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陰キャな隠れイケメン王子は私に厳しい  作者: 野良うさぎ(うさこ)


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31/31

パンケーキリトライ! 

 

 日本予選に優勝したからといって、俺の生活は特別変わらない。

 あのコンクールが終わって、すでに1カ月過ぎていた。


「おはよーー! 早く学校行こ!」

「ああ、行くぞ」


 かなえが体当たりしてきた。


 朝の登校時間、いつも通りの風景。

 俺たちは手を繋ぎながら学校へ向かう。


 俺は世界で一番幸せ者だ。


 かなえが居ればそれでいい。


 ……もしかして父さんもそうだったのかな?

 母さんが亡くなった時、父さんは気が狂いそうなほど乱れていた。

 ……そろそろ連絡を取ってみるか


 季節も冬になり、肌寒い日々が続く。

 かなえの白い肌がピンク色になっている。


 ーーかなえが居なくなるなんて想像できない。少しだけ、父さんの気持ちがわかったのかも知れない。


「ん? どうしたの?」


 コテンと首をかしげる。

 俺はそれだけで胸がどきどきしてしまう。

 少しだけ俺の方に抱き寄せた。


「いや、なんでもない。……幸せだなって思ってな」


「へへ、私も幸せだよ!」






 しばらく歩いていると、前から小牧とフランソワーズも合流してきた。


『寒いよ! 僕は南仏育ちだから寒いの無理だよ! 山田! 抱きしめて!』


「無理だ」


「ほらフランソワーズちゃん、バカな事言ってないで、はい、これ使って」


 小牧がフランソワーズにホッカイロを渡していた。


「メルシー!」


 横からルーシーも現れた。

 ルーシーの後ろをよく見ると、貫禄がある目つきの悪い男が護衛のようについている……あれはたしかルーシーの家の人だったな。


「皆さま、おはようです! 今日も山田様は素敵です!」


 ルーシーは元気いっぱいだ。


 みんなも笑い合いながら挨拶をする。


「今朝の番組で、あの大会の特集が映ってました! やっぱり山田様とかなえ先輩のシーンは素晴らしかったです!」



 ああ、やっぱり放映されたか……

 でも俺は気にしない。

 何も恥ずかしがることじゃない。

 俺はコンクールという物があったから、勇気が湧いて、かなえに告白することができた。


「ひゃーー!? 恥ずかしいよ……私録画したけど、見てないよ……お母さんは大喜びだけど、お父さんが……ね……」


「私もあんな告白されてみたいな~。かなえさんいいな!」


『マキはいつか素敵なオタクな彼氏ができるよ! ……あ、そういえば、世界大会っていつあるの?』


「再来年の4月にある。卒業した後すぐにある。それまではお店と学業に集中する」


「そうだね! また私も手伝うよ! シンガポールでしょ? みんな英語できるっけ?」


「問題ない」


「え~と、日常会話なら」


『無理!』


「ルーシーのお母さんはアメリカに住んでいたイタリア人なので、英語は大丈夫です!」


 みんなフランソワーズを見た。


「わたち……英語も頑張る……」


 まだ先は長いから大丈夫だ。


 かなえは遠くを見ながら呟いた。


「再来年の四月は卒業してるんだよね……涼君はもう決まってるもんね!」


「ああ、再来年の春に、アトリエメグミの2号店が新しいショッピングセンターにできる予定だ。……そこのシェフパティシエとして初めて正社員で働く」


『初めての正社員がシェフパティシエ……日本はアニメ見たいな国だね!』


『あん、てめえ日本馬鹿にしてんじゃねーよ! さかな臭いんだよ!』


「小牧先輩……そろそろ綺麗なフランス語を覚えるです……」


「はい……ごめんなさい……私は普通に大学かな~、でもフランスに留学してもいいかもって思ってるよ」


「マキ、フランス来る、わたち嬉ちい!」


「ふふ、私はもう決まってるよ! 私は涼君のそばにずっといたいから、一緒にお店に就職しちゃうの!」






 みんなでワイワイ騒ぎながら登校していると、同級生や後輩から話しかけられた。


「おーす! 山田! テレビ見たぞ! かーっ、超スゲーじゃん!」

「俺も花子とずっと一緒だよ……」

「ヤスシ君……」


 クラスメイトを中心に俺は少しずつ話す生徒が増えて来た。


「よぉ、山田。相変わらずイケメンな面してんな。ていうかテレビヤバくね? あれまた女子どもが群がるぜ?」


「ふん、その時は拓海に任せるぞ」


「おいおい……まあいいか……」


 拓海の後ろから地味な女の子が顔をちょこんと出した。

 拓海の袖を手で持っている。


「……拓海? テレビの人?」


「ああ、うちの学校の【イケメン王子】の山田だ」


 女の子の顔が膨れた。


「ぶぅ……拓海の方がかっこいいよ!」


「はははっ! わかったわかった! 山田、じゃあまたクラスでな!」


 拓海は爽やかに去っていった。


「あの子、確か拓海と幼馴染の子だったわよね? 拓海もやっと素直になれたんだね!」


「うむ、良かった。あいつは良いやつだからな」








 クラスに入るとみんな俺に挨拶をしてくれた。


「あ、山田君! 見たよ! 優勝おめでとう!」

「山田すげえな! マジでプロのパティシエじゃん!」

「かなえさんも可愛かったな~」

「小牧ちゃんも少し映ってたね!」


 鞄を置くと、クラスメイトが俺たちの周りに寄ってくる。

 無理やりな感じではなく、ごく自然な流れだ。

 正直、昔の俺だったら無視をしていただろう。

 だが、今は……この感じは嫌いじゃない。

 これがクラスの仲間なのだろう。


 小牧も色んな人と喋る機会が出来た。

 同じ本が好きな小柄な可愛らしい男子と良くしゃべっている。

 フランソワーズも日本語がうまくなってきたから、俺たち以外とちゃんとコミュニケーションが取れている。


 思えばかなえ以外全員、人とのコミュニケーションスキルに問題があったのかも知れない。

 かなえを中心に徐々に変わっていったのだろう。


 林間学校、体育祭、文化祭、イベントがあるごとにクラスの中が深まっていくように感じた。


 ボッチは気が楽だ。でもやっぱり一人は寂しい。それがわかるのは本当の友達が出来てからだった。

 リア充どもが、と馬鹿にしていたが、あいつらはあいつらでコミュニケーションを大事にしていて、努力しているのがわかった。


 まあ、なん言うか……ようはクラスみんなでワイワイすることが意外と楽しいって事だ。

 多分これは仕事に通じる部分だと思う。


 うちのオーナーはコミュニケーション能力が高い。

 だから、物件が安く借りられた。

 スタッフが集まった。

 お客さんが来てくれた。

 色々な仕事の依頼が舞い込んできた。


 学校生活は社会の縮図だ。

 ここは小さな社会が形成されている。

 ここで学ぶことは社会に出て経験することと似ているだろう。


 だから、俺は学校生活をかなえと一緒に最大限に楽しもうと思った。






 俺は窓側の席からみんなの話を聞いたり、答えたりしている。

 隣にいるかなえはそんな俺を見て嬉しいそうな微笑をしている。


 しばらくすると担任の先生が教室に入ってきた。


「おーい、HRを始めるぞ! ……その前に、山田! おめでとう! ていうか学校に報告しろよ!? 先生テレビで初めて知ったよ!」


「む、忘れてた」


 クラスのみんなが笑う。

 昔に俺が受けていた嘲笑ではない。

 温かい笑いであった。





 **********




 学校は問題なく終わり、放課後となった。

 俺とかなえは今日はバイトがある。


 小牧は図書委員があり、図書室へ行かなければならない。

 フランソワーズとルーシーは焼きそば祭りが近くの神社であるらしく、二人で向かうようだ。

 ルーシーの知り合いが出店しているらしく、冷やかしに行くみたいだ。


「山田君、かなえさん! また明日ね~!」

「オールボワール! 焼きそば研究する!」

「それでは山田様、かなえ先輩、さよならです!」


 俺たちは教室で別れた。

 他の生徒たちも俺たちに別れの挨拶をしてくれる。


「じゃあな、山田!」

「ていうか山田部活入れよ……もったいない」

「だめよ、王子はパティシエなんだから」

「そうよ! 王子が怪我したらどうすんの!」


 みんなどんどん教室から出ていった。

 俺とかなえは顔を見合わせて立ち上がった。


「涼君、行こっか!」


「ああ」


 俺はかなえの手を取った。



 学校を歩くと、テレビで見たのか俺とかなえの事を話している生徒が多い。


「涼君すっかり有名人になっちゃったね。びっくりだよね」


「……俺は俺のケーキを作るだけだ」


「あ、今日は師匠がいるらしいよ? なんか就職先が決まったから、今日は最後の仕事みたいね」


「ああ、あの人は気まぐれだからな……アトリエメグミにいたのも、ただのヘルプ要員だったからな」


「どこで働くの?」


「……エクセレントホテルのチーフパティシエだ」


「え!? あの星矢さんがいるエクセレントホテル!」


「ああ、星矢はあのコンクールのあと、ひどく落ち込んだらしい。あいつの後輩が問題を起こして首になって、あいつも自主退職しようとしたらしいが……色黒のシェフが一から出直してこいってことで、皿洗いからやり直しているみたいだ」


「……変われるといいね」


「根性あるから大丈夫だろう……師匠もいるしな」


「そうね!」








 学校の正門の前に着くと、大きなロールスロイスファントムが止まっていた。

 生徒たちは物珍しいのかじろじろ見ている。


 ファントムの横には……執事の若林が立っていた!?


「若!!」


 まるで漫画の中から飛び出した様な老執事の若林は護衛を兼ねている。

 老年に差し掛かっていても背筋がしっかりとしていて、ガタイも良い。

 全く隙のない立ち姿だ。


 若林はこちらにゆっくりと歩いてきた。


「わ、若……こんなに立派になられて……うれしゅうございます……」


 ハンカチで目元を抑えている。


「若林。俺は……もう大丈夫だ」


「うぅ……はい……若、旦那様があちらでお待ちです」


 ファントムの方に身体を向きなおした。


 俺は覚悟を決めた。


「行ってくる」


「あ、私ここで待ってようか?」


「……いや、一緒に来てくれ。……かなえに俺の父さんを紹介する」


「……うん」


 俺はかなえと手を握りなおしてファントムへと向かった。

 ファントムに近づくと、扉が開いた。


 まるで俳優のように存在感がある40代の男が車から降りた。

 周辺の空気が変わる。

 下校していた生徒たちの足が止まる。

 黒々とした髪をオールバックにしていて、背筋がまっすぐ伸びている。

 彫が深く、鷹のように鋭い目をしている。

 雰囲気でその男の人生の壮絶さを物語っている。


 俺の父さん。

 母さんと愛し合った男。


 父さんは俺に近づいてきた。


 一歩進むたびに生徒たちから歓声が聞こえる。


「や、ヤバいって……あれ山田君そっくりだよ」

「え、俳優じゃないの?」

「ふわわわわわわ……渋い……きゅぅ」


 失神する生徒も出て来た。



 父さんが俺の前で止まった。


 顔を歪ませている……色々な感情がない交ぜになった表情だ。


 父さんは……俺を抱きしめた。


「…………」

「…………」


 父さんから愛情が伝わる。

 俺も父さんを抱きしめ返した。


 時間にすると数秒だが、ずっと抱きしめていたような感覚に陥る。


 俺と父さんは離れ、向かいあった。

 父さんの口が開く。



「涼く~ん!! パパ寂しかったよ!!」


「くっ、うるさいぞ! ここは学校だ。涼くんって呼ぶな!」


「またまた、恥ずかしがっちゃって! パパ嬉しいよ! ママの夢だったパティシエになるだけじゃなく、日本一になるなんて! パパ超超嬉しい!」


 隣にいるかなえが呆然と口をひらいていた。


「ばか! もっとしっかりしろ! お前は俺の父さんだろ!」


「だって涼くん全然連絡くれないんだもん! パパ悲しい……家もママが住んでいたタワーマンションに引きこもっちゃうし……」


 母さんの話が出ると、父さんから悲しみの感情が伝わる。


「えーい……ちょっとまて、かなえ、うちの父さんだ」


「え!? このタイミング!? あ、初めまして、飯田橋かなえと申します。山田君とは同じクラスで同じアルバイト先です。…………山田君……涼君とはお付き合いをさせていただいております!」


 父さんは俺とかなえの顔を交互に見た。


「あっ! あなたが噂のかなえちゃん! もう、かわいい子。涼君は不器用で感情を出すのが苦手だけど、とってもとっても良い子だから、これからもよろしくね」


 俺は恥ずかしくなって横を向いてしまった。


「ふふ、はい! こちらこそ不束者ですがよろしくお願いしします!」


「あー!! いい、とってもいい! 早く結婚してよ! 孫の顔を早く見せてよ!」


「ふぇ!? は、はい!?」


「子供は沢山がいい……きっと二人の子供なら可愛い子になるよ!」


 執事の若林が時計を見ていた。


「旦那様、そろそろお時間が……」


 父さんの顔が切り替わった。


「……ふん、もうそんな時間か。……涼、たまには家に遊びに来い。……かなえさんと一緒にな! さらばだ!」


 父さんは踵を返してファントムの向かった。


 俺は父さんの背中に向かって叫んだ。


「……父さん!! ……今まで俺を育ててくれてありがとう!!」


 父さんは俺を見ずに、片手を空高く上げて答えてくれた。


 ファントムが静かに発射した。


 かなえと俺はファントムを見送る。


「……良いお父さんじゃない」


「ああ、最高の父さんだ。俺の反抗期が終わっただけだ」


「涼君、反抗期だったの!」


「ふん、父さんとは5年近く会ってなかった。……母さんの葬儀以来だ」


「……そう。……じゃあ今度お父さんの家に遊びに行こ!!」


「ふん……考えておく」


 周りの生徒たちは止まっていた時間が動き出したかのように、一斉に我に返った。


「は!? なに今の?」

「山田家恐るべし……」

「あの車7000万くらいするよね?」

「は!? 家買えんじゃん!」

「イケメンの子供は親もイケメンなんだな……」

「執事さんかっこいい……」


 俺たちは生徒たちのざわめきを聞きながら、学校を後にした。






 *********




 何度も通った学校からアルバイト先までの道。

 いつからか、俺はかなえと一緒に行くのが当たり前になっていた。


 かなえのペースに合わしてゆっくりと歩く。

 商店街は様々なお店がある。

 時折、クレープを買い食いしたり、雑貨屋さんに入ったり、二人でこの道を楽しんでいた。


 かなえと一緒にこの道を歩くまではそんなことはなかった。


 俺はわき目もふらず走ってお店へ向かっていた。


 思えば俺が風邪で倒れてから、俺とかなえの関係が少し変わったのかも知れない。


 初めはかなえを通して母さんを見ていたのか知れない。

 ……顔じゃない。雰囲気がそっくりだった。


 でも、かなえはかなえだ。母さんじゃない。

 俺はかなえを好きになっていった。


「今日は商店街にそこまで人が歩いていないね!」


「そうだな。でも、もうすぐクリスマスだ……あれは本当にヤバいぞ」


「……どのくらい?」


「かなえが初めて週末を体験した時みたいな気持ちになるだろう」


「ぎゃーー! そんなに!?」


 俺たちはたわいもない話をしながら歩く。

 たわいもない話がこんなにも心躍るのはなぜだろう?

 かなえと一緒だからか。


「もうすぐ着くね……あれ!? うちのお店の隣に……タピオカ屋さんができるよ! 来月オープンだって!」


「……本当だな……まあ業種は被らないからいいが……タピオカか……恐るべし」


「今度一緒に行こうね!」


「もちろんだ」


 俺は話しながら店のドアを開けた。





 ***********



 オーナーと師匠が二人でカウンターに立っていた。


 店内はお客様で満席。


「あ、山田君、かなえちゃん! 助かったよ!」


「さっさと着替えろ! リア充どもめ! ……おい、後輩! お茶は出来たか!」


「は、はひ! ただいま!」


 どうやら店は平常運転のようだった。


 俺たちは急いで着替えて、すぐに仕事に入った。





「山田! 私はこれからエクセレントホテルに行ってくる。あとは任せたぞ!」


 師匠は俺と入れ替わりでお店を出ていった。


「山田君、私がこのオーダーを作るからこっちお願い!」


「了解だ」


「わたしお茶作ります! 後輩ちゃんはテイクアウトをよろしく!」


「はいぃ! いらっしゃいませ!!」


 俺とオーナーが二人でカウンターに立つ。


 流れるようにデザートを作る。


「お待たせしました。クレープシュゼットになります」


「あ、田中さん! いらっしゃい!」


「紅茶にミルクはご利用ですか?」


 忙しくも充実した時間が過ぎていった。




 夕食の時間に差し掛かると、お店が落ち着いてきた。


「ふぅ……今日は忙しかった! あ、私事務作業してくるね!」


「了解だ。俺は片づけをして仕込みに入る」


「あ、私、焼き菓子包むね!」


「あ、あの~、私何しますか?」


「……お前に焼き菓子の仕込みを教える。こっちに来い」


「やった! ついに先輩から教えてもらえる!」


「ふん、最近頑張っているらしいからな」


「……はい! 強くなりました!」


 俺は後輩にパウンドケーキの仕込みを教え込んだ。


 キャトルカール。4同割と言われている。


 パウンドケーキは焼き菓子の基礎だ。

 バター、砂糖、卵、薄力粉の4種類で出来るケーキだ。


 もちろん同割で作ることはなく、さまざまな工夫がなされている。


「まず、バターを柔らかくして、そこに粉砂糖を加えろ。……そうだ、タイマーで計りながら立てろ。そして常温の卵を3回に分けて加えて、アーモンドプードル、薄力粉、ベーキングパウダー、マロンのペースト、ラム酒を混ぜろ」


「は、はい!」


「うちの割は水分量が多い。だから薄力粉を加えてしっかり混ぜろ」


「こうですか?」


「そうだ」


 パウンドケーキの仕込みが進んで行く。


 かなえはその様子を見ていた。


「ふふふ、涼君優しいね」


「ふん、仕事だからな。後輩の面倒を見るのも仕事のうちだ」


 後輩はパウンドケーキを大きなゴムベラで混ぜていた。


「これで大丈夫ですか?」


「問題ない。……もう一回違う種類を作るから、今度は一人でやってみろ」


「はい!!」


 ……こいつも成長したな。人は少しずつ成長する。

 俺も成長したんだろうな……


 あ、転んだ。


「ぎゃーー!! 卵が!?」


 ふん、まだまだだな……


 俺は後輩と一緒になって、落ちた卵の処理をした。






「お疲れ様! 今日はもう大丈夫だよ! あ、なんか作っていく? 作っていくなら最後鍵よろしくね~! 今日はこれから合コンなの! あのエクセレントホテルのチャラ男がセッティングしてくれてさ!」


 いつもよりも気合の入った格好のオーナーがそこに立っていた。


「ほら後輩ちゃんも行くよ!」


「え!? 聞いてませんよ!」


 オーナーは熊さん柄のトレーナーを着た後輩の手を引いて、街に消えていった……


 ふむ、あいつのトレーナーの絵柄は悪くない。今度どこのメーカーか聞いておくか。



 店には俺とかなえだけになった。


「……久しぶりに何か作るか?」


「そうね、お店で食べるのは久しぶりかもね! 最近涼君の家で食べてばっかりだもんね!」


「そうだな。初めて会った時では考えられなかったな」


「そうだよ! 涼君初めは凄く冷たかったし! 不愛想だし! ……でもその頃から色々作ってくれたね!」


「ふん、かなえが腹ペコだったからだろう?」


「あっ! そんなことないもん! ……確かにお腹鳴ってたけどさ」


 俺のお腹からキュウっと音が鳴った。


「あ、涼君がお腹すいてるんじゃん!」


 俺たちは顔を見合わせて笑い合った。


「ふふふ、やっぱり私たち食いしん坊ね」


「ああ、もうずいぶん昔に感じるな……せっかくだから、初めてかなえに作ったパンケーキを作るか」


「私が涼君を尾行して、ご飯食べ損ねた時だ!」


「そんなことしてたのか?」


「だって涼君、謎キャラだったから、つい好奇心でね……」


「まあいい……冬だから、ちょうど和栗がある。これを使ってパンケーキを作るぞ」


「うん!!」



 俺は二人分のパンケーキを作り始めた。


 パンケーキの液から作る。


 卵に砂糖、塩を加えてよく混ぜる。そこに薄力粉とを加え混ぜる。

 牛乳と溶かしたバターを加えてベースの完成だ。

 今日は和栗をペースト状にしたものを加える。


 卵白に砂糖を加えてミキサーで良く泡立てる。

 角が立つくらいまで泡立てたら、さっきのベースと合わせる。

 この時の合わせはさっくりとだ。

 メレンゲを殺さずに丁寧に柔らかく……



 幸せそうな顔でかなえは俺をじっと見ていた。


「……なんだ?」


「うん? 作っている時の涼君はかっこいいな~って思ってね!」


「ふん……幸せそうなかなえはとても綺麗だぞ?」


「ふえ!? 恥ずかしいよ!」


「……俺も恥ずかしいぞ」



 フライパンを温めてバターをほんのり焦がす。

 そこにさっき作ったふわふわな生地を流しいれる。


 オーブンに数分入れる。


 その間にソースを作っておく。


 蒸した和栗をラム酒でソテーする。

 店中にラムと和栗の香りが広がる。


 そこに立てた生クリームを入れて、溶かしてソースにする。



 かなえは手を頬に付いて俺に聞いてきた。


「ねえ、涼君は私のどこが好きになったの?」


 ……俺は動揺してスプーンを落としてしまった。


「……これは今言わなきゃダメなのか?」


「うん、だって聞いたことなかったんだもん!」


 焼きあがるまでまだ時間がある……

 俺はかなえを見つめて喋り出した。


「……初めは、面倒な女だと思った。俺と住む世界が違うと思っていた。……でもそれは俺の勘違いだった。……一緒に仕事をして、ご飯を食べて、買い物へ行って、デザートを食べて……凄く楽しかった」


「良かった……あの頃の涼君は私の事どう思ってるかわからなかったから」


「今思えばあの頃から気になってたんだろうな……こんなにも気が合う子がいるなんて思わなかった。……でもそれが理由じゃない」


「そうなの?」


「俺はかなえいると……胸が熱くなる。鼓動が早くなる。それでいて心が……とても落ち着く。少し離れるだけで寂しかった。いつも一緒に居たいと思った。だから、理由なんて無い。俺はかなえがかなえだから好きなんだ」


 かなえの顔が真っ赤になった。


「うぅぅ……自分で聞いといてあれだけど……恥ずかしいよ……」


「ふん、俺のせいじゃないぞ? ……もうタイマーがなる。おとなしく待ってろ」


 俺はオーブンからパンケーキを持ってきた。


 皿の上にフライパンをひっくり返してパンケーキを置く。

 綺麗な焼け目が出来た。

 生地の焼ける匂いが食欲を誘う。


「いい匂い……」


 俺は和栗のアイスクリームとソースを盛り付けてかなえにサーブした。


「お待たせしました……山田特製和栗のパンケーキです」


「へへ、涼君もこっち来て食べよう!」


 俺も自分の皿をもって、カウンターの席に着いた。


「それでは! いただきます!!」


「ああ、召し上がれ」


 俺はパンケーキをスプーンで食べた。


 パンケーキとスフレの中間の触感。

 柔らかいけど、柔らかすぎず、歯ごたえもありつつ溶けるような触感。

 口の中でパンケーキの旨味と和栗のほっこりとした香りが広がる。

 ペースト以外にもゴロゴロの蒸した和栗が入っている。

 触感のアクセントになってとても美味しい。


 少しキャラメルを入れた和栗のソースと合わせて食べると、さらに味の変化が起こる。

 口直しのアイスもいい味を出している。


「あ、コーヒー淹れてくるね! すぐできるから!」


 かなえはコーヒーを入れて持ってきた。


 コーヒーの良い香りが鼻孔をくすぐる。


 俺はコーヒーを一口飲んだ。


 ケーキを食べたことによって、コーヒーの旨さが増している。

 ミディアムローストのコーヒーはきつくもなく、浅くもない。

 ケーキと相性が良いコーヒーだ。

 ケーキの味を引き立ててくれている。

 それでいて、ケーキがコーヒーの味を引き立てている。


「……ふぅ。コーヒーもうまいな」


「ね! やっぱり涼君のデザートは最高においしいね!」






 幸せそうなかなえが足をぶんぶん振りながら喜んでいる。

 俺はそれをみて温かい気持ちになれた。


 かなえはポツポツ喋り始めた。


「……私も涼君の事、はじめは嫌な男だと思っていたの……でもね、一緒に過ごしていくうちに……なんだろう……ずっと一緒いたいって思ってる自分がいたの」


「涼君がクレープシュゼットを作っているのを初めて見た時、胸がドキっとしちゃった……もしかしたら、あの時から涼君の事が気になっていたのかもね……」


「えっとね……うまく言えないけど……私は涼君が大好き……ずっと一緒に居たいの……」


 かなえは真っ赤な顔をして俺に言ってくれた。


 俺はそんなかなえを見て愛おしくなった。





「かなえ……親父の話じゃないが……俺と、ずっと、一緒に居てくれ。馬鹿な話かも知れないが……俺がちゃんと卒業して、シェフパティシエとして結果を出せた時は……結婚してくれ」


 かなえの目が丸くなった。

 涙が一滴流れ落ちた。


「涼君……私……こんなに幸せでいいのかな? もちろん返事はハイだよ……」


 かなえは俺の方を向いて目を閉じていた。


 俺はかなえの肩に手を置いた。


 ゆっくりと二人の顔が近づく。



 やがて、俺とかなえの唇が触れ合った。

 それはほんの軽く触れただけのキス。



 それでも、俺とかなえがもっと深く気持ちが繋がった感じがする。


 かなえはゆっくりと目を開けた。


「へへへ……恥ずかしいよ……」


「……俺もだ」


 かなえは涙を拭って俺に最高の笑顔をくれた。

 俺も最高の笑顔で返す。


「涼君! これからもずっとよろしくね!」


「ああ、かなえ……ずっと一緒だ!」





 俺はもうボッチじゃない。


 隠れてもいない。


 かなえに厳しい言葉も言わない。


 大切な人と会えて全て変わった。


 これからの人生色々な事が起きるだろう。

 でも、俺はかなえと一緒に乗り越えていく。




 かなえ……ありがとう……





(陰キャな隠れイケメン王子は私に厳しい 完)




読者の皆様がいたから完結することが出来ました。

皆様には本当に感謝しております。

本当にありがとうございました!

最後にこの作品がどうだったか評価を頂ければ嬉しいです。

よろしくお願いします。

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