7 meeting
「ああ、腹が立つっすね。シェルマーのやつ」
「チャイコ、あんまり大声出したらフロアの人に聞こえるよ」
非常階段を降りながら、チャイコはその不満を爆発させていた。発散させてあげたいとは思うけれど、それには防音設備の整った部屋が必要だ。生徒会ゾンビのことを他の生徒に知られるのは、現状まずいし。
「まあでもいつもあんな感じだし、だからあいつがいくらムカついてもドンウォーリー的案件にしないと」
「分かってるっすけど……まったくチセのやつ、何であんな自己中野郎を誘ったんすかね」
「あ、それチセに前聞いた。シェルマーはあれでいて人望のあるイベンターだからって言ってた」
「……確かに。月末テスト後の地下パーティー、元はシェルマーが企画して続いてるっすからね……」
「自分の言葉と行動で、人を動かし、新しいものを作り上げる。そういう意味ではシェルマーは生徒達の中ではリーダー的存在だよね、腹立つけど」
「死ぬほど腹立つっすけど」
「……ふふっ」
「ははっ」
チャイコは少し落ち着いてくれたようだった。陽気な子どものように、足を高く上げながらテンポよく階段を降りていく彼女。年上とは思えないほど、なんだかかわいらしい女の子に見える。
心地よい沈黙の中、チャイコとは二階フロアの扉の前で別れた。チャイコは三つ編みメガネに変身してから三階で降り、あたしは一階の扉からフロアに戻ようと階段を降りていった。
フロアに出る扉の前に、一人の男子があたしを待っていた。その顔を見たあたしは、もう驚かなかった。
この人のこういう登場の仕方にはもう慣れてしまった。
「やあ、オワリ」
「……忍びの者なの、あんた」
「まさか、ただの単なる一青年だよ、平凡な」
「はいはい。一青年が何の用?」
「用も何も、会議の報告を聞こうと思ってね」
チセは、勉強はできても女の気持ちはわからないようだ。手の腹で階段の手すりを何度か叩くと、全体が小刻みに振動した。
「いや、それはマジ迷惑だからやめて」
「どうして?」
「あたしが話をするでしょ。その後チセがミタカと会うでしょ。ミタカが今日の会議の話をするでしょ。そしたらあんたが『もうオワリから話を聞いた』って話したらミタカはどう思う?」
「『さすがチセ、仕事が早い』」
「馬鹿か。モヤッとした気持ちになるでしょ」
チセはしばらく視線を無地の壁に投げて考えていた。けれど、すぐに目を閉じ、首をさすった。周囲に撒き散らす嫉妬深さを、元々の元凶である本人が気づかないのは腹が立つ。
「そうか? まあいい。話す気がないなら他のメンバーから聞く」
「あっ、ちょっと待ってよ」
「なに?」
「食堂もあんたの言った通り、あたしとシナギのテーブルはカメラに映らない場所にあった」
彼は何も言わなかった。それが余計にあたしを不安にさせた。
チセはそのまま非常階段からフロアへと出ていった。
「もう……あんたが一階から出たら、またあたし別の階から出ないとじゃん……」
一度降りた階段を再び上り、別の階からフロアに出た。あたしが向かっていたのは図書館の入り口に繋がる方角だった。壁にはかわいいクマのキャラクター、図書委員の生徒が暇つぶしに書いたのだろう。図書館のシステムは全てオートメーション化しているから、他にやることないし。
ウォータークーラーの奥に、女子トイレがあった。
角を曲がる時、トイレの入り口から他の女子が出て来た。まったく予期していなかった。あたしは反射的に避けたが、身体のバランスを崩し、壁に背中を強くぶつけた。そのままバランスを崩し、その場に座り込むように尻もちをつく。
「あいてっ……ててて」
視界を人影が覆った。見上げるとすらっと伸びた細い脚が目に付いた。身体のサイズピッタリのシャツ――から自己主張する大きな胸、そして肩との僅かな隙間を残したショートヘア、眼鏡越しに光る、赤みを帯びた黒目。
しばらく目が合ったまま、時間が経つ。数秒間だったけれど、濃密な長い時間に感じられる。あたしの中に、言語化するヒマもないほど無数の感情や思考が波のように押し寄せる。
視線を外したのは彼女の方だった。同じ部屋で寝泊まりしている相手とぶつかって、無言で去っていった。
ふと見ると通路に何か落ちていた。見覚えのあるそれを広げると、思った通り、シナギがずっと愛用している、無地の黒いハンカチだった。手を洗った後に使用したのだろう、少し湿っている。
「……シナギ」
あたしは彼女のハンカチを強く握りしめた。