モンブラン
「ねえねえ、拓海君ってかっこいいよね!」
「かなえさんも超美人だよ!」
「やっぱあそこのグループは超絶リア充だよねー」
俺は山田だ。
今はHR前だ。
周りの女子どもがうるさい。寝れないぞ……
俺は薄目を開けて前の方の席にいる、女子どもが言っていたリア充グループを見た。
うちのアルバイトの飯田橋かなえとその仲間たちが表面上楽しそうに話している。
「今日放課後カラオケいかね!」
「おっ、いいね! かなえも行こうぜ!」
「……ごめんなさい。ちょっと家の用事があって今日は無理です」
「そっか……じゃあまた今度な!」
おい、飯田橋。その喋り方はなんだ?
お前はもっと雑な喋りだろ?
飯田橋が俺の方を見た。
目が合ってしまった。
……こっち見るな。
「……かなえっち? どうしたの? 何見てんの?」
かなえの女友達が不思議そうな顔をしている。
「ふえ!? な、なんでもないよ!」
「うん? あそこの席は山田か……」
「あいつ陰キャ過ぎてよくわかんないよな?」
「それな! ていうか喋ってんの見たことないぜ」
「きゃはは! 言われてみれば……影が薄すぎてわからなかったよ!」
「あ、俺話しかけてみよっかな!」
おい、飯田橋。馬鹿な男を止めろ。
俺は飯田橋を睨みつけるように見た。
「……あいつ睨んでね? ちょっと行ってくるわ」
ひと際リア中感溢れる男子生徒が俺の方に来た。
「あ、拓海君がこっちきたよ!?」
「やば、超イケメン!」
拓海と呼ばれた男が俺の肩を叩いた。
「おい、お前今かなえの事睨んでいなかったか?」
面倒だ。
「知らん。見てない」
「は!? てめえ何言ってんだよ、陰キャの癖によ!」
俺は身体を起こして拓海とやらを見た。
生徒たちは何事かと騒がしくなってきた。
「拓海君は空手やってるから強いんだってね!」
「山田だっけ……拓海君によくあんな口の聞き方できるね。自分のカーストわかってないんじゃん?」
飯田橋は頭を抱えていた。
拓海とやらは俺の胸倉をつかんだ。
「なんでかなえを睨んだか聞いてんだよ!」
俺は胸倉をつかんだ拓海の腕を握りしめた。
拓海の顔が驚愕と苦痛で歪む。
俺は小声で拓海に言った。
「……静かにしろ。俺は飯田橋なんて見ていない、興味もない。眼が悪いから睨んだように思えただけだろ?」
拓海の腕を握っている力を強くする。
俺は顔がくっつきそうなほど、拓海に迫った。
拓海は俺の顔を見てさらに驚いていた。
拓海は小声で俺に言った。
「……ああ、そ、そうだな。わかった。……俺の勘違いだった」
俺は力を緩めると拓海は痛みを我慢してグループの所へ戻っていった。
「拓海~~、あんまりいじめんなよ!」
「拓海君、超クール!」
「陰キャ生意気っしょ!」
飯田橋だけが疲れた顔をしていた。
学校が無事終わり、アルバイトの時間になった。
俺と飯田橋は別々にお店へ向かう。
俺はバイトの時間が決まっていない。
出来る限り早く店にいって、仕事をしたい。
将来の目標のためだ。
飯田橋よりも先に店に着いていた。
今日はモンブランを仕込む日だ。
小さい型にパートシュクレと言われるクッキー生地を敷き込み、その中にアーモンドクリームを絞り入れる。オーブンで焼き上げるとアーモンドとクッキー生地の良い匂いがお店中に広がる。
「おはようございまーす! くんくん……なんか良い匂いがする!」
飯田橋の登場だ。
飯田橋は俺を見て謝った。
「今日はごめん! うちのグループの奴らは悪ノリが激しくて……女子にいいところ見せようっていつも張り切ってるの……」
「馬鹿だな」
「……そう、バカなの。あんたケガはなかったの? 拓海に胸倉掴まれてたけど?」
「問題ない。些細な事だ。それよりもさっさと仕事しろ」
「むっきーー! 人が心配してるのに! あんたもクラスで友達の一人くらい作りなさいよ!」
「いらん。ケーキが作れればそれでいい」
あっそ、と言いながら飯田橋はロッカールームに着替えに行った。
モンブランの続きだ。
焼きあがったアーモンドタルトは土台になる。
これを冷凍庫で瞬間的に冷やす。
このタルトの上に、少しだけラム酒が効いた軽い生クリームを絞る。
再度、冷凍庫で瞬間的に冷やす。
その間にマロンクリームを作っておこう。
マロンペーストとカスタードクリームとバターを混ぜ合わせたクリームだ。
濃厚な栗のうまみを引き出すレシピだ。
生クリームに巻き付けるようにモンブラン口金でマロンクリームを絞り上げる。
これがなかなか難しい。初めは苦戦した。
綺麗に絞ったら粉砂糖をかけて、マロンを飾って完成だ。
気が付いたら隣で飯田橋が俺の作業を見ていた。
「ほわぁ、山田凄いね! モンブランの絞りなんて初めて見た!」
嬉しそうに俺の作ったモンブランを見ている。
一個だけ失敗したモンブランがあった。
俺はオーナーに確認をして、それをかなえにあげた。
「そら、試食だ。お客様に説明が必要な時もあるだろ? さっさと食え」
「え!? やった!! いただきまーす!」
飯田橋は嬉しそうにモンブランを口いっぱい頬張った。
「もぐ、もぐ、もぐ……にゃにこれ……ちょううみゃい……もぐもぐ……」
「食ってから喋れ」
飯田橋は無心にモンブランを喰らった。
満面の笑みで俺を見た。
学校での乾いた笑いとは違う。
「……ご馳走様でした! これ超うまいんだけど! タルトのさくさく感の中にアーモンドの豊かな風味が広がる。中のクリームが甘くなくてそれでいて濃厚なマロンクリームとマッチしてる。ほんのりラムの風味が全体を引き立てていたよ!」
「……ふん、さっさと仕事しろ」
「あ、少し顔が赤くなってる! 照れてる! あはは! 山田が照れてんの初めて見たよ~~」
俺が作ったモンブランがお店のショーケースに並んだ。
お客様が笑顔で買ってくれる。
飯田橋が拙いながらも心のこもった接客をしてくれている。
俺は心なしか晴れやかな気分で仕込みに戻った。