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僕らの爛れていない性生活

僕らの爛れていない性生活 第二話 「純情乙女」

作者: カギ野あや



私には好きな人がいる。

その人は大学の一つ上の先輩で、とってもかっこよくてやさしい。

出会ったのはサークルの新歓コンパの時。

自分で言うのもなんだけど、私は可愛いので先輩たちに大人気だった。

酔わせてお持ち帰りでもしようとしていたのか、コンパの途中から私は無理にお酒を飲まされそうになった。

その時に助けてくれたのが先輩だった。

「瀬戸さん困ってるだろ。新入生いじめないでやれよ」

笑顔でとりなしてくれたその先輩は、行動が素敵なだけじゃなく顔も、とんでもなくイケメンだった。

一瞬で恋に落ちた私はその夜先輩にアピールし続けた。

そのかいあってか、コンパが終わりになった後、先輩が家まで送ると言ってくれた。

「瀬戸さん大丈夫?大学生のノリってちょっと怖いでしょ。ごめんね、あいつら瀬戸さんが可愛いからはしゃいじゃってただけだと思うから。嫌いにならないでやってね」

帰り道にも優しい言葉をかけてくれて、私は胸のときめきが止まらなかった。

家に着いてしまったとき、もっと一緒にいられないのが悔しくて、どうしても、あとほんの少しでもお話していたくて。

既成事実でもできればラッキーと思って、つい言ってしまった。

「おうち、寄っていきませんか?」

先輩の驚いた顔はそれは見事だった。

完全に不意を突かれたのだと思う。

そんな人だったなんてと、顔に書いてあった。

私は先輩に嫌われたくなくて必死に取り繕ったけれど、きっと先輩にはばれていたと思う。

先輩は静かに、もう遅いから、と言って断った。

「講義、明日もあるでしょ。こんな時間まで残しちゃった俺が言うのもなんだけど、早めに寝て休んでね」

あの表情は少しも見せず、さっきのこともなかったかのように、先輩はまた優しい言葉を私にくれる。

そしてそのまま、歩き去ってしまった。

それが最初の出会い。

先輩の厚意を侮辱するようなことをしてしまった。

私は羞恥と後悔と哀傷と、なにより行き場のない叫びだしたいような衝動でとにかくいっぱいいっぱいだった。


次に会ったとき、私は先輩に謝ろうと決めていた。

なにがなんでもまず謝って、そしてもう一度普通に先輩後輩になりたいとそう思っていた。

だってあんなにやさしくて素敵な人なのだから、こんなことで気まずくなんてなりたくなかった。

でも、それは無理だった。

私がコンパから数日たってサークルに顔を出した時、先輩はお友達の先輩とお話し中だった。

私は先輩と話す時が少しでも遠のいたことに安堵して、小さく息を吐く。

けど、そんな私とは対照的に、先輩は私を目にとめると会話を中断してすぐにこっちにやってきた。

そして本当に申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

「この間は本当にごめん。瀬戸さんが別にそういうつもりで言った訳じゃないってわかってたけど、あの日はもう遅かったから。別に勘違いしたわけじゃないから安心して。変な気分にさせてごめんね。」

ずっと私のことをまっすぐに見て喋っていた。

私のことを見て、私のことを気遣って、私を安心させるように慎重に言葉を選んで、けれど私の気持ちを軽くするために淀みなく。

この話はもうこれで終わり。

私は全く悪くなくて、他意無く家にお招きしようとした私を先輩が変に勘違いしただけ。

私にとってすごく都合が良くて、このまま何も言わなければそれで終わると、そう思った。

けど、先輩の去っていく姿に、胸をかきむしりたくなるほどの恋慕を感じた。

コンパの時の燃え上がるような恋ではない。

むしろ小さく静かで、そしてずっと私を離さない強い思い。

どこが好きになってしまったのか分からない。

気遣われたからでも、かっこいいからでもないし、それでもって全部な気がする。

ただ、このままだと私は先輩を射止めることがかなわなくなると、直感的に悟った。

だから腕をつかんだ。

袖を握ればよかったと後悔したけれど後の祭りだ。

私は止まらない思いをとにかく言葉にしようとして先輩の腕を見つめたまま必死に呟いた。

「この間のは先輩の勘違いとかじゃなくて私にもちょっとはそういう気があったっていうかもちろんそんなにやってやるとか既成事実作るとか思ってたわけじゃなくてただもうちょっとだけお話しできればいいなーとか思ってそんなところで・・・」

クスっと笑い声が聞こえて、おそらく火を噴いているだろう顔をおそるおそる上げた。

あげた視線の先には目を細めた美しい笑顔を見せる先輩がいた。

「ありがとう」

先輩はなんだか噛みしめるようにそう言って、また歩き去っていった。

遠ざかっていくはずなのに、あの日とは違って近づくような気がした。


本当の恋に落ちてから数週間、私はひたすらにアピールを続けた。

私の持てるモテテクのすべてを駆使して、ひたすらに先輩に近づこうとした。

まずは常に笑顔でいること。

にこにこしている女の子は可愛い。

これは絶対の法則で、私は安藤先輩には特ににっこり笑いかけている。

二つ目がこの安藤先輩という呼び方。

名前を呼んだほうが間違いなく好感度が上がるというのが私の調査結果だ。

他にも何かの集まりの時は必ず隣を確保し、さりげないスキンシップなども行う。

安藤先輩の講義の時間に合わせて時間割を組んだり生活したりする。

それストーカーじゃんと周りの女の子達には言われるけど、そこは程よく加減しているに決まっている。

むしろそうやって周囲に私が安藤先輩のことを好きだと見せることによる牽制にも役立つのだ。

もちろん女の子達と仲が悪くなったりはしないよう細心の注意を払うことは忘れない。

うまくいくものがあればその逆もあるのが世の常で、当然私のアピールについてもうまくいかないものがある。

例えば会話中に相手を立てること。

男性は褒められることが好きなので、私との会話が楽しいということを刷り込むためにとにかく褒めることが大切。

なのだけど、安藤先輩は基本的に自慢話とかほとんどしないし、そもそも私に合わせて喋ってくれるので逆に私が楽しまされてしまう。

それから、見ること。

何の用がなくてもただ見ていて、目が合いそうになったらすっと視線を外してみせたりわざと目を合わせて微笑んでみせたりと、相手がこちらを意識するよう誘導するテクニック。

けれどこちらも、目が合ってドキッとしているうちに先に安藤先輩に微笑まれちゃったり、特に意識せず見つめていたときに目が合って顔が赤くなってしまったりとかでうまくいかない。

究極奥義の好意をみせるというのはうまくいっている、と思う。

これだけやっているのだし、さすがに気が付いているはず。

ただ、私に対する態度に何の変化もないので少しだけ不安になる。

もしかしてすごい鈍感なんてことは、ないよね。

サークルの終わりに、先輩を呼び止めた。

汗で張り付くシャツと、そこからのぞく筋肉質な体。

かっこいい。

汗をぬぐいながら安藤先輩はいつもの笑みで聞いてくる。

「どうしたの?」

余裕な態度が悔しくなって、つい大きな声が出てしまう。

「どうして安藤先輩は私のこと名前で呼んでくれないんですか」

声量が大きかったせいか、突拍子のない問いだったせいか。

安藤先輩は、え、と言って固まった。

詰問するような感じになってしまったので私は内心焦りながらも、拗ねたように付け足す。

「ほかの先輩方は名前で呼んでくれるじゃないですか。なのになんで安藤先輩は呼んでくれないんですか」

まだ少し戸惑っているようだったけれど、安藤先輩は眉をハの字にした笑顔で私に問いかける。

「名字で呼ばれるのあんまり好きじゃなかった?だったらごめんね。名前にするよ」

私はこの言葉を待っていましたとばかりに強く否定する。

「名字で呼ばれるのが嫌なわけじゃないんです。安藤先輩だから、名前で呼んでほしいんです!」

安藤先輩はまたしても驚いた顔をしたけれど、はにかむように笑って、じゃぁと。

「麗奈さん」

「なんでさん付けなんですか!後輩なんですからもっと気軽な呼び方にしてください」

私の強い押しに安藤先輩は諦めたように素直に従う。

「麗奈」

呼ばれた瞬間に、ぶわっと顔が熱くなる。

体と頭がごちゃごちゃになって、どうしていいかわからなくて、取り繕うこともできずに下を向いてとにかく顔を隠す。

だってほかの先輩はちゃん付けだし、さっきまでさん付けだった人がいきなり呼び捨てにするなんて思わなかったし。

下を向いたまま、帰り道へ安藤先輩をぐいぐい押していく。

「呼び捨てとか早いですから!ちゃん付けにしてくれって意味ですから!」

先輩が困ったようにごめんと謝るのを聞いて、惜しいことをしたと思った。

でもこれだけは言っておかないとと、最後の力を振り絞って。

「それじゃぁ、わ、私も、あ、安藤先輩のこと、だ、だ、だい、大樹先輩って、呼びます、ね」

優雅にいたずら笑顔で言うはずだったセリフは震えてか細く、純情な女の子みたいでとにかく耐えきれなかった。

一目散に逃げだした私がだいぶ離れてから振り返ったとき、先輩はまだそこに立っていて、笑顔で手を振ってくれた。

本当に太刀打ちできなくて、私はまた逃げるように走り出してしまった。

この日、安藤先輩が大樹先輩になった。


大樹先輩は確かにあの日困っていたようだけど、嫌がっていなかった。

私は確信している。

盛り上がり、燃え上がっている時こそ攻め時なのだ。

私は初めて大樹先輩に二人で出かけませんかと誘いをかけた。

万全に準備して、唇もプルプルだったはずなのに、いざ誘うときはやっぱり唇が渇いて声は掠れて、余裕なんて少しもなかった。

ただ、好きだ好きだって気持ちで突き進んだら、OKがもらえた。

デートは相手の好みに合わせてかわいい服を着ていけばいい。

それだけのはずなのに、私は全然着ていく服が決められなくて、当日もなかなか思うように髪型やメイクが決まらなくて。

五分ごとに鏡をチェックしたりしているうちに、一時間前に着くはずだった待ち合わせ場所に到着したのは待ち合わせの時間の10分過ぎだった。

私から誘ったのに10分も遅刻して、しかもちょっと走ったせいで髪型も崩れちゃって、私は泣きそうになる。

でも、大樹先輩は遅刻してきたバカ女にも優しく、手を差し伸べてくれた。

「今日は一段と可愛いね。似合ってる」

ベタなセリフで、全然嬉しくなるような言葉じゃないのに、胸の奥がキュッとなった。

「遅れてごめんなさい。私」

言葉を遮って大樹先輩は優しく言ってくれる。

「大丈夫。何となくそんな気はしてたし、俺もちょっと前に来たとこだから」

やさしさに甘えることしかできない自分が情けなかったけど、胸の奥からあふれる気持ちにあらがえなくて、そんな気がしてたって何ですか、って微笑んでしまった。

大樹先輩とのデートはとにかく楽しくて、どんな時でも幸せな気分だった。

お買い物をしている時も、カフェでお茶している時も、ゲームセンターで遊んでいる時も、ただ歩いている時でさえも、心が温かくて満たされていた。

デートは概ねうまくいっていた。

いっていたから私は盛り上がっていた。

学習しない私は燃え上がりすぎていた。

大樹先輩が優しくて、私が大樹先輩のことが好きで、そんな最初から用意されていた条件で成功したデートを勘違いしてしまった。

またしても私は、先輩を誘惑してしまった。

前みたいに既成事実がーとか、そういうことを考えていたわけじゃない。

ただもっと先輩と触れ合いたい。

純粋にそう思っただけだったけど、それが相手に伝わるかは別問題だ。

ホテルの前で私は大樹先輩を誘惑した。

した瞬間に空気が冷えた。

そして冷ややかに、ただただ問われた。

「麗奈ちゃんは、俺とセックスがしたいだけなのかな。それとも俺のことが好きだから言ってる?言っておくけど、もし好きなんだとしても俺は麗奈ちゃんの気持ちにはこたえられないよ。それでも、する?」

今度こそ私は堪えることができなくて、目からはぼろぼろと熱いしずくがこぼれ、のどからは嗚咽が漏れた。

ごめんなさい、ごめんなさいとひたすらに謝って、大樹先輩が何か言ってくれるのを待っていた気がする。

でも、何も言わなかった。

大樹先輩は、この時だけは、何も言ってくれなかった。

答えを待っていたのだと気が付いたのは家に帰ってからで、そのとき私は泣きながら今日は帰りますと、またしても逃げ出すのが精いっぱいだった。


盛り上がっていたのは私一人だった。

何かが進展したように思えたのは、大樹先輩が優しいから、私に合わせてくれていただけ。

結局、最初の時から一歩も、何一つとして進んでなどいなかった。

私はひどく傷ついた。

傷ついて傷ついて、その先にある事実に気が付くたびにまた傷ついた。

泣いて泣いて、顔がぐしゃぐしゃになって目が真っ赤にはれ上がって、鼻をかみすぎて赤くなったころ。

静かになった。

そして、大樹先輩に会いたくなった。

声を聴いて、話して、触れたいと思った。

私はその時に諦めるしかないとわかった。

静かで、小さい強い思いが、まだ私を離してくれないことを自覚してしまったから。

諦めることを諦めるしかない。

好きになってもらいたいと、強く思う。

ただのやさしさじゃなくて、大樹先輩が私といたいから一緒にいる。

そういう関係になりたい。

お互いにお互いを求めあえるようなそういう存在になりたい。

また始めなければいけない私は立ち上がり、洗面所で顔を洗う。

鏡に映った顔は泣きはらしてひどい顔だったけど、すっきりとして見えた。


いつでも本気のつもりだけど、今度のは本気の本気だった。

徹底的に惚れさせてやるってそう決めた。

だからまず、大樹先輩のことをもっと知ることにした。

今までは人間関係なんかを気にして女の子に軽くしかリサーチしてこなかったけど、今度は男の先輩に聞くことにした。

私の知らない大樹先輩のことをもっと知らなきゃいけない。

「あー、大樹ね。基本的には女子と喋ってる時とそう変わらんよ。喋る内容が違うから態度とかも違うように見えるだけで、同じこと話しゃたぶん同じ反応するんじゃね」

「彼女?いや、そういう話は全く聞いたことないな。そもそも特定の人と特別な感じになってんのを見たことがない」

「あー、あれは優しいのかねー。俺は知ってて無視すんのは優しいとも思わんけどなー」

出てくる話はあんまり手掛かりにはならなそうなものばかり。

やっぱりだめかと諦めかけたとき、大樹先輩の幼馴染だという先輩を見つけた。

「あいつの好きなタイプとかはちょっと分かんねーな。んー・・・・・・あ、でもね。いいこと教えてあげるよ。あいつセフレが何人かいるんだぜ」

うーわこいつ女子相手に言いやがった、とか周りの人にはドン引かれていたけど、私にとっては大きな情報の予感だった。

周りの目は気になったけど、とにかく変な気を起こされないよう細心の注意を払いながら詳しい話を聞きだした。

いわく、大樹先輩は告白してきた女の子の数人と肉体関係を持っているのだそうだ。

大樹先輩本人は、相手がそれを望んだから、と言っているそうだが、ほうほうなるほど、という感じだ。

大樹先輩の様子にいろいろ引っかかるところがあったがこれで納得がいった。

大まかな予想はついてしまう。

普通の人なら幻滅するであろうこんな話も、まぁあり得るな、というからしいな、くらいで片付けられてしまうのだから。

きっとこういう感じの娘たちなんだろうなと苦笑してしまう。

大樹先輩のことを調べながらも、普通に日常は進んでいく。

サークル活動だって普通にあるし、大樹先輩と会う機会もいままで通りにたくさん作った。

デートの後初めて会ったとき、真っ先に数々の失礼を謝って、いつものようにアピールをして見せたら流石の大樹先輩も驚きうろたえているようだった。

その後も私の計画は続けられ、1月ほどが経った。

その日は講義が少なくて、私は普段あまりいないような時間に食堂にいた。

すると例の大樹先輩と幼馴染らしい先輩がやってきた。

私に気が付いた幼馴染先輩は嬉しそうに笑うとすぐさま私の前の席に座り、満面のニヤニヤ笑顔で聞いて来た。

「ねぇねぇ、まだ大樹のこと好き?実はすんごい特ダネがあるんだけど聞きたい?」

是非とも聞きたいがあんまり下手に出るとよくない。

「まぁ好きですけど。その特ダネについては別に話さなくてもいいですよ。最近は特に探してないので」

本人が聞いてほしそうにしている時はこういう風に言ってしまうのが一番いい。

特にこの人の場合は。

「えー!いい感じなの!じゃぁなおさら聞くべきだよ。あのね、あいついっつも俺エロイことには興味ありませんって顔してんじゃん?」

それは確かにその通りだと思う。

私も苦しめられた。

「それがさぁ、今朝エロ本買ってんの見ちゃった!」

私は食べていたものを危うく吹き出しそうになるも、ぐっとこらえる。

そんな反応を見て幼馴染先輩はことさら満足そうに話し続ける。

「それで、どうしたんだって問い詰めたら、セフレとは別れたんだってさ!ウケるよね!」

詳しい経緯とかは話してくれなかったけど、と楽しそうに話す幼馴染先輩を置き去りにして私は今が好機だとまたしても突っ走る。

先輩が欲求不満な今こそがチャンス。

今度こそ、誘惑して先輩から求めさせてやる。

私はサークルの終わりに皆で飲みに行く話をしている中、こしょっと耳打ちした。

「今日、二人でカラオケでも行きませんか」

最近の大樹先輩はやっぱり以前とは違う。

こういう風にすると少しぎこちなくなる。

それでも大樹先輩は、視線を外し少し考えるそぶりを見せてから、軽く頷いた。


サークルの人たちに見つかるとよくないからと言って、私は先輩を大学からそれなりに離れた、表通りからは外れた場所のカラオケに誘導した。

大樹先輩はやはりぎこちない。

部屋についてからもいつも通りに笑顔で話しかけては来るが、何と言ってもさわやかさがない。

今日は絶対私のほうが有利。

大丈夫できる。

そう言い聞かせて私はいつもは座らない先輩の対面の席に座る。

できるだけ深く腰掛け、テーブル越しにもスカートの下からのぞく脚が見えるようにする。

大樹先輩が話題に困って、曲どうする、と聞いて来たところで。

「今朝、いかがわしい本を買っていたそうですね」

切り込んだ。

先輩は目を見開き口がパクパクと音を発せずにいる。

そのまま羞恥に頬を染めた。

勝った。

私は歓喜に打ち震える。

ついに大樹先輩を赤面させてやった。

自分の性欲を自覚させてやったのだ。

私は余裕綽々に一つ息を吐くと、パンツを脱いだ。

「大樹先輩、たまってるんですよね?いいですよ。私の使って」

余裕はあったが声は震えてしまった。

顔が赤くなっているのは分かったが、とりあえず席に寝そべる。

ちらと大樹先輩を窺うと想像以上に効果があったようで、赤面したまま自分の膝を見つめている。

ただ、なかなか襲ってこない。

焦れて、もう一度私から声をかける。

「しないんですか?早くしないと気が変わっちゃいますよ?」

焦らせるようなことを言うもやはり大樹先輩に襲う様子はなく。

「いや、俺はそれより前に君に言わなきゃいけないことがあって・・・・・というか、それ監視カメラに写ってるよ。女の子がそういうことするのもよくないと思うし」

私は我慢できなくなって、大樹先輩の膝にまたがった。

「監視カメラに関しては心配しなくて大丈夫ですよ。ここないんです、カメラ。だからここにしたんです。それに、大樹先輩もしたいんですよね?セックス。だってこの前と反応違いますもんね?」

顔を近づけ挑戦的に微笑んで見せる。

大樹先輩はぐっとつばを飲み込むと口を開き。

やっぱり、と言いつのろうとして。

私は堪忍袋の緒が切れた。

「どんだけチキンなんですか!こんだけお膳立てしてるのに何でこないんです!私の魅力がないからですか?そんなに私可愛くないですか?幼馴染だっていう先輩に聞きました。いままでしてた人と別れて溜まってるんですよね?じゃぁ私でいいじゃないですか!どうして何もしてくれないんですか?私は・・・・・私じゃダメなんですか!」

大樹先輩は呆気にとられたようにぼーっとそれを聞いていた。

それから、申し訳なさそうに、私を落ち着かせるようにゆっくりと話し始めた。

「違うんだ。そういうことじゃなくて。俺は誰かとしたいとかじゃなくて、ただ」

そこで一息切って。

そして意を決したようにまっすぐに私の目を見て言った。

「麗奈ちゃんが好きなんだ」

私の耳朶を打ったその言葉の意味が分からなくて、しばらく沈黙の時間が続く。

「えっと、私のことが好きって、冗談ですよね?」

「ごめんね、迷惑なのは分かってるんだけど」

「迷惑なんかじゃないです!」

その言葉を聞いた瞬間に叫んでいた。

「迷惑じゃないです・・・・・・・ずっと好きになってほしかった。」

なんて言っていいのか分からない。

伝えたいことはたくさんあるのに、どれから伝えればいいのか。

なんて言えば伝わるのか。

私はまたしても泣くことしかできなかった。

大樹先輩は慌てて、それからおそるおそる私の背中をさすった。

大きくて固くて、温かい手はそれだけで私の胸に詰まるこの思いをとろけさせてしまう。

しばらくそうしていて、私はやっと落ち着いた喉で訊いた。

「どうして今まで何にも言ってくれなかったんですか。あんなにアピールしてたのに」

拗ねた口調でそう聞くと大樹先輩は言いにくそうにしながら打ち明ける。

「ただ、面食いなだけだと思ってて。したいだけだと思ってたから」

「それなら2回も振られたのにずっとアタックし続けるわけないじゃないですか!」

「ごめん。それでも確信が持てなかったんだ。だから、俺がこの気持ちを打ち明けたら、麗奈ちゃんにとって迷惑なんじゃないかって。したいだけの人に本気になられたら鬱陶しいだろうから」

この先輩は本当に変な人だ。

相手の機嫌ばかり窺っている。

もっと自分のために動いてくれれば、こんなに苦労せずに済んだのに。

「いつから、ですか?」

「なにが?」

「私のことを好きになったのです」

「あのデートの後、もう終わったかなと思ってたのにずっと俺に話しかけてくれて、それで特別に意識して、それからなんとなく・・」

「大樹先輩よく分からないです」

「自分でもよく分からないよ」

私は背中をさすられたまま、先輩の胸に顔をうずめて熱い息を吐く。

「先輩、私のことどう思ってますか?」

察しのいい大樹先輩だから、すぐにわかったはずなのに。

「な、なんのこと?」

照れる大樹先輩っていうのがすごく可笑しくて、私はもっと意地悪したくなってしまう。

「そんなの決まってるじゃないですか。それともさっきの言葉は嘘だったんですか?」

「そ、そんなことはないよ!・・・・・・・・好きだよ」

私まで恥ずかしくなってきて大樹先輩の胸をドンドン叩く。

ちょっとそれは本当にやめて、と苦しそうだったのでやめてあげる。

とにもかくにも、私の長い長い戦いはハッピーエンドで終わった。

「背中さするのはやめないでください」

「あ、はい」


ゆったりとした時間が流れていく中、私は思い出したことを尋ねる。

「そういえば、本当に欲求不満じゃなかったんですか?」

その、セフレ、の人と別れたんですよね。

大樹先輩は小さく首肯する。

勝手なことだけど、と前置きして話す。

「もともと、好きだって告白してくれた人達にどうしても思い出が欲しいって言われて始めたことだから。別れたほうがいい、ていうか別れなきゃって」

よく分からないので、恥ずかしいのを飲み込んで問い返す。

「それってつまり、私のことが好きだから別れたってこと?」

大樹先輩はまたしても小さく首肯する。

お互いにテレテレという擬音がぴったりなくらいに照れて、また沈黙が下りる。

穏やかな沈黙だった。

お互いに温もりを感じて、思いが成就したことを噛みしめている。

またしばらくそうしていて、それでまた私ははっとする。

幸せな気持ちで危うく忘れるところだったけど、ギリギリのところで思い出した。

私は最初に聞きたかったことを先輩に尋ねる。

それじゃぁ。

「どうして、その、いかがわしい本を買ってたんですか?」

先輩はまたしても言葉に詰まる。

いつものさわやかな大樹先輩はどこに行ってしまったのやら。

私はまた自分だけが知っている大樹先輩がここにいることに嬉しくなる。

「・・・・・もし、もし麗奈ちゃんが俺のことを好きだったなら、するだろうと思って。麗奈ちゃんしたがってたし。それで」

べ、別にしたかったわけじゃなくて先輩を落とす一つの作戦で、と言い募ったが、先輩の取り出した本を見て吹き出してしまう。

『彼との理想の初体験』

「大樹先輩、買う本が乙女です」

「できるだけ麗奈ちゃんが喜ぶものにしたくて。初めてかはちょっと分からなかったけど」

大樹先輩のその言葉にちょっとばかりムッとなる。

「もしかして、私のこと誰とでも寝る尻軽女だと思ってます?」

「そこまでは思ってないけど」

「ってことは少しは思ってるんですね!」

私が怒ってみせると先輩はやっぱりうろたえる。

これなら、いいかな。

「・・・・・・・・確かめてみますか?」

今度は拒まれなかった。

本当はおびえていた私を見透かしていたのかもしれない。

そうする、と優しく呟いて、そしてやっぱり優しく私に覆いかぶさった。


「あんな本買っておいて、結局初体験の場所はカラオケボックスって」

直接肌と肌が触れるその奇妙な温かい感覚に身をゆだね、寄り添って座っている。

「それに、大樹くんいろいろ言っておきながらエッチ結構はげしくない?」

済んでしまえば気が楽なもので、私は言いたい放題言っていた。

「それは他の子たちがそういうのが好きだって言ってたから。麗奈はもっと優しめのほうがいい?」

「その!ほかの子とのこと話すのはマイナスポイント!」

ごめん、ってまた大樹くんは謝る。

はー、と私は息を吐く。

「先に好きになったほうは大変なんです。分かる?」

大樹くんはうなずく。

「なら、その私の大変さをいたわって」

私は甘えるようにその固く熱い胸に額を押し当てる。

大樹くんは私の頭をなでてくれながら遠慮がちに聞いてくる。

「それってもう一回しようってこと?」

言わなくてもわかって、と私が睨むと大樹くんは先ほどの宣言通り、前回より格段にゆっくりと私の体を愛撫してくれる。

ちょっともどかしくなった私は小さな声で言う。

「やっぱさっきと同じでいい」

大樹くんはちらとこちらを見て、ふっと笑った。

笑うなー。

私は怒るけれど、すぐにそんなことをしている余裕はなくなる。

まだまだ私の幸せな時間は始まったばかりだ。


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