4. 地蔵なら---- 幽霊編②
もー、今日は行きたくないよう----
だらしなく机に寝そべりながら英語の授業を受ける。私の脳内では英語すなわち呪文だ。流暢に呪文を唱える黒髪の先生をチラリと見て息を吐く。
ハア---- 写真のお化けが先生だったら良いのにー。
不気味に笑う姿をふと思い出し背中がゾッとする。
皆何で怖くないのかなあ。乗り移られたら嫌だよー。
(いやいや、流石に乗り移る奴を選ぶだろ)白尾がそういうと、(しょんべん小僧には、ねぇ?)真衣は残念そうに私を見た。
もうー良く考えてよ、神々に乗り移るって無理な気がしない? 私の方が簡単に乗っ取れそうだし、お化けだって神々は眩し過ぎて遠慮すると思うんですよねー。
そう考えたら、お化けに少しだけ同情する。私には謎だが神々の意気込みは凄い。
昨日なんて、わざわざ少し遠い場所にある有名な神社まで行った程。
クリス先輩は神社に興奮してずっと呪文を唱えていたし、城ヶ崎先輩や鵞戝先輩はお賽銭を知らなくて私に質問ばかりしてくる。
龍王寺先輩と幸松先輩に関してはおみくじを知らず、中吉と吉どちらが上か聞かれてもう辛かった。
お賽銭後、どうして鈴を鳴らすのか聞かれても私だって知りませんよー。中吉・吉論争もそう、全く分かりません!
そういうものなんです---- とどうにか答えたけど、衝撃を受けたような皆の顔が忘れられない。
自分を残念に思いながら神社を立ち去り、帰る為再びリムジンに乗ったが高級そうなシートに慣れずビクビクする。
父の運転するレンタカーにしか乗った事のない私に、いきなりリムジンはレベルが高すぎた。前世でだって友達の結婚式でチラリと見た事があるだけだ。
そういえば私って何歳で死んだんだろう。何故か地味なお局って言われてた気がする----
キーンコーン、カーンコーン。
いつの間にか先生の呪文は消え去り、腰まである黒髪を揺らしたまま静かに教室から出て行った。
HRが終わればもう放課後。部室に行くのが億劫で机に頬をつけたまま張り付くように寝そべる。
あーあ、本当に行きたくないなあ。
帰りたいよー。鬼龍院さんと違うクラスだったら逃げれたのかなあ。そもそも何で鬼龍院さんは私なんかを部室へ連れて行ったんだろう。
ゲームの強制力だとしても何で? グルグルと考えるが一向に謎は解けない。
「白尾さん時間ですわよ。部室へ行きましょう?」
鬼龍院さんの微笑みを見てハッとする。
そうか! 鬼龍院さんがヒロインで私は引き立て役のモブ。それなら色々と納得出来るよ!
そういえば歯のかけた親友が言ってたよね、好感度を教えてくれる人がいるって。私、鬼龍院さんの為に存在してたんだ。
スッキリしたのも束の間、直ぐに違う不安へと変わる。
私に好感度なんて分かるのかな? 彼氏なんて1度もいた事ないし---- そうだよ恋愛なんて無縁過ぎたから、地味なお局と言われたんだ。
汚すなと書かれた貼り紙を思い出し、トイレの個室にいた時の光景が頭に浮かぶ。洗面台を使う後輩が私の事話してたんだよね。
はあ---- 神様、私に何て難しい役割を----
「白尾さん?」
再び声をかけられ我にかえる。
「どうかされました? 今日は寝てばかりいますし体調がすぐれませんか?」
うっ。もう見てなくていいんですよー!
(あんなに寝そべってたらねえ?)(家まで送られて倉庫とまた言われるぞ?)真衣と白尾がニヤニヤと話す。
面白がらないでよー。最近私に対して酷いよ2人共! お化けは怖いんです、憂鬱なんですよ。
「鬼龍院さん---- お化け怖くないの?」
「怖くないですわ。白尾さん幽霊が怖くて寝てましたの?」
「それは--- そうなんだけど」
「ふふ、大丈夫ですよ。先輩方が守って下さいますわ。さっ早く行きましょう」
鬼龍院さんに手を掴まれ、いつものように部室へと連行される。立派な部室の扉を開けると、やる気満々の神々は既に集まっていた。
「これで全員揃ったな。早速校舎を捜索しよう」
「僕はお札係だよね、司は塩を持ってよ」
「分かってる。他の皆も各自持ったか?」
えっ。私にも役割があるの? キョロキョロと皆の手を見れば何かしら道具を持っている。
やばい---- 一昨日の会議全然聞いてなかったよー。
「龍王寺先輩。白尾さん幽霊が怖いようですの」
「白尾くん、そうなのか?」
「---- はい」
「真衣ちゃんは本当に可愛いわね」
「真衣ぴーって見た目通りなんだ」
「マイが震えたらウサギにしか見えないね」
「ふっ化学で証明すれば怖くないだろう」
「では私と一緒に回ろうか、白尾くんはカメラだったな。カメラを持って俺について来てくれ」
「白尾さん良かったですわね。後でまた合流しましょう?」
「あ、ありがとう」
1人じゃなくて良かったけど、龍王寺先輩と2人なんて緊張する。何話せば良いんだろう----
「皆、合流地点でまた会おう」
長身でスタイルの良い龍王寺先輩の後ろをドキドキしながら歩く。
私達の部室は1階。初めて最上階である3階に足を踏み入れたが、廊下の木の板がギィギィと怖さを演出してくる。
カメラを両手で持ちながらゆっくり歩いて行くと、龍王寺先輩が鏡の前で立ち止まった。
「白尾くん写真を頼む」
「は、はい」
トイレや教室など、指定された場所を撮り続けたが特に何も起こらない。ホッと安心しつつ2階へ降り、鏡を見つけた時ついにお化けがいた。
「ヒィっ」
悲鳴なのか、息なのか分からない音をだしてついカメラを落としてしまう。慌てて拾ったものの、ニヤニヤ笑う顔と長髪に白のワンピース姿が不気味過ぎて動けない。
「貴女は誰だ?」
龍王寺先輩が問いかけてもお化けはケラケラ笑うだけ。質問しても無駄ですよと内心思っていたら、お化けがゆらりと動き鏡から這って出てきた。
もう無理ー! 怖すぎる!
私は恐怖から龍王寺先輩の背中へと隠れる。ブルブルと体が震えてしまいもう堪らない。
「白尾くん、写真を撮ってくれ」
写真?! こんな時に?
「む、無理ですー! 怖すぎます!」
「大丈夫。白尾くんなら出来る」
龍王寺先輩の背中から恐る恐る前を覗いたら、お化けと至近距離で対峙していた。
お化けを睨む龍王寺先輩と、ニヤニヤ笑っているお化け。
ち、近すぎませんか?! 怖すぎますよ!
「白尾くん、早く撮るんだ」
「は、はいー」
カメラを必死に構えてパシャリ。画面越しに見ても不気味過ぎて震えてしまい、ちゃんと撮れているのか怪しい。
私がカメラを下げたとたん、龍王寺先輩は手に持つ塩をお化けへ投げつけた。
「白尾くん逃げよう」
龍王寺先輩に手を掴まれ走り出す。震えていたせいで力が入らない私は、龍王寺先輩の速さについていけず転んでしまった。
手を掴まれていた為、膝と胸を強くうち全身に痛みが走る。
い、痛いよー。もう怖いし痛いしでやだよー。
涙が溢れ出た瞬間、体が宙に浮き龍王寺先輩に片抱きされ移動しながら頭を撫でられる。温かい体温と優しい手に恥ずかしさよりもホッとして涙が止まらない。
「白尾くん、大丈夫か?」
「う--- はっ」
嗚咽のせいでまともに返事が出来ない私。周りから見れば泣きじゃくる子供にしか見えないだろう。
「転ばせて悪かったな。怖いのによく頑張った」
ギュッと龍王寺先輩の腕に力が入り、顔を首元に押しつけられる。
「真衣ちゃん! 龍王寺何があったの?」
「幽霊から逃げた時転ばせてしまった。俺の責任だ」
「幽霊だって? 何処にいたんだい?」
「2階の鏡だ。鏡から出てきたから白尾くんに写真を撮って貰った」
「白尾さん、怖かったでしょうに----」
「ふっ、流石だな。幽霊を確認しよう」
「真衣ぴー、カメラ貸してくれる?」
私は握り締めるカメラの紐を前へ差し出す。カメラを受け取った幸松先輩を中心にして、皆画面に釘付けだ。
「ワオ! これは凄い近さだね」
「こ、これは本物なのか?」
「除霊しないと危険ね」
「お札で大丈夫かなー?」
「やってみないと分かりませんわ」
神々を見ていると涙が徐々に乾いていく。神々しい姿は生命に満ち溢れていて眩しく、お化けが発する冷たい空気やどす黒いオーラとは大違い。
神々って凄い---- いるだけで明るいんだ。
いいなあ、私も地蔵くらいならなれるかなあ---- 赤いエプロンをつけた小さな地蔵に思いを馳せる。
あ、考えた事なかったけど、神と地蔵の違いって何? ---- 地蔵って道端に良くいるけど何してるの?
(おい地蔵に失礼だぞ! そんな事も知らねえのか?)ギャハハと笑う白尾。(まあまあ、そんな事より--- いつまで抱っこされてるの?)真衣がニヤリと笑う。
わ、忘れてた! ハッと目線を上に上げたとたん、綺麗に緑が混ざった黒い瞳とかち合う。
す、すみません。でも男性に抱っこされたの初めてだし、何て言って降りたらいいのー?
私の頭の中で、イケメンが地蔵を運んでる映像がグルグルと回り出す。地蔵は無言のまま優しく微笑んでいるようだ。
「涙は止まったようだな。よし皆行こう」
龍王寺先輩は私を抱えたまま歩き出し、再び階段を上り始めた。
2階の鏡へ向かったがお化けはいなくて、先程と違う空気に驚く。
「いないわね」
「逃げたのかなー?」
「最初に見た写真の鏡に行くかい?」
「ふっ、的確な判断だな」
「そうですわね。鏡の中を移動するようですし」
「皆1階に戻るか。時間も写真と同じくらいだろう」
廊下を進み先程の階段とは違う階段を降りる。もはや龍王寺先輩から降りる事を諦めた私は悟りを開く事にした。
私は地蔵---- 地蔵になるんだ。
思い浮かぶ地蔵と同じ表情を作り無になる。抱っこされたまま写真で見た鏡に近づいていくと、急に空気が冷たくなった。
いる! 体が縮まり手に力が入る。
もう出てこなくて良いですよー!
叫びたくなったがお化けは一向に姿を現さない。何でだろうと思い鏡をよおく見たら、端にある柱から小人のように小さくなってチラチラとこちらの様子を伺っているようだ。
「ここにもいないみたいだねー」
「どこに消えたのかしら?」
「3階かも知れないですわ」
「じゃあ3階に行ってみようか」
「ふっ、俺の頭脳に恐れをなしたか」
え?! 見えませんか? そこにいますよー!
言葉に出来ないまま3階へ行き、2階、1階と鏡を見て回る。1階にいるお化けに神々は気づかないようで、見るたびに段々と小さくなっていく。
回数を重ねる毎に小さくなり仕舞いには消えてしまった。
恐るべし神々の力---- 人数がこれだけいれば眩しいなんてもんじゃないだろう。最初に神々を見た時の事を思い出す。
そう考えたら私成長したかも---- 眩しいけど見れるようになったし。
「白尾くん、もう大丈夫そうだな」
床に足が下されついに解放された。
「今日は諦めるか。再び調査をしてから挑むとしよう」
「お札は取っておくね、次こそ必要かも」
「そうねえ、数珠は各自持っていましょ」
「霊と交信する機械は部室に置いておく」
「その機械をつかう所を次こそは見たいものだね」
「私もですわ。一先ず写真は撮れましたし、白尾さん流石です。私尊敬致しますわ」
「そうだな、よく頑張った」
龍王寺先輩から頭を撫でられ、神々が私を見て一斉に微笑む。頭に輪っかと背中に立派な羽までつけて、まるで絵画のようだ。
慣れてきたなどおこがましい。神々から発せられる光は眩し過ぎて、お化け同様私の意識も段々と消えていった。
評価頂き有難うございました!
凄く嬉しいです。今回で幽霊編は終わりです。
来週またお会いしましょう。