スコーン
「涼君おはよ!」
「おはよう、かなえ」
なんか山田と一緒に学校へ行くのが習慣になっちゃったの。
毎日じゃないけど、山田がお店を休む日は大体一緒に行ってる。
今までも友達がいたけど、私は仮面を被っていたの。
……でも、山田と一緒にいるときは本当の自分が出せる。
私は山田を見た。
「……うん? どうした」
「ううん。何でもない!」
「ほら、今朝もらってきたスコーンだ」
「あ、ちょっと。……あ、まだあったかいよ!」
山田はポンっと投げて私にスコーンを渡してきた。
スコーンは少し温かい。
「焼きたてのスコーンはなにもつけなくてもおいしい」
「ふーん、いただきます!」
私たちは歩きながらスコーンを食べ始めた。
小ぶりなスコーンを少しかじる。
「あ、柔らかい。もっと固いと思ってた。……素朴な風味だけど、深い味がするよ……しかもサクサクするし……こんな高級感あるスコーンは初めて!」
「卵と牛乳が多い配合だ。ミルク感が強くて軽いスコーンだ。もちろんクロテッドクリームに付けて食べてもうまいぞ」
山田はクロテッドクリームが入った小瓶を取り出した。
「へへ、さっすが涼君! これを、えい! ……あ、高脂肪のクリームとスコーンが超マッチしてるね! 紅茶が欲しい……」
思わず笑顔になるおいしさだ。
山田は懐から小さい魔法瓶を取り出した。
「ほら、アールグレイだ」
「わーい!!」
魔法瓶のカップにアールグレイを入れてくれた。
湯気が立っている。
とてもいい香りがする。
口に含むと、ベルガモットの香りが広がる。スコーンとクリームのおかげでアールグレイがもっとおいしく感じる。
「ふぅ……幸せ……涼君ありがと!」
山田は小さく笑っていた。
正直まだ、涼君って言うのは恥ずかしい……今までずっと山田って言っていたからね。
山田って呼び方も好きだし、せっかくだから終わらせたくない。
だから心の中では山田って呼んじゃうの……
心の中まで涼君って呼んだら……恥ずかしい!
「おい、顔が赤いぞ? 風邪か?」
山田が私の額に手を当てて来た。
「だ、大丈夫よ! ちょっと動揺しただけだから!」
私たちはお菓子の話をしながらゆっくりと登校していった。
途中でルーシーたちも合流して、みんなで学校へ向かう。
バカ騒ぎをしながら周りの目を気にせず登校する。
……私が生徒たちの間で有名だから、生徒たちの山田に対する当りは強い。
でも、その生徒たちはわたしは全く知らない人たちだ。
なんで知らない人が私の大切な人を馬鹿にするの?
リア充ってなに?
そんなに偉いの?
私は好きで有名になったわけじゃない。勝手に騒いで、勝手に理想を押し付けて……私は窮屈な毎日を送っていた。
山田は凄いんだよ? 私の事を知らなかったし、はじめから遠慮ない口調だったし、ぶっきらぼうだったし……でも、最初から優しかった……
山田はお店に出せるケーキを作れるんだよ?
学生でここまでできる子はいないよ?
山田と登校できるのは嬉しい。
……でも、山田が何か言われるのは……嫌だ。
ルーシーは山田が何か言われるのをわかっているから、率先してバカ騒ぎをしてくれる。
やっぱいい子ね。
学校内に着くと、私たちを噂する声が強くなってくる。
正門から下駄箱までが一番凄い。
「あ、また変な奴と一緒だ」
「もしかしてかなえさんって趣味悪いの?」
「かなえさんってB専。だっさ」
「あのキモイのが一緒に来てるんだったら俺でも良くね?」
「山田って言うらしいぜ? 超絶陰キャだろ?」
「山田! ぷぷっ、モブすぎる名まえじゃん!」
……あーー、うるさい……、私は普通に学生生活したいだけなの。大切な友達と一緒に。
ルーシーが山田に聞こえないように騒いでいるけど、山田は耳が良いから絶対聞こえてるよ。
……馬鹿な事を言わなきゃいいんだけど。
山田は小声でつぶやいていた。
「……俺はどうでもいい。かなえの悪口を言うやつは……許さん」
……ちょっと! あんた駄目よ! あ、こら!
山田は私の悪口を言った生徒の元へ行こうとした。が、途中で足を止めた。
クラスメイトの拓海が女子生徒の前に立っていた。
「……おい、俺の友達の悪口をいうなよ? 君はどこのクラス?」
「え!? た、拓海さん……す、すみません……悪口を言うつもりじゃ……」
少し怒った拓海の顔が、にっこりと笑顔に変わった。
「おっけ。じゃあこれからは悪口は言わないでね! 俺は良い子が好きだよ」
「……は、はい!!!」
女子生徒は拓海にメロメロだ。
拓海は私たちの噂話をしていた生徒たちに向かって大声で言った。
「君たちもいい加減くだらない話をやめて、早く教室へ行きなよ? 山田は君らが思ってるほど安い人間じゃないよ」
ーーえ!? 拓海が山田を上げてる??
「拓海君、かっこいい……」
「はーい! すぐ行きます!」
「さすがキングオブリア充……」
「……でも、拓海君にそこまで言わす山田って何者?」
拓海が山田の方へ近づいてきた。
「む?」
山田は不思議がっている。
「山田。お前がなんで色々隠しているかわからないが……俺よりも凄い奴が馬鹿にされるのを見るのは好きじゃない……自分が馬鹿にされた気分だ」
拓海が軽く息を吐いた。
「……すまん。ただの自己満足だ」
拓海は颯爽と歩いて学校へ入っていった。
……そうね。拓海はお調子者だけど、無駄に正義感が強かったからね。クラスで拓海だけが山田を意識してたもんね。
私は山田の手を引いた。
「遅れるから早くいこ! 後で拓海にお礼言わなきゃね!」
「……そうだな、助かったからな。よし、行くぞ……………………俺もそろそろちゃんとするか」
小声て呟いた山田は自分の髪を気にしながら、小走りで教室へ向かった。