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TWOPLACE  作者: 心野想
3/30

3 ourroominthenight.

 夕飯を終えると、消灯時間までは自由時間となる。あたしとシナギは部屋で自主学習をしていた。

 ベッドとトイレ、シャワールーム、二人分のクローゼット。簡素な部屋の中で、この時間はお互いのスタンドライトだけが光っている。

 シナギはベッドを挟んで、あたしと反対側。背中を向けて座っていても何をしているかは分かる。今日の復習と、明日の予習、いつも通りだ。優等生らしい夜の過ごし方を今日も変わらず続けている。

 一方で、あたしも机についてはいるが、今日のこともあって、勉強が進まないでいた。仕方ないので、なんとなく『生活の記録』の一ページ目を眺めていた。



 FS規則


一、月末に実施されるテストをパスし、最も高い成績を得ること

一、高い知性と発想力を養うこと

   一、生徒同士、協力し、競争しあい、自らを高める努力を怠らないこと

   一、…………


 

「……協力し、か」

 その部分を鉛筆でぐるぐると囲んだ。ふと口から出たため息に、消しゴムのカスが移動する。

あたしはペンを置き、両手の指の平同士を合わせた。そして、指を付けたり離したりして遊ぶ。それは昔からのあたしの癖だ。二年前、そう。あたしがこの施設で目覚めた時からの――

「目覚めた時から……でも」

 あたしに、ここに連れて来られる以前の記憶は存在しない。それは他の生徒も同様だ。誰もが過去の記憶を保持せず、知らぬ間にここで意識を取り戻す。卒業か、“地獄行き”かは問わず、ここからいなくなった生徒の替わりとして。

言語能力は持っている、身体も赤子ではない、にもかかわらずそれまでの人生のページは真っ白で目覚め、この施設の中での生活を強いられる。そして、ここからの卒業を餌に、勉強を課せられる。あたしたちにそれ以外の選択肢がない。

だからこそ、あたしたちは必死に勉強をして、ここからの卒業を願う。でも……あたしはため息を付いた。

「一番になんて、いつなれるんだろ……」

「馬鹿ね」

 あたしの一人言にシナギが返す。少し刺々しかったのは、あたしがサボっているからだろうか。

「人は自分が望む以上の人間にはなれない。いつかなんて言っていたら、一生そこには辿り着けないわ」

「そうだけど」彼女の強い言葉に、あたしは少し弱気な気分になった「シナギは、いつもトップになるつもりでテストを受けているの?」

「言うまでもないわ」それは芯のある、揺るぎのない言葉だった。「あなたは違うの?」

「……違うよ」

 そう、あたしは違う。もちろん、早くここから出たいと言う気持ちはあるけれど、シナギのようにトップになること自体への強い意志は持っていない。先月初めて二十番台に入った時に、あたしは気付いていた。自分が上位になるということは、それだけ他の生徒が卒業から遠のくということ。努力が人を蹴落とすことに繋がる、それが競争だということ。

「じゃあ何のために努力してるの?」

「どうしてだろうね」

「……呆れた」

 シナギはそれ以上、何も言わず、再びペンの音が部屋に響き始める。あたしはすっかり勉強する気を失っていて、何もない一点を見つめながら、シナギの質問の解答を探していた。

「……追いつきたかったから、かな」

 しばらくして、あたしはそう言った。

「誰に?」

「シナギに」

「私を蹴落としたいってこと?」

「そんなわけないでしょ。あたしはただ……いつも勉強を教えてくれてるからさ。その期待に応えたかったんだよ」

「……何それ」

 シナギはあたしの考えを一笑に伏した。

「なら仮にあたしがここからいなくなったらどうする?」

「いなくなったら? 卒業して?」

 あたしは新しい問題を解くように、再び自分に問うた。シナギがここからいなくなる。一位になって卒業する。

 そうか、確かにそうだ。あたしは今さらながら自覚した。彼女は努力しているし、順位も着実に伸ばしている。この調子で行けば、いつか近い将来、そういう日が来てもおかしくはないんだ。

「どうする、のかな」

 振り向くと、彼女があたしを見ていた。彼女のメガネが反射して、表情は読み取れない。

「考えたこともなかったよ」

「それは私が一位になんてなれないって思ってたってことかしら」

「そうじゃない。そうじゃないけれど……ただ想像ができなかったの。ここに来た時からずっと一緒だったシナギがいなくなるってことが」

「私は想像できる。来月に自分が卒業して、ここから去る日が来るのをはっきりとイメージできる」

「……そうなんだ」

 彼女の言葉に胸が締め付けられるような気がした。

「だって毎月一名が必ず一位になるのよ、年間で十二人もいる。簡単ではないけれど特別難しいことでもない。必要なのは毎日コツコツと努力をするだけよ」

「……でも一位になったからって本当に外に出られる保証なんて……そもそも、外の世界を知らないあたしたちがそこへ行ったって本当に――」

「いい加減にして」

 その口調は、まるで年上が未熟な子どもに教え諭すようだった。

「答えのない問題に付き合う気はない。答えのある問題だけで充分大変なのに……」

「そうかもしれないけれど」

 あたしはなおも言った。

「答えがないからって、その問題自体をなかったことはできない……あたし、不思議でたまらないよ。この世界の子どもは全員、あたしたちと同じような生活をしていないのよ。こんな所に閉じ込められて、勉強をさせられているなんて絶対におかしいよ。だってそうでしょう。社会の授業が本当なら、普通の子どもは自分を産んでくれた家族と同じ家に住んでいる。なのにあたしたちは」

 彼女は分厚い辞書を机に叩き付けた。ベッドを横切って、あたしの前に立つ。指で天井の監視カメラを指差した。

「ペナルティ食らいたいの?」

 ペナルティ――校則違反――。この施設で秩序を乱した生徒に課せられる、一発で《地獄行き》の恐ろしいルール。ペナルティを犯した生徒は次の日の朝にはこの施設から消える。誰にも気付かれず、まるで魔法のように。

「……ごめん」

 あたしは自分の発言を後悔していた。真剣に謝ったが、しかしシナギはそれについては何も言わずに、ただ念を押すようにこう言った。

「あなたが何を考えようと構わないわ。でもお願いだから。私の邪魔をしないで」


 その日の、二人の会話はこれで終わった。あたしは二十二時の消灯の前に、先にベッドに入った。

意識がなくなる前に、あたしは想像の中で部屋を抜け出し、プライベートルームに向かった。真っ暗な部屋の中で、四〇番の部屋の隙間から光が差している。そこにはチセが待ち構えていて、あたしを見透かすような目でこう言うのだ。

「君の望みはなんだい?」


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