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TWOPLACE  作者: 心野想
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 目を覚ました時、まだ意識は虚ろだった。


(……あれ)

 

 硬いイスの感触と同時に気付いた。手足が動かない。後ろ手で縛られ、足も椅子と手錠のようなもので固定されている。身体も縛られているようだ。抵抗するように身体を動かすと、手首に巻かれた紐に連動して、全身の紐が身体に食い込む感触がした。

 その事実に気付いて、あたしの意識ははっきりと目覚め、そして心に恐怖を形成した。


「……何、何よ……これ」


 目はアイマスクのようなもので視界を閉ざされていた。ただ、まぶた越しに感じる光の量から、明るい場所だと分かる。聴覚と皮膚が感じるわずかな風から、ここは室内で、かなり冷房を利かせているのも分かった。

 だが、そんな情報がいくら分かったところで、大元の疑問を解くヒントには全くならない。

 ここがどこで、なぜ私は縛られているのか――


「――ッ!」


 人生でこんなに大声で叫んだことはない――それぐらいの悲鳴が自分の口から放射された。意識的にであれば、きっと恥ずかしくてできないぐらいの声量で、恥じらいもなく私は叫んだ。口の奥から唾が飛び、その数滴が自分の腿に落ちた。

 そして、たった十数秒の悲鳴で、私の喉はズキズキと疼き出し、そして嗚咽を催した。涎が口の端から垂れるのが分かる。


「……ハァハァ」


 そして、私は自分で驚くほど簡単に抵抗するのをやめた。そして、以前どこかの本で読んだマウスの実験を思い出していた。マウスと手で強く握り続けると、マウスはやがて抵抗をやめ、あきらめたように動かなくなる。そのマウスを水中に入れると、一度あきらめたことを覚えたマウスは少しもがいた後、抵抗をやめ沈んでいく。普通のマウスはもがく中で泳ぎ方を身に付けるのに、手で握られたマウスは一度自分の無力を経験したため、努力する意味を失ったのかもしれない。


(……私は違う)


 それは日々勉強する中で身に付けた、絶望から自分を奮い立たせる儀式のようなものだった。私はマウスじゃない。一人の人間だ。そして自分の可能性を信じている。だから、私は簡単にはあきらめない。そう思えるようにするための、命綱のようなもの。

 これもまた情報を持っている人間の強さだ。

「ねえ、誰かいないの? どうしてこんなことするのよっ!」

 私は訊ねた。冷静を装い、若干の恐怖を装い、自分が幼いただの十六歳だと装い。そして反応を待つ。

背後から音がしたのは、三分後のことだった。

「……誰?」

 スライド式の自動ドア。そして硬い踵を鳴らすような足音が私の真横を通り過ぎる。だが何か歩き方がぎこちない。それに金属が軋む音がする。何か重い荷物でも持っているのか。

 タンッと前方で床が弾けるような音がした。その後、ギッと金属が軋む音。その正体はすぐに分かった。体育館にあるような簡素なパイプ椅子だ。

 私は黙ったまま、二、三メートル先に座っているであろうその相手の反応を待った。パチンという軽い金属音。そして深い溜息をついたかと思うと、微かな煙草の匂いがした。漏れた息から相手が女性だと分かる。

「ええと三十四番、島田名沙」

 ぺラリと紙をめくる音がした。そこに書かれてある文字を読み上げるような喋り方だった。

「……何なんですか。どうして私の名前を」

 できるだけ声を震わせて、私は言った。

「私はあなたの《先生》よ。あなたは知らないかもしれないけれど、私はあなたのことをよく知っているんです。ええ、もしかしたらあなた以上に」

「……私に何をするつもりですか」

「私共としてはね」その女性は一人称を複数にして言った。「何もせずに元の生活に戻して差し上げたいと思っているのよ。でもそのためには、いい子にして、私たちの言う通りにしてくれれば、ですけどね」

「……言う通りにって」

「そんなに難しいことではありませんよ。賢いあなたならきっと大丈夫だと私は信じています」


 パイプ椅子が軋む音。《先生》が立ち上がる。そして、私の後ろに回り、目隠しを解いた。私は抵抗する意思がないことを示すために、目を閉じたままでした。

「……いいのよ。目を開けなさい」

 首を動かして、背後のその顔を見る。

 私ははっとした。

「……初めまして」

 反応をごまかそうとして、そう言ってしまった。見たことのある顔だった。それもそんなに昔のことじゃない。朝、秋葉と一緒に潜入したあの施設の玄関口に並んでいた日本人女性の石像。

「初めまして。フフフッ……妙な気分ですこと」

 彼女はそう言って白衣のポケットに手を入れ、視線を天井の隅に移した。視線の先には、カメラとスピーカーがある。

「予定を変更します。彼女とはもっとじっくり話がしたい」

『迫田先生、それは困ります』

 スピーカーから声が聞こえた。それは若い男性の声だった。

『……薬を投与しなければならない状況になったらどうするのですか』

 その声は、対象を隠してはいたが、会話の流れ的にその対象は自分なのだろうと推測した。若干の恐れが身体を震わせる。

「どちらにせよ、彼女は私を知ってしまったし、その上、施設の場所も知ってしまっています。つまり、すでに私たちの通るべき道は二つ。彼女に私たちのことを黙ってもらうか、そもそも知らなかったことにするか……謎を謎のままにすると好奇心旺盛な彼女たちのことですから、今後どのような行動を取るか分かりませんよ」

「そんな……私は何も話しません。話しませんから……ここから帰してください」

「……ということですが、どうしますか? いつもの無意味な会議でもして決めますか? 結果は分かり切っていることですが」

『……この事実が《高等》の先生に回れば』

「黙っていればよろしいのでは? 今後の関係を考えれば、ですが。あなたに任せるわ」

『ならばせめて、これはあなたの独断ということで、よろしいですね』

「……フフッ、あなたも世間慣れしてきましたわね」

『迫田先生、どうなっても知りませんよ』

 荒っぽい物音を最後に、二人の会話は終わった。どうやらあっちからマイクの音声を切ったようだ。

「こうなったらこの部屋でもいいのですけれど、密会には少し広すぎるわね」

 迫田というその女性はそう言って、私の縛めを解いてくれた。最後に、腕に手錠を一つ付けたけれど、走って逃げることは可能だ。


「ありがとうございます」

「とんでもございません。あなたが信頼に応えてくれるのなら、この手錠も外して、無事元の場所に戻して差し上げますわ」

「……ありがとう、ございます」

 私が頭を下げると、迫田はさも満足そうにうなずき、新しい煙草に火を付けた。

「当然です。あなたは私の大切な生徒ですもの」



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