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8.クリス先輩 夏合宿編③

 

 昨夜遅くまで拷問を受けていた私は、1人でプールの淵に足を入れて座っていた。鬼龍院さんから海に誘われたものの、皆といるのが苦痛でお腹の痛いふりをして難を逃れたのだ。


 ------ この歳でお腹が痛いと嘘をつくとは----


(小学生みたいよね)真衣は浮き輪に乗ってプカプカと浮いている。(だせえよなー)白尾も真衣同様プカプカと浮かんでいた。


 仕方ないですよ。1人になりたかったんですー。昨日は散々だったの知ってるでしょう? 私の事を知ったって面白くないでしょうに---- 


 はあっと溜息を吐きながらも上を見上げれば綺麗な青空。雲一つない澄み渡る空に白いカモメが空を飛んでいく。


 いいなあ。気持ちよさそう----


「やあマイ。こんな所にいたんだね、お腹はもう大丈夫かい?」


 急に後ろから声が聞こえてビクつく。


 あー、もう失敗したよー。部屋で大人しくしてれば良かった。


 恐る恐る振り返ると、クリス先輩はニコニコした表情で私を見ている。お腹が痛い何て一度きりしか使えないし、ここは治った事にしておこう。


「は、はい。もう大丈夫です」


「なら安心だね。じゃあ僕の冒険に付き合ってくれない?」


「冒険---- ですか?」


「そう冒険。別荘の裏は森だから入ろうと思うんだ。折角だしマイも一緒に行こうよ」


 ええー。困ったなあ---- 正直なところ全く行きたくない。森に興味なんてないし、苦手な虫や爬虫類がいる時点でもう嫌な気分だ。


「あ、あの。私、虫とかはちょっと」


「ハハッ。そうだった、昨日言ってたよね。じゃあ蛇とかもダメ?」


「そうです。出来れば見たくもないというか----」


「了解。でも大丈夫、これがあれば完璧だ」


 見せてきたのは虫除けスプレーと持ち歩き用の蚊取線香。得意げな顔でウィンクするクリス先輩はお美しいのだけど---- 嘘でしょ---- 国民の誰しもが知っているであろう物を知らないとは。よく考えたらクリス先輩は外人。知らなくて当然かもしれないけど---- 


「マイもこれが凄い物だって知ってるだろ?」


「そう---- ですね----」


 それ以上言葉を発する事さえ出来ず、無言のままでいるとクリス先輩が私を勢いよく持ち上げた。水の中にあったはずの足は宙を舞い、プールサイドへと下される。


「冒険へいざ出発!」


 あってる? と私にすかさず聞いてきたので唖然としつつも頷く。クリス先輩の日本語は素晴らしく上手だけど----


 私がしぶしぶ靴を履いたとたん、クリス先輩に肩を掴まれ後ろから押されて仕方なく歩き出す。


 どうしてこうなるのー?!


 こうして凡人の私と、英国貴族であるクリス先輩の冒険が幕を開けたのだった。



 *****


「ひいっ!!」


「ハハッ。マイは本当に怖がりだね」


 道半ばにいる蛇を落ちてる木の枝にひっかけぽいっと投げるクリス先輩。さっきからカエルやら蛇やら虫が出てきて溜まったもんじゃない。


 ただでさえ2人でいるのも緊張するのに、神経を張り巡らせて歩くのはとてもしんどい。


(そんな神経あるのか?)白尾が探偵の姿で現れた。(ええ、貴方にそんな神経が?)真衣はセクシーな助手気取りだ。


 ジャングルのような森は変わった形の木が沢山あり、植物の葉っぱがとても大きいように感じる。所々咲いている花も色が綺麗ではあるが---- 進むに連れ木が生い茂り日があまり入らなくなってきた森は、昼間であるのに薄暗くどんよりとして少し怖い。


 私にだってありますよー。こんなに使ったのは久しぶりだけど---- ふと前世の記憶を思い出す。


 親友と震えながらお化け屋敷に入ったなあ。何で夏祭りに行ったんだっけ---- そうだ親友の好きなキャラクターの綿飴買うのに付き合ったんだ。


 普段は絶対に行かない夏祭り。カップルを見る度に辛口が増す親友と勇気を出して入ったんだよねー。いきなり親友が念仏を唱え始めて怖かった----


 クリス先輩は平気のようで時々鼻歌を歌い、口笛を吹いている様子からご機嫌であると分かる。


 ---- はあ。いつになったら帰るのかな。流石に不気味すぎますよー。魔女でも住んでいそう----


「ねえマイ、このY路なんだけどどっちが良いと思う?」


 急にクリス先輩から問われ前を見れば2つの道がある。左は今よりもどんよりとした雰囲気、右は日が差し込み明るくなっている為悩む事はなかった。


 ここは絶対右ですよ、左に行く訳がありません!


「右ですね」


「そっかあ! じゃあ右に行こう」


 輝かしい笑顔で歩き出すクリス先輩。どんどん進んで行くと目の前に綺麗に透き通った大きい池が場所が見えてきた。


「ワオ! これは素晴らしい景色だ!」


 神秘的に感じる池は柔らかく日が入り空気も爽やかで、先程までのどんよりとした雰囲気とは大違い。はしゃいでいた筈のクリス先輩は、近くに倒れている大木へ腰を下ろし私に隣へ座るよう木をポンポンと叩いた。


 あまり近い距離は---- 大木の他に座れる物を探すが何もない。仕方なくクリス先輩から出来るだけ距離をとって座る事にした。


 ---- ふう疲れた。でもこの景色は綺麗ですね、来て良かったかも。


「マイはとっても分かりやすくて良いね。思っている事が全部顔に出てるよ?」


 えっ? 顔に出てると言われ慌てて顔を手で隠しつつ横を見れば、クリス先輩はニコニコと笑いながら私を見ていた。


「僕の国はもちろん、日本でも関わりのある女性はポーカーフェイスが基本なんだ。マイはコロコロと表情が変わって目が離せないよ」


 ---- 私って分かりやすい?! ボーッとしてたり途中で眠くなってたり、考えるのを放棄してるのバレてたのかなあ。どうしよう---- それって恥ずかしすぎない?!


「感情が豊かで凄く良いと思う。僕の笑顔は作り物だけど、マイを見てると自然に笑えるんだ」


「そう、ですか。有難う御座います」


「うん。マイはあまり笑わないよね? マイの笑顔が見たいな、僕にだけ見せてくれない?」


 クリス先輩の手が私の顎へ伸びてきてグイッと顔を持ち上げられる。長く青い瞳に見つめられてドキドキが止まらず息も出来なかった。


「マイはどう笑うのか知りたいな」


 ------ いやいやいや。な、何で私の笑顔?! 知らなくて良いですよ!


「教えてくれないの? このままだとキスしちゃうよ?」


 き、キス〜?! もう勘弁して下さーい!!


(あらして貰えば良いじゃない?)真衣はカメラを手に持って興奮している。(もうこんな機会ねえぞ!!)白尾もカメラを構えて準備しているようだ。


 な、何でカメラ?! ううん、取り敢えず私が笑う事を伝えればキスは回避出来る筈。


 笑う事---- 笑う事---- うぅ。どうしよう、特に浮かばない。地味なお局と言われてた私だ。簡単に笑えてたら唯のお局になれたであろうに。


 困惑からタラタラと冷や汗が流れ始めた時、クリス先輩のお美しいお顔が近づいてきた。距離が近くなるにつれ心臓が飛び出しそうな程煩く動いている。


 や、だ、やだー!


 バッと顔を横に逸らしクリス先輩の顔に両手を押し付ける。無理無理ー! これ以上近づかないで下さい、死んじゃいますよー!


「ハハハッ! まさか手が出てくるとは!」


 楽しげに話すクリス先輩の声は遠ざかり、手にあたる肌の感触も消えていった。


 チラリとクリス先輩を見ればまだ楽しそうに笑っている。様子を無言のまま大人しく見ていたが、途中から笑われている事に少しだけ腹が立ってきた。


 ------ 私は必死だったのに。


 プクっと頬を膨らましクリス先輩から顔を逸らしてむくれる。地味なお局はむくれる事が精一杯の対抗だからだ。


「ハハッ。マイ怒ったのかい?」


「いえ、お気になさらず」


「お気になさらずって凄い言葉だね、マイの怒りがひしひしと伝わってくるよ。ごめんね? マイが可愛くてつい笑っちゃったんだ」


 クリス先輩は私の手を掴みしょんぼりしたような顔で見つめてきた。お美しい顔のしょんぼりはある意味破壊的だ。私の胸がまた不意にドキンっと音を立てる。


「マイは僕の知る中で一番可愛い。家に持ち帰って抱きしめていたいくらいだよ」


 私の腰に手が回りグイッと強く力を感じた瞬間、クリス先輩の首筋が目の前にやってきた。白い肌から見える首筋は男らしく異性を感じてしまう。


 鼻先には爽やかな柑橘系のいい香りがして、居心地が良くて気持ち良いと感じる反面、心は暴れ回り今にも爆発しそうな程だ。


「く、クリス先輩、あの、ちょっと離れて----」


「んー、どうしようかな。マイは柔らかくて気持ち良いんだよね」


「なっ---- で、でも私----」


「恥ずかしいんでしょ? そんな理由は聞こえないよ」


 更にギュッと抱きしめられ頭がホワホワとしてきた。


 もう駄目〜 温かな体温に包まれ私は天へと召されていく。最後に目が捉えたのはクリス先輩の綺麗な肌に一つだけある首のホクロだった。


 神にもホクロがあるんだ---- そう思ったのも束の間、私は徐々に脱力していきクリス先輩の胸元で息絶えた。




予約投稿を間違えてました。更新出来ておらず、すみません!

いつも有難うございます!

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