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薔薇の飴

 

 鍋に入ったグラニュー糖と水飴がプツプツと沸き上がる。

 飴用の温度計がささっている。


 170度まで煮詰めたそれは、飴となる。

 酸性の薬で飴の伸びをだし、赤い色粉を加えて着色する。


 シリコンマットの上に飴を静かに流す。

 下は大理石だ。高温の飴は徐々に冷えてくる。


 俺は厚手の飴用手袋を装着した。


 飴は艶が命だ。

 ベースとなる飴を最高の物が作れれば、作品に命が吹き込まれる。


 俺は飴の温度を確かめるため、軽く飴を触る。


 まだ熱すぎる……もう少しだ……


 俺は精神統一をした。


 一瞬が勝負だ。


 均一な質にするために、素早く……

 艶を出すために、硬い状態の飴を力強く伸ばす……


 俺は腹式呼吸をして、身体中の力を滾らせる。


 ーー今だ!!


 俺は飴を全身の力を使ってこね始めた。


 それは戦いだった。

 冷えて固くなる飴を、餅つきみたいに何度も練りこむ。

 身体から汗が出てくる。


 ある程度練りこんで冷えた飴は、「引く」という作業に入る。

 固い飴を伸ばしてたたむ。それを飴が白っぽくなるまで繰り返す。


 大胸筋を使って、飴を大きく伸ばした。

 腹筋が割れる。

 腕の筋肉が隆起する。

 異常な握力で飴を押しつぶす。


 俺は一息の呼吸をした。


「ふぅ」


 俺の目の前には赤くて白っぽい飴の塊が出来た。




 俺は飴用の保温ランプをセットする。


 飴の塊をそこに置く。


 飯田橋が新しい手袋を用意してくれた。


「はい! 涼君、汗凄いよ! 拭いておくね!」


 医者の手術中の助手がごとく、飯田橋は俺の汗を拭いてくれた。


「……ありがとう、かなえ」


 俺は頭のスイッチを切り替えて再び飴に集中した。



 これは飴と自分との孤独な闘いだ。


 気合を入れろ!! 大切な時の為の飴細工だ!!


 飴はゴムみたいな固さだった。

 俺は指先で飴を開いた。

 開いた飴の部分が、顔が映るくらいの艶を持っている。

 その部分を丸くしながら指で切り取る。


 取った飴を素早く形にする。


 指先は熱と摩擦で痛みを伴う。


 繰り返し練習した俺の手は、熊みたいに大きくなっている。


 俺は連続して丸い飴を取った。


 初めに芯を作り、それに飴で作った花びらをつけていく。

 1枚、2枚、3枚、5枚、7枚

 外側に行くごとに花びらの枚数が増える。

 花が咲き開いていく。


 赤い薔薇が出来上がった。



 飴で作った薔薇は、光を見事に反射して光り輝いている。

 花びらのバランスにより、光が綺麗な円を描いている、


 今度は飴を棒状にした。

 それを何度も伸ばしてくっつけて……リボンベースを作った。


 調度良い固さになったリボンのベースを手の中で回転させた。

 するとまっすぐだったリボンのベースが、不規則な弧を描いて、まるで生け花の草の様な形になった。


 それを薔薇にくっつける。


 完成だ。





「わぁ……ちょっとこれは引くぐらい凄いわよ……綺麗ね……」


 飯田橋がじっと飴細工を見ている。


 師匠が横で批評をしてくれた。


「……うん! ちゃんと練習していたね! まだまだ時間が掛かってるけど、こんだけできればコンクールに出品できるよ? やる?」



 オーナーは考え込んでいた。


「うーん、山田君がまた倒れたら……心配よ……」


「え、コンクールなんて倒れるもんでしょ? オーナーもそうだったでしょ? 三徹当たり前でしょ?」


「……そうだったけどね。山田君はまだ高校生よ。確かにこれだけ出来たら賞は確実だけど……うー……パティシエとしては出してあげたい……でも、高校生活を楽しんでほしいし……」


 オーナーの頭がショートしそうになっている。


「そうだな。……コンクールはあまり興味ない。いつかやりたいと思うかも知れないが、今はいらん」


 師匠はあっけらかんと言った。


「あっそ、いいんじゃん? コンクールで賞を取って天狗になってるやつとかいるしね。仕事できないのにね」



 カウンター越しの飯田橋が目を輝かせていた。

 今日はこいつは休みだ。

 俺も休みだけど、試食をあげるといって店に誘った。


「でも凄いね! こんな綺麗な飴細工を目の前で出来ちゃうなんて……これ見たことない人一杯いるよ! こんなのもらったら超嬉しいよ!」


 オーナーと師匠がいやらしく笑っている。

 こいつらには今日の事を説明しておいた。




 オーナーが飯田橋の相手をしてくれている。


 その間に俺は裏の厨房で大きな皿を用意した。

 皿の上にチョコレートでさらさらっとメッセージを書く。

 さっき作った飴細工の薔薇とリボンをのせる。

 昨日作っておいた特製ケーキを横に横に添える。


 ……準備オーケーだ。


 オーナーに合図をする。


 突然暗くなる店内。


 俺はバースデープレートを持って飯田橋の元へ歩いた。


 飯田橋は「え、え、え!?」と言っている。


 俺は……かなえの前にバースデープレートをそっと置いた。


「……少し過ぎてしまったが……かなえ、誕生日おめでとう」


「「「おめでとう!!」」」


 オーナーと師匠と影が薄い後輩も拍手をしてかなえを祝ってくれた。


「え……なんで私の誕生日しってるの? あ、履歴書? え、え、本当? ちょっとまって……」


「……かなえを面接したのは俺だぞ? 覚えてるに決まっているぞ。風邪で倒れてしまって遅れたがな……」


「……あ、ありがと、う。……嬉しい……本当に嬉しいよ……」


 かなえは俺が作った飴細工を大切そうに触っていた。


「誕生日は年に一度の大切な特別な日だ。……ふん、いつもお世話になってるからな……あと、これも受け取れ。……女性に贈る物はわからん……使わなかったら俺がもらう」


 俺はかなえにプレゼントの包みを押し付けた。

 そこまで大きくない。


 半泣きになったかなえは包みを開けてみた。


「あ、可愛い……」


 そこにはコックコートを着た猫のぬいぐるみが出て来た。

 15センチくらいの小さめのぬいぐるみ。


「……どうだ?」


 かなえはぬいぐるみを大事そうに胸に抱えた。


「……すっごく嬉しい……これ、大切にするよ……涼君にはあげないよ!」


「良かった」


 俺は胸をなでおろす。

 喜んでいるかなえの姿を見ると、胸が暖かくなる。





 かなえは俺を手招きした。


「写真撮ってもらおうよ!」


 オーナーにスマホを渡す。

 俺はかなえの隣に移動した。

 棒立ちで俺はかなえの横に立つ。


「おっけー! はい、ポーズとって!!」


「ふふふ、涼君、本当にありがとう!」


 かなえはいきなり俺に抱き着いてきた。

 胸のあたりを両手で包みこんでくれる。

 顔が近い……


 俺は固まって動けないでいた。


 でも……何故だろう? 俺は幸福感に包まれていた。


 かなえが抱き着いたまま、シャッターが落ちていった。






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