Epi3
立ち上がってカーテンを開けると、気持ちのいい朝日が窓から入ってきた。
テーブルに置いてある携帯に手をやると、ショートメールが一通きていた。
「これからよろしくね。君には今日から償いをしてもらうよ。塩海君」と書かれていた。
あの後、僕の携帯番号とメルアドを彼女たちに控えられた。
どういうつもりだ。あのビールの一件を根に持ってるのか?
冗談じゃない。写真を全て削除させてやる。
そもそも住む世界が違うんだ。奴らをストレス発散のはけ口にしたって、何を文句を言われる筋合いがある。
僕が奴らの未来を救うことになるかもしれないんだぞ。研究機関に就職して、スピード出世し、未知のウイルスのワクチンを開発する。将来はそう決まってるんだ。
こんな所でつまづいてたまるか・・・。
まずあの、黒髪のショートボブの女。大槻未来。あいつから詫びを入れさせる。仕切っているように見えたが、おそらく他の二人のギャルに指示されてるだけに違いない。
好きでもない男に胸をさわらせる役を、仕切ってる奴が自らするわけがないからな。
あの二人に利用されてるだけだとしたら、話をしてこちらに引き込む。
僕は朝学校へ行くと、エスカレーターに乗って校舎2Fに上がり、吹き抜けになってるガラス天井を見上げながら考えていた。
あいつらの言った事が事実だとすれば、中堅クラス296人全員に僕の事実無根の卑猥な写真が出回ってることになる。
その全員が、あの3人の女の言うことに従って、写真をネットに上げないとは考えにくい。
早く手を打たないと。
「塩海君」と後ろから声が聞こえ、とんとんと肩を叩かれる。
振り向くと、あの大槻未来が僕の側に立っていた。
「おはよー、昨日はよく眠れたかな?」彼女は顔を少し斜めに傾けて、そう聞いてきた。
僕はとりあえず、昨日の一件で動揺しているのがバレないように平静さを装った。こういうのは臆してると思われたら負けだ。
「ああ、おはよう。未来さん。昨日は帰ってからすぐ寝ちゃったよ」と言ってニコっと笑ってみせる。どうだ、この余裕の笑み。
周りを見回す限りあの二人はいない。チャンスだ。
とりあえず、まずはこの子と話をして、説き伏せ、写真を削除させる。
「あの、未来さん─」
彼女はふふっと笑うと「ねぇねぇ」と言った。
「はい?」
「誰が、下の名前で呼ぶ事、許可したの?」
「え、ああ・・・そうだね。何て呼べばいいかな? ああ、そうだ。じゃあ国民番号で―─」
「ペナルティです」
彼女は急に真顔になった。
「は?」
「今から10分以内に、校内にいるあなたの友人、志賀達也を探し出し、殴ってください」
「は? 何言ってんだ・・・?」
「・・・5分に変更。もしできないようなら、校内に昨日の写真をばらまきます」
「ちょっ・・・」彼女の顔を見ると、まだ何か言うようなら、時間を減らすと言ってるように見えた。
くそ・・・まぁいい。
おふざけのつもりか? だが簡単な事だ。志賀を探し出して、軽くこづく振りをすればいい。
どうせこいつらは高等クラスには入れないんだ。とりあえず言うことを聞く振りをする。
上を見上げ、電子大時計を見ると、時刻は8時20分・・・。今の時間帯なら志賀は教室にいるはず。
僕は自分のクラスの教室の方へ駆けた。僕と志賀が所属しているのは、高等クラス158名の中から更に、上位20名の優秀な人間が選抜されたクラス、特別クラス。
教室にたどり着き、開けて中を見ると、志賀がいない。
くそ! 何処行ったあいつ、こんな時に。
「なぁ、志賀が何処行ったか知らないか・・・」
息を切らしながら、教室にいる女子生徒に聞いた。
「え? 志賀君ならさっき、女の子からメールきたって言って、出て行ったけど。レストルームにいるんじゃない?」
レストルームか!
「ありがとう!」そう言ってまた駆け出した。
レストルームは全室解放されていて、どのクラスの人間でも出入りできる簡易休憩所だ。
僕はエスカレーターを駆け下りた。
1Fに降りて、ホールを走りながら2Fを見上げると、大槻未来が上から手を振っていた。
二本指を立てている。あと2分ってことか。
僕はレストルームに着くと、声を上げた。一つ一つ部屋を覗いていく時間はない。
「志賀! 用がある! どこだ!」
少し間を開けて、右から3番目の部屋から「なんだ? 塩海、どしたよ」と志賀がひょこっと顔を覗かせた。
僕は小走りで近づくとお腹をぽんっと軽く、叩いた。
「探したよ。志賀」
「ん? ああ・・・」
力の加減は指示されてないからな。これでOKだろ。
携帯のバイブ音が鳴る。出ると大槻の声がした。
「あと30秒ですよ~」
「ちゃんと指示通りにしたよ」
「・・・・・」
「もう・・・いいだろ、ちょっと君と話がしたいんだ・・・」
「では、追加命令です。ガチで殴ってください」
「そんなっ・・・無茶な!」
「あと10秒です」
く・・・くそぉ。志賀・・・すまん。僕が一等研究員になったら、必ずお前を研究室に呼んでやる。
僕は力の限り、志賀のお腹をおもいっきり、殴った。お腹にめり込む感触と共に、志賀はその場にひざをついた。
「っ・・・おま・・・なにす・・」
「志賀、すまん。後で説明するから、殴った事、先生たちには黙っててくれ」
「説明・・・するっておまえ・・・いきなり・・・」
「すまん!」と言って僕はその場から走リ去った。あの女、大槻未来の元へと急いで向かった。
2Fに上がると大槻は校内の2Fホールに置かれたベンチに座って、ジュースの飲み口にストローを入れてチューチューと吸っている。
「はあはあ・・・どうだ、約束は・・・守ったぞ」
「はい、ご苦労様。じゃあ、もう授業始まるし。行っていいよ」