23 concentrate
ゾラから絶望的な解答を得てから、あたしたちは一時間もしないうちに例の六階の裏部屋に集合していた。すでに計画されていたとしか思えないスピーディーさでテーブルを運び、ここまでやって来た。知らなかったのはあたしだけだったというわけだ。
「全員、集まったね」
クラソを除いた五人が、しゃがんでチセを見ていた。チセは一人一人と目を合わせると、その言葉を心に刻みつけるように、ゆっくりとした口調で話をはじめた。
「まず僕たちの現状を伝えるよ」
「いったいどんな情報を得たっていうんだ」
「それはオワリから報告してもらおうか」
「……どうしてよ」
「こういう話は君から聞いた方が信憑性があるからだよ。それに泣きわめくなら今この時だけにして欲しいからね」
「……最低」
今でさえ、感情を押し留めておくのに必死だっていうのに。
視線があたしに集まる。これを話してしまったら、きっと全員が同じ結論に辿り着くだろう。そして、きっとその言葉を口にする。
その言葉に、あたしは抵抗しなければならない。
「……クラソの居場所を聞いたの」
「ゾラがそれを答えてくれたんすか?」
「へえ、ゾラって紋切り刀な返答しかできないと思っていたのに」
「それでゾラは何て言ったんだ?」
あたしは懐中電灯に照らされた足元の床に視線を下ろした。喉に溜まった唾を呑み込む。
「十七カ所? なんだよそれ」
あたしの言葉がどういう推測をもたらすのか、シェルマーは考えもしなかったのだろう。まるで悪い冗談を聞いたかのように苦笑する。
「つまりクラソが十七ツ児ってことか。悪い冗談だろ」
「シェルマー、違うよ……そういうことじゃない」
いち早く、何かを察したようにミタカがそう言った。普段は飄々としている彼女の瞳が、激しく震えている。
「仮にだよ……仮にその言葉が事実だとしたらクラソは……もう」
その言葉が、チャイコもシェルマーを同じ結論に導いた。つまり、全員が同じ一つのことを考えている。一番、起きて欲しくない事態がゆえに、一番考えられるその結果を。
「まさか……本当っすか」
「そんな……だったとしたらそれ……殺人? 殺した後に身体をバラバラにしたってことなのか……ふざけんなよ」
シェルマーがチセの膝をぐっと掴んだ。
「否定しろよ……違うよな。まさかクラソが殺されただなんて……そんなこと、ここの奴らがする訳……」
普段は高飛車なシェルマーも今ばかりは明らかな動揺を見せる。それも当然だ。クラソが殺された。それが仮に事実だとしたら、あたしたちをこれまで管理してきた《大人》たちは、殺人を犯す犯罪者たちということになる。
だとすれば、これまでの《地獄行き》の生徒も、もしかしたら《卒業生》の末路だって同様の道を歩んでいたって不思議じゃない。
「シェルマー、泣くなら今のうちだよ」
「……なんで否定してくれないんだよ」
「否定するも何も、それが優秀な君の出した結論なら、その可能性は否定できないってことだ」
「待ってよ、チセ。もしクラソが本当に殺されたのだとしたら、私達も捕まったら同じ目に合うってことよね」
「……そうだね」
それを聞いて、チャイコが怒りに任せて拳を床に叩き付けた。
「この施設を作った人間は、人を殺すことも厭わない連中ってわけっすか。腹立つっすねー。そんなやつらに踊らされて、私たちはこれまで勉強してきたんすか」
「あたしはまだ諦めてない」
その言葉に、再びあたしに注目が集まる。
「……あたしはあんな機械仕掛けのニワトリの言葉なんて信じない。この目でちゃんと確かめるまで、クラソは生きているって信じる」
「フッ、さすがだね。この状況でまだそんなことを言うなんて」
「何とでも言え。言っとくけど、あたしはクラソを見つけるまでここから出て行かないから。そして逃げ出す段になったら、シナギも一緒に連れて行く」
「……どうやって?」
「方法は後で考える。でも、何が起きたって、あたしの意志は変わらない。絶対に二人と一緒にこの施設を出る」
あたしの言葉がメンバーを半ば白けさせた。それは肌で感じた。
「何言ってんだ、お前。そりゃあクラソが生きていれば助けるさ。でも、今さらそんな」
「シェルマー、いいんだ」
チセが引き留める。シェルマーは反抗的にその手を振り払った。
「何でだよ……こんな時に気持ちがズレてる人間がいたら邪魔だろうが」
「大丈夫。それにここでどんな説得をしたところでオワリは変わらないよ」
「チセ、それってつまり、彼女に単独行動させるってこと?」
「彼女がそう望むなら、僕は止めるつもりはない」
その時、女子二人がチセにたてつこうとしたが、それを事前に分かっていたようにチセは語尾を強く次の言葉を紡いだ。
「でもオワリが仲間であることに変わりはない。ここにいるメンバーの目的は共通していたはずだ。だから、あくまでも全員でここを脱出するつもりだよ」
「じゃあ全員でクラソを探すの?」
「いや探すのはオワリ、そして僕も付いていく」
「チセが?」
その言葉にはあたしも驚いた。一番、意見が衝突するだろうと思っていたチセが、あたしと一緒にクラソを探す。
「ああ。だから出口までの経路を探すのは残りのメンバーに任せる」
「でも、仮に出口を見つけとしても、どうやって合流するんだよ」
「それは大丈夫。ミタカ」
チセの言葉に反応して、ミタカはカバンからノートPCを取り出した。チセの持っているものと同様、学習机から分解して取り出したものだ。
「これだけの規模の施設なら、無線LANが通っているはずだ。このパソコンには接続パスワードを自動で検索する機能が入っている。ここからメールを送れ」
「……仮にその話が本当だとしても、そんなにうまくいくか?」
「万が一、うまく機能しなかった場合は仕方がない。これを使え」
チセは手に持っていたそれに懐中電灯を当てた。
「それは?」
「火薬を詰めたものに導火線を付けたものだよ。殺傷能力はほぼゼロだけれど、その代わり大きな音がする。その音の位置から、場所を特定する」
「……お前は犬かよ」
「犬じゃないよ。ただ……」
チセはそこまで言って、言葉を呑み込んだ。雰囲気が少し変わった気がした。
「チセ……?」
「……何でもない」
顔を背けたように見えたのは偶然だろうか。彼はそのまま数歩距離を取るように進み、そして腕を組んだ。
異変、というほどのものではないが、何かしらの違和感を受け取ったのはあたしだけじゃないようだ。
「ねえ、チセ……」
「……何?」
まるであたしたちを代表するようにミタカが口を開いた。
「私はあなたを誰よりも信頼しているし、それ以上にあなたの力を信じている。でも……」
「でも……何」
「でも、でもね。だからこそ不安になるの。あなたに私は信頼されているのかって……」
一人称を自分に限定したけれど、それはあたしを含めても構わない内容だった。ただミタカと違うのは、あたしはすでにその不安に対して応えを出しているということだ。
チセはきっとあたしを信頼していない。もしチセがそれを否定したとしても、だ。これは言葉でどうにかなるものじゃない。
「つまり何が言いたいの、ミタカ」
「それは……あのね」
「いいよ。言いたいことがあるなら今のうちに言うべきだ。僕たちがこれからやるのは、下手すれば命も失いかねない危険な計画だからね」
チセはこちらを向かずにそう言った。その言葉に、ミタカは吹っ切れたようだった。
「じゃあ一つだけ教えて。あなたが私達に黙っていることがあるのは、きっとその方がチームのためだからなのよね?」
そうだ。チセはあたしたちに何かを隠している。もちろん、どんな人間にだって言いたくないことはあるけれど、チセが黙っている秘密は、きっとこのFSに関することだ。
つまり、内容次第では、あたしたち四人の命に係わるものにもなりうる――可能性をあたしたちが抱いている――情報だ。
「……チセ?」
「どうなんすか、チセ」
「言ってないことがあるんなら言ってくれよ。それは敵に関することなのか?」
三人が回答を迫る。しかし、それでもチセは無言を貫いている。でも、それが彼の答えではないことは、その雰囲気から分かった。
そしてチセは考えるのを終えたように、振り返った。組んでいた腕を解き、一人一人としっかりと目を合わせながら、小さく頷く。
「……返答の代わりに、話しておきたいことがある」
「話しておきたい……何?」
「それは僕がこれまでにしてきたことだ」
「これまでって」
「僕は君たちの誰よりもこの施設に長くいる。その理由は言うまでもなく、意図的に卒業するのを回避してきたからだ。そうやってここに居座り続けながら、僕はこの施設の正体を一人で探って来た。この《ゾンビ》を作るもっと前から」
「それは知ってるわ」
「……ある日、僕はとある先輩のグループと接触した。その先輩たちも僕と同様に、ここからの脱出方法を模索していた。僕はそのグループに誘われたけれど、大勢だとリスクが高まると思い、その申し出を断った。そしてある日、そのグループの一人が脱出口を見つけたと言ってきた」
「脱出口……ってここのことか?」
「おそらくそうだと思う。そして彼らは脱出を試みた。その翌日から彼らの姿は見えなくなり、数日も経たないうちに、不足分の生徒が補充された」
「脱出に成功したってこと?」
「いや、失敗したと思う」
「どうして分かるの?」
「……それから二か月後、月末テストの翌日、いつも通り卒業生と地獄行きの生徒の替わりに、二人の生徒がここにやってきたんだ。でも、その内の一人は知っている顔だった。そいつはその先輩たちのグループのメンバーだったんだ」
「……帰って来たってこと」
「ああ。しかも彼には以前の記憶がなかった。僕のこともその先輩たちのことも何も覚えていない。この施設にいた記憶すら……」
「つまり……」
「捕まったら記憶を消されて、この施設に連れ戻されるってこと?」
周囲に重い空気が流れる。チセの言う先輩たち。それは未来の自分たちかもしれない。そんな気持ちを全員が抱いていたに違いない。
「チセ」
その時、シェルマーはチセに歩み寄り、そして彼の首元を掴んだ。
「……どうして黙ってたんだよ」
「シェルマー、やめて!」
「……すまない」
「すまないで済まされることじゃねえだろ。先輩グループが脱出を試みて失敗した。もしそいつらが見つけた脱出口が、俺達が見つけたこの場所と同じだとしたら、俺達も捕まる可能性が高いってことじゃねえか。違うか」
「でも考え方次第では、ここから脱出しても殺されないかもしれないってことじゃないっすか。だとしたら、クラソだって生きている可能性が」
「馬鹿かお前ら! 帰って来たのは一人だけだったんだろ。じゃあ残りの人間はどこにいった? 全員無事脱出したのか? そんなわけないだろ。殺されたんだよ!」
シェルマーの叫びに、誰もが口を閉ざした。どう考えても、シェルマーの言葉の方が正論だった。非は完全にチセの方にある。
「お前は分かってて、俺達をそいつらの二の舞にする気だったのか。なあ、そうなのかよ!」
「そういうわけじゃない」
「じゃあどういう訳だよ。説明しろよ!」
「……ここではできない」
その時、チセは一瞬ミタカの方を見た。
「チセ?」
「……悪いけれど、席を外してもらえないか、ミタカ」
「えっ」
「そしてオワリ、君もだ」
「どうして二人だけっすか?」
「……信頼してくれ。僕が言えるのはそれだけだ」
「……何でよ」
ミタカが哀願するように訴える。
「どうして? 私には言えないことなの?」
「……ミタカ、僕はこのメンバー全員を脱出させたい。本気でそう思っている。信じてくれるね?」
「もちろん……信じているわ。でも……そのメンバーの中にチセは入っているのよね」
「ああ、当然だよ。君と一緒に脱出するつもりだ、何があっても」
「……本当に?」
「ああ」
ミタカは視線を下ろす。チセを信じたい気持ちと、疑う心が葛藤しているのか。
一方のあたしは根拠はないが、彼の言葉は真実ではない気がしていた。きっとチセは自分を犠牲にしてミタカ達を脱出させようと考えている。だからミタカに言えないのだろう。そうでなければ……そうだ。他にありうる可能性とすれば、ここにいる全員を囮にして、自分だけがうまく逃げ出そうとしているか。
だが、あたしにとってはどちらも同じことだ。だって、あたしの目的は変わらない。クラソを探し出して、救出する。脱出のチャンスがあれば、シナギも誘って一緒に逃げる。あたしの計画の中にチセは関係ない。
「あたしはいいよ、聞かなくても」
「……チセ」
「ミタカ、行こう。チセ、話が終わったら呼んで」
「ああ、分かった。ありがとう、オワリ」
「時間が惜しいからさっさと済ませてね」
あたしはミタカを促して、少し離れた場所に移動した。迷わないように、以前クラソと取ったルートを辿る。
「オワリ。私達に話せないことって何かな……」
「さあ……何か隠密作戦でも話しているんじゃない?」
「私、心配なの。彼は信頼しろっていうけれど、もしかしたらチセ、自分を犠牲にして」
「そんなことはないよ」
あたしは断定した。ミタカに嘘を付くのは好ましくないけれど、仕方がない。ここはチセの話に合わせておこうと思った。
「チセの考えに、あたしたちは付いていけない。でも、これだけは言えるよ。チセは人間的には嫌いだけれど、こういう悪だくみのための悪知恵だけは信頼してる。だから大丈夫よ。きっと一緒に外に出られる」
「……でも」
「大丈夫だって。それともミタカはあたしも信頼できない?」
「……ううん、そんなことないよ」
ミタカはしばらくうつむいて一人の世界に入った。自分を納得させようとしているのだろう。時々、自分に言い聞かせるように「そうだ。信じよう」とつぶやいている。
あたしはそんな彼女を背中から抱き締めた。
「うん。信じよう? あたしたちのリーダーを、さ?」
「……うん」
ミタカが深々と頷いた。年上なのに、時々弱弱しいミタカは、きっとあたしより女の子らしい女の子だ。
「うん、えらいえらい」
「オワリッ、馬鹿。子ども扱いしないでよ。私、年上なのよ」
「あっ、ごめん……忘れてた」
「もう……」
ミタカが頬を膨らませる。良かった。信じてくれたみたいだ――あたしの嘘を。
「オワリ……あんたって結構、毒舌よね」
「何よ、それ。怒るよ」




