13 project
二日前は目玉焼きハンバーグ、昨日はカルボナーラ、今日はサバの味噌煮。
献立の規則は、チセの言う通りだった。
相変わらずテーブルを囲うのはシナギとだったが、会話は一切ない。ある意味、一人よりも精神的につらかった。
「この食事って、どこで作られてるんだろうね」
「……」
「……今日、なんだか人少なくない。何かイベントしてるのかな……」
「……」
機械のゾラと喋るよりも反応が少ない。一度、こちらを見るだけで何も返してはくれない。
「チセさん、お昼休み、私達の部屋で遊びましょうよ」
「えーずるい。私たちの部屋に来てください」
向こう側にいるチセのいる席から黄色い声が聞こえてくる。ファンクラブがあるって言ってたな。
「ちっ、あの野郎。ムカつくぜ」
他のテーブルの男子の中には、うらめしそうにチセを見る目も少なくない。それもそうだ。平凡な生活を送る中に、一人貴族のような男がいるようなものだから。
あたし自身も、何だかわからないが腹が立つ。ミタカがいない所で、あいつはいつもこんなふうなのだろうか。飄々とした彼女がチセのことになると嫉妬深い一面を見せるのも分かる気がする。
「ふんっ、本当の性格を教えてやろうか」
早くその場を離れようと、大口を開けてご飯をかきこむ。
しかし間もなくその必要はなくなった。
「ここで騒ぐとみんなの迷惑になるから、ひとまず出ようか」
「はいっ」
「行きましょ行きましょ」
そう言って、チセとその取り巻きは一斉に食堂から出て行った。
彼らがいなくなった途端、食堂の空気ががらりと変わり、チセへの陰口がささやかれはじめる。
「ちょっと勉強ができるからって調子に乗ってないか」
「あー、さっさと一位になって卒業して欲しいわ」
「だよなー」
そうだそうだ、あたしは心の中で彼らに共感した。でも、あたしにはそれを言う相手がいない。目の前のシナギは黙々と食事を取り、あたしに一瞥もくれない。
チセのようになりたいとは思わない。でも気の許せる友達を失ったばかりのあたしには、周囲の親しい間柄の様子を見ると、なんだか複雑な気分になる。
「……ごちそうさま」
自分のためだけにそう言って、立ち上がる。食後に行われる二〇分間のミーティングにはまだ時間がある。今日は非常階段の六階踊り場。先日、クラソとハッチを発見したあの場所。
「どこに行くの?」
あたしは振り返った。こっちのシナギが声を掛けてきたのは、その時が初めてだった。
「あっ……ええとトイレ。じゃ」
言い訳にするのにトイレというのは返答として不自然だ。言った後で気付いたけれど、かといって言い直せばもっと不審に思われる。あたしは気まずい空気を断ち切るように外に出て、そしてまだ誰もいない非常階段へと向かった。
シナギが話しかけてきた。
彼女の様子からして、あたしをすでに知っている人間として認識しているのは確か。ただ、友人だった頃の関係ではなくなってしまっている。
つまり、あたしの存在自体の記憶はあるけれど、自分にとってどんな相手だったかという関係性がすっぽり抜け落ちてしまっていると言える。
「単に記憶が消されているってわけじゃないのかな……」
そのことについてしばらく考えを巡らせてみたが、それ以上のことは分からなかった。あたしは考えるのをやめ、階段に腰かける。
倉庫のような、粉っぽい空気。遠くの方で金属同士がぶつかるような音がする。まるで、この建物が一個の生物のようだ。そう考えると、さながらあたしたちは、その怪物に呑み込まれて、消化されるのを待つだけの被食者のように思えてくる。
毎月、毎月、誰かが新しくやってきては、誰かが消えていく。上から下へ、下から下へ。
映像で学んだ社会は本当に存在するのだろうか。競争原理のもとで、各国が豊かになろうと努力している資本主義社会。人間は生まれながらにして平等で、好きな所に住み、言いたいことを喋り、誤ったルールを投票で正すことができる。
法治国家とは名ばかりだ。そうでなければ、こんな巨大な施設の存在自体を国が許可するわけがない。十四歳のガキにだって、この規模の施設が隠匿できるレベルじゃないことぐらい分かる。
少なくとも、ここはあたしたちが座学で知っている国じゃない。教えらえている知識自体が誤りか、それとも歯車が狂って、理想と現実がかけ離れてしまった結果だろうか。
それにしてもやることが悪質過ぎる。
これまで生きて来た記憶を消し、テストの成果だけで生徒の価値を計り、しかも努力してここを出る資格を得た者ですら、行先の分からない船に乗せられるんだ。
そんな空想をしていた時、下の方で扉が開く音がした。
六階から下を覗き込んだけれど、ここからは見えない。
「みんなが来たのかな」
しばらく待っていると、途中から男子たちの苦しそうな声が聞こえて来た。
「無理無理、一度下ろそう」
「シェルマー、ザコい」
「いや、こいつが重すぎるんだって」
その話を聞いて、あたしはまさかと思い、すぐさま階段を降りた。すると、三階のあたりで汗だくになっている二人がいた。
壁には、食堂のテーブルがたてかけてある。
「えっ……マジ?」
「なんだよ、もう来てたのか」
シェルマーが不気味に微笑む。
「ちょうどいい。オワリも手伝え」
「いやいや力仕事は男子の仕事でしょ」
「馬鹿言うな。ほら、真ん中持て」
「大丈夫です、オワリさんならいけますよ」
「……仕方ないなあ」
テーブルは思ったよりも重くはなかった。もちろん一人で持てる重量ではなかったけれど、それでも苦言を吐きながら上るほどではなかった。
「二人とも非力だなあ」
「僕はキーボード以上のものを動かす力はプログラムされていないので。ただシェルマーは僕よりひどいです」
「文句多いわ。いや、俺の持っているところが一番重いんだって」
「どんな理屈よ、それ」
文句を言いながら、テーブルを少しずつ上へ運んでいく。大変だったのは、重量よりもサイズだった。テーブルは階段の幅より大きく。そのため常に斜めに傾けながら動かさないといけなかった。
生温い空気があたしたちの熱で更に上がっていく。
「それにしてもどうやって階段まで持ってこれたの? この前の会議でも結局いい方法見つからなかったと思うけど」
「ふふふ、どうやったと思います。運び終わるまでに分かったら、言うこと何でも一つ訊いてあげますよ」
「えっ、本当に?」
「はい。シェルマーが」
「なんでだよ。俺がこの方法考えたんだぞ」
「えっ、あのシェルマーが?」
「『あの』ってどういう意味だよ」
「……生徒全員でテーブルを隠すようにして運んだとか?」
「ブーです。っていうか、その光景想像してみてくださいよ。めちゃくちゃあやしいですよ」
「冗談だよ……えー何だろう」
まったく方法が思いつかないあたしは、すぐに答えるのをあきらめた。替わりに突拍子もない方法を冗談としていくつか話した。クラソのお腹は実は四次元空間で一度呑み込んでからここまで運んだとか、衣服に『僕たちは怪しい者ではありません』という張り紙をしていたとか。
「まったくオワリの発想力には僕たちも敵いませんね」
「いや、ただの馬鹿だろ、これは」
「馬鹿にすんな。閃きの天才だと崇め奉れよ」
「それは無理ですが、でも僕は論理的な思考しかできないので少しばかりうらやましいです」
上まで運び終えた後は、息を整える時間が必要だった。テーブルをハッチの真下に配置すると、三人で階段にこしかけた。体力のないクラソは死んだように、話しかけても顔を下げたままだった。
「でいい加減、教えてよ、どうやって非常扉の監視カメラを抜けたのか」
「……破壊したんだよ」
「破壊……ってまさか監視カメラを? そんなことしたら」
「特定の犯人が見つかり次第、強制連行されて恐らく地獄行きだろうな……」
シェルマーは開き直ったような笑い方であたしを見る。
「それ、まずくない? だって、もしその時、二人が監視カメラに映っていなかったとしても、逆にそれ自体が、あなたたちが犯人だっていう決定的な証拠になる」
「おっ、オワリ。お前、意外と頭いいね。気付いた?」
「気付いたじゃねえよ。どうすんだよ」
「言ったろ……特定の犯人が見付かれば、って」
「え?」
「俺も最初は結構悩んだよ。このどでかいテーブルを監視カメラに映らないように移動させるにはどうすればいいか。だが、それはどう考えても不可能じゃん? だから別の発想で考えたんだよね。つまり、生徒が怪しい動きをしている。ここまではバレてもいい。その替わり犯人が誰かは特定できない、そんな状況なら作り出せるんじゃないかって」
「……シェルマー」
「なんだよ」
「ぶっちゃけ、疑ってた。でもあんたも本当に頭良かったんだね」
「うわ、最低。最低の女がここにいるわ」
口ではそう言いながらもシェルマーの表情は喜んでいた。ほめられると弱いタイプなのかもしれない。でも調子に乗りそうだからほどほどにしておこう。
「それで?」
「……まず監視カメラを破壊した犯人を特定できないよう、その付近に複数の生徒を呼びつけた」
「正確にはチセを含めて十六人です」
「……なるほどね、チセなら可能だわ」
あの人気ぶりだもの。
「そのタイミングで監視カメラを破壊。といっても実際はスプレーでレンズを見えなくしたんだけど」
「でも、もし十六人全員“地獄行き”ってことになったらどうすんの?」
「大丈夫だよ。何せ、そんな事態になるとすれば、連れて行かれるのは十六名どころじゃないからな」
「どういうこと?」
「何か気付かなかったか? 今日の食堂の様子を見て」
「気付く? ……んー、そういえば今日の夕ご飯、食堂に来た人少なかったけれど」
「おっ、気付いたね」
上から目線はムカつくが、続きが聞きたいので口をつぐむ。
「監視カメラを破壊した時点で、食堂から非常扉までは完全な死角。そこを大量の生徒に通過させれば、テーブルを移動させた犯人は余計に特定できなくなるだろ」
「大量の生徒を……あっ、じゃあそれもチセが?」
「そうそう。チセはファンを連れて一階の非常階段に入らせた」
「ちなみに、ミタカも同じように生徒十五名を一階の非常階段に誘導しています。これで生徒の約半数は加担者の可能性が出てきます」
「ミタカも? どうやって?」
「十五名限定カット無料セール、とか言ってましたけど」
「なるほどね……」
あたしたちのお金は毎月、成績別に支給され、教室机の購入ページから購入できる。ただお金に困っている生徒は多いから、夕食抜きでも無料セールにとびつく生徒は多いだろう。
「その後、食堂の生徒が出ていくタイミングで俺達はテーブルを持ってここまでやってきたってわけだ。どうだ、褒めてくれても構わないけど?」
シェルマーは胸を張ってあたしにそう言う。どうだと言わんばかりのその顔には腹が立つけれど、でも心の中でシェルマーを見直した自分もいた。
「なら解説も終えましたので、そろそろ動きましょうか」
クラソが天井のハッチを指差してそう言った。
「誰がいく?」
「うーん。テーブルを使ってもあたし、そこまで届くかな」
「大丈夫、おんぶします。オンブズマン制度を取り入れています」
「苦情を処理するのかよ」
オンブズマン制度は公民の教科書に出てくる監察官制度のことだけれど、知的過ぎて笑えない。
「じゃあ先頭はオワリ、その後でクラソに行ってもらおうか」
「はあっ? あんたは行かないわけ?」
「適材適所。俺は人に動いてもらう時に一番才能を発揮するから、こういう直接行動するのは向いてないだわ」
「……怖いんだ」
「怖いとかじゃないし。それに高所恐怖症だし」
「いや、それが怖いってことだろ」