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サバラン


 朝のHRでクラスがざわついた。


 担任の先生の横に外国人の女の子がいた。

 ヨーロッパのラテン風の顔立ちだ。


 先生が俺達に言った。


「……今日から交換留学生のフランソワーズがうちのクラスに来ることになった! 仲良くしてくれ!」


 生徒たちが小声でザワザワしている。


「あれ? あの子別館のクラスにいなかった?」


「確か今年の3月から来た子だよね? かわいいから有名だよ」


「クラスが合わなかったのかな……」


 生徒達は興味深々だ。

 俺は早く休息したい……


 先生が自己紹介を促した。

 フランソワーズと呼ばれた女子生徒はおどおどしながら喋り始めた。


「こ、こんちは。わたしフランソワーズ。よろちく」


 日本語で喋ったあと、いきなりフランス語でまくし立てた。


『こんちくしょう! やっぱり僕は日本語喋れないからだめなのよ……本当はアニメが好きなだけで日本に来たのに……まさか自分がアニメのキャラみたいにいじめられるとは思わなかったよ。あー、もうフランス帰りたいよ! でもママが許してくれないし……日本語難しすぎるよ! みんなはじめは可愛いからよってくるのに、僕が日本語わかんないから面倒くさくなって離れてくのね……』


 クラスメイト達は顔を見合わせた。


「え、英語じゃない? 日本語喋れないの?」


「えーと、先生! 英語か日本語は喋れるの?」


 先生が暗い顔になった。


「フランソワーズ君は……英語は喋れない。日本語は勉強中だ」


 クラスが変な空気になる。


 飯田橋が動いた。


「先生。とりあえず席に座ってもらいましょう。空いてる席は後ろの山田くんの近くしかありませんよ?」


 おい、飯田橋。お前の隣も空いてるだろ?

 クラスの男子が喧嘩するから永遠の空席にしてるって聞いたぞ。


 フランソワーズはため息をつきながらトボトボ歩いて席に着いた。


『こんな地味野郎の隣とは……僕はもっと日本の少女マンガに出てくるような王子様みたいな人が良かった……どうせHRも授業も日本語わかんないから寝よ。フランス帰りたいよ〜、日本は料理もまずいし、オタクは臭いし、アニメは字幕が無いし、ケーキはフランスより低レベルだし……』


 俺は机を叩いた。


「え!?」


 周りの生徒が驚いていた。

 フランソワーズも驚いて俺を見た。


『なにこいつ? 馬鹿なの? こっち見てるよ? 前髪のせいでわからな……え!?』


 俺は椅子ごとフランソワーズの近くに移動した。


 先生はいつもどおり俺の行動を無視してくれている。




『おい、お前、フランソワーズと言ったか? 貴様……日本のパティスリーを馬鹿にしたな?』


 周囲が騒然としてきた。


「え!? 山田フランス語喋れんの?」

「ていうか威圧感がすげえ……」

「意味わかんね……」


 俺は前髪の隙間からフランソワーズをはっきりと見ながら言葉を伝える。


『貴様が日本語ができないのは貴様の頭が悪いせいだ。というよりもなんでフランス人は英語もできない。貴様、南仏生まれだな? 訛りがひどいぞ? 魚臭いぞ。田舎者丸出しのマルセイユ人め。パリに憧れて間違えて日本に来たか』


 フランソワーズは驚いていた。


『え、ちょっと君さ〜フランス語できるなら早く言ってくれない? あ〜もう時間の無駄だったじゃん。君が授業を通訳してね? あと、日本のケーキは美味しくないよ? ケケケ』


 鼻で笑いやがった。


 ……フランス人はやっぱり自分勝手だな。





 飯田橋が近づいてきた。

 珍しい。クラスではお互い近づかないようにしているのに。


 飯田橋は俺に耳打ちした。


「ねえちょっと、大丈夫? 周りドン引きなんだけど? とりあえずちょっとだけ会話わかったからさ……後でお店に来てもらったらいいじゃん? それで日本のパティスリーのレベルを再認識してもらえば?」


 飯田橋、たまにはいい事を言うな。というかフランス語がちょっとわかるのか? さすがだな。

 俺は小さくうなずいてフランソワーズに言った。


『放課後逃げるなよ……』


『え!? 僕何されちゃうの!!』


 そのまま午前中の授業が開始した。

 フランソワーズの周りには誰も来なかった……






 俺は休み時間だけ寝る。

 横にいるフランス人を見る。

 こいつは朝から帰りのHRまでずっと寝ていた。


 やっと起きたな。


 俺は飯田橋と目で会話を交わした。


 ーーこいつを頼む。

 ーーりょーかい! 頑張ってみる!


 俺は一足先にお店へ向かった。

 目の前にルーシーが現れた。

 ……こいつ外国人顔してるからフランス語喋れるか?


「……おい、お前はフランス語を喋れるか?」


「山田様が喋ってくれた!! ルーシー嬉しいです! フランス語なんて楽勝です! イタリア語と一緒ですよね!」


 いや違うと思うが……

 飯田橋の語学力だけじゃ不安だからこいつを使うか……


「おいルーシー、あそこにいるリア充の手助けをしろ」


「あ、あいつは……くっ、山田様の命令は絶対……ルーシー了解しました!」


 ルーシーは飯田橋の方へ走っていった。







 俺は店に着いてデザートのサービスに入っていた。


 オーナーには飯田橋と一緒に知人が来ることを伝えてある。


 程なくして飯田橋が店に来た。


「おはよーございまーす! 今日も頑張ります!」


 後ろにルーシーとフランソワーズがいた。

 ルーシーは静かだ。



 飯田橋は俺に近づいて来て言った。


「ルーシーさんには静かにしていたら、あんたも怒らないし、あんたの役に立ったら好感度上がるよって言っておいたよ!」


 飯田橋、グッジョブだ。


 所在なく二人は立っている。


『おい、お前ら、さっさと座れ。貴様に久しぶりのフランス菓子を食わしてやる』


 フランソワーズはビクつきながら席に座った。


『ふ、ふん! 所詮日本のパティスリーはパクリばっかりだ!』


『こいつ強がってますけど、寂しいだけです! 山田様にかまってもらいたくてツンツンしてるだけです! 敵です!』


『馬鹿! そんな事無いぞ! 僕はイケメンが好きだ! ……ていうか、君だれ!?』


 ルーシーはアルバイトスタイルの俺を見てほざいている。


『俺は……アルバイトパティシエYAMADAだ!』






 俺はデザートを作り始めた。


 今日作るデザートはサバランだ。

 こいつの食べたい物を予め聞いておいた。


 サバランはフランスの伝統菓子だ。

 お酒のシロップでたっぷり漬け込んだサバラン生地に生クリームとフルーツで組み合わせるケーキだ。


 俺はシロップに漬け込んだ丸いサバラン生地をハーブとバニラと一緒にオーブンの中に入れた。


 その間、俺はマスカルポーネとフロマージュブランというチーズを合わせて、メレンゲと生クリームを作って、全て合わせて、軽いチーズのムースを作る。


 合わせるフルーツは清見オレンジだ。

 オレンジの皮で香りをつけたフルーツワインのジュレも使う。


 熱くなって香りが更に付いたサバランをオーブンから出した。



『ちょっと何これ! 作ってる工程丸見えじゃん!』


 フランソワーズは目がキラキラして、とても楽しそうだ。


 飯田橋はサービスの補佐をしてくれる。

 お茶を入れてくれたり、俺に必要な器材を持ってきてくれたり、下げてくれたりしてくれる。


 ーーやりやすい。飯田橋は凄いな。


 俺は盛り付けに入った。


 深い皿にサバランを半分に切って置く。

 柑橘フルーツでサバランを埋め尽くして、その上に軽い生クリームを絞り、これまた非常に軽いチーズのムースを乗せる。

 ジュレをちらして、ソースを垂らす。

 ヨーグルト風味のアイスクリームを添える。

 最後に残り半分のサバランで蓋をしたら完成だ。


 オーナーを見た。

 オーナーは頷いてくれた。


 盛り付けのレベルが上がったのを実感する。


 俺は飯田橋を見た。


 飯田橋は笑顔で俺にサムズアップをしてくれた。


 ……ふん、ありがとな。


 俺はフランソワーズに皿を出した。


『柑橘サバランのアイスクリーム添え、だ。』


 フランソワーズは嬉しそうにフォークとナイフを準備した。


『いただきます! どうせ大した事ない……ぱくっ!』


 小さな口でサバランと食べた。




『……え……』




 そのまま無言で食べ続けた。





『ちょっと……すん……ぐす……ん』


 いつの間にか泣きながら食べるフランソワーズ。


『懐かしいよ……でも……フランスのやつより……全然美味しい……なんで? 食べやすいの……あ、柑橘……マルセイユ……お酒も……オレンジの使ってる』


 すごい勢いで食べ尽くした。


 フランソワーズは大泣きしていた。


『ママ!! パパ!! 寂しいよ……フランス帰りたいよ!! うわぁーん!!』


 ルーシーが優しく頭を撫でて上げていた。


『おバカなフランソワーズ、寂しかったら友達を作ればいいです……私でよければ友達になりましょう……』


『うぐ……ぐぅ……うん。ありがと……うん、もう大丈夫……』



 フランソワーズは俺を見た。



『山田……こんな美味しいサバランを食べさせてくれてありがとう。前言を撤回するよ。日本のパティスリーのレベルはとっても高いよ……教えてくれてありがとう』


『わかってくれたならそれでいい。俺は仕事に戻るぞ』


 俺は厨房に戻った。

 フランソワーズは小さく呟いていた。


『山田……真のイケメンパティシエ……』


 俺と入れ替わりにオーナーがカウンターに立った。


『ふふふっ! フランス人と勝負するのは久しぶりね! 私のデザートを喰らいなさい!!』


『ええーー!!』


 オーナーが大量のデザートを作ってフランソワーズに食らわしている。

 オーナーが一番負けず嫌いだからな……






 飯田橋が俺の前に立った。

 手の平を出している。


 ーー??


 俺も恐る恐る手を出した。

 飯田橋が俺の手のひらを叩いた。

 これは……


「もう、ハイタッチだよ! やったね! フランソワーズちゃんも納得できたし、ルーシーちゃんと仲良くなったし! 全部丸く収まったね!」


「ああ、お前は酒に強いのか?」


「未成年だからそんなに飲んだこと無いけど……多分大丈夫よ」


 俺はサバランのアルコールを少し弱くしたデザートを飯田橋に出してあげた。


「ほら、食べろ」


「やった! フランソワーズちゃんがほんとに美味しそうに食べてたもんね!」


 もぐもぐ食べ始める飯田橋。


「うん! おいしい……これ、山田が考えたデザートでしょ? オーナーとちょっと違う」


「よくわかったな。そろそろ商品として出そうと思っていたものだ」


「はぁ……美味しかった! ごちそうさま!」


「ふん、さっさと仕事に……今日は別にいいか……オーナーもヒートアップしてるしな」


「ーーそ、そうね! 私達ものんびりしようか!」


「ーーコーヒー飲むか?」


「うん!」


 飯田橋は俺達のキャラクターカップを持ってきた。

 お客様が来るまで俺達は厨房で二人でのんびり過ごした。


 店内ではフランソワーズの悲鳴が響く。



『もう食べられませーん!!』


 

 






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