お、送っちゃった……」
指が滑り、送信ボタンをしっかり押している。
そして、すぐに既読がついた。
写真にはしっかり、綾音に抱き着いた如月が写っている。
綾音は奈々を見た。
奈々は目を逸らす。
「なになに?どうしたの?」
如月は悪気ない顔で微笑んでいる。
いや、確信犯かもしれない。
綺麗な夜空とは反対に、綾音の頭の中は真っ暗に落ちていった。