Epi1
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よろしくおねがいします。
西暦2042年。日本首都・東京。
「11531番」
「はい」
国民全てに番号がつけられ、Nestronによって管理されるようになった世界。
世界全体の人口はゆるやかに減少し続け、今や世界人口は30億人程までとなった。
「口の中を見せてみろ」
「はい」
「よし、今日も健康そうだな。行っていいぞ」
学校へ登校した僕達を待っているのは、まず身体の健康チェックだ。
今から20年程前、新種のウイルスが発見された。
そのウイルスは人間の体内に入り込むと、生殖器官を壊し受精をできなくする。
世界中をパンデミックが襲い、たちまち人類は大混乱となった。
感染源が空気なのか飲み水なのか、宇宙から飛来するチリなのか、未だ明らかになっていない。
「よう塩海」
級友の声が後ろから聞こえて、振り返ると志賀がいた。
「おはよう、志賀」
学園の廊下は、自動で各教室まで床が流れていて、僕らはそれに乗って教室へと向かう。
「しかし、今日も外は暑いな」「ああ、もう夏だな」
周りの学生を見ると皆、夏服で涼しげな格好をしている。
温暖化が進み、外はうだるような暑さだが、校内は快適な気温が保たれている。
資料で見たが、30年前と学生服はさほど変化はない。
男子は白いシャツに紺色のズボン、女子も白いシャツに紺のスカートだ。
「今日も朝からテストだな」「Nestronの出題する問題、最近レベル高くなってきてないか」
僕は東京の中心地にある、Nestron第一高校に通う2年生。といっても東京にはこの学校を含め10校も学校がない。子供の数が少ないからだ。
パンデミックが世界を襲って以来、出生率は激減し、今や人類の数は減り続けている。
国連が主体となり、奇跡的にウイルスに感染していない人間の精子と卵子を保存し、子供を作り続けている。
だがそれもいずれは限界がくる。使い続けられる精子と卵子は、最後には使い物にならなくなるからだ。
世界はウイルスの根絶を最優先とし、優秀な人材を確保しようと躍起だ。
毎週Nestronが出すテストで良い成績を修めた生徒は、ウイルス研究機関への就職が決まり、快適な住まいをあてがわれる。
他にも妻帯する権利や汚染の少ない食糧を優先的に政府から与えられる。特権階級だ。
僕は、この学校で常にトップの成績を収めてきた。
教室に着いた僕は、各自の席に備え付けられている「Nestoron」の起動スイッチを押した。
朝礼などはなく、席に着いた者からすぐテストが始まる。
終わった者から次の授業への参加が許される。
『おはようございます。塩海孝介』
「ああ、おはようNestron。今日の試験問題を頼むよ」
画面にNestronの人工的な顔が浮かび、僕に話しかけてくる。
「Nestron」とはアメリカの天才科学者ロバート・ノイマン博士が開発した人工コンピューターの名前で、全国の学校に生徒の数だけ設置されている。
20分程でテストを終わらせた僕は、自動採点のボタンを押して教室を出た。10分遅れて志賀も教室から出てきた。
「はえーよ、塩海、またお前が一番か」
「今回のは簡単だったろ。そんなに時間を要する問題もなかった」
「はいはい、誰もお前にゃ敵いやしないよ」
志賀が呆れた様子でそう言うと、一緒に自動廊下へと乗った。
「次は生物実験。バイオルームだ」「どうせ、今行ったって俺たち二人しかいやしないんだぜ」
僕が志賀と一緒に、バイオルームに向かっていると、ある連中に目が留まった。
「何してるんだ、あの子達」
女子生徒三人が、1Fホール中心にある芝生の休憩スペースに座ってだべりながら、禁止されているビールを回し飲みしているのが見える。
「ああ、あれは中堅クラスの女子達だな」
「へぇ」
「あのクラスは男女問わず、将来は工場の流れ作業に従事させられることが決まってるんだよ。まぁつまりは俺たちとは違う人間ってこと」
「そうか・・・」
僕は途中で自動廊下を降りて、彼女達がいる休憩スペースの芝生に歩いていった。
「おっ、おい! 塩海、何を・・・やめとけって」
志賀の止める声も無視して、僕は彼女達の前に立つと、茶髪の子が飲んでいたビール缶を取り上げて言った。
「やめなよ、朝から、こういうの」
「はぁ?」
いきなり現れ、教師のように注意する僕に、敵意満面といった様子で彼女たちは食ってかかる。
「あんたには関係ないっしょ。先生でもねーだろ」
スカートを規定のサイズより短くしている、派手な化粧をしている、何もかも校則違反だ。
「国民番号18228番、乱暴な言葉遣いは校則で禁止されているだろ」
僕は女子生徒の右胸にある、ナンバープレートを確認して、多少高圧的に言った。
「はあ!? あたしを番号で呼ぶな!」
ビール缶を取り返そうと、茶髪の女子が飛びかかってくる。僕はそれを横に避けてから言った。
「こんな物で憂さ晴らしか? 自分達の立場が報われないと思うなら、努力しろ。僕もそうしている」
そう言ってビール缶をトラッシュボックスの中へ液体ごと投げ込んだ。
「こいつ・・・マジむかつく・・・。あたしは篠田舞ってちゃんとした名前があるんだよ」
茶髪の女は細い眉を吊り上げ、僕の事を睨み付けている。
「あ・・・舞。こいつ・・・まずいよ。高等クラスの塩海だ。成績トップの・・・」
そこにいたもう一人の巻き髪に厚化粧の女子が言う。
篠田という女子と巻き髪の子を僕は睨んだ。二人は僕が誰だかわかると、先程までの勢いは消え失せて、怯えるように目を逸らす。
「理事長先生に言って、君らの事を処罰してもらうことだって出来るんだ。それが嫌ならこんなことはやめるんだな」
「おい、塩海、その辺にしとけよ」
「ああ・・・そうだな」
志賀が近づいてきて、そう耳打ちしてきた。
その時、視線を感じ、三人のうちまだ口を開いていない、もう一人の子の方を僕は見た。
他の二人とは雰囲気の違う女子がいる。黒髪のショートボブで、とても綺麗な顔立ちをしている。その子は黙って僕を見ていた。
「行こうぜ、塩海」
「ああ」
そう言うと僕は自動廊下へと戻った。
志賀が近づいてきて、呆れたように小声で話しかけてくる。
「おいおい・・・なんだってお前は・・・。あんな連中に関わろうとするのよ?」
「イライラするんだよ・・・。ああいうのを見てると。だから、ストレス解消も兼ねてね」
そう言って僕はニッと笑った。
「へぇ・・・成程、そういうことか。俺も今度やってみようかな」と志賀も一緒に笑った。
実際、毎日テストばかりで大分ストレスが溜まっている。テレビも娯楽番組はほとんどなくウイルス関連のニュースばかり。
気晴らしになる遊びも大部分が規制されている。
何かで憂さ晴らしでもしないと、頭がおかしくなりそうになる。
だからああいった連中は必要だ。
注意する振りをして、人生の先がない連中に説教をするのは気持ちがいい。
―それからも、僕は事あるごとに中堅クラスの人間を見つけては、同じように説教をした。言いがかりとも取れることさえして。
彼らが僕には逆らえないと知っててだ。
トップ成績で研究機関へほぼ就職の決まってる僕に、誰も指図などできはしない。
僕は毎日彼らに因縁を付ける行為を繰り返していた。その様子を見ている者の存在にも気づかず・・・。
今月の全てのテスト結果が電子掲示板に表示された。2位を大きく引き離して僕が1位だ。
「すごーい、また塩海君が、1位だー」「やっぱり私達とは出来が違うよね」と周りから賞賛の声が上がる。
当然。僕はこの学園を主席で卒業し、研究機関に入るべくして生まれた、選ばれた人間なのだから。
読んでいただきありがとうございました。