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朝出し


 俺は山田だ。


 最高のパティシエを目指している。

 そのための努力は惜しまない。

 だが、最高のパティシエってなんだ?

 コンクールで賞を取ることか?

 人気パティシエになることか?

 ひたすら腕を磨くことか?


 最近分からなくなってきた……


 母さんの夢だったパティシエ……

 俺が母さんの夢を叶える為に……





 俺は夢を見ていた。

 母さんが俺に作ってくれた不恰好なショートケーキ。

 俺は顔にクリームをつけながら美味しそうにたべていた。

 母さんが俺の頭を撫でてくれる……


 ふと、気が付くと母さんが……飯田橋かなえになっていた……


 そこで夢は終わった。

 俺は眠りから覚めた。

 時計を見る。朝の5時ちょうどだ。


 ……なぜ飯田橋だ? 


 疑問に思いつつも俺の1日が始まった。


「おはよう、ハム太、ぴょん吉、パグ太、にゃんこ……」


 ベットの枕元にいるぬいぐるみ達に順番に朝の挨拶をする。

 可愛い俺の仲間達だ……俺の癒やしだ。

 挨拶を終えた俺は、きびきびとトレーニングウェアに着替えた。


 日課のランニングに向かった。


 ほぼ全速力に近い速度できっちり30分走る。

 自宅マンション敷地内に入るとクールダウンに入った。


 エレベーターで最上階にある部屋を目指す。

 俺はすぐにシャワーを浴びた。


 身体を拭きながらリビングに出る。

 家の電話に留守番電話の通知があった。


 冷蔵庫から特製ジュースを飲みながらメッセージを聞く。


『もしもし、若様、執事の若林です……旦那様が寂しがっています。どうかご連絡をお願い致します……また、こちらからもご連絡いたします』


 ……若林か。


 別にあの家が嫌いなわけじゃない。

 俺は……母さんとの思い出を守りたいだけだ……


 身体を拭ききった俺は制服に着替えようとした。


 丈の短い制服とちゃんとした制服がある。

 俺は少し考えてちゃんとした制服を手に取った。


 ーーふん、飯田橋がうるさいからな。


 半乾きのままの髪で俺は家を出た。




 家から歩いて20分のところに店がある。

 学校がある平日でも俺は毎日6時30分〜8時まで働いている。

 短時間と思うかもしれないが、パティスリーの朝は忙しい。


 俺はゆっくり考えながらお店まで歩いた。


 ーー昨日は有意義な時間になった。さすが飯田橋はセンスがいい。俺だけだとわからない事まで気がつく。


 ーー正直どうやって誘っていいかわからなかったが、どうにかなったな……人付き合いなんて皆無だったからな……


 ーーしかし最近は俺の周りも騒がしくなってきてるな。同じ図書委員の小牧に、騒がしい後輩のルーシー、自分勝手なフレンチのフランソワーズ、そしてアルバイト仲間の飯田橋。


 そんな環境も悪くないと思い始めている俺がいる。


 ……人を喜ばす事……俺は人の心がわかってなかった部分があったのかもしれない。


 オーナーには昔からさんざん言われてたな。

 お前は人の気持ちを考えろってな……


 ーーもしかしたら俺は少し変われたのか?


 今までの俺だったら、昨日みたいなことはあり得なかった。


 ーー飯田橋と手を繋ぐなんて……


 思い出して顔が赤くなってしまった。

 くっ! 飯田橋の分際で!


 これが友達というやつか?


 あいつといると心が落ち着く。

 母さんと一緒だ。……いや一緒にするな。

 あいつと喋っていると自然体になれる。

 あいつといると頑張ろうと思える。

 あいつといると……少し人に優しくなれる。


 ……多分これは飯田橋がリア充でコミュニケーション能力が高いからだろう?


 俺以外にもこんな感じなのだろうか?


 ……そんな事を考えてしまった自分が嫌になる。


 俺は友達を知らない。

 俺は一人で生きてきた。

 俺とともにいたのは母さんだけだ。



 俺にとって飯田橋は……なんなんだ?


 その後も俺は考えながらお店まで歩いて行った。




「おはようございます」


「うう……お……は……よう」


 テンションが低いオーナーが鍵を開けてくれた。

 大体パティシエはみんな朝のテンションが低い。


「朝出しするぞ」


 俺はすぐにコックコートに着替えて朝のケーキ出しを始めた。



 ショーケースに並べるケーキを仕上げる事だ。


 俺は淡々とケーキを大きなトレーに並べる。

 フルーツをカットしてタルトに綺麗に盛り付ける。

 艶出しのゼリー状の物をフルーツに塗る。

 モンブランに栗をつける。

 ショートケーキをカットしてセロファンで巻く。苺を飾る。




 ーー俺はケーキを作りながら飯田橋の事を考える。

 いや、考えてもどうしようも無いことはわかっている。




 ムースの上に生クリームを絞り、金箔を飾る。

 グラサージュショコラを溶かしてドーム型のケーキにかける。ツヤツヤのケーキができる。




 ーー俺は母さんのためにパティシエになることしか考えていなかった。同級生はみんな子供だって思っていた。話す気さえ起こらなかった。


 飯田橋と会ってから、俺の視野が広がった。

 小牧とちゃんと喋ろうと思った。

 近づいてくるルーシーの相手をしようと思った。

 フランソワーズがクラスで溶け込めるよう話してみようと思った。




 カスタードクリームに生クリームを合わせて、シュークリームのクリームを作る。

 半分にカットしたシュー生地にクリームを絞り、粉砂糖をかける。

 プリンの上にキャラメルソースをかける。

 カップゼリーの上にクラッシュゼリーとフレッシュフルーツを乗せる。




 ーー今まで俺は人の何を見ていたんだ?

 俺はケーキがうまく作れるだけの人間だ。


 俺が最高のパティシエになるためには……もっと人の心を知る必要がある。


 最高のパティシエって……実はもっと単純に考えていいのか?




 ……人を喜ばせることじゃないか?




 ーー俺はもっと飯田橋と……一緒にいる必要がある。


 ーーこれは……俺が最高のパティシエになるために必要な事だ。




 ショーケースのケーキを全て仕上げ終えた

 まるで宝石の様なケーキ達がショーケースに並んだ。


「や、山田くん……今日は何かすごい気合入っていたね……いや〜やばかったよ、その顔。かなえちゃんに見せたかったな〜! なんかあったの?」


 ……いつかオーナーにも色々相談するか。

 こう見えてもパティシエ界の女番長だしな。


「いつか話す……。ふん、よろしく頼む」


「え!? 山田くんがついにデレた!! いっつも私に厳しいのに!!」


「いやお前にじゃない」


「ええーー!! いいじゃんいいじゃん! 私ナイスバディだよ! Fカップだよ!」


「……そろそろ学校行くぞ」






 俺はいつもよりもほんの少しだけ早く学校へ向かった。


 いつもと同じように前髪で顔を隠している。

 ……誰とも話さなくていいように。


 でも今は話しかけてくる奴がいる。


 ……そろそろ髪を切るか?

 あまり人に身体を触らせたくなかったが……






 俺は教室に入った。窓側の席に向かう。


「あれ!? いつもよりも早いじゃん!」


 飯田橋は昨日手を繋いだ事も忘れたかのように普通に接してくる。


 ……いや、よく見てみると顔が真っ赤で目が明後日の方に飛んでいた。


 俺はなぜだか嬉しくなった。


 ーー色々考えていたのが馬鹿らしくなった。


 俺は朝作ったチョコムースを飯田橋の机の上に置いた。ちゃんと5人分ある。


「ふん、これでも食え、食いしん坊」


「きぃぃ!! 食いしん坊じゃないわよ! ……でも超美味しそう! あ、5人で一緒に食べようね! どこに置いておこうかな?」


 俺は保冷剤をたっぷり詰めた保冷バックを軽く投げた。


「さっすが、山田! 昼休みが超楽しみ!!」


「ああ、それとな……お前、髪を切れるのか?」


「うん! 自分の前髪とか妹の髪をきってるよ!」


「じゃあ、俺の髪も頼む」


「うん、分かった……って!? えぇーー!!」


 飯田橋の絶叫を聞きながら席に着いた。




 その日は珍しく俺は休み時間中に眠る事がなかった。



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