6 afterafewweeksfromthatexam.
待ち合わせ場所は、指示がなければ三階、展示室のある入り口横の給湯室。そう決まっていた。
「ごゆっくり。人が来たら合図するから」
今日のエレベーターの見張りはミタカだった。もしこの階に生徒がやってきたら、ハンドタオルと生理用品を手に持ってスタンバイ。やってきた生徒は、ミタカが人目を避けて三階のトイレを使用したのだろうと考えるはず、ということらしい。
「ミタカ、チセがまだ来てないけど」
あたしが訊ねると、ミタカの替わりに、チャイコがあたしの質問に答えた。
「チセは遅れて来るって。そうっすよね、ミタカ?」
「……そうだけど?」
自分の発言を奪われたミタカは口を膨らませ、不満げに頷いた。普段は飄々としたお姉さまキャラのミタカだけれど、チセが話題となると、彼女のもう一つの顔が顔を表す。
嫉妬深く、子どもっぽい。
最近知った、ミタカの一面だった。
「ということで最初はクラソ、オワリ、シェルマー、そんで私の四人ではじめるっす」
チセのいない時の仕切り役はチャイコだった。ちなみに「生理作戦」を考えたのもチャイコだ。ほっぺにかわいらしいそばかすのある。十六歳の女の子。私の二つ年上。普段は三つ編みメガネの根暗キャラで通しているけれど、あたしたちの前では三つ編みを解き、こちらが不安になるほどのどでかい声で喋る。得意科目は数学と国語。そして過去三か月の順位は古い順に六位、四位、七位。
「最初はシェルマーとクラソの調査報告っす。食堂の監視カメラの位置と、その監視範囲について、どこまで分かったっすか?」
「はい、これっす」
クラソはチャイコの声真似をして、ポケットから八つ折の紙を広げた。そこには一階の食堂の図面が細かい寸法付きで書かれていた。
「食堂は楕円形で直径が縦三十、横が八十。固定テーブルが四十五で、イスが九十九脚」
「へえ、テーブルって思ったより多いんすね。知らなかった」
「二人組とか三人組とか、もしくは友達ができない生徒を考慮して多めに入れているんじゃないですか、おそらく」
クラソは真っ黒な瞳をなぜかあたしに向けて首を傾けた。
「どう思います?」
「……そうなんじゃない? わかんないけど」
あたしに聞くなよ、と睨んでみせると、クラソは無表情のまま、口だけ笑った。変な奴。
「ということで、ここに点線で囲っているのがカメラの位置と角度から算出した、カメラに映るであろう範囲です」
「点線の外側の実線で囲った円は何?」
「誤差を考慮して、点線プラス三十センチ広く取ったものです。要は『この円の外側だったらカメラに確実に映りませんぜ』という線ですね。大丈夫ですか?」
またクラソがあたしを見る。
「……なんで毎回あたしに聞くのよ」
「いえ、僕の説明を理解できているかどうかの確認をしたくて。この中で最も成績が低い、あっ、失礼ですしたね。言い換えます。この中で最も頭のよろしくないオワリさんが理解できたなら、他は難なく理解してくれただろう、と」
「クラソ、ひどすぎ。言いかえても失礼加減ノーチェンジだから!」
「ノーチェンジって何ですか?」
「変化なしって意味だよ! ニュアンスで分かれ!」
「まあまあ落ち着くっすよ二人とも……へえ、やっぱりここもなんすねえ」
感心したようにチャイコが頷くのを見て、あたしたちは図面に注目した。
そして、あたしは三度、驚かされることになった。
(チセの言っていた通りだ)
「食堂にも、こんなに大きいカメラの死角が……」
「ここまで来ると、意図的なものを感じるよ」
その時、初めてシェルマーが口を開いた。ナルシスト・シェルマー。あたしの中で勝手に呼んでいるあだ名。喋るたびに、いちいち髪をいじるの、やめて欲しい。
「しかも、またまたオワリさんです」
「えっ、マジっすか」
三人の目があたしに向けられた。
「……うん、そう。あたしがいつも座っている席」
「オワリさんはカメラを避けるように行動している……チセさんの言葉の通りです。まったく、あなたの目は赤外線スコープか何かなのでしょうか?」
「んなわけないでしょ、偶然よ、偶然!」
そうは言いながらも、我ながら説得力にかけた訴えだと思う。
これと全く同じやり取りをした二週間前。その時、調査したのはプライベートルームだった。四〇もある個室の中で、いちばん奥の四〇号室の監視カメラだけは機能していなかった、その時調べたクラソは「故障でしょう」と言った。
「チセ、いつ来るのかな」
「何で?」
「……いや、別に」
チセは何て言うだろう。あたしを白状させようとするだろうか。こうも正確に監視カメラを避けて行動している理由を。
「クラソ、他に追加の情報はあるっすか?」
「そうですね……敢えて付け加えるなら食堂……というか一階全体に言えることですが、なにぶん天井が高すぎるので、監視カメラをどうこうするのは不可能です、ということですかね」
「了解。あれ、今日の書記は?」
「前回、俺だったから、次はミタカだね」
さらりとそう言って、上目遣いに髪をいじるシェルマー。
そんな彼にチャイコは眉をひそめ、手の腹で肩を押した。
「“次はミタカだね”じゃないっすよシェルマー。ミタカは今日見張り役なんすから、だったらミタカの次の人に連絡するものじゃないっすか、フツー」
「いやそんなこと言われても……俺、自分の前後が誰か以外知らないし」
また仲間割れか。呆れる。しかし、これはシェルマーが悪い。
ピリッとした空気が給湯室を支配した。
あたしはクラソに目を向けた。こういう状況では、ロボットのように表情の乏しい屁理屈野郎クラソが役に立つ。その視線の意味を理解したのか分からないが、クラソは何かを思い出すように上を向き、そして口を開いた。
「……えーと話を進めたいのですが、ひとまず次の書記は誰でしょうか。ミタカさんの次なので」
ナイス。クラソ、ベリーナイス。あたしは心の中でクラソを目いっぱい抱きしめた。
「はーい、イッツミー、イッツミー。ということで書記やるね」
「じゃあオワリさんお願いします。ノートは私のものを使ってくださいっす」
「了解っす」
チャイコの声真似、それはクラソへの感謝の替わりだったけれど、まあ十中八九伝わらないだろう。
「クラソの調査結果は聞いたので……」クラソ一人で調査したかのようにチャイコが言ったので、つい笑ってしまう。「次は私とオワリですね」
「お花畑調査ですね」
「クラソ、いちいち言葉にしなくていいから」
あたしがたしなめると、彼は肩をすくめた。
「今回、調べたのは一階の食堂のトイレ。あとはプライベートルーム。個室はまずメンバーである私とチャイコの部屋、ミタカの部屋、オワリの部屋っす。結論から言うと、トイレには監視カメラはなかったっす」
「給水機の中や、コンセントの中も調べました?」
「もちろん」
「なんだ、どこにもなかったのか」
またシェルマーが余計なことを言う。だけれど、そこはクラソがうまくフォローした。
「あったらこれはもうやつらの頭は完全にアウトオブノーマル決定ですね」
「やつら……ね」
「近いうち、必ずその顔を拝んでやるっすよ。そのために私たちはこうやって集まってるんすから」
調査報告は二十分程度。今回の収穫は、各エリアの監視カメラには、やはり抜け穴のような死角が存在するということ。これによりチセの仮説がますます信憑性を帯びてきた。といっても、全ての部屋の調査を終えるまでは断定はできないけれど。
しかし、目の前の三人はすでに、その仮説の真偽に対して解答を得た気になっていた。報告の後半は「カメラの死角は意図的に作られたものか否か」という論点で話が進んだのが何よりの証拠だ。
一方で、あたしは彼女たち(といっても、ほぼクラソとチャイコの二人だけど)の会話に加わりながらも、頭では別のことを考えていた。
シナギのことだ。
優しくて、頭が良くて、美人で、さんざんな成績のあたしのために、自分の時間を割いてまで勉強を教えてくれた彼女は――
一カ月前の多少ギスギスした関係のままでもいい、あたしのことを嫌いになっても構わない。それでも今のこの状況よりは全然マシだ。
「五分オーバーしているけれど、まだ終わらないの?」
エレベーターの前にいたミタカがやってきた。それはミーティング終了の合図だ。
「そうっすか、じゃあ今日はこの辺りで」
「結局、チセさんは来ませんでしたね」
「どうせ、ファンクラブの女子に囲まれてるんでしょ……っていてっ!」
立ち上がったシェルマーのこめかみにグーパンチ。さすがミタカ。躊躇しない。
「何すんだよっ!」
「また余計なこと言ったら、今度はハサミであんたの耳をサクッといっちゃうよ?」
「怖っ!」
「耳のカットは無料でやっていただけるんでしょうか?」
「カットするなら耳じゃなくて、へらず口の方を希望するっす」
「おいおい、寄ってたかるな。イジメイジメ」
穏やかに笑い合う。
「チセには私の方から話しとく。ってことで、いつも通り半分はエレベーターで、残りは非常階段使って別階からエレベーターを使って」
「じゃあ私とオワリさんで非常階段使うっすか」
「あっ、うん。オッケオッケ」
「ということで、また二週間後に。じゃ、“生徒会ゾンビ”解散っす」