Epi2
僕はその日、学校が終わり、家への帰り道を歩いていた。
先程、理事長室に呼ばれ、先生方にこう言われた。
「我が学園でも君ほど優秀な生徒は初めてだよ。今回のテストも、2位の子と11ポイントの差を開けてのトップ成績。いや・・・驚いたよ」
「ありがとうございます」と頭を少し下げる。それもこれも研究機関に就職する為、血の滲む努力をしている証拠だ。
「私達も君みたいな生徒を研究機関に送り出せるのは鼻が高い。何と言っても機関に就職した者は将来を約束されているからね」
そう、将来は決まっているんだ。選ばれた一部のエリートだけだがね。
「特に成績トップで就職できた者は待遇が違う。あ・・・くれぐれも研究職員の方々には、我が学園の事をよろしく言っておいてほしい」
「理事長先生。まだ僕がトップで卒業できるか、決まったわけではありません」と謙遜に言いはするが、主席の座を誰にも譲る気などない。
理事長の隣にいる教師が声をかけてくる。
「ああ、それと最近、下のクラスの生徒達が問題行動を起こしている。くれぐれも彼らにはかかわらないようにね」
「問題、ですか?」
「校内で飲酒したり、隠れてタバコを吸ったり、と全く呆れた連中だよ」
「はぁ」あの憂さ晴らし専用の連中か。思い出して小さく笑ってしまった。
「君とはまぁ無縁の人間達だが、もし巻き込まれでもしたら、私達が上から責を問われる」
「大丈夫です。彼らとは関わり合いになりません」
「期待しているよ」と理事長はご満悦な顔をしていた。
そう、僕は期待されている。僕はこの国のウイルス研究機関に就職する人間だ。だがそれでも、彼らをからかう行為はやめられない。日常の中に隠されたスリルは最高に楽しい。
「あの、すみません」
そんな事を考えながら夜道を歩いていると、暗がりから声をかけられた。
「・・・はい? 僕ですか?」
「そう、そこのあなた」
居住区でもない、ただの通路の暗がりに、人がいるってことに怪しさを感じた。警戒しつつも、5m程距離があったので様子を伺う。
薄暗くて、まだ姿がハッキリしないが、声からして若い女の子だとわかる。
その人物が前に歩みでてきて外灯の明かりに照らされ、服が見えた。うちの制服。黄色い校章を胸につけていることから、同じ学年の生徒だとわかる。
「君、塩海孝介君だよね」
顔の輪郭があらわになる。
あ・・・この子は。二週間程前に僕が注意した、ビールを飲んでた三人の内の一人。黒髪のショートボブの女の子。
「そうだけど、何か・・・?」
彼女がゆっくりと僕に近づいてくる。
待ち伏せ、していたのか・・・? 何か嫌な予感がする。 走って逃げた方がいいか? と迷っていると、
「あの時は・・・・・ごめんなさい!」
女の子が深々と頭を下げた。
「え・・・」
「私、彼女達に無理やり飲めって言われて、教室からあの場所に連れ出されてたの・・・」
・・・そうだったのか。どうりでこの子だけ、あの連中と雰囲気が違う。
「・・・あの時、あなたの言う通りだって思った。私達は変わる努力をしなきゃいけないって・・・だから」
僕は彼女の肩に手を乗せて言った。
「いや・・・わかればいいよ」
「私、大槻未来っていいます。あの・・・もしよかったら私と・・・」
・・・何だ・・・告白か。最近多いんだ。僕は研究機関にほぼ就職が決まっているから、この手の告白が後を絶たない。皆弱いんだ。特権階級って言葉に。
彼女はゆっくりと顔を上げた。この間も思ったが、やはりくりっとした目がかわいく、容姿は好みだ。けど中堅クラスの女子じゃ、僕と釣り合わない。惜しいな。
「その・・・悪いんだけど、僕は─」と言おうとした瞬間、彼女は僕の右手を取り、「ごめんね」と言って舌をぺろっと出した。
「は・・・何・・・」
そのまま流れるように、彼女は自分の胸へと僕の右手を誘導し、手に胸を押し付けるようにした。
「うわっ なにを!?」驚いて彼女から離れる。
「ふふ、もう遅いよ」
彼女が右手の人差し指を上げる。それが合図であったかのように、後ろの人工樹に隠れていた二人の女子が出て来る。
「バッチリ撮っちゃったよー、塩海くーん」
・・・この女子たちは、以前この子と一緒に芝生にいた連中。二人共携帯を手にしていた。
「君達・・・何のつもりだ!」
「この間のお礼、かな? 随分と偉そうな事言ってたよね。努力しろ。とか」
大槻未来と名乗った子が、笑顔で僕に言ってくる。
「あ、あれは君たちの事を思って・・・」
「またまたぁ」
そう言うと僕にぐっと顔を近づけ、耳元で囁いた。彼女のサラッとした黒い髪が頬に当たる。
「志賀達也との会話、聞こえてたよ。ストレス発散だって?」
な・・・! あんな離れて小声で言った事を・・・!
「いや、僕はそんな事・・・! それよりあの時言った事は本心さ! 君たちだって努力すれば変われる!」
彼女は僕から少し離れた後、その大きな目を少し細めてから言った。
「私達の事は私達が決めるの。他人にとやかく言われたくないなぁ。それよりさ、人のことより自分の心配したら? 学年主席の塩海君」
大槻が右手を出すと、派手な化粧をした茶髪の女生徒、あの時、篠田舞と名乗っていたか。その女から、携帯が手渡される。
「うん。よく撮れてるよ、ほら」と言って目の前に出される。
「う・・・」
確かに撮った角度や、周りの外灯の暗さを計算に入れているのか、これじゃまるで僕から彼女の胸を掴んでいるように見える。
「こんな写真が世間に出ちゃったら、どんなに成績が良くても、研究機関への就職は無理だねぇ」と僕の目の前にかざして、ふりふりと揺らしている。
「えー、じゃあ塩海君も卒業後は私達と同じ、工場の流れ作業に?イヤーン」と演技がましい声を茶髪の女、篠田が言う。
「在学中の男女の行為は退学だし、それに準ずる行為でも停学。つまり塩海っちは停学決定ー!」巻き髪の女もうれしそうに叫ぶ。
「く・・・」
やっぱり、志賀の言う通り、初めから関わるんじゃなかった・・・。僕とは違う人間なんだ・・・。
「・・・頼む。僕は人類の未来の為に。研究機関に入らなきゃならないんだ・・・。もう君たちには構わないから、写真を削除してくれないか」
冷静に説けばわかってくれるかもしれないと、淡い望みにかけた。
「ダメです。どうせ自分の為でしょ。高等クラスの男が考えることは皆、同じだもん。いい家に住んで、綺麗な奥さん。優先して配給される食糧」
大槻未来は、まるでこちらが考えてる事を見透かすかのように言ってくる。
「そんなことは・・・」
「ねぇ、未来。話はもういいからさぁ。さっさとネットに写真ばらまいちゃおうよ」篠田舞が大槻未来に近づいて、肩に手を乗せて言う。
「ま、待ってくれ!」
くそ・・・。こうなりゃ力づくで。三人とはいえ相手は女だ。
僕は睨み付けるような目で彼女たちを見ていた。
「なに? その反抗的な目は」
大槻未来がそう怖い声で聞いてくる。今近くにいるのはこの大槻と篠田、少し離れた場所に巻き髪の女。
まず・・・この大槻未来の右手にある携帯を奪い取る! と彼女の手を掴もうとした瞬間─。
「佳奈! 一斉送信!」
大槻がそう叫んだ瞬間「あいあいさー」と僕と距離を取っていた、佳奈と呼ばれた女が、もう一つの携帯でポチポチと操作する。
「え・・・!」
「塩海君、乱暴はダメだよ。まず第一のペナルティです」大槻が人差し指を上げて言う。
「ぺ・・・ペナルティ?」
「君が私達の持ってる携帯を奪おうとしたら、佳奈の持ってる携帯から、中堅クラス296人に今撮った写真を一斉送信できるように準備してたの」
「は・・・・!嘘だ・・・」
「ホントだよー。まぁ彼らもバカじゃないから、忠告も添えてメールしといたから、すぐネットに上げる人はいないと思うけど」
い・・・意味がわからない。何が目的なんだ。
「ま、待ってくれ。わかった。何が望みだ? 金か?」
「うわ、やだなぁ。これだから頭のいい人は、すぐお金で解決できちゃうって思うんだから」と僕の両手を握って、彼女が言う。
「これからは私達に従ってもらいます。いい?」
「わ、私達って・・・」
「あなたが見下してきた中堅クラス296人全員でーす!」
「うわああああああああ」
ピピピピ・ピピピピと目覚ましが鳴る。ベッドの棚に置いてある、目覚ましのアラームに手を伸ばして止めた。
ひどい汗。ハンドタオルで拭い、側にあった飲料水を口に含んで喉を潤して呟いた。
「僕が中堅クラスの奴らの言いなり? 笑わせるな」