12 exit?
その日の午後、あたしはクラソと非常階段にいた。
「何の用? それともチセの指示?」
「まあまあいいじゃないですか」
謎のピースサイン。ごまかしのつもりだろうか。逆に怪しいんだけれど。
疑うあたしをよそにクラソは非常階段の壁を、少しずつ位置を変えては叩いて音を確かめていた。
目的は分からないけれど、これも調査の一環だろう。そう思ったあたしもその辺りをきょろきょろ見回しながら、何か気になる所がないか調べる。
「そういえば、オワリさんは自分がどんな人間だったと思います?」
「どんな人間だったって言われてもな……どんな人間だろ」
「僕はおそらくですがエンジニア志望かパソコンオタクだったと思うんです」
クラソはそう言って、キーボードを高速で叩く仕草をした。確かに板についている。
「この動きすると凄く落ち着くんです。何もない時なんか勝手にこうやってて。特にエンターキーを打つときは『これでとどめだっ‼』と叫びたい衝動にかられることもしょっちゅうなんです」
「うーん、パソコンゲームに熱中してたのかな」
「エロゲーですかね?」
「それを女子に聞くな。殴んぞ」
「ダメでしたか、すみません」
と言いながら、顔は全く反省していない。というより、クラソの表情の乏しさを見ると。彼自身がコンピュータっぽい。
「という感覚が僕にはあるのですが、オワリさんにはないですか?」
「うーん、どうだろ……あ、でも」
ふと時々見る夢のことを思い出す。
「あたし、片親だったかも」
「ほう、そうなんですか」
「って言っても夢で見るだけなんだけどね……起きたらすぐに忘れちゃって、細かい所は覚えてないけどさ。でも、その夢の中でお父さんと会話していたのをなんとなく覚えてて」
「お母さんはいなかったんですか?」
「ううん。いるんだけど」
「え、いるのに片親なんですか?」
「だよね。でも夢の中ではそう思ってるんだよね。あたしにはちゃんと父もいて、お母さんもいるんだけど。でもあたしの中では自分は片親だって思ってるんだよね」
「……再婚とか、ですかね」
「そうなのかな。まあ夢だからさ。そもそも現実とは全く関係ないのかも」
「……いいですねー」
「えっ、何が」
「僕、夢見たことないんですよね」
「マジ? そんな人、いるの?」
「夢って、そもそも睡眠が浅い時に見るものじゃないですか。でも僕、眠り深いんですよ。一度寝たら目が覚めるまで完全シャットダウンというか」
「……クラソ、あんた本当に人間なのよね?」
「アンドロイドに見えますか?」
クラソがかくかくとした動きをしながらあたしに訊ねる。
あたしは笑ってしまった。
「いや、めっちゃ見えるわ」
「そうですか……よく言われます」
「言われるのかよ……」
そんな意味のない会話を繰り返していると、地味な作業もあっという間だった。エリア全体に伸びる壁という壁を、手が届く範囲で叩きまくったあたしたちだったが、結局、収穫はなかった。
「特に発見らしきものは見つからなかったか」
「そうですね」
「ま、チセの予想も外れることはあるよね」
「いえ、これは僕が勝手にやっていることですよ」
「独断行動ってあまりよくないと思うんだけど、いいの?」
「独断行動じゃないですよ、あくまでも自主的な行動です。自分の中であやしいなと思ったら、一度それを確かめてみないと納得できないじゃないですか」
「でも全員が全員、好き勝手に動かれてもグループとして機能しないんじゃない?」
「大丈夫です。目的は忘れていません……あ」
それはクラソの顔が上を向いた時だった。
最上階の天井に正方形のハッチがあった。
「ここ、開きますよね」
「本当だ。でもどうやって? 脚立でもないと届かないよ?」
「でも届けば開くということですよね。収穫です。大収穫と言っても過言ではないでしょう」
よしっ、と大きくガッツポーズをするクラソ。表情が乏しい分、ボディランゲージで補っているのかもしれない。
「脚立の代わりになるものありませんかね」
「そうねえ……あっ、食堂のテーブル」
それは思考というよりも直感的な開きだった。食堂のテーブルはどれも支えが床に固定されて動かせないが、あたしが普段座るテーブルは動かせるものだ。設計時には定員分である二〇テーブルの設計だったものを、後から追加したものなのだろうか。理由はどうあれ、とにかくあのテーブルをここに持ってくればハッチに手が届く。
「おー、オワリさんさすがですね。しかも、あのテーブルは監視カメラの範囲外。少なくとも外に運び出すまでは問題ないです」
「あとは一階の廊下から非常階段までをどうするかよね……廊下の監視カメラって死角ないんだっけ?」
「カメラは四カ所で、非常階段の前までは行けますよ。各個室は前後に扉があるので、前扉から入って後扉から出れば……ただ問題は」
「非常扉の前のカメラ、か」
「問題はその一台ですね」
「一台だけだったら、シュパッて走ったら何とかなんないかな」
「でも見つかったら即地獄行きですよ」
「ですよねー」
あたしたち二人ではこの問題は解決できそうになかった。でも、課題はたった一つ。他のみんなに相談すれば突破口が見付かるかもしれない。
「あとはメンバーに相談しましょう」
クラソも同じことを思っているようだった。話はクラソからリーダーであるチセに伝達するということで、ここであたしたちは解散した。
「楽しかったです。ありがとうございました」
「あっ、うん。じゃあまたね」
つかみどころのないやつだな。そう思いながら、あたしはその場を後にした。