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2.タンポポも背負えない私

「きゃあ、龍王寺様と幸松様がいらっしゃるわ」


「素敵ー、1度でいいからお話ししてみたいわー」


 華々しい女性達の黄色い声が耳に届いた瞬間、サッと身を縮めながら歩く。神々と今会うわけにはいかない---- 有難い事に女性グループが壁となって小さい体の私は完全に隠れている。


(慌てて立つんじゃねえぞ!)白尾が私に喝を入れてきた。(まあまあ、本人が1番分かってるわよね?)真衣は私へ訪ねてくる。


 分かってるよー、自分の為だもん。神々と知り合いだなんて思われたら平穏な生活が完璧に消えてしまう。それだけは絶対嫌!


「あら、白尾さんおはようございます」


 後ろへ振り返ると桜を背負った背景で鬼龍院さんが歩いてくる。ストレートな黒髪を靡かせ、いかにも日本を代表する美少女は固まる私を見て微笑んだ。


 放課後帰宅部に入部してから1週間。鬼龍院さんに何故か懐かれて? しまい学園では常に私と一緒にいる。週末は安泰と思っていたら鬼龍院さんの立派なご自宅へ強制的に連れてかれてしまった。


 古くからあるであろうお屋敷に場違いな凡人としては、言われるがままにお菓子を食べてお茶を飲みご飯を頂く。そして夜は鬼龍院さんが満足するまで話しを聞いて布団に入り眠っただけ---- 手厚くもてなして下さったが精神的には軟禁状態だった。


「きゃあ、こっちに向かって来たわ!」


「どうしましょう挨拶してみようかしら?」


 キャアキャアと騒ぐ黄色い声が耳に届き汗が流れ出す。


 やばいよー。どうすればいいの!

 ワタワタとしていると神々しい声がその場に響き渡った。


「鬼龍院くんに白尾くん、おはよう」


「やあ、朝から一緒にいるだなんて仲良しだね」


「龍王寺先輩に幸松先輩、おはようございます」


 振り向くと黒薔薇を背負った龍王寺先輩は黒髪にクールな雰囲気で立っている。切れ長でキリッとした目に整った綺麗なお顔は誰が見ても納得のイケメンだ。


 隣にいるすずらんを背負う幸松先輩は茶色の癖毛に柔らかな雰囲気で、クリッとした目にアイドルよりも可愛いらしいお顔は芸能人顔負け。


 タンポポでさえ背負えるか分からない凡人の私に、綺麗なお花を背負った神達は私を囲んで優雅に微笑んだ。


 完全に行き場を失った私は、挨拶なんてする余裕もなく唯ひたすら人々から投げられる視線に耐える。


(とりあえずこの場から逃げろよ!)白尾が私を応援してくれる。(あら、もう無理じゃない? 皆に注目されたわよ)真衣の言葉に項垂れた。


 まだ挨拶は返してないし、分からなかった振りをして逃げ切ればどうにかなるかも。でも思いっきり私の名前言ってたよね?! どうしよー、走り去ったら去ったで変な奴だと思われない? いやいやそんな事気にするより静かな生活の方が大事だよ。


 とりあえず教室まで行けばどうにかなる。


 よし逃げるんだ!


 手に持つ鞄をしっかりと胸に抱えて、ギュッと目を瞑り走り出したが誰かにぶつかり足が止まった。


 ゆっくりと片目を開けば白いシャツが目に映り反射的に後ろへ下がる。見上げて行くと青い瞳と目が合い、私の頭の中は終了の2文字でいっぱいになった。


「マイ、大丈夫かい? 皆おはよう、今日は天気が良いね」


 クリスマスローズを背負って登場したクリス先輩は、金髪に青い瞳で皆が理想とする王子様そのもの。爽やかな外人の微笑みを見て力を失くした私は両膝を地面につけた。


 もう終わったね私の静かな学園ライフ---- 短い命だったな。道端に咲くタンポポの方が強いね。凄いなあタンポポって----


 学校のチャイムが鳴り響き、心配してくれる鬼龍院さんに手を引かれて教室へと向かう。ふらつきながらやっと自分の席に辿り着き、頭を真っ白にしたままいつの間にか授業が終わっていた。


 放課後を知らせるチャイムが鳴ると再び鬼龍院さんに手を引かれ絢爛な部室のソファへと座らされる。


 眩しく光る神々が次々と集まり、前と変わらぬ配置でソファへと腰を下ろす。


 龍王寺先輩がポーズを作ると、神々の会議が始まった。


「さあ会議を始めようか。まずはこれを見てくれ」


 テーブルに一冊の本が差し出される。本の表紙には剣を持つ少年と可愛らしい少女が描かれていた。


「本日の議題はこれだ。異世界に召喚された場合の対処法について話し合おう」


「ふーん、この本はどういった内容なんだい?」


「クリスは知らないか。この本は今や日本の文化になりうる人気の小説だ。異世界に召喚された高校生が勇者となって魔王を倒すといった非現実的な内容になっている。しかし、そういった非現実的な事が我々にも起きる可能性がないと言い切れるだろうか」


「ふっ。流石龍王寺先輩だ。可能性がないとは確かに言い切れない」


「そうねえ。いつ起きても困らないよう考えておくべきだわ」


「僕もそう思うんだ。だから議題にしてみようって司と話してたんだよね」


「なるほど、日本の文化は素晴らしいな。発想に驚いてばかりだよ。今回はどんな設定なんだい?」


「そうですわね。まずは設定を決めませんこと?」


「まずは、ここにいるメンバーが異世界に召喚されたらという事にしておこう。そして異世界では魔法も使えるし武器でも戦える設定だ」


「あとは召喚された理由だねー、とりあえず魔王を倒すでいいかな?」


「良いと思うわ。それで魔王はどんな存在なの?」


「久しぶりに高揚してしまうな。魔王は世界を混乱させる為に魔物を生みだすのが鉄板だろう」


「参考までに聞くけど他にも召喚される理由ってあるのかい?」


「他には、ゲームの世界に入り込んでラスボスを倒すというものが人気だ」


「私、召喚ではないですが悪役令嬢に転生するお話は読ませて頂きましたわ」


「僕も転生ものは読んだよ。不慮の事故で亡くなった主人公が異世界で生まれ変わるんだ」


「そんなに種類があるのかい? 僕の国にも是非広めたいね」


 ------ ええーもはやここが異世界なのでは? ゲームの世界って、異世界に入らないの?


(おい混乱してんじゃねえ)白尾が私を心配する。(ふふ、仕方ないわよね)真衣までもが心配してくれた。


 異世界から異世界に召喚? 考えられないよ、今でさえ良く分からないのに---- でもここにいる神々は召喚されたらきっと強いんだろうなあ、私なんてきっと足手纏いだ。


 想像してみても村人Aくらいにしかなれない気がする---- 乙女ゲームの世界で良かった。


「では、魔王は魔物を生み出し世界を混沌に落しめようとしている。そこに私達が召喚され魔王へ立ち向かうという設定にしよう。俺は剣舞を学んでいるから剣だな」


「いいねー。僕は弓かな、弓道をずっとやっているし」


「俺は間違いなく魔法だな。頭脳を使い新たな魔法を生み出してしまいそうだ」


「あら、私も魔法かしら? 一緒に新しい魔法を生み出しましょ」


「僕はそうだな---- フェンシングをしているからツカサと同じ剣かな」


「私は薙刀術を習っているので、槍で戦いますわ」


「中々良いパーティーになりそうだ。白尾くんはどうする? 何か習っているか?」


 ------ ど、どうしよう。前世で書道と算盤しか習った事ないよ。神々って習い事するんだね---- 知らなかった。


 一先ず、前世の記憶を辿る。


 ------ はあ、私って何もない。頭も良くないし、運動は人並み。凡人過ぎる事しか突出してない。


「あら、何だか考え込んじゃったわね。今のパーティーだと回復役がいないから、真衣ちゃんは治癒師なんてどうかしら?」


「治癒師は必要だよねー、回復出来れば戦い方もかわるだろうし」


「そうだな。白尾くんは治癒師という事にしよう。お願い出来るか?」


「------ はい」


 うわーん、治癒師って怪我を治す人だよね? 私、人の血なんか見れないよー。何で返事したのー?


 いや、まって。これはあくまで非現実的な事---- 妄想だけなら許される?


(まあ勘違いしないなら良いんじゃないか?)白尾は私を見下す。(妄想なら自由ですしね、自分の身の丈を分かっているのかしら)真衣は呆れているようだ。


 自分の事は自分が1番分かってますう。妄想の中だけならちょっとくらい出来ると思ってもいいでしょ? 


 って何で私乗り気なのー? それが1番怖い----


「武器は決まったな。どういう役割でいこうか」


「そうねえ、リーダーは部長の龍王寺で良いわよね。頼んだわよ勇者」


「我が部の部長が勇者じゃなければ他に誰がいる。愚問だな」


「龍王寺は間違いなく勇者だね。とりあえず僕はお金を預かろうかな」


「幸松先輩が金庫番---- 良いと思いますわ。では私は異世界の情報を集めますわね」


「じゃあ僕は魔王や魔物の情報を集めよう、人に溶け込んで話を聞き出すのは得意だから」


「あら、それなら私もクリスと一緒に集めるわ」


「ふっ、適材適所だな。俺は武器や装備を用意しよう。データ収集は任せてくれ」


 ------ 神々って頭いい、情報を集めてから動くんだ。凄いなあ、私なら諦めて戦いすらしない。


「マイはどうするんだい?」


「えっ----」


 やばい、何も考えてなかった。


 私の出来る事---- OLをしてた私ならお茶汲みと雑用係くらいなら出来る。


「私。皆さんの雑用係を----」


「白尾くん。君は皆の雑用をするつもりなのか? 健気な人だ。素晴らしい意見を出せるのに、人の為だなんて----」


「白尾さんはこう見えて凄いんですわよ。綺麗に洋服を畳めますの。家庭的なんだと思いますわ」


「へえ、じゃあ真衣ぴーは料理を作って貰えないかな? 野営とかもあるだろうし」


「そうねえ、私達は家政婦がいるから全て任せているものね」


 ------ 私、何で家庭的って思われてるの? 鬼龍院さんの家で服畳んだだけだよね? 


 しかも家政婦さんって---- 神々は洗濯機も見た事が無いんだろうか。流石にそれはないよねー、炊飯器でお米ぐらいは炊けるでしょう。


「そうだな、俺はどうやってお米が炊けるのか分からない。釜で炊くのか?」


「龍王寺先輩、今は炊飯器というので炊くみたいですわよ」


「あら、私も釜だと思っていたわ。昔話だと釜よね?」


「僕はお米を食べないからね、全く分からないよ」


「クリスと同じく僕も、基本洋食だねー」


「俺も時間を有効的に使う為にパン派だ。炊飯器は家にあるが---- まあ調べれば俺の頭脳だとすぐ理解出来るだろう」


 知らないのー!? この人達、異世界で生きていけるのかな---- 急に不安が芽生える。


 私だって洗濯機に入れてボタンを押す、野菜や肉を切って、調味料をかけて焼く事しか出来ませんよー。


(真衣、諦めろ。妄想でも無理なんだよ)白尾が私へ追い討ちをかける。(そうねえ、スペックがないものねえ)さらに真衣が追い討ちをかけてきた。


 もう頭がパンクしてきた、頑張らなくていいかなあ。


 それからというもの、異世界での生活に不安を感じる私を置き去りにて、どんどん話しが進んでいく。


 途中、治癒魔法についてどんな魔法を生み出せるか問われパンクしてた私は皆さんにお任せした。


 神々の白熱して話す姿は、ゲームについて盛り上がる近所の小学生にしか見えない。


 戦闘中の話なんかまるで呪文のようで、睡眠魔法を掛けられたようにユラユラと船を漕いでしまった。考える事を放棄し、会議が終わるまで眠気と闘っていると鬼龍院さんが部屋の明かりをつける為席を立つ。


 前回の流れから考えるにもう終わりだろう。私は座り直して白熱する会話に耳を傾けたが、一向に終わる気配がない。耐えられなくなった私は、ついに勇気を振り絞って口を開いた。


「あのっ! お腹空きませんか?!」


 よし、よくやった私。これで帰れる!


「もうこんな時間か。まだ話し足りないな」


「僕もだよー、まだ魔王を倒せてないからね」


「そうよね、魔王を倒さないと終われないわ」


「俺も同意だ。終わらないと先に進めない、きちんと倒さなければ他の勉強に差し支える」


「私も気になって夜が眠れなくなりますわ」


「それなら僕の家に来ない? 学校の隣だし、警備もしっかりしているから安心だよ」


「それはいい提案ね、皆が大丈夫ならクリスの家で続きを話しましょう?」


「僕は大丈夫。クリスの家にも行ってみたいしね」


「俺も問題ない。クリスお願いしても良いだろうか?」


「良いよ。折角だし皆で食事を取ろうか。ピザ何てどうかな?」


「私、ピザを初めて食べますわ。是非お願い致します」


「ふっこれで魔王が倒せるな。ピザ何て勝利に相応しい食べ物だ」


「真衣ちゃんも大丈夫よね? では行きましょう」


 神々はやる気に満ち溢れた表情で立ち上がっていく。今にも戦いが始まりそうな空気の中、私だけが脱力し立ち上がる事も出来ない。


 ---- もう19時なんですよー。ピザを食べた事ないって---- 何を普段から食べてるんですか? 


私は今日に限って夜ご飯お寿司なんですー、私お寿司好きなんですよ、庶民はたまにしか食べられないんです。


 座ったままの私を心配したのか、鬼龍院さんが声をかけてくれたが何を言ってるかは分からない。意識だけでもお寿司の元へ行かせようとしていると、何故か龍王寺先輩に横抱きされた。


 間近で龍王寺先輩のお顔を拝見し、完全に意識を飛ばした私はクリス先輩のご自宅で覚醒する。見慣れない部屋の広いソファに横たわり、まるで芋虫のように毛布が巻き付けられていた。


 えいっ! ゴロゴロ体を動かし、毛布から体を出すとピザの匂いがしてきたのでテーブルの近くまで行き床に正座する。


 寿司が食べれなかった私はもはやピザを食べるしかない。半ばやけくそになりながらピザを食べていると、ついに魔王が倒された。


 私は嬉しくてガッツポーズする。


 ついに---- ついに魔王が倒された! やったあ!


「魔王に攻撃されて倒れていた白尾君も復活したようだ。ふう、白熱したいい会議だったな。これでいつ召喚されても問題ないだろう」


「いやあー流石に疲れた。魔王は強かったよ」


「魔王とやらは凄い存在だね、祖国にいる弟へ教えないといけないな」


「素晴らしい戦いでしたわ、先輩方の戦う姿格好良かったです」


「当たり前だ。俺の生み出した魔法は誰にも真似出来ないからな」


「皆生きたまま倒せて良かったわ。真衣ちゃん有難う」


「あ、はい」


 私何かしたっけ? まあいいよね。とりあえず帰ればお寿司が食べれる。


「じゃあ皆、各自お風呂に入って反省会にしようか。泊まって行くんだよね?」


「皆でお泊まりだなんて、私初めてですわ」


「ふふ、夏合宿でも皆と泊まれるわよ。今度の夏合宿は重政の別荘なの」


「皆楽しみにしててよねー、島を貸し切りにしといたからさ」


「島というならば植物の研究が捗るな、課題を先生から出してもらわなければ」


「夏休み合宿は1週間だ。議題は既に考えてあるから心の準備だけしていてくれ。一先ず汗を洗い流そう」


 えっ、えー!


 どういう事? 夏合宿? いつの間に?


「白尾さん、白尾さんが気を失っている間にご自宅へは私から連絡しておきました。心配しなくて大丈夫ですわよ」


 鬼龍院さんに微笑まれて、もう何も言い返せない。


(終わったな。寿司はもう無理だ)白尾が意地悪な顔で私を見ている。(お寿司はまた当分お預けね)真衣も意地悪い顔で私を見た。


 お寿司---- もう嫌、ピザよりお寿司が食べたかった。


 私は項垂れたまま鬼龍院さんと城ヶ崎先輩に連れてかれお風呂で裸の付き合いをさせられる。ここはローマか?! と思う程豪華なお風呂に驚いていたら、城ヶ崎先輩と鬼龍院さんの見事なプロポーションに挟まれてしまった。


 ローマ風呂にある見事な女神の彫刻と並ぶしょんべん小僧。しょんべん小僧の私がこのお湯に浸かっても良いのだろうか----


 恐る恐る広い湯船へ浸かり、私は顔を半分沈めてぶくぶくと泡を出しむくれた。帰りたいと言えないしょんべん小僧はむくれるしか出来ないからだ。


 神々と、髪を濡らしたままのしょんべん小僧が再び集まり、魔王討伐の反省会は夜中まで繰り広げられついに限界を迎える。


 気持ち良く眠りに入ると、夢の中に魔王が現れ必死に逃げた私はあっけなく倒されてしまった。


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