1 lunchtime
今日の箱の中身はナポリタンスパゲティーだった。ケチャップがまだらに付着して、ところどころ白い。味の濃淡を均等化するために、誰も麺をかき混ぜる。くちゃくちゃと音を立てて、その音が合掌のように教室中に響き渡っている。
あたしはその音にうんざりだった。濃淡なんて構わず口に放り込む。味覚にランダムな情報を与える方が、よほど脳にはいいんじゃないか、そう思っている。
「今日の積分、理解できた?」
正面に座っているシナギは上目遣いにそう訊ねてきた。彼女は同い年で、ルームメイトというのもあり、いつも同じテーブルで食事を取る。彼女の洗練された手は、無音で麺をかき混ぜていた。
「それなりに、かな」
イエスでもノーでもない返答。実際は一問解けない問題があった。積分の応用問題だ。
「シナギはできた?」
「類似問題を以前解いていたから」
彼女はそう言って、フォークに巻いた、信じられないほど少量のパスタを口に運んだ。表情には出さないが、得意科目で追いつかれていないか気になっているのだろう。
「意外に食らいつくわよね」
「えっ?」
あたしはフォークを持つ手を止めた。口いっぱいにほうばろうとして、大量の麺を巻いたフォークを。
「もっと上品に食べろって?」
「違うわよ。数学の話」
ああ、とあたしは小刻みに頷いた。
「終わった後はどっと疲れるけどね、四倍速なんて……」
「私はそろそろ八倍速が欲しいと思っているところよ」
「嫌味なやつ……」
一度躊躇した大量の麺を改めて口にほうばる。顎に力を込めて何度も咀嚼しながら上を仰いだ。白一色の天井には無数のシーリングファンが回っている。その隙間に監視カメラが数台見える。
「……嫌味なやつ」
各々のテーブルで、くちゃくちゃと音を立てる八十人の子どもたち。同じ、長方形の紙箱に詰められた食事を取っている。喋っている生徒はほとんどいない。大人しい分、空気も暗く沈んでいる気がする。
月末が近付くと特にそうだ。
「何を見ているの」
あたしの視線が気になったのだろう、シナギが不思議そうに訊ねてきた。去年、あたしの成績がさんざんだった頃はこんな風じゃなかった。彼女はとても穏やかで、努力家で、何より親切だった。勉強で分からない所があれば、夜遅くまでつきっきりで教えてくれた。
彼女との友情という一点においては、勉強ができない頃の方がよほど親しかった。
「別になんでも……ただ、どんな食事でもさ、同じ箱で提供されると味気ないなと思って」
「必要な栄養が摂取できれば何でもいいでしょ」
彼女は突き放すように言った。顔を動かす時に、艶やかな光沢を宿したショートヘアが揺れる。小さなころから変わらない彼女の髪形。シナギは生活の中で不必要だと感じたものはばっさりと切り捨てるタイプだ。そして、一度そうだと決めてしまったら、一切の未練も持たない。ヘルメットのように切り揃えられたその髪形は、そんな彼女の性格の象徴のようにも思える。
でも、あたしは違う。髪を切るのはミタカに任せていて、特にこだわりは持っていない。ミタカは年上で、ファッションについて普段からすごく考えている魅力的な女性だ。彼女のお客さんは多いし、月々に支給される額よりも多くのお金をカットで稼いでいる。その上、勉強もできる。先月の順位も一桁で、十番台のシナギよりも上位だ。そして何より、彼女に髪を任せて、後悔したことは一度もなかった。