コンクール作業
俺は今まで培ったパティシエ技術を最大限引き出した。
ーー飴を炊きながらケーキの生地を作る。
周りの選手は気にしない。これは自分との戦いだ。
俺は、かなえと一緒に作ったこの作品を120%の力で作り上げる。
ーームースの中に入れるクーリー(ソース)を型に流し入れ、冷凍庫に入れる。
思えば俺が初めてケーキを作ったのが、5歳の時だった。
母さんがパティシエを目指していたなんて知らなかった。
本を見て、見よう見まねで作った形が崩れたショートケーキ……母さんは泣いていたな。
ーーキャラメルの艶々な上掛け用ソースを作り冷やしておく。細かいケーキのパーツを作る。カリカリのくるみにオレンジを忍ばせる。生地にキルシュ(チェリーのお酒)のシロップを染み込ませる。チョコレートで飾りを作る。
あれが俺のパティシエとしての原点だ。
そこから母さんの同級生のオーナーに出会い……あ、もしかしてかなえの母さんと俺の母さんは知り合いだったのか? ……今度聞いてみるか。
オーナーは俺の恩人だ。
母さんがいなくなってから、俺は荒れていた。
そんな俺を救ってくれたのがオーナーだ。
ーーミルクチョコレートでふわふわなムースを作る。水分はマンダリンを使用して爽やかさを出す。アントルメのモンタージュ(組み立て)をして冷凍庫に入れる。
オーナーは凄い人だ。
まだ中学生だった俺にいろんな事を教えてくれた。
でも店の経営が忙しいからつきっきりで教わることができない。
そんな俺にパティシエの基礎と応用を叩き込んだのは師匠だ。
……オーナーは恩人であり、師匠は師匠だ。
師匠のケーキの技術はすごかった。
俺は気まぐれな師匠と一緒にケーキを作るのが楽しかった。
学校なんてどうでもいいと思っていた。
高校生になっても変わらなかった。
ボッチで気楽でいいと思っていた。
俺の生活はお店中心で回っていた。
師匠がフランスに行くことになって俺の仕事が増えた。
後輩もできた。
ーー炊いた飴をシルパット(シリコンマット)に流し広げて、飴のベースを作っていった。その間に大量の飴を更に炊く。これは型に流し入れるようの飴だ。
俺が初めてかなえに会ったときのことは今でも覚えている。
……面倒くさいリア充が来てしまった。
俺はクラスで明るくしているやつが苦手だった。
どう接していいかわからなかった。
言葉を強くすることでしかコミュニケーションが取れない。
人として自分は欠陥品だと思っていた。
ーー俺は1つ1つ丁寧にパーツを作る。ひたすらピエスモンテのパーツを作る。ケーキを冷やすのに最低2時間はかかる。それまでにパーツを作り、ピエスモンテの組み立てを行う。今は2時間経過した。あと2時間でピエスモンテの完成、残りの1時間でケーキの仕上げと試食用ケーキの準備、作品の最終仕上げに入る。
かなえはケーキを美味しそうに食べる子だった。
俺はかなえのおかげで、パティシエとしての原点を思い出せた。
……ケーキで喜びを与える。
かなえはよく食べて、よく笑い、こんな俺でも普通に接してくれた。
むしろ、教室にいたかなえは違和感があった。
全然違う人かと思った。
でもかなえも変わっていった。
かなえはどんどん魅力的になっていった。
ーー汗が吹き出る。身体が熱くなる。全身に力が入る。
いつの間にか俺は、かなえを目でずっと追っていた。
俺は……かなえに惹かれて行ったんだろうな……
ーー汗を拭いて、俺はピエスモンテの組み立てに入った。
俺は応援してくれているかなえをちらりと見た。
かなえは真剣な表情で見てくれている。
俺の心が充足していくのがわかる。
人とのつながりがこんなにも力になるなんて思わなかった。
……母さんも父さんとこんな感じだったのかな? ……今度ちゃんと話すか。
ーーピエスモンテが仕上がった。今までで一番の出来だ。艶々の飴細工が光沢を放っている。俺はケーキの仕上げに入った。
かなえの声が聞こえた。
「涼君あと30分だよ! ここで見守ってるからね!!!」
ーーかなえ、任せろ。かなえが見てくれていたら俺は最高の作品が作れる!
胸が一杯になる。俺の動きが更に早くなる。鼓動が波打つ。
ああ、俺はかなえに……恋してるんだな。
お前が大好きだ……
俺は雄叫びを上げた。
「うぉぉぉぉーーーー!! これで最後だ!!」
俺は飴細工の台座の上に、アントルメのケーキを乗せて作品を完成させた。
『ここで時間終了です! 選手の皆様、手を止めてください!! 出来てなくても手を止めてください! 今から審査に入ります!!』
審査には2時間必要だ。
俺は……かなえの元までゆっくりと歩いていった。




