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フィナンシェ


「今日の体育の授業はマラソンだ!」


 大柄な体育教師が俺たちに告げた。


 生徒たちから大ブーイングが巻き起こる。


「うるせー、てめえら! いつも体育の授業で遊んでばっかいやがって! このマラソンの順位は成績に大幅に影響されっぞ!」


 先生は俺を見た。


「特に山田! お前全然真面目に授業受けてないじゃん! このマラソンの順位悪かったら追試するぞ!」


 ……なんだと?



 俺をしり目にリア充グループが意気揚々としている。


「かーー! マラソン嫌だな!」


「おい、一緒に走ろうぜ!」


「放課後、部活あるのにな!! 疲れたくないぜ!! イェイ!!」


 全然嫌そうに見えない。絶対こいつら一緒に走らないだろ?


 凄く真剣に柔軟運動をしている。


 女子もこのマラソンに参加する。

 共同授業は珍しい。


 飯田橋の周りには友人らしき奴らが沢山いた。


「かなえさん! 一緒に走りましょ!」


「わーー、ウエストほっそ! 触らせてーー!!」


「私あんまり速く走れないので……ゆっくりでも良ければご一緒しましょうか?」


 遠目から見える飯田橋はダサいジャージを身にまとっている。

 なのにジャージがオシャレに見えた。


 長くて艶のある綺麗な髪をアップにしている。

 バイトの時と同じスタイルだ。

 自分で美少女言うくらいだから、確かに綺麗な顔をしている。


 見ていたら目があった。


 飯田橋は俺に向かって口パクをしてる?


 ーーマラ・ソン・ガン・バレ


 多分間違ってないはずだ。


 ……成績に影響するマラソンか……真面目に走るか。


 俺は飯田橋だけにわかる様に、サービスの時のハンドサインをした。


 ーー了解。


 飯田橋は笑顔で俺を見てこくこく頷いた。





「はーい! 位置について……よーいドン!」


 俺は最後尾からのスタートだ。

 クラスで地味な奴の宿命だ。


 パティシエは体力を使う仕事だ。

 朝から晩まで働く。そして重い器材を扱う。


 俺はパティシエになるための努力は惜しまない人間だ。

 追試で時間を取られるのは困る。

 体力? 今更だな。


 俺は力強く地面を蹴った。


 身体にスピードが乗ってくる。


 どんどん生徒たちを追い抜かす。


「え!?」


「速!! あれだれ!?」


 目の前に先頭集団がいた。


 ……確か飯田橋のグループの奴らだな。拓海って言ったか。


 俺はギアを上げた。

 このくらいでへばるようじゃ、激戦のクリスマスやバレンタインを越せない。

 死の行進を舐めるなよ。


 拓海は振り返って俺を見た。


「ひぃぃ!!! ごめんなさい!!」


 道を開けてくれた。


 俺はそのままトップを独走して一番でゴールした。


 先生がストップウォッチを見て驚愕した。


「や、山田……なんで今まで……ちゃんと走らなかった……お前明日から陸上部へ来い。3000メートルの高校生トップクラスだぞ……」


 俺は軽く呼吸を整えて先生に言った。


「興味ないです。教室で自習してきます」


 先生は呆然として立ち尽くしていた。


 一年生の窓から大きな声が聞こえた。

 女子生徒が窓に足をかけている。非常に危険なバランスだ。


「きゃーーーー!! 山田様!!! ルーシーは見てました!! 山田様の気品あふれる走りを!!」


 手をぶんぶん振り回す。


『こら、危ないからルーシー君! バカ! パンツ見えるぞ!』


 一年の教室がここからでも騒がしくなっているのがわかる。


 ……俺はルーシーとやらを無視して教室へ戻っていった。








「ちょっと山田! あんた超速いじゃん! みんな驚いていたよ!」


 何故か嬉しそうな飯田橋がいる。


「ああ、パティシエは体力が必要だからな。パティシエになるために必要最低限の事だ」


「マジで!? いやうそでしょ? オーナーもあんなに体力あるの?」


 オーナーがひょこっと顔を出した。

 腕まくりをすると、美女に似つかわしくない上腕二頭筋が綺麗なカットで膨れ上がった。


「ひえ!! 本当なんだ……私は足遅いから大変だったよ。……でもでも、最後尾で一緒になったクラスの可愛い図書委員の子を仲良くなれたよ! 一緒に走ろうって言ってた子は……ここぞとばかりに先へ行ったよ……」


 飯田橋は乾いた笑いをしていた。



 今の時間はサービスが終わり、焼き菓子の仕込みをしている時間だった。

 飯田橋はさっき焼いた焼き菓子を袋に詰める作業をしている。


「おい、手を動かせ。菓子が乾燥するぞ」


「わかってるって! 袋詰めも大事な作業なんでしょ?」


 意外と小器用に袋に詰めていく。


 俺はフィナンシェを作っていた。


 バターを黄金色になるまで焦がす。そうすることによって風味が増し、香りが豊かになる。焦がしすぎるとバターの酸化が早くなるので、商品としてはあまりよろしくない。

 ベストなタイミングを見切る。


 卵白、小麦粉、はちみつ、アーモンドパウダーを合わせて、最後に焦がしバターを入れて混ぜる。


 トロトロのフィナンシェ生地の出来上がりだ。 

 これを一晩冷蔵庫で寝かせて空気を抜いて完成だ。


 飯田橋は鼻をくんくんさせていた。


「……ちょっと、この匂いは反則なんだけど。バターってこんなに良い匂いになるんだ!」


 俺の作った生地をじっと見る。


「生生地は食うな。生の小麦はお腹壊すぞ……ちょっと待て……」


 俺はオーブンを確認する。

 ちょうどさっき作ったフィナンシャが焼き上がった。


 長方形の型に収まった焼きあがったフィナンシェをひっくり返して型から抜く。

 焼きたてほわほわのフィナンシェが出来上がった。


「ほら」


 俺は飯田橋に焼きたてのフィナンシェを渡した。


「あちあちち!! ちょっと! ふーふー!! ……アーモンドとバターの匂いがすごい! ……パク!」


 まだ熱いフィナンシェを飯田橋が食べた。


「あつ! はふはふ……もぐ……うみゃ……はふはふ……」


 熱がりながらも少しずつ食べる。

 やがて全て食べ切った。


「……出来立てって……ヤバいね……香りも味も……すごい……」


「そうだな。出来立ては香りが一番いいな。だがな、冷まして落ち着かせたフィナンシェもおいしいぞ」


「でもでも、これ超うまいよ! 出来立てのフィナンシェなんて食べたことないよ!」


「店で働いてる特権だな。……ほらいつまでも食ってないで作業に戻れ」


「はーい……ていうか山田って実は凄いよね? こんな美味しい物作れるし……」


「……俺はまだまだ修行が足りん」


 オーナーの創作力をみると、いかに自分が経験不足か思い知らされる……


「ほーん……色々あんだね? でも私は山田の好きだよ!」


 飯田橋は無言になった。

 次の瞬間、顔が真っ赤になった。


「いや、違うから! ケーキの事だよ!」


 少しだけドキドキしてしまった、だがこいつは住む世界が違う人間だ。コミュニケーション能力の高さのせいだな。


「安心しろ。ちゃんと分かってる」



 だけど、自分が作るケーキが好きと言われて喜ばないパティシエはいない。



 俺達はその後も和やかに焼き菓子の作業に勤しんだ。






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