16 sleeping
シェルマーがやって来てからも、あたしはその場にうずくまって、ハッチから漏れる青い光に目を凝らしていた。
「……もう一時間だ。一度戻れ」
「いやだ……クラソがまだ」
「ダメだ。戻るぞ」
「……見捨てる気?」
「見捨てるんじゃない。連れ戻すために次の手を考えるんだよ、バカ」
「……でももう少ししたら戻って来るかも」
「だったらお前がいなくても自力で戻ってくる。何よりこのままだと今日の計画自体がダメになる。それをクラソが望んでいるとでも思っているのか?」
「……うるさい」
うるさいうるさい。あたしはよくないと知りながら、シェルマーの胸を叩いた。彼は抵抗しなかった。どれだけ強く叩いても、それを受け止めた。
「……行くぞ」
シェルマーは力づくであたしを立ち上がらせた。抵抗しなければ、でももうそんな気力がなかった。いつまで経っても戻ってこないクラソ。もう捕まったのかもしれない。そんな思いに抵抗し続けたけれど、これ以上、自分を説得する言葉が思いつかない。
非常階段に戻ると、そこにはミタカもいた。彼女は何も言わずにあたしを彼女の部屋まで運び、ベッドに寝かせた。
「同居人には別の部屋で寝てもらうように頼んだから。今晩は私と二人きり」
「……ごめんなさい」
「いいさ……疲れてるだろう。ゆっくり休んで」
「……ごめんなさい」
何に謝っているのか、自分でも分からなかった。でもそれ以外の言葉が見付からなかった。
次の日の朝になっても、あたしはベッドから出る気力がなかった。
「私は教室に行くから、オワリはここで寝てて」
「うん……ありがとう」
「昼休みにプライベートルーム四〇号室集合だけど、来れそう?」
「……うん、行く」
口ではそう言ったが、正直行けるかどうかは分からない。今、メンバーと顔を合わせることがなんだか怖い。クラソのことを考えたら、一刻も早く話し合って動かないといけないって分かっているのに。まるで心が死んでしまったみたいだ。
枕に沈み込む自分の頭。そのまま底の方へと向かっていき、地面に溶けて一つになる。あたしはFS自体だ。そうイメージしたら、視界はすぐにハッチの天井部屋に移動した。自分の魂はその場所で今でもクラソの帰りを待ち続けている。そうだ、彼はまだどこかで逃げるチャンスを伺っているのだ。いったい誰から? あたしたちの敵の正体は何者なんだ。みんなは《大人の仕業だ》って言うけれど、本当にそうなのだろうか。
チセは本当に味方なのだろうか? あの秘密主義的な言動。そう考えた時、自分の意識がFSと再分離し、コンクリートの内部を突き抜けてこの肉体の中へと戻ってきた。そうだ、ひょっとすると彼が黒幕なのかもしれない。考えられることだ。そもそもあたしたちは敵の姿を全く知らないのだ。唯一知っているのは放送時の女性の声だけ。彼女がチセと繋がっているとしたら……
「……馬鹿か、あたしは」
誰もいない部屋で乾いた声であたしは笑った。まぶたに手を当て、一呼吸する。妄想を勧めると、根拠がないものを事実だと思い込んでしまうことがある。チセが敵だなんて、まさかそんなわけないじゃないか。
でも、チセとは会って話をしなければいけない。
それだけが今、あたしが唯一できることだ。
あたしは時計を見た。午前九時過ぎ。気が付けば一時間以上、考え事をしていた。それでも昼休みまではまだ時間はある。脱力感が全身を包んでいる。動きたくない気持ちは変わらないけれど、感情が客観化されたのか、少し楽になった気がする。
昼休みに成ったらベッドを出よう。チセに会うために。
あたしはそれだけを決心して、あとは自分を回復させるために、再び目を閉じた。




