表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/35

「おちちゃいますよ」






この国は大きく三国と接している。


北側にハーティエ、境界線が長く、国境付近は森林地帯が広がっている。西側がプロヴァル。


もうひとつは東側のイーリィズ。海に面し、大きな港を抱える国。こちらは大きな山が国境の役目をしていた。




「……いい馬だな」

「ええ。 今回は大きな街道を走るので、単騎の方が都合が良いと思いまして」


リンフォードが意気揚々と連れてきたのは、足腰がしっかりとした様子の二頭の栗毛の馬だった。


毛はつやつやで、その下の筋肉は早く駆けたいと盛り上がってぶるぶる震えている。佇まいも落ち着いた雰囲気で、この馬たちが大事に扱われているのが一目で分かる。


「どこから手に入れた」

「詳しい人がいるのでお借りしてきました。山道にも強いらしいですよ。こっちの靴下を履いている方をローレルさんに」


女性が好きらしいです、と手綱を渡された馬は、四本の足に白い靴下を履いたような模様がある。

ローレルが首元を撫でようと手を出すと、機嫌良さそうにぐいぐいと身体を寄せてきた。


「乗れるのか?」

「はい? 私ですか? 速足なら付いていけます。それ以上は馬よりも私の方が長持ちしないと思って下さい」

「心得た」


元々は乗り合いの馬車で移動するように行程を組んでいたので、ずいぶんと時間に余裕ができそうだとローレルは小さく息を吐く。




今回の依頼は前とは違い、イーリィズに近い山間(やまあい)の地域を目指す。

平地ではない、山の中での探索だ。

大きな街道が通っているので、それに沿って移動することになる。

全行程で六日ほど、野営はしないとリンフォードから約束を取り付け、ローレルは渋々とその拘束期間を了承した。


初日は早朝から、その日の予定通りの町まで駆けた。


時折馬のために休息を取ったが、草原や川辺、その先々でリンフォードはあちこちを歩き回っている。

どんな場所だろうと探索好きは変わりませんねと朗らかに笑う。


街道沿いの安くもなく高くもない宿を取って、その日は早めに休むことになった。





「思ったよりも早く進めそうだから、予定を繰り上げよう」

「いいんですか? 探索の日程が長くなりますよ」


山中にいる時間が伸びていいのかとリンフォードは念を押す。

今回は山間の小さな村に滞在する予定なので、野営ではないが、山は山だ。


「貴方はその方が良いんだろう」

「もちろんそうですけど」

「目的のものが見つかれば、探索は終わりだからな」

「私の目的がひとつやふたつだと思わないで下さいよ?」

「……じゃあ予定通りに」

「いやいや、さっさと行きましょう! ね?!」


草の上に座って簡単な朝食を取りながら、向かい合ったふたりの真ん中には地図が広げられ、この後の予定を練り直す。


休息を減らし、道も少し変更して、直接その山間の村に向かった。


日は暮れてしまったが、峠を越えることができた。

このまま山道を下れば村に辿り着く、その辺りに差し掛かる。


先を走っていたローレルが手綱を引いて馬の足を緩める。


「どうしました?」

「明かりが」

「ほんとだ……何かあったんでしょうか」


木々の間から眼下に見える場所は、いくつも篝火が焚かれ、小さな橙の灯りがちらちらとしている。


山を下り、村に近付くほど灯りの数は増えて見えた。


村の入り口より手前で馬を降りたふたりは、丸太を組み上げただけの簡素な入り口へ向かう。

門扉は無いが両脇に篝火が焚かれ、こちらに気が付いた門番がゆっくりと立ち上がる。


「あんたら、こんな時間に何の用だ」

「こちらでお世話になる予定のリンフォードと申します。村長さんに話していただければ分かるかと」

「ああ、ここで少し待ってくれ。誰か」


門の内側で待機していた若い男性を呼びつけて、長の元まで使いを出した。

門番はリンフォードとローレルを順番に、頭から足先までを注意深く見ている。


「何かあったんですか?」

「賊が出たらしい……行商に出た一家の娘だけが傷だらけで逃げ帰ってきた」

「そんなことが……今日のことですか?」

「いや……昨日だ」

「そうなんですね。そのご一家は見つかったんですか?」

「襲われたって場所に行ってみたが、すでに荷車も何も無かった」

「それは心配ですね……私たちが来た方面は何もありませんでしたが」

「あんたらは?」

「街道を西から来ました」

「そうか。ならそうだろうな。襲われたのは北に向かう街道だ」

「というと、ハーティエ方面ですか」

「ああ、そうだ」


しばらく話をしていると、さっき使いに走った男性が戻ってくる。

案内するとリンフォードとローレルに手を振った。


馬を引いたまま、村の中を歩く。

家の多い辺り、大きめの道が通っている場所には篝火があり、その下や、家の前にはその家の主人らしき人物が厳しい顔つきで佇んでいる。


ちくちく刺さるような視線を受けながら、奥まった場所にある村長の家に歩を進めた。


立派な屋敷というよりは、周りの家よりやや大きめ、といった具合の建物だった。

比較的裕福なのか、石組の土台の上、他の家より高い位置に、白壁の家が建っている。


玄関先にいる壮年の男性が、リンフォードの姿を見て、頷くように頭を下げた。


「よくいらっしゃった」

「なんだか大変な時に来てしまったようですね」

「いつもは静かな場所なんだが」

「私たちは邪魔にならないように、なるべく静かにしてます」

「こちらも大した歓迎ができなくて済まない」

「いえいえ、お気遣いは無用ですよ」


案内しますと現れたのは、その家の長男だった。歳の頃は十代の半ば、最近少年を脱したような風体をしている。


厩舎に馬を連れて行き、ひと通り世話を終えると、今度は少し歩いた場所にある小さな一軒家に案内された。


「わあ。こんな良いところに泊まらせてもらえるんですか?」

「この中は自由に使って下さい……水はこの家の左手に井戸があります。食料が必要ならなにか用意します」

「ありがたいです。適当に見繕ってもらって構いませんか?」

「はい。……で、早速なんですが」

「はいはい、構いませんよ」

「良かった……その、ケガを負った子がいて」

「襲われたっていう娘さんですね。伺いましょう……荷物を置いてくるので、待っててください」


家の中に入ると、リンフォードは指をぱちりと鳴らす。


ランプに灯りが入って、部屋に満ちていた影が途端に小さく濃くなった。


「私は出かけてきますけど、ローレルさんはここで休んでてください」

「どういうことだ?」

「何でしょう?」

「何しに出かけるんだ?」

「ここの村に置いてもらう条件ですよ」

「条件?」

「医師はかなり離れた町にしかいないんです。なので、ここに私がいる間だけ、けが人や病人を診てあげますっていう」

「なるほど」

「ではちょっと行ってきますね」

「護衛は?」

「村の中では結構ですよ、休んでください」

「わかった」


荷の中をごそごそとして、必要なものを揃えると、リンフォードはそれを抱えて家を出て行った。


それを見送ってからローレルは家の中を見てまわる。


小さな家なので、二、三扉を開けただけで、すぐに元の場所に戻った。


狭いながらも、台所と浴室がある。

寝室には小さな寝台がひとつだった。


誰がどこで眠るのかはリンフォードが戻ってから決めることにして、ローレルはとりあえず湯を作ろうと、石窯に火をつけて、鍋を持って表に水を汲みに行く。


家具や食器なども、最低限のものは揃っているようだ。


生活感は無いが、しばらくは暮らせるように整えられた場所。


リンフォードのように、遠方から医師に来てもらう為の家なのだろうとローレルは推測する。




湯を沸かしている間に、埃っぽいのが気になって軽く掃除を初めてしまう。

そうしているうちに浴槽いっぱいに水を運ぶ気力も無くなって、井戸と浴槽を数回往復したところで諦めた。

腹までが浸かれば上々だと簡単に風呂を済ませる。


いくつか持っていた果物と干し肉をかじって、なんとか空腹をごまかして待つが、リンフォードは帰ってこない。


食事はこれで構わないが、眠気を我慢するのはやめた。


窓から外をのぞいても、篝火は遠くの方、人影も見えないし気配も無い。


律儀に起きて帰りを待つ必要があるかと考え、みっつ数える間も無いうちに結論を出して、遠慮なく寝台を使うことにした。




気持ち良く寝入った頃に、物音でローレルは意識を取り戻す。

枕元に立て掛けていた剣の柄を手探りで掴んで、近寄ってくる気配と音に注意を向ける。


足音を忍ばせているようだが木床が軋んで、それなりに音が立つ。聞き慣れた間隔の足音、重心の移動の仕方。


リンフォードかと体に入っていた力を抜いた。

半分開いていた目も閉じて、また眠りの世界に戻ろうとする。



扉が開かれ、小さく抑えた声が聞こえる。


「帰りましたよ、ローレルさん……起こしましたよね、知ってます。というか、毎度どきどきするので、(そこ)から手を離してもらえませんかね」

「…………まよなか」

「真夜中ですねぇ」

「…………しょくじ」

「済ませましたよ。ローレルさんは?」

「うん……」

「私もここで寝て良いですか?」

「なにも……」

「しませんよ、ご心配なく。今までもそうだったでしょう?」

「んー…………」


ごそごそと衣擦れの音がして、失礼しますと横向きに寝た背中側の掛け布が持ち上がる。


端の方に、落ちる手前まで横に避けた。


背中合わせになる感触、自分以外の温もりに、ローレルはゆっくりと意識を手放していった。


眠気に負けて、大して考えなかった自分はなんて馬鹿だったのかと、翌朝になって後悔することになる。





腰に乗っている重み、背中の上を滑る、肌と肌が触れ合う感触に、徐々に意識が浮上する。


共寝していたのを、その相手がリンフォードだったことを思い出す。

その場を離れようと身体を引いた。

途端に逆にぐいと寄せられる。


「そんなに端にいったら落ちちゃいますよ」


ローレルが動かないと見るや、リンフォードは腕から力を抜いて、そのまま背中をとんとんと叩いている。

子どもを寝かしつける優しい手つき。


ローレルはゆるりと目を開く。

瞬くごとに、リンフォードのくつろげている襟元がはっきりと見えてきた。


背中から腰の辺りを撫でられる感触に、内臓からぞわりと震えが伝わる。


「…………ローレルさんの背中は皮下脂肪が薄くて、筋肉の付き方がわかりやすい」


惚けるような声を近くで聞いて、今度は体の表面がぞわりと粟立つ。

腰を引いて膝を体に引き寄せて折りたたみ、足の裏をリンフォードの腹に当てて、思い切り押した。


そのままごろりと転がって、リンフォードと、巻き込まれた上掛けが寝台から落ちていく。


床からおはようございますと情けない声が弱々しく聞こえてきた。


「やっと寝顔が見られました」

「……黙れ」

「あどけなくてかわいかったなぁ」

「両目を抉り出させろ」

「それは困るのでやめてください」


うふふと楽しそうに笑っている、床に落ちた掛け布の塊を見下ろす。身体を起こし、その真ん中辺りを踏みつけてローレルは寝台を降りた。

朝の支度をしようと、ズボンと長靴を掴んで部屋を出る。


後には中味が半分に折れ曲がって、もごもごと蠢く芋虫のようなものが残されていた。




無言でぐねぐねと悶えて、踏みつけられた腹の痛みが和らぐのを待つ間。


リンフォードは自分が何をしでかしたのかを考えていた。


「…………反対向きじゃなくて良かった」


寝ぼけて、腕の中にあるものが何なのか、撫でて確かめようとした。

服の中に手が入っていたのは、本当に本当に無意識だったのだが。


それをそのままローレルに伝えるのもどうかと思う。

おかしなことになって、今後に差し支えるのだけは避けたい。


余裕があったように見えただろうか。

何でもないことのように思っただろうか。

できれば何でも無かったことにしたい。


目を開いた瞬間に、すぐ側にあったローレルの顔。撫でているのがローレルだと分かった瞬間。驚いて寝台から落ちなくて良かったと、リンフォードは長く長く息を吐き出した。


「ローレルさんがローレルさんでありますように」


もそもそと上掛けから這い出して、寝床を整えると、リンフォードは寝室をゆっくりと出て行く。


井戸まで顔を洗いに出ると、ローレルも井戸の側に立ち、村の景色を眺めていた。



周囲を山に囲まれた景色。

まだ影のように黒っぽい緑の山々と、下に横たわる朝靄が流れている。


「おはようございます」

「おはようございます」

「あ……の……ローレルさん?」

「食事を取ったら探索か?」

「あーはい、そうですね」

「医者をしなくてもいいのか」

「それは日暮れ以降という約束なので」

「そうか」


何事もなかったように打ち合わせをしながら食事を取り、山に入る準備をして、何事もなかったように出かけた。




村の入り口に差し掛かる辺りで、人集りを見たローレルは歩を止める。


「なんでしょうかね」


何かを見つけたように、ローレルは一点に集中していた。


「ローレルさん?」


どうかしたのか、リンフォードが声をかけようとしたその時に、人集りの中から大きな声がこちらに向かって飛んでくる。


「連隊長!」


ローレルは固く目を閉じて、静かに息を吐き出した。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あっ もー!すーぐ服の中に手入れちゃうんだからー、んもー。うらや どうやら大きく展開しそうな感じですね!? ローレルさんの事情がわかってきそうな!! 楽しみにしてまーす
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ