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TWOPLACE  作者: 心野想
24/30

24 up

 チャイコがあたしたちを呼んだのは、それからしばらく経った後のことだった。あたしたちの前に現れた時の彼女の表情は固く、そして何かを言いたそうな顔をしていた。それを見て、あたしはそのチャイコの変化をミタカに悟られないよう、わざとらしく騒いでごまかした。

「待たせたね」

「いいえ、もう大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だよ。ね、シェルマー」

「ん? ああ……そうだな……大丈夫だ」

 シェルマーもチャイコと同様、思うことがありそうな態度を取っていた。それであたしはチセが何を話したのか、大よそ理解した。予想通り、彼は自分を犠牲にする作戦を二人に告げたのだろう。

 その計画が本当なのかどうかはともかく。


「じゃあ、ここから先は迷いは無しだ。行こう」


 全員の覚悟を確かめるべく、チセが全員を見渡す。自然と全員はそれに応えるように順々に頷いた。ミタカもまた晴れやかな笑顔で、チセに応えた。


 行動開始だ。

 シェルマーの事前調査で、裏部屋にあるハッチは三つあった。一つはクラソが使用したハッチ、二つ目はクラソが話していたもの、そして新たに見つけたハッチだ。

 あたしとチセはクラソの救出のため一つ目のハッチから、残りのメンバーは三つ目のハッチから潜入する。


「慎重に行動しろよ、シェルマー」

「足を引っ張っちゃダメだよ、シェルマー」

「なんで俺だけそんなキャラ設定なんだよ」


 最後は笑いながら別れた。ミタカもチセと支柱の影で二人だけの短い時間を過ごし、最後は笑顔だった。

 あたしは目を閉じ、気持ちを落ち着けた。細胞一つ一つに魔法をかけるように(大丈夫、きっとうまくいく)と言い聞かせた。


「先に行くぞ」


チセはそう言って、躊躇することなくハッチの中へ身を投げた。着地地点にある装置の側面を蹴り、その後、床に転がりながら受け身を取る。それが衝撃をうまく分散したのだろう、すぐに立ち上がり、天井のあたしに手を広げた。


「おいで。受け止めてあげるから」

「いいけど……触んなよ」

「触れないで受け止めろって?」

「……お願いね」


 あたしはおそるおそる足から入っていった。縁を掴みながら、ゆっくりと身体を下ろす。徐々に腕や肩に自重がかかり、震える。


「もう大丈夫?」

「真下にいる。そのまま飛んで」

「……行くよ。せえのっ」


 手を放したあたしは真下に落下した。でもすぐにチセが受け止めた。華奢な身体だったと思っていたけれど、密着したその身体は意外に筋肉質で、男性的だった。

 いくら相手がチセだとはいえ、さすがに少し照れる。


「あ、ありがと」

「礼を言うのはまだ早い。問題はここからだ」


チセはすぐに次の行動に移った。部屋のドアに耳を当てる。あたしも足音を立てないように、彼と同じ行動を取った。


「開けるよ」

「……うん」


 ドアノブのロックが外れる音。そしてゆっくりとノブを回す。扉の隙間から光が差し込む。

 そこはいつもの見慣れた白一色の廊下だった。でも、ここはあたしたちが立ち入ることを許されない領域だ。

 廊下は左右に伸びていて、今いるこの部屋と同じドアがいくつもある。監視カメラの視線はないようだ。

 

「クラソだったら右かな」


 チセはそうつぶやいて躊躇なく廊下を出ると、右方向へと歩き出した。あたしもその後を追って歩く。

 まるでかくれんぼのよう……いや、これは事実そうだ。子どものかくれんぼとの違いと言えば、鬼の数が分からないことと、命がかかっていること。


「オワリは廊下の向こう側に人がいないか見て。僕は扉の中に人がいないか確認する」

「オッケ」


 廊下は途中で右に折れていた。曲がり角の壁に身を隠し、ゆっくりと顔を出す。二、三十―メトル先に階段らしきものが見える。左右の壁には同様に複数のドアがある。そのうちの一つの扉は、少しだけ開いていた。ドアの鍵のでっぱりを出した状態で閉めたのだろう。

今のところ、人の姿は見当たらないが、一度、どこか遠くでドアを閉めるような音が聞こえた。


「どうだ?」

「……大丈夫。誰もいない」

「そうか。どうやらこの辺り一帯は設備関連の管理室のようだ。日常的に人の来ない場所に出られたのはありがたい」

「どうする? あっちに階段があるみたいだけれど」

「ちょっと待って、その前に」


 チセはその場に座り込んで、鞄からPCを取り出した。


「何するの?」

「このエリアにも電波が飛んでいるかもしれない……うん、いけそうだ」


 チセはPCをインターネットに接続しようとしていた。こんなこと授業では教えられていないのに、一体どこで学んだのだろう。


「オーケー。あとはIDと接続パスを解析できればネットに繋がる。少し時間はかかるけどね」

「それまで待つの?」


 チセは首を振る。時間がもったいないので、今のうちにこのフロアを見て回ろうと提案してきた。

あたしは一度戻って反対側の通路に進んだ。チセは階段のある側を見て回る。一人になると少し不安な気持ちが出て来たが、かといって引き返す気はない。

扉に耳を当てながら、奥で物音がしないかを確認しながら通路を進んでいく。チセの指示通り、ドアノブに手は触れないようにした。部屋の表札には電気C、給排水A、ボイラーDといった表示だった。チセの言った通り、ここは管理フロアのようだ。

 その後、角を曲がる。そこにももう一つ階段があった。このフロアは左右対称の形をしているのかもしれない。

 その予想は当たっていた。

 階段の元まで来ると、近くの壁にフロアの全体図が掲示されていた。そこには地下二階と表示されていた。


「ということは、あたしたちが六階と思っていたフロアは地下三階だったわけか」


 このフロアは、正方形を描くように四本の廊下があるだけのシンプルな構造をしていた。あたしとチセはすでにその三辺を見て回ったということになる。


「一度、チセの元に戻ろう」


 そう思って、来た道を引き返そうとした時、廊下の向こう、いわば最後の一辺の廊下の方からチセの姿を発見した。ふいを突かれ、鼓動が激しくなる。

 その姿を黙視するまで、全く気付けなかったという事実にあたしは恐怖を感じた。

 そこにいたのがチセだったからいい。でも、もしそれが見知らぬ人間だったらと想像するとおそろしい。

 こんな呆気なく見つかってしまってはいけない。あたしは再び身を引き締めた。


「どうしたんだ。そんな怖い顔で睨んで」

「……何でもない。それより、これを見て」


 全体図を指すと、チセは「ああ」とだけ言った。驚く様子はない。聞けば、同じものを反対側の廊下で見つけたらしかった。


「じゃあ、それを教えにあたしの所に来たってこと?」


 チセがあたしと同じ思考をしているのかと思い、訊ねた。しかし、チセは当然のように「まさか。オワリも全体図を見つけただろうと思ったから来たんだよ」と言った。

「……腹が立つ」

「どうして?」

「何でもない……それで?」

「ひとまず、現在地が判明した」


 チセはそう言ってパソコンのディスプレイをあたしに見せた。そこには地図が乗っていて、中心に赤い点が表示されていた。


「ここは広島県の北側、M山という山の中だ」

「……広島県?」


 そう言われてもいまいちピンと来ない。地名自体は社会の教科書に載っているから知っているけれど、住所が不要な生活を送っていたせいだろう。


「ああ。検索エンジンで調べてみたけれど、ネット上にこの施設に関する情報はなかった。ただこの近くにキャンプ場があるみたいだ」

「キャンプ場?」

「レジャー施設だよ。休日になると自然の中で野外生活を楽しむ」

「休日に、自然……か」

「奇妙な感覚を覚えるよね。僕達がこうしているすぐそばで、自分達には想像も付かない日常が存在しているなんて」

「……うん」


 外の人たちは、あたしたちの存在を知っているのだろうか。いや、想像もしていないだろう。仮にそんな人たちがいるとすれば、それはあたしたちをここに閉じ込めた連中か、もしくはあたしたちを産んだ人間。顔が似ていて、血の繋がった家族という存在。


「オワリ?」

「……ごめん。考え事。気にしないで」


 気持ちを切り替え、階段に足をかける。この上のどこかにクラソがいる。見つけ出して、助け出すんだ。すべてはその後だ。

 そして地下一階に辿り着いた。同様の位置にフロアの全体図があった。そこは下の階と同様の設備関連に加え、警備用のモニタールームがあった。


「ここは調べるまでもないな。一階に行こう」


 あたしは頷いた。


「考えてみたら人生で初めてなんだね」

「何が?」

「地球の表面と同じ高さに立つのが」

「……地下生活を送るモグラは視力が退化して目がほとんど見えないらしいよ」

「じゃああたしたちは視力のあるモグラってわけだ」

「どうだろう。もしかしたら地上の風景が眩しすぎて、何も見えなくなるかもしれないよ」

「……笑えないよ」


 そして一階に上がる最後の階段を上り切った時だった。

 いつもの感覚が蘇って来た。


「待って」あたしは先を行くチセの肩を掴んだ。「ここ、カメラがある」

「どこに?」

「正確な位置までは特定できないけれど右側の通路から視線を感じる。間違いないよ」

「行くとしたら左に折れるしかないか……」


 向こう側の壁にある全体図。できれば近くで見たいが、カメラに映らないためには、遠目から眺めるしかない。


「僕は視力があまりよくないんだ。オワリは?」

「あたしは大丈夫。なんとか見える……でも、このフロア」


 一階の広さは、これまでの地下フロアと訳が違った。例えるなら、プライベートルーム一部屋とフロア全体の広さほどの差がある。

 フロアは正五角形。まず目に入ったのは北側にあるエントランス。また南西の直線廊下にもう一つ、出口らしき通路が伸びている。脱出するとしたらこの二カ所、あたしたちの現在地は反対側、南東の頂点だからエントランスに行くよりも近い。


「チセ、出口は二カ所。ミタカたちに連絡できる?」

「残念ながらまだ無理そうだ。あちら側のパソコンがまだネット環境に接続できていない」

「もう、何してるのよ……」

「今、あっちがネットに接続でき次第、自動でメール送信されるように設定してるところだよ。この作業が終わり次第、僕たちも動こ――」


 その音は、すぐ近くでした。それはほんの小さな音だった。左側の通路のすぐ近くの扉。ドアノブを回した時の金属音。気付けたのは幸運というしかない。


(誰かいる! 隠れて!)


 しゃがんでいるチセの腕を引き上げ、立ち上がらせようとする。チセも瞬時に状況を理解し、全速力で地下に向かう階段を降りた。間にある踊り場をぐるりと回り、後半の階段に足をかける。ここまで来れば隠れられる。

 だけれど、問題はその後に起きた。チセが踊り場で身体をターンさせた、その勢いで手に持っていたパソコンのパーツの一部が外れてしまったのだ。

 外れたパーツは重力の法則に従い踊り場に音を立てて落下し、その後小さく跳ねながら壁際で動きを止めた。


「ちいっ!」

(ダメッ! 間に合わない)


 パーツを拾おうと飛び出すチセを必死に止め、物陰に隠れさせる。ガシャンっと扉が閉まる音。

 そして、女性の声がした。


「今回は北東の地下B側か。また新しい出口を見つけたのね、素晴らしい。今から向かうわ」


 それは中年の女性の声だった。忘れもしない、教室のスピーカーであたしたちに話しかけたあの声だ。


「シャッターはもう閉じ終えているのね。生徒は何人? ……三名?」


 喋っている相手の声は聞こえない。どうやら電話をしているようだ。今から北東側に向かうということは、あたしたちの正面の廊下を通過する可能性が高い。せめて電話を切る前に廊下を通ってくれるようにあたしは祈った。意識が耳に集中していれば、きっと踊り場のパーツには気付かない。


(放送の声だな)

(ええ、このまま何事もなく通り過ぎてくれればいいけれど)


 息を殺して、相手の動向を待つ。


「おかしいわね……確か他にも生徒がいたはずだけれど……念のため、他のフロアのシャッターも閉じておいてくれる? 出入り口の警備も増やしておいた方がいいかもしれないわね」


 バレている、そう悟った。通話内容から考えても、彼女が話している《生徒》とは間違いない、あたしたちのことだ。

ならば《三人》とはつまり――


(くっ……ミタカたち、見付かったのかもしれない)

(……くそっ)


チセがはがゆそうに拳を握った。


(珍しいね。こうなるかもしれないってことは分かってたのに、どうして?)

(……そう言う君はやけに冷静だね)

(そんなことないよ……悔しいけれど、でも起きてしまったことは仕方がないよ。あたしたちが助けるしかない。そのためには、ここで泣いたりなんてできないよ)

(……君は、強いな)


密着したチセの身体から力が抜けていくのを感じた。そしてあたしに微笑みかけたが、その笑顔はやけに弱弱しく見えた。


(なーんだ)

(ん?)

(別に。ただ、あんたってそういえば、あたしと三つしか変わらないんだよね)

(どういう意味?)

(あたしと同じただのガキだってこと)


フフン、とあたしは偉そうに見下した目でチセを見る。悪口の一つでも言われるだろうと思ったが、チセは何も言わず、むしろ申し訳なさそうにしていた。


(すまない……僕の責任だ)

(……信じるよ)

(え?)


 なぜそんなことをしたのか、自分でも分からなかった。強いて言えば気の迷い、だろうか。


(本当にメンバー全員を脱出させる気だったんだね)

(……ああ)

(これまで言動じゃ、信じられなかったけどさ……秘密主義で、何でも知っている風で)

(……ああ)

(……信じるよ、チセを)


 その時、女性が歩き出した。


「じゃあ、お願いね」


 通話を終えたのだろう。予想通り、こちら側の通路へと近付いてくる気配がする。あたしは手をチセの頭から放し、口元を閉じて、聴覚に神経を集中させた。


「ごめんなさいね。お待たせして」

「いえ」


 誰かと話している。そこには二人いるようだ。もう一人は若い女性の声。


「行きましょうか」

「どこに行くんですか?」


 その女性がはっきりと言葉を発した、その瞬間、脳が激しく揺れたような衝撃を感じた。


「シナギ?」

(バカッ、喋るな)


 チセが慌ててあたしの口を閉じる。


(ご、ごめん……でも今の声)

(今の声?)

(シナギの声だよ……間違いない)

(まさかそんなはずないよ。だってシナギは……)


 チセの言う通りだった。シナギは今、部屋にいるはずだ。この時間帯なら、学習机で勉強中だろう。

 でも、それでもさっき聞いた声はシナギのものだとあたしは確信していた。だとしたらあの女性に捕えられた? しかし、それにしては敵意のない会話を交わしている。

 いったい、何がどうなっている? あたしの頭は混乱していた。これまで冷静であろうとしてきた意思が、静かに崩れて落ちていく。


 相手との距離はもう間近に迫っていた。


 顔を見て確認しなければ。


 あたしは彼女たちの死角ぎりぎりの位置で、二人が廊下を通過するタイミングを待った。


 そして――その時は訪れた。


「……先生」

「ん、どうしたの?」

「階段の下に何か落ちてますけど……」

「階段? あら本当ね、何かしら」


 先生と呼ばれた中年女性が、歩く向きを変え、あたしたちのいる踊り場の方へと、ゆっくりと近付いてくる。


(隠れよう)


チセがあたしの腕を掴んだ。でもあたしはそれをはねのける。


(チセだけ行って)

(何を言ってるんだ)

(後はあんたに託す。だからお願い)

(……くっ)


 チセは説得する時間がないと気付いたのだろう。階段を降り、更に下に向かった。あたしは気配でそれを感じながら、視線を転がったパーツに集中していた。

タイミングはパーツを拾う瞬間だ。その瞬間、その女性に体当たりして、バランスを崩した所でシナギと一緒に逃げる。今ならまだ出口の警備は固まっていないかもしれない。

もちろん、彼女がシナギであれば、の話だ。


(これは……何でしょうか)


 ついにその《先生》を視界に捉えた。白衣姿、てっきりスーツ姿を想像していたけれど。あたしは中腰になり、いつでも動ける態勢を取った。そして、彼女がパーツの前でしゃがみ――


「「今だ!」」


 スイッチを入れたように、あたしは床を蹴り、その女性の背中をめがけて突進する――はずだった。にもかかわらず、途中で足を止めた。


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