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TWOPLACE  作者: 心野想
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 車輪が側道に乗り上げると、車が大きく揺れた。助手席で眠っていたあたしは窓に頭をぶつけた。

「さようなら、元我が家。初めまして、新しい我が家」

運転席の父はそうつぶやいた。ルームミラーの前で交通安全のお守りが揺れている。

庭の横にあるコンクリートのスペースに車を淹れると、父はエンジンを切った。

停車した車の元へ、庭にいた一人の女性が駆け寄ってくる。

「遠くまでご苦労様でした」

 彼女は満面の笑みで父を迎えた。いい大人なのに、少女のように目を輝かせて父の胸元に飛び込む。

「東京から、たかだか四時間程度だよ。ほら、秋葉。おみやげを渡して」

「あっ……うん」

 トラックから降り、高速のインターで購入したバームクーヘンの入った紙袋を渡す。表紙には赤いうさぎのキャラクターがあしらってあった。

「あらあら、かわいい袋ね。秋葉ちゃんもお疲れ様」

「別に……」

「疲れたよ、中に入ろう」

「荷運びはいいの?」

「後でやるよ。その前に少し休ませてくれ。いいだろ、秋葉」

 父があたしに確認を取る。というのも荷台に積んである荷物のほとんどは、あたしのものだからだ。父の荷物は少ない。前の家で使っていた家具や生活用品の一切を処分してここにやってきた。

「うん……後でいい」

「じゃあ、お邪魔するよ」

「お邪魔なんてそんなこと言わないで下さい。今日からここが私たちの家なのよ」

「そうだね、はははっ」

 二人の横をすり抜けて、あたしは一足先に家に上がった。


名沙(なずな)、降りてきなさーい」

 静香さんが二階に向かって大きな声を出した。ナズナ。同い年って聞いているけれど、どう呼べばいいのだろう。誕生日が先の方がお姉ちゃんなのか。それとも双子のように、お互い名前で呼べばいいのだろうか。

「こっちがリビングかな?」

「ええ、中で自由におくつろぎになって」

 父とあたしはリビングに通された。最新の大型テレビ、ふかふかした黒革のソファと大きなダイニングテーブル。どれも豪華で、真新しい物のように思えた。掃除も行き届いている。私とお父さんで暮らしていた部屋とは正反対だ。

「疲れただろう。座りなさい」

「うん……」

 その時、廊下側から階段を降りる足音が聞こえた。

「コーヒーでいいですか?」

「ああ、秋葉はお茶がいいか?」

「紅茶もありますよ」

「同じもので大丈夫、です」

 足音が一階に降りてくる。あたしは唾をのんだ。初対面の印象は凄く重要だ。明るく挨拶しないと。あたしは見構えたが、しかし廊下を歩く音はそのまま立ち止まることなく、家の奥の方へと遠ざかっていく。

「ふぅ……」

 あたしが小さく息を吐くと、お父さんが笑った。

「秋葉、そんな緊張する必要はないよ」

 父はそう言って大きく伸びをした。そんな父親をあたしは恨めしく思う。他人の家なのに、そんな風にリラックスできるのは、どうせここに来るのが初めてじゃないからだ。あたしは嫌悪感を抱いた。

「秋葉ほら、テレビが大型だぞ」

「うるさい」

「うるさいって……おいおい不機嫌になるなよ」

 静香さんが盆に乗せたコーヒーを持ってくる。同じ目線までしゃがんだ時、あたしと目が合った。彼女の嬉しそうな微笑みがあたしに向けられる。それは本心の笑みではないと分かった。新しい娘と親しくなるための作り笑顔だ。

そう分かっているからこそ、あたしは目を背けた。

知らない女がお母さん? そんなの、無理な相談だ。

 父はコーヒーをすすりながら、テレビのチャンネルを一つずつ確認していた。この家のリモコンの操作に慣れているようだった。

「明日は何時に起きよう?」

 チャンネルと共に父のモードも切り替わったのだろうか。静香さんに向けた言葉が、おそらく二人でいる時はこうなのだろう、砕けた言葉遣いに変わった。

「八時半にはここを出たいわね」

「箱根は寒いかな」

 二人は明日からの旅行の話をしていた。その旅行には当然、自分も参加している。娘なんて邪魔なだけだろうに。もちろん、その意図は透けて見える。一日も早く、ここにいる四人を《家族》にしたいわけだ。

「四月でも寒いわよ。移動中はいいけれど、潮風が強いから。上着をしこたま用意しておかないと」

「しこたま……ね」

 外でトイレの水が流れる音がした。あたしは息を吐いた。

間もなく静香さんの娘がやってくる。

夕方のニュース番組に目を向けた。あたしはテレビを見ているという設定にしようと思った。そして、彼女が部屋に入ってきたら振り返って挨拶しよう。そう計画した。

そして扉が開いた。

「やあこんにちは、名沙」

「……どうも」

 父が挨拶したのをきっかけにあたしは振り向いた。

「あっ、初めまして」あたしはとっさに立ち上がり、頭を下げた。「あたし、島田……じゃなくて、秋葉と言います」

「……初めまして」

 顔を上げると、そこに立っていたのは同い年には思えない、大人びた雰囲気のある美少女だった。黒い髪はあたしがいくらケアしたって敵わないぐらい艶やかで、まっすぐなストレート。なのに部屋着は水色と白のストライプで、服装がやけに子供っぽい。

「……何?」

「あっ、いや……うん、とってもきれいな子で驚いたっていうか」

「……ありがと」

 その後、父と静香さんとあたしでリビングを囲った。といっても基本は大人二人で明日からの旅行について話をして、あたしは時々振られる話題や質問に答えるだけだった。

 名沙は食事用のテーブルの椅子に座って、イヤホンで周囲との関係を断ち、スマートフォンの画面に集中していた。特に操作している様子がないので、動画でも見ているんだろう。何を見ているのか気になるが、この状況で席を立つ勇気はなかった。 

「秋葉、これからは静香母さんが料理を作ってくれるからな」

「……ん」

「これまで秋葉には一人で食べてもらう日が多かったからな。でももう寂しくないぞ。よかったな」

「……別に」

 孤独なら、今の方が感じている。そう告げてやりたかった。

静香さんはあたしと打ち解けようとしている。そしてお父さんがそれをサポートする。

でも父は静香さんに意識が向いているから気付かないのだ。そのサポートが、あたしの邪魔になっているなんて。名沙と親しくなる機会を奪ってるなんて


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