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TWOPLACE  作者: 心野想
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25 j whoisthatme?

「今だ」と叫んだ自分の声。それを自分が聞く場合、体内にその声が響く影響で、他人が聞く声と違って聞こえる。確か骨伝導という現象だ。

しかし、今の自分の声には、それとはまた更に別の響きがあった。体調の異変なのか、原因は分からないし、仮にそうだとしても、ここで自分の身体が脳の指令を無視してまで立ち止まるほどの理由としては些細すぎる。だってこれまで生きてきた瞬間瞬間の中で、今以上に失敗できない状況はないのだから。

 にもかかわらず、あたしは直感的に、その女性を突き飛ばすより早く、足を横向きに床に叩き付けて、突進する威力を完全に殺していた。


(……あれ、あたし、どうして立ち止まって――)


 自分の取った行動の意味を解せない。パーツを拾おうとした目の前の女性が振り返る姿がスローモーションに見える。その眼があたしを捉える。あたしの存在を認識される。しかし、彼女の視点はそのままあたしを通過し、その向こう側へと向けられる。

 この人を突き飛ばして、シナギを助けなければ――再びそう決意したが、その時、さっき聞いた別の響きが再来した。


「今のうちに逃げるよっ!」


固め直した決意が瞬時に揺らぎ、消滅する。あたしはその声のした方向に顔を向けた。

そこにはシナギの腕を引く一人の女性の姿があった。肩まで下がった黒い髪、小さな背、あたしの同い年ぐらいの……



……あたしだ。それはあたしだった。



「名沙! 走って!」

「う、うん……」


 もう一人のあたしとシナギが出口の方へと走り去ろうとする。それはあたしが考えていた未来のシナリオ。シナギを連れ去って逃げる。頭の中でシュミレーションした風景が具現化したものだ。

 ただ異なるのは、それがあたしではないもう一人のあたしで、当のあたしはただの傍観者としてそれを眺めている。


「あなた――」


 その時、腕を掴まれた。思考が停止したあたしはただ反射的にその腕を振りほどこうとした。


「は、放して」

「あなたは……どっち?」

「うるさいっ!」


 あたしは《先生》の身体に肩から突進した。彼女は壁に背中から激突し、小さな叫び声を上げた。力が抜け、そのタイミングであたしは階段を駆け上がる。

 シナギともう一人のあたしはすでに廊下を移動し、手の届かない位置にいた。

 あたしはその背中を追いかけながら叫んだ。


「待って! オワリはあたしよ、シナギ!」


 その声に、シナギが走りながら振り向く。あたしと目が合う。シナギは「えっ」と声を漏らし、その歩調を緩める。


「だめよ名沙! 走って!」

「待って! あそこに……あなたがいるわ」

「いいから走って――えっ?」


 ドッペルゲンガー現象、クローン技術、ヒューマロイド、夢、まぼろし、そして鏡の中。そんな世界の中でしか起きない現象。

 それが起きた。

 あたしは、あたしを見た。

 あたしの方も、あたしを見た。

 直線廊下の離れた距離から、お互いに自分の姿を見合う。

 十数秒間、いや実際にはもっと短い時間だったかもしれない。


「……あなたは誰?」

「あたしは……シナギを助けようとして……ここに」

「シナギ……誰?」

「シナギよっ……そこにいるあたしの大事な」

「近づかないで! ……彼女は名沙よ。そしてあたしは秋葉。シナギなんて知らない」

「知らない? 何を言ってるの。彼女はシナギよ」


 あたしはシナギを見た。願うように祈るように見た。うん、やっぱり彼女はシナギだ。どこをどう見てもあたしの知ってる……


「えっ?」


あたしは気付いた。気付いてしまった。確かに彼女はシナギだと思う。でも髪形が違う、それに着ているものもシナギの所持している服じゃない。

嘘だ。彼女はシナギだ。髪形だって服装だって、どうにでも変えられる。そうだ、これは何かの罠だ。あたしを騙そうとして……

なら、あれはあたしの偽物か。


「……ねえ」

「近寄らないで‼ ほら逃げるよ、名沙」

「でも……」

「考えるのは脱出してから。じゃないと」



「生徒はこの辺りだ! 手分けして探せ!」



 背後から声がした。この施設の人間だろう。あたしたちを捕えにやってきたんだ。


「ねえ、あなたはシナギでしょ、そうよね?」

「だから彼女は名沙よっ!」

「あなたに聞いてない! ねえ答えて、時間がないの!」


 シナギがあたしを見た。怯えるようなその表情。月末テストの発表前にする時によくみるあの表情だ。うん、彼女はシナギだ。間違いない。

 シナギは目を伏せた。そしてあたしにはっきり見えるように、ゆっくりと首を横に振った。


「……ごめんなさい。私は名沙。あなたの言うシナギって子じゃない」

「シナギ……嘘、嘘よ。あなたは……そうだ。シナギは記憶を奪われたんだ」


 きっとこの前みたいに、施設の人間が記憶を奪ったんだ。そして、知らない記憶を吹き込まれた。そうだ、そうに違いない。


「あなた、何を訳分からないこと言って」

「違うわ。あたし知ってる。やつらはそういうことをする連中なの‼ だから騙されないで」

「違うっ!」


 シナギが叫んだ。


「私は名沙。記憶を書き換えられたりなんてしていない。子どもの頃から今までずっと私は私よ」

「……嘘」

「嘘じゃない……」

「いたぞ! 三人いる! みんな来てくれ!」


 背後から白衣の男性が二人やってきた。


「名沙、逃げるよ!」

「うんっ!」


 二人が再び走り出した。偽物のあたしにシナギが連れて行かれる。

追いかけなければ――シナギはあたしが助けるんだ―ーそう思った。

しかし、自分の身体は気持ちとは別の行動を取った。


「出口は南東と北側! 早く逃げて!」


 あたしはそう叫んでいた。そしてシナギの方ではなく、白衣の男達の方へと走り出した。一人に狙いを定めて身体ごとぶつかる。


「あああああっ!」


なぜそんな行動を取ったのかは分からない。我ながら愚かな行動だ。子どものあたしが大人二人を相手に敵うわけがないのに。


「よし、取り押さえろ」

「ううあああっ!」


 床に倒されたあたしの上に一人が乗り、もう一人があたしの手首を紐で縛りはじめる。この状態ではもう逃げられない。それでもあたしは必死に抵抗した。自分が助かるためじゃない、少しでも彼女たちが逃げる時間を稼ぐために。

向こう側にある二つの背中が小さくなり、角を曲がり、見えなくなる。頑張れ。あたしは目を閉じた。その後は、無事彼女たちが外に出られるように祈り続けた。


「素晴らしい……素晴らしいわ‼」


 少し離れた所から、中年女性の興奮した声が聞こえた。



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