30 redrumehtgnimoc
「……あなた」
薄れゆく意識の中で、あたしは確かに見た。
「いったい、こんなことをして……どうなるか、分かっているの?」
うつ伏せに倒れているあたしと、目と鼻の先で迫田が膝を付いている。息が荒く、とても辛そうだった。
「黙れ」
銃声が鳴り、その瞬間、迫田がのけ反る。これで二発目だ。まるで映画でも見ているかのようだ。
「……やめなさい。これは命乞いではない。私が死んだら、この国の発展がどれだけ遅れるか」
「知るか」
「……そうだ、取引をしましょう。私はっ――」
三発目の銃声。その時、迫田はのけ反ることはなかった。ただ動かなくなり、そのままばったりとうつ伏せに倒れた。
迫田は死んだ。殺されたのだ。
「……大丈夫、オワリ?」
彼女はすぐにあたしの元に駆け寄り、上半身を抱き起した。そのままあたしを背負い、部屋の外へと向かう。彼女の身体が揺れる度、身体に鈍い痛みが走った。
「あなたは……シナギ?」
あたしが訊ねると、彼女は頷いた。
「そうよ。シナギ。あなたを助けに来たの」
「……嘘」
そうだ。彼女はシナギではない。だって髪形も服装も違う。
「あなた……名沙って子でしょ」
「……ええ」
「ど……して戻ってきたのよ」
「迫田に会うためよ。この施設の正体を知りたかったから。でも、まさかあなたを殺そうとするなんて……あの女」
名沙の顔はこちらからは見えないが、その恨めしそうな声はあたしの耳に強い不安を抱かせた。
「……でも、殺す必要はなかったんじゃ」
「何を言ってるの。オワリ、あなたは殺されそうになったのよ。あんな悪魔、殺されて当然よ」
「……名沙」
部屋を出ると、冷えた肌に温かい空気が包んだ。彼女はあたしを床に下ろし、傷口の手当てをはじめる。
「急所は避けてるわね。包帯の替わりになるもの……」
彼女はそうつぶやいて、周囲を見渡した。そして、何かを見つけたようにあたしの元を離れる。
あたしはその方向に首を向けた。温かい場所に移動したおかげか、さっきよりも意識がはっきりしている。
名沙は何か尖った道具を使って、白衣の裾を切り裂いていた。あれは何だろう……そう思った時、あたしは彼女の横にあるものを見た。
「……えっ」
それは顔が血塗れになって倒れているクラソの変わり果てた姿だった。
「嘘……なんで」
「よし、これでいいわ」
名沙があたしの元に戻って来た。包帯上に細長く切った布の端を手早く結び合わせ、それをあたしの身体に巻こうとする。
その手をあたしは止めた。
「ねえクラソが……どうして?」
「クラソ? ……ああ、あの男のこと? 邪魔だったから殺したの」
「……殺した? どうしてそんなひどいこと」
「仕方なかったの。あの人が部屋に入れないから……私も動揺していたから、つい刺しすぎちゃったけれど。アイスピック、あの女の部屋の冷蔵庫で見つけたの」
「……殺した。あなたが……クラソを?」
「あなたを助けるためよ……あなたを」
名沙はあたしの頬に触れた。その爪の間には血の塊が挟まっていた。
あたしはとっさに彼女の手を払いのけた。逃げなければ、彼女から。シナギそっくりの彼女から――
しかし、腹部を撃たれたあたしは思うように動けず、すぐに彼女に掴まってしまった。
「やめて、放して」
「どうして逃げるの? 私はあなたの味方。ううん、それ以上、あなたのためなら何でもできるわ」
「そんなこと……あたし頼んでない」
「ねえ、オワリ。あなたは自分が何人いるか知ってる?」
「何人って……何訳の分からないことを」
「二人だと思ってるでしょう? 違うの……あなたはね……数えきれないほどいるの」
私は聞く耳を持たなかった。彼女は頭がおかしくなっている。
「あそこで、もう三人目のあなたを見たでしょう? でもね、あれだけじゃない。いつあなたを殺してもいいように、大量の複製があの中で眠ってるの。信じられないと思わない?」
「……そんなの妄言よ。あたしは信じない」
「でも、あそこで死んでいる男から聞いたのよ。それに他の研究員もそう言ったわ。みんな命を賭けてまで嘘を付く人はいないでしょ……だから真実なのよ」
「……まさか」
あたしは彼女の顔を見た。醜くゆがんだその顔はもはやシナギとは別人に見えた。というより、これは人間の皮をかぶった怪物だ。人間じゃ、ない。
いつの間にか、あたしは抵抗をやめていた。
「……名沙、あなたは何者なの?」
「私は秋葉の家族。娘を実験台に売ったお母さんと、同じく秋葉を売ったお父さんの子ども。そしてあなたはね……そんなあたしたちのために生み出された可哀そうな複製品」
「……複製品」
皮肉にも、シェルマーが冗談交じりに言った言葉が当たっていたというわけか。そして、クラソが十七体存在しているって言ったゾラの言葉も真実だったわけだ。
「それで、あなたはどうする気なの?」
「どうする……そうね」
突然、名沙は私を仰向けにしたかと思うと、強引に唇を重ねた。ふいのことで、あたしは一瞬動けなかった。
「……やめてっ!」
「秋葉には絶対できないの。だって家族だもの。本当に悲しいことだけれど。だからせめて」
再び、彼女が迫って来た。あたしはその顔を手で押しのけるが、怪我を追っている状態では彼女を完全に止めることはできない。
彼女の舌が、あたしの中に侵入してくる。
どうして、こんなことになったのだろう。
自分が侵食されていくような気分の中、あたしができることといえばもう目を閉じることだけだった。




