クレープシュゼット コンクール序章
林間学校帰りのバス。
みんな思いっきり楽しんで疲れ切って寝てる人も多い。最終日は昼過ぎに現地を出発して、おやつの時間位に学校に着くかな?
私の隣で涼君はさっきからスマホでメッセージを打っている。
「涼君、なんか問題あったの?」
「ああ、今夜のシフトが薄いらしい……バイトに入って貰いたいようだ」
「そっか……私も行こうか?」
「……いや、流石に今日は疲れただろう? 他のアルバイトが入ってくれるみたいで、俺だけで大丈夫そうだ」
涼君は少し間を空けて口を開いた。
「……せっかくだから、店に食べにくるか?」
「うん! 行くよ! あ、小牧ちゃんとフランソワーズも誘ってみていいかな?」
「もちろんだ。あいつらは元気そうだしな」
前の方の席で小牧ちゃんとフランソワーズが、ずっとアニメの話をしていた。
時折、汚ないフランス語の応酬になっている。
ーー楽しそうで良かった! あんだけ元気なら大丈夫ね!
スマホを打ち終わった涼君は軽く伸びをした。
「かなえ、俺は仕事に備えて一度仮眠を取っておく。……一人にしてすまない」
「いいわよ、私もこの本読んでるから。隣にいるから安心して眠ってね!」
「ああ、ありがとう……おやすみ……」
「ふふ、おやすみなさい。涼君」
涼君は腕を組みながら微動だにせず、目を閉じていた。
しばらくすると微かに寝息が聞こえてくる。
ーーどこでも一瞬で寝れるって本当だったのね……
私は涼君の隣でゆっくり小説を読んでいた。
小説の内容は、クラスで目立たない男の子がクラスの美少女とひょんな事で出会い、徐々に仲良くなって行く話だ。
じれったくてもどかしくて、初々しい……ヒロインの女の子の料理に惹かれて、だんだん男の子がヒロインにだけ心を開いていく……なんか親近感が湧く……
もうすぐ終わっちゃうからページをめくりたくない、そんな気持ちにさせる素晴らしく面白い小説だったの。
私は本を閉じた。
隣の涼君の寝顔を見る。
わぁ、まつ毛長くて綺麗ね……肌も綺麗、羨ましいな……結構ガタイも良いよね。
そういえば、初めて会ったときは、冷たくて横柄ですっごくムカつく男子だと思ったけど、いつの間にか私の生活の一部に涼君が入り込んでいるんだよね……
涼君と一緒にいると楽しいし、落ち着くんだよね。
なんだろう? 食べ物もそうだけど、全体的に何でも合うんだよね?
家族でもこんなに合わないと思うのに……これってすごいね!
涼君に対する私の感情は……なんて言っていいのかわからない……。
でも……涼君と一緒にいると、ドキドキワクワクする。
手を繋ぐと胸が跳ね上がる。
声を聞くと顔が熱くなる。
一緒にいると……嬉しい。
ずっと一緒にいたいな……なんてね!
「……ふぁぁ」
私も眠くなって来ちゃった……もう限界……
あ、ちょうどいいところに頭の置き場所がある……
……えい……うん、ちょうどいいね……
へへ……おやすみなさい……
*********
「マキ、あれ何?」
「あ……かなえさん……思いっきり山田くんの肩で寝てますね……」
「あいつ、バカップル」
「ふふ、でもお似合いですよね? あ、かなえさんが寝る前に、カフェのお誘いがありましたけど、行きますよね?」
「もちろん!」
「楽しみですね。あ、ルーシーさんも合流出来るみたいですよ!」
「全員集合! やった! わたち嬉ちい!」
「ふふ、じゃあケーキに備えて私達も寝ましょうか?」
「うい!!」
********
かなえ達は一度荷物を置いてお店に向かう事になった。
俺は店に着くとオーナーに挨拶してコックコートに着替えた。
「山田くん、助かったよ! 私、超重要な打ち合わせを忘れていて……2時間だけ抜けるからよろしくね!」
「……あれか、新しい商業施設に新店舗を出す件か?」
「そう! 今日は家賃交渉の返事をもらってくるよ! あ、もう行くね! なるべく早く帰ってくるからね!」
格好いいスーツを来たオーナーは時計を気にしながら商談場所へと向かった。
ーーさて、俺は俺の仕事をするか。
「おい、後輩。今日の準備はどうだ? 昼は忙しかったか?」
「は、はい! 昼は90%の忙しさです! 準備はバッチリです!」
「……よし、始めるぞ!」
俺のサービスが始まった。
ご案内されたお客様にメニューの説明をする。
オーダーを受けて俺はデザートを作り始める。
ーー1つ1つ大切なデザートだ。俺にとっては数十皿のうちの1つだが、お客様に取ってはまちに待った一皿だ。
雑に作るな。
心を込めろ。
真剣勝負だ。
お客様の会話を聞け。
「今日は仕事忙し方から超疲れた〜」
「あ、私ご飯たべたから軽い物がいいな〜」
「ハラ減った!! ご飯代わりに食うぞ!」
皿ごとに微妙に味付けを調整する。
ほんの数グラム程度に違い。
でもこれだけで、食べる人に印象は変わる。
「やっぱここのデザートは旨いな!」
「あ、そんなに甘くない……軽くて美味しい!」
「うぉ! ガツンと来る濃厚さ! 最高だぜ!」
お客様の顔が笑顔になる。
俺はそれを見ると嬉しくなる。
……この仕事は良い仕事だ。人を笑顔にできる仕事だ。
「シェフ! オーダー入ります!」
「了解した。取り掛かるぞ!」
「はい!」
こうして夜のピークは過ぎていった。
ちょうど食事時になると、店は暇になってくる。
大体、暇のまま閉店になることが多い。
今日は違う。
かなえ達がやってきた。
「あ、やっぱりこの時間で良かった! はい、涼君! お疲れ様! あ、あと後輩ちゃんも!」
かなえは差し入れで簡単なサンドウィッチのドリンクを持ってきてくれた。
後輩が咽び泣く。
「うぅ、うっ……かなえさんは……なんて素敵な人でしょうか……」
最近オーナーに絞られているからな。人の優しさが身にしみるだろう。
「こんばんわ! 早く作れ!」
「こら! フランソワーズちゃん? ちゃんと丁寧な日本語つかいなさい!」
「え、小牧先輩がそれを言うのですか? ルーシー驚愕です!」
ルーシー達も後ろからどんどん入ってきた。
「ふん……差し入れありがとうな。お前らさっさと座れ。注文をしろ」
「「「「はーい!!」」」」
みんな大人しく席に座ってくれた。
みんな注文したものはクレープシュゼットであった。
俺はフライパンを熱し始めた。
軽くバターを塗る。
煙が出るくらい熱くなったら、クレープ生地を落とす。
素早く薄く伸ばす。表面がきれいな狐色になったら裏返して、軽く焼いてまな板の上に置く。
焼き上がったクレープをキレイに折りたたむ。
並行して別のフライパンでソースを作っておく。
香ばしく出来上がったキャラメルにオレンジジュースを加える。
そこにクレープを入れて、くるくるの輪切りにしたオレンジの皮でフランベをする。
しばらく煮込んだら、皿に持って、アイスをサーブして終了だ。
かなえが懐かしそうに呟いた。
「ふふ、私が初めて見たデザートはこのクレープシュゼットなのよね〜」
「ああ、そうだな……かなえが初めてバイトに入った時だな……」
俺も懐かしくなる……
クレープのオレンジの香りが店全体に広がる。
「もうすぐ出来上がる……ちょっとまて……いらっしゃいませ!」
2名様の男性客が入ってきた。
この時間は珍しい。
「おい」
「はい!! ……お待たせしました、2名様ですね? こちらの席へどうぞ」
男達は顔を見合わせ、案内された席ではなく、わざわざかなえ達の席の隣に座った。
見た目20代半ばでチャラチャラした感じの男だ。
……手のひらの厚さと筋肉……やけどの跡……
男達は席に着くなりかなえ達をナンパし始めた。
「うひょー! ラッキー! シェフに言われてこんなチンケな店に来たけど……超かわいいじゃん!!」
「へへ、さすが星矢先輩! 運も実力ですよ!」
「ねえねえ、君たちどこの子? 大学生? 高校生? もう可愛けりゃ何でもいいね!」
俺は男が言葉を続ける前にメニューを置いた。
「メニューです。こちらをご覧ください」
「あーん、うざいな……何でもいいよ、適当に作って?」
「……かしこまり……ました」
俺は心を押し殺して、かなえ達のクレープシュゼットの仕上げに入った。
男の目が鋭く俺を見つめてきた。
俺はかなえたちにサーブをした。
「大変お待たせしました。クレープシュゼットになります」
「わーい!! 美味しそう!」
「うん、いい香り! わたちオレンジ好き!」
「さすが山田様……高貴なクレープです!」
「涼君ありがとね! いただきまーす!」
みんなクレープを美味しそうに食べてくれた。
良かった……
男達が話しかけても無視をしてくれている。
……だが、これは店として駄目だ。注意が必要だ。
俺はデザートを作る前に、男に注意をしようとした。
「お客様……他のお客様が」
「しょぼいクレープだぜ、はっ!? 意味わかんねーよ? なんで俺がこんなチンケな店に来て、勉強しなきゃいけねえんだよ!」
「ブスどもは店員といちゃいちゃしやがってよ! くそムカつく店だぜ!」
「全くです! 星矢先輩の言うとおりです。シェフは星矢先輩を脅威だと思って、嫌がらせでこんなお店に来させたんですよ!」
……どうやら俺の我慢は限界のようだ。オーナーすまない。でも、あんたも客じゃないやつは追い出していいと言ってくれたよな?
俺が男達を追い出そうとする前に、いきなりかなえが立ち上がった。
ガっ! という音がお店に響く。
かなえの腰とスナップを効かせた平手打ちが男の顎を捉えた。
……だが、男は微動だにしなかった。
「……おい。痛えぞ? 俺を誰だと思ってる?」
男は無表情になり、かなえを睨みつけた。
かなえは全く怯まず、男に怒鳴り返した。
「ばか!!! 食べたこともないのにこのお店の事を馬鹿にしないで! さっさと出てけ!」
男はかなえに何か言おうとしたが、それはできなかった。
カウンター越しに俺が男の胸ぐらを掴んでいたからだ。
かなえに少しでも危害を加えるやつは許さない。睨むなんてもってのほかだ。死罪に値する。
無論、この店を馬鹿にするやつは許さない。
「〜〜〜〜!?」
「せ、星矢先輩!! や、やめろ! 訴えるぞ!! 俺達はエクセレントホテルの超有名パティシエだぞ!! お前なんか業界で働けなくしてやる!」
俺は腰巾着を睨みつけた。
「ひぃ……」
後ろであたふたしていた後輩が声を上げた。
「あぁ、オーナー……」
オーナーが扉を開けて入ってきた。
「たっだいまー!! 留守番ありがとね!! って……なにこの状況……」
オーナーはため息を付いて俺に命令をした。
「……はい、なんだかよくわからないけど……取り合えず山田くん、手を離そうね?」
俺はゆっくりと手を話した。
「ぶえぇぇーーー、けほけほ……死ぬかと思った……くそ! お前がオーナーか!? 店員の教育はどうなってる!!」
「うーん、山田くんがお客に怒るのってめったに無いんだわ……ていうかあんたどこのパティシエ? 手を見ればわかるよ?」
小牧が恐る恐る手を上げた。
「あ、さっきエクセレントホテルっていってましたよ!」
「あ〜〜、あのチャラ男のところか……で、何があったの?」
ルーシーはオーナーのところに素早く移動した。
先程の様子を携帯で撮影していたらしい。
「どぞ」
「うん……あーー、これは無いわ。うん、無いわ。あのチャラ男の教育を疑うわー。あいつ殺すわー」
オーナーからドス黒いオーラが放たれていた。
「……君はあれか……あいつが言ってた天狗になってるコンクール馬鹿か?」
男は喉をさすりながら吐き捨てるように言った。
「あん!? 俺が馬鹿だと? あのくそシェフめ……ふざけたこと抜かしやがって!」
……目上の人にその態度はけしからん。
「はい、山田君も抑えてねー、ちょっとお姉さん電話するね!」
オーナーは携帯で誰かと電話し始めた。
「……はろー!! ……うん、うん。……………………そうね……今度殺すね? うん、はぁ……しょうがないね……わかったわ。一杯おごりよ?」
オーナーは電話を切って俺たちに向き直った。
「えーと、星矢君だっけ? この店には勉強できたんだよね?」
「はっ! 勉強する必要なんてねーよ! 俺は俺の道を行くんだよ! なんでこんな高校生みたいなガキが作るデザートを食わなきゃいけないんだよ! 俺の志はもっと高いんだよ! 世界一を狙ってんだよ!」
「そう……でもね……ここにいる山田君はあなたよりずっと仕事ができるわよ? 多分、飴細工やチョコ細工もあなたよりできるわよ」
「ふざけたこと抜かすな! 俺は今までコンクールを3回優勝してんだぞ! 次は世界大会予選目指してんだよ!」
「……はぁ、世界大会ね。うーん重症だわ……」
オーナーが俺とかなえを見た。
俺はカウンターから出て、かなえの前を守る様に立っていた。
「山田君、あなたこいつをぶちのめしたい?」
「そうだな。ぶちのめすというよりも、殺したいな」
「おい!? お前の馬鹿力はシャレにならん! ちょ、ちょっとまて」
聖矢と呼ばれる男は焦ったように後輩の後ろに隠れた。
「じゃあさ、パティシエらしくコンクールでぶちのめそうかしら?」
コンクールか……そこまで興味はないが……
かなえは少し震えながら俺の服を強くつかんで俺に言った。
「涼君……私悔しいよ……お店が馬鹿にされたり、涼君が馬鹿にされたり……」
俺はかなえの手をそっと包み込んであげた。
震えが徐々に収まる。
「……わかった。どうせ一度はやってみたいと思っていた所だ。コンクールでぶちのめしてやるよ」
聖矢がいやらしい笑みで俺を見た。
「はっ! たかだが高校生風情がなめるなよ! 俺はエクセレントホテルのチーフパティシエ【動物細工の貴公子】聖矢だ!! ガキに負けるかよ! こちとら7年の経験があるんだよ!」
「ふん、俺は山田だ。かなえを愚弄した貴様は絶対に……許さん」
俺は目で人を殺せる程度の睨みをした。
星矢達は逃げるように走って店を出ていった。
コンクール編が始まりますが、数話で終了してまた通常に戻ります。多分……。
頑張ります。




