アルバイトパティシエ山田
「飯田橋かなえ、お前は不合格だ」
「何で山田が面接官なのよ!」
「うるさい、さわぐな。なんで俺の事をしっている」
俺は学校に内緒でパティスリーでアルバイトをしている。
どこぞの学生どものようにアルバイトで青春を謳歌、とかじゃない。
本気でパティシエを目指しているからだ。
「いや同じクラスだし! なんであんたが私の事がわからないの! この超絶美少女の飯田橋かなえを! というかあんたクラスじゃ地味でど隠キャ、カースト最底辺じゃない!」
いちいちうるさい女だ。そんな奴もいたかもしれない。
学校生活は体力回復と学業の場所だ。周りを気にしてられるか。
俺は自分の身長が高いのが嫌で猫背だ、人と目を会わせたくないから前髪を下ろして顔を隠している。学校では誰とも喋らない、寝るか授業か菓子理論の本を読んでいる。クラスメイトから見たらそんな認識だと初めて分かった。驚愕だ。
「だが、それとバイトとどう関係している? ここは学校ではない。仕事をする場所だ。面接の結果落ちた。ただそれだけだ」
「う、う、絶対アルバイトしなきゃいけないのに……」
「ていうか親の紹介なのになんで面接するのよ」
小声でぶつぶつ言っている。
俺が困っていると、後ろからオーナーが声をかけてくれた。
30台後半にはとても見えない、20代後半の肌年齢と大人の色気を持つオーナーは俺の恩人であり尊敬するパティシエだ。
グラビアアイドル顔負けの肉体美と美貌でお客様を虜にしている。
「同級生同士で面接したら面白そうじゃんって思ったのよ。そしたらガチ面接になるとはね……」
オーナーは俺の後ろから手を回して顔を覗き込みながら言った。
「まあかわいいし、私の元同級生の頼みだから合格でいいわよね~」
飯田橋は顔が赤くなっている。
「なに! いけない関係なの!」
「顔が近い。あり得ない。騒がしい」
オーナーを押しのけつつ飯田橋に最後の確認をした。
「なんでアルバイトをしたいと思った」
飯田橋は恥ずかしそうにうつむきながら
「お、お金が必要なのよ……」
「……そうか、先にそれを言え、悪くない答えだ。金は大事だ。天下の回りものだ。仕事をする上でモチベーションにもつながる」
「え、馬鹿にしないの…」
「仕事をしろ、結果を出せ、その対価が給料だ。早く着替えてこい」
「うん!」
鞄をとる飯田橋。さっきまでの不機嫌な態度とは違い、嬉しさがあふれ出る満面の笑顔を俺に向けてオーナーとバックヤードへ向かった。
本人が美少女と申告していたが、まぎれもなく美少女である。
透き通るような肌と天使と比喩されるその柔らかい美しい顔のつくり。性格は粗暴だが、多分素直な子のようだ。
俺は不意を突かれて顔が少しだけ、ほんの少しだけ熱くなった。
「……サービスの準備をするか」
このお店はイートインスペースがあるお菓子屋さんである。入り口正面には色とりどりのケーキがショーケースに入っていたり、ラッピングされた焼き菓子が棚に陳列されてる。
奥に行くとカウンター席があり目の前でデザートをつくるのが売りだ。
今は日曜日の昼下がり、イートインのピーク時だ。
満席の客席中、俺はデザートを作る。
何回も練習をして流れるような動作でオレンジの皮をむきナイフにさしてオレンジリキュールでフランベをする。
炎がついた瞬間客席から黄色い歓声がわく。
「お待たせしました、クレープシュゼットでございます」
オレンジソースで煮込んだクレープシュゼットはお店で人気No.1である。
俺はお辞儀をして次の作業に移る。
黒いコックコートと黒いサロンに身を包んだその姿は本物のパティシエと変わらない。サービス中だけ長い前髪を後ろへ流しオールバックスタイルにしている。立ち姿も意識して綺麗に見えるようにしている。
疲れるがこれもパティシエの修行のうち。
一度、片付けのためにバックヤードへ入る。
飯田橋は目が点になっている。
「おい、さっさと洗い物をしろ」
「あんた本当に山田??」
「何を言っている。頭に虫でも沸いたのか。仕事をしろ」
飯田橋はまだ何か言いたそうにしていたがしぶしぶ洗い物を再開した。
「いやおかしいじゃん、なんであんなにかっこいいのよ……クラスの女子が絶対騒ぐわよ。いやかっこいいけど性格最悪だし……」
ぶつぶつよくわからないことを呟いていた。