序章
――後方から、巨大な悪意を発する集団が迫ってくる。
「何処だ!! 何処に居やがる!?」
「何としても見つけ出せ!! そして……殺せ!!!!」
その者は、日が落ち、辺りが闇に包まれた夜の世界で、怒りという表現さえ生易しい尋常では無い憎しみと殺意を発する集団から、必死に逃がれようと抗う。
このとても凶々しく……巨大なドス黒い渦に飲み込まれたら……死は免れないだろう。
……いや。きっと死よりも恐ろしい事が待ち受けているに違いない。そう確信させられるほどの狂気を、その集団から感じ取っていた。
――逃げろ。――逃げろ。……ニゲロ!!!!
生の為に、本能的に頭が。身体が。自分の中を駆け巡る全神経がそう告げている。後ろを振り返らずに、ひたすらに前だけを見据えて力の限り走る。
夜の世界の暗闇の中……道を。坂を。茂みを。
……一体どのくらい走ったのか。とにかく、その死の闇から逃がれる事だけに全力を注いでいたが、やがて息が途切れ……呼吸が定まらず苦しくなる。
これ以上走り続けるのが限界だと悟った時に、目の前に恰好の岩陰が見え、そこに身を隠す。
この岩は、注意深く見なければ、特に気にも留めず関心も持たれない絶好の場所にあって絶妙な大きさだった。
身を隠し、乱れた息を整えながら辺りを見渡す。太陽が出ている時には美しい緑の大草原が、今は夜の闇に飲まれ、その輝きが魅られない。その永遠と続く漆黒に自分が飲み込まれそうな錯覚に陥った。
そして耳を澄ませば……やや遠くから、怒号は聞こえるものの、辺り一面には誰の気配も無かった。
呼吸を整えながらその者は嘆く。
「どうして……こんな事になったんだ……。つい先程までは……あんなに…………」
この事態が起きた原因を様々な視点、観点からいくら考えても結局は答えを見つけられなかった……。
今日まではとても楽しく、平和な日常を送れていた。あの怒号を発する中には、幾人かは親しくしている者もいた。
なのに……何故たった一夜の間に皆が豹変したのかが分からない……。
呼吸が整い、体力も回復してきた。自然と頭が落ち着いてきて、冷静な判断が出来るようになる。
これ以上この場に留まり、いくら頭で考えても仕方がなかった。起こったこの現実を受け入れ、今自分がやらなければならない事を確認する。
この場をなんとしても逃げ延び、「伝えるべき者」にこの真実を伝えること。もしも、それが出来なければ……。
一瞬、最悪の結末を想像をしてしまいそうになり、頭を少し左右に振る。
――行こう。
その者は、岩陰から出ようと立ち上がる。慎重に辺りを見渡すが、先程と変わらず、誰かがいる気配は無い。
それを確認し、岩陰から飛び出した。
――その時。
「見ィツケタ」