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タルトタタン


 飯田橋は夕方まで俺を看病してくれた。

 流石にこれ以上いてくれたら悪いと思って帰ってもらった。



 あいつは大量の夕食も用意してくれていた。

 身体に優しそうなお粥とか薬膳的な何かだ。


 本当に頭が下がる。

 あいつの看病を無駄にしちゃだめだ……



 俺は本気で自分の身体を治そうと決めた。



 ……さっさと治して元気な姿を見せてやるか。


 今まで風邪を引いたことは、数える程度しか無い。

 まさか自分が風邪を引くとは思わなかった。


 俺の戦いが始まった。


 ……俺はひたすら食べた。


 飯田橋が用意してくれた食事は明日分まであった。

 それを全て食べ尽くす。


 ……ゆっくり、消化を気にして……咀嚼する。全てをエネルギーに変える。


 俺の長い時間をかけた夕食は終わった。

 あいつが持ってきた薬を大量のポカリと一緒に飲む。


 ……まだ寝ちゃだめだ。胃に負担がかかる。


 俺はベットの上であぐらをかいた。

 身体の回復に全精神力を使う。

 身体の力の流れを意識する。

 流れが悪いところを消えてなくなる様にイメージをする……


 俺は本気の瞑想状態になった。


 限りなく精神を無に近づける……


 瞑想で無になることはできない。

 だが、そこで浮かんだものは今一番大切なものだと教わった。


 ……飯田橋……母さん……オーナー……クラスの友達……


 俺の精神の旅は2時間続いた。


 汗を軽く拭いて俺は眠る事にした。







 朝起きると身体の重さがなくなっていた。

 時刻を見る。

 朝の5時だ。


 起き上がり、少し身体を動かしてみる。


 ……ずっと寝てい気だるさはあるが、問題ない。熱は引いた。頭も軽い。


 いつもの俺に戻った。


 俺はトレーニングウェアに着替えて走ろうとしたけど、少し考えてやめた。


 ……あいつに怒られるな。たまにはギリギリまで寝ているか。


 俺は人生で初めて2度寝というものを試みた。





 …………

 ………




「ちょっと大丈夫?」


 身体を揺さぶられて俺は目を覚ました。


「……飯田橋? ここは俺の家だぞ?」


「わかってるわよ! 心配で来たのよ! 鍵よ、鍵! 昨日そのまま持って帰っちゃったじゃない!」


 黄色い鳥のぬいぐるみが付いたキーホールダーをぐるぐる回す飯田橋。


「それで体調はどう? 学校行けそう? 無理なら休みなよ?」


「ああ、もう大丈夫だ。迷惑かけた……済まない」


「いいのよ。それに……謝るよりもお礼の方が嬉しいな」


「む……ありがとう」


「どういたしまして! でも本当に大丈夫なの?」


「ああ、完璧だ。いつもどおりの体調だ」


「……あんたすごいわね……あの熱を一日で治すなんて……」


 俺は小声でつぶやいた。


「……お前のおかげだ」


「え、聞こえないよ。まいっか! 早く学校行こ! ふふふ、涼君!」


「くっ、わかった行くぞ、かなえ」


 俺達はそのまま一緒に学校まで登校した。







 学校に着くまで、俺達は生徒達の視線を浴び続けた。


「え、あれって飯田橋先輩!」

「男の人と歩いてるのはじめてみた!」

「この前モデルさんと歩いていたよね?」

「あ、ショッピングモールで見たよ」

「でも、男って言っても……あれはなくね?」

「ダッサ……」

「超陰キャじゃん」

「え、なんか脅されてるの?」


 俺は小声で飯田橋に言った。


「おい、かなえ。お前は大層な人気だな」


 うんざりした顔の飯田橋。


「うーん、面倒くさいよね……みんなよく知らない人なのに……顔しか見てないじゃん」


「ああ、全くだ。お前の気持ちはよくわかる」


「え、なんで涼君が? あ、あの写真の涼君って超美少年だもんね。色々あったの?」


「面倒な女に付きまとわれたりな……」


「あ〜、ルーシーみたいな感じ? でもルーシーって意外とちゃんと人の事見てるよね?」


「あいつは他の奴らとは見ている場所が違う。勘が鋭いし、頭もいい、あいつが俺にかまってもらっているのではなく、あいつが俺が一人なのを心配してかまってくれていると思う」


「え、そんなに高評価なの!? ……確かに頭はいいけど。そうね……気も利くし……昨日はお店手伝ってくれたし……」


「そうなのか? お礼を言わなきゃな」


 オーナーと師匠にはメールを打っておいた。

 電話だとまだ寝てるしな。


「……なんか作ってやるか」


「うん、涼君が作るのが一番喜ぶと思うよ!」







 教室に入るとルーシーが駆け寄って来た。

 俺を待っていたらしい。


「山田様ーー!! お体は大丈夫ですか!? ルーシー心配過ぎて夜も眠れません!!」


「……もう大丈夫だ。店……悪かっ、いや、手伝ってくれてありがとう。助かった」


 俺は今にも飛びついてきそうなルーシーの頭を撫でてやった。


「きえぇぇぇぇーー!! ルーシー今日は髪を洗いません! 生誕祭です!!」


 ルーシーは走って自分のクラスまで戻って行った。



 小牧とフランソワーズも近寄って来た。


「やまだ、死ぬな。ケーキ食わせろ」


「もう、フランソワーズちゃんったら、あんなに心配してたのに……あ、かなえさんが連絡くれたんだ!」


『だってびっくりだよ! 絶対病気しなさそうな奴が倒れるなんて! 山田はサイヤ人かと思ってたのに!』


『ふん、アニメばっかり観て顔色が人造人間みたいなやつに言われたくない』


『ふーんだ、僕はマキと一緒にアニメ観ながら日本語の勉強してるんだよ!』


「ほらほら、もう先生くるよ。席に着こうね? 山田も病み上がりだから」


 俺達はそのままの騒がしさで自分達の席に着いた。





 そういえば昼ごはんを買っていなかった事を思い出す……


 だが、そんな悩みも飯田橋の一言で消えた。


「あ、山田のお弁当あるよ。どうせ2個作るのも手間じゃないし」



 とういうわけで俺は2日連続で飯田橋の手料理を食べる事になった。




 昼休みになるとルーシーがやってくる。

 みんなお弁当でお弁当を食べ始めた。


「ねえねえ、もうすぐ林間学校よね。あ、小牧ちゃんとフランソワーズと同じ班になろうね!」


 小牧が泣き出しそうな顔になった。


「う、嬉しいです……いつもあぶれて……いらない子扱いされて……いま小牧は幸せを噛み締めています」


「小牧はなんで友達がいなかったんだ?」


 俺は飯田橋が作ったお弁当を食べながら聞いてみた。


「ふえ!?」


「山田は直球すぎるよ! 小牧はオタクだから好きなことをしゃべるとマシンガントークなの! だからみんな引いちゃうの……私は楽しいからいいけど」


「なるほど、小説を語る小牧は鬼気迫るものがあるからな。俺は嫌いじゃないぞ」


 小牧の顔が茹で上がってきた。


「ひぃ……う、嬉しいです」


 ルーシーは残念そうだった。


「ルーシーも同じ学年だったら良かったです……うちのクラスはぼんくらばっかりで……」


 飯田橋が少し考えて提案をした。


「じゃあさ、今度一緒にみんなでお出かけしようよ! 山とか海とかさ!!」


「わあ! 素敵ですね!」


「ルーシー感激です!!」


「わたち、行くの!」


「悪くない。たまにはいいだろう……賛成だ。アルバイトもオーナーから少し減らすようにメッセージが入っていたからな」


 11時ごろにやっと返信が来た。

 師匠に至ってはまだ返信が来ていない。


 飯田橋は嬉しそうに笑った。

 思わず見惚れてしまうような笑顔だった。


 そんな飯田橋がかばんから何かを出してきた。


「ふふふ、今日は私からの挑戦状よ! タルトタタンよ!」


 なんだと!?


 飯田橋は保冷剤がたっぷり入ったケーキ箱を取り出した。中からケーキを取り出すと、りんごとシナモンの良い匂いがあたりに漂う。


「うわぁーー!!」

『タルトタタン!』

「美味しそうです!」


 手際よく紙皿に移す飯田橋。

 みんなに手渡した。


「ほら、山田も……感想はお手柔らかにね……」



 タルトタタンはフランスの伝統菓子。

 タタン姉妹が間違えてひっくり返したのが始まりだ。

 諸説あるがこれが濃厚だ。

 フランス人は間違えからできたデザートが多すぎる……クレープシュゼットもうっかりソースの中にクレープを入れてしまってできたものだ。


 ……鍋にキャラメルを流して、カットしたりんごをキレイに並べて、バターを乗せて、パイ生地で蓋をしてオーブンで長時間焼いたものだ。


 目の前にあるタルトタタンは表面のりんごがキレイにキャラメル状になっており、とても美味しそうに見える。


「……見た目は悪くない……いただくぞ」


 俺はフォークでりんごの部分を食べた。


 大きなりんごが旨味を凝縮して小さくなり、キャラメルと合わさって懐かしいけれど、奥深い味を出している。

 添えてある生クリームをつけると苦さが中和されてマイルドな味になる。

 りんごの汁が染み込んだパイも絶品だ。


 非常に……よくできているタルトタタンだ。


 俺は少し興奮気味で飯田橋に言った。


「旨い。これはよくできている。さすがだ、かなえ」


「あ、馬鹿! ここは学校よ!」


「え!? そんな関係!」

 小牧が何故か嬉しそうだ。


「きーー! リア充が!」

 ルーシーは場を盛り上げてくれる。


「おいしー、マキ、もっと食べよ!」

 フランソワーズは無関心だ。



 俺と飯田橋だけが赤い顔をしていた。



 ……俺の顔は見えないはずだけどな。






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