9:真相
<エリア:天界首都ヴァーラ、神官長ジャッカル自室>
「醜態を晒してしまったな……」
神官長ジャッカルは、自室でひとりごちる。
彼は『熾天使像』を通じて、セラフィムの五感と感覚共有をしていた。
今でもつい先ほどのことのように思い出す。勇者の放った<全て無に帰す異形の剣>がセラフィムの――自身の全身を駆け回ったあの吐き気を催すような感覚、全身を酸で焼き焦がすような痛み。
そのショックでジャッカルは、神官たちの前で失神し、数日の間寝込んでしまった。
「あいつさえ、あいつさえいなければっ!」
壁に拳を打ち付ける。じんわりとした鈍痛が走り、徐々に冷静さを取り戻していく。
「消さなくては……何としても勇者を消さなくては……。もはや手段なぞ選んでいられない」
ジャッカルは固い決意を胸に次なる作戦を思案する。
■
<エリア:魔王城、魔王の間>
魔王の間では、勇者・魔王・大臣の三者で定例会議が開かれている。メフィストは魔王国南部で建物の修繕にあたっており、今回は欠席だ。
勇者はモブ王国で起きたことを詳らかに説した。
「モブ王国との交易拡大が決定した!? ――ウィル、怒らないから正直に言いなさい。何をしたの?」
「なにもしてない」
「本当に? 本当の本当にっ?」
「あぁ、俺は嘘はつかない(自分に利益がない場合は)」
「そ、そう。疑ってごめんね。でもあのモブ王が……。何か裏があるんじゃないかしら……」
「魔王様、ひとまずここは交渉の成立を喜ぼうではありませんか。疑い出すと切りがありませんぞ?」
「うーん……そうね! じゃあ、やったーっ!」
勇者が無意識のうちにモブ王を脅迫したことを大臣は薄々勘付いていた。そうでなくては、あの曲者――三代目モブ王がこのような取引に応じるわけがない。
「食糧問題も当面のところは問題なさそうですし、次は壊れた建物の復旧ですな。修繕は進んでおりますか?」
「それが全然進んでないのよ。大工の話によると<修復の魔法をかけても、何かに邪魔されて効果が薄いんですって」
「全く、勇者殿が次々と成果をあげているというのに、うちの大工は一体何を手こずっているのか……」
「……は、……ははは」
勇者の口から乾いた声が漏れる。
<修復>の効きが悪い原因は、十中八九エクスカリバーだ。魔剣エクスカリバーには、斬った対象に回復阻害の呪いを付加する効果がある。これは生物のみならず、非生物にも有効だ。
――言えない。そんなことは口が裂けても言えない。
自国の建造物を破壊しつくした挙句に回復阻害の呪いまでかけるなど、背信行為とも受け取られかねない。この件は何としても揉み消さなければならない。そう、絶対に。
「――俺が直してこようか?」
「勇者殿、いったいどうやって?」
「詳しくは話すことが出来ないが、<修復>の上位魔法を使用する」
嘘だ。
ただエクスカリバーで回復阻害の呪いを解呪した後に、<修復>をかけるだけだ。
「さすがは勇者殿! 高い戦闘力だけでなく、高位の生産系魔法も習得しておられるとは! 是非ともお願いできますかな?」
「あぁ」
勇者は自信満々に頷く、深く追及されなかったことに内心で安堵しながら。
幕間
魔王カレン(ウィルってほんと、すごい!)羨望のマナザシー
勇者ウィル(やめてくれ、その曇りのない視線は、やめてくれ……)
■
<エリア:魔王国南部>
なんということでしょう。
魔剣エクスカリバーの一撃により見るも無残に半壊した街並は、勇者の連日の復興活動により完全に復活した。
よく見ると玄関には死神をあしらった塑像が存在感を主張し、屋根には禍々しいスパイクが飛び出している。
その他にも勇者が修繕した建物には細部に意匠がこらされている。職人気質な勇者の一面が伺える。
「くっ、勇者め、次々と功績を立てよって!」
同僚の幹部メフィストからも惜しみない称賛が届く。
「あ、あのーウィル? 直してもらっておいてあれなんだけど、玄関口で存在感を放っているあの不気味な像は?」
あれは家を厄災から退けるための守り神のようなものだ。
勇者は我ながら良い仕事をしたと満足気に説明する。
「そ、そう。じゃあ屋根から生えているあのトゲトゲは?」
トゲトゲ? あぁ、屋根のスパイクのことか。あれは防犯面強化のためのものだ。
「そ、そう。でも、ちょっとだけ景観とあってないかなーっ、なんて思わない? ほら街の東側と西側と見比べてね?」
ふむ、確かに。
「そうだな、東側と西側も改築してこようか?」
「そうきたかー。うん、ごめんウィル、私が悪かったよ。南側の修繕はこれでばっちり! お願いだから、ちょっと大人しくしててくれる?」
何か釈然としないが魔王たっての願いだ、聞き届けよう。
一仕事終えた勇者が魔王城へ引き上げようとしたその時――
「ちょーっと、ちょっとちょっと! なんでここだけ、こんなに禍々しいデザインになってるの!? 魔王は、魔王はどこにいるの!?」
どこかで見たことのある赤髪の小さい子供がキーキー騒いでいた。新たな街のデザインに興奮を隠せないようだ。仕方のないことだ。
「あちゃー。なんてタイミングで帰ってくるのよ。ラピスは……」
「ラピス? 魔王軍幹部のあのラピスか?」
「そうよ」
魔王を発見した幹部ラピスは、大股歩きで魔王に詰め寄る。
「久々に帰って来てみれば何よこれ!? 何か変なものでも食べたの? どういう美的センスしてるのよ!」
「えぇっとね。これには深い理由があってね……」
魔王は横目で勇者を見やる。ラピスも視線を魔王から勇者へとスライドさせる。
「んなっ!? ゆ、勇者様!?」
幕間
幹部ラピス(ゆ、勇者様が熱い視線を……//)
勇者ウィル(相変わらず小さいな……色々と)ジーッ
■
<エリア:魔王国南部>
勇者は魔王に耳打ちする。
『ん、勇者『様』?』
『ラピスは天界でウィルに見逃されてから、ウィルの熱烈なファンなのよ』
あぁ、そういえばそんなこともあったな。
『ヴァーラの悲劇』、もう半年も前になるのか。
【半年前】<エリア:天界首都ヴァーラ>
幹部ラピスが突如単騎で天界首都ヴァーラを強襲した。得意魔法の<創造>により生成した剣を<超能力>で自在に操り、戦況を優位に進めていた。
――勇者が現れるまでは。
勇者は神官長ジャッカルの命令によりラピス撃退に立たされた。
しかし、勇者はこの戦い全く乗り気ではなかった。なにせつい先日、魔王軍幹部テオドールに深手を負わせたという報が入って来たばかりだ。ここで勇者がラピスを討ってしまえば、戦況が天界軍に大きく傾くことは想像に難くない。
それは勇者にとって非常に好ましくない。
天界が魔王軍に追い詰められ、ギリギリのところで勇者が魔王を討ち滅ぼす。天界の英雄となった勇者は、余生を自由気ままに過ごす――これが勇者の計画なのだから。
ラピスは<創造>により、剣、槍、大槌など様々な武器を次々と作り出し、<超能力>により勇者に殺到させる。
勇者はその身一つで、その全てを華麗に避けた。
「あー、もう! どうして一発も当たらないのよっ!」
分が悪いと見たラピスは<超能力>で空を飛び、勇者がいない街の区画を攻めようと動く。それに応じて勇者も<飛行>の魔法でラピスを追いかける。
「ついてこないでよ、気持ち悪いっ! この変態っ! ストーカーっ!」
「いや、お前がこの国から出て行かないとみんな困るんだって(特に俺が)」
ラピスは自身の攻撃をこともなげに躱す勇者に苛立ちを積もらせ、ついに手札を一枚切る。
「これなら――<一花千刃>っ!」
ラピスは自身の作り出した様々な武器を千以上にもなる小さな花弁状の刃に分解させ、円を描くように勇者を包み込み――その全てを一呼吸のうちに勇者に射出した。
――さすがに多いな
千を超える刃は、勇者に着弾し、大爆発を起こす。
「手応えありっ! やった!」
煙がはれ、そこには――
――漆黒の気を纏い、魔剣エクスカリバーを抜刀した『無傷』の勇者がそこにいた。
「じょ、冗談じゃないわ――こんなの勝てっこないじゃないっ!」
それでもなおラピスは果敢に勇者を責め立てる。ラピスにはそう易々と引けない理由があった。
勇者は苦悩する。
ラピスを葬り去ることは容易い。事実今も隙だらけで、いつでも斬ってくださいと言っているようなものだ。しかし、それは勇者の計画上非常に好ましくない。考えるべきは、どうやってラピスを安全に逃がすか、だ。とにかく今は考える時間を稼がねば。
勇者とラピスの激闘を遠くの物陰から観察している天界軍からは、ラピスを称える声があがる。
『流石は魔王軍随一の戦闘力と言われるラピスだな』
『あぁ、まさかあの頭のおかしいのが防戦一方とは……』
『しかし、なぜラピスは無謀にも単騎で攻め入って来たのだ?』
勇者はその鋭敏な知覚能力で、魔王軍幹部メフィストが首都ヴァーラに接近しているのを感知する。
――援軍か。待てよ、情報によればメフィストは<転移>を使用できたはず――これだっ!
勇者は刹那の内にラピスに肉薄し、魔剣エクスカリバーを解放する。
「(威力を限界まで抑えた)<全て無に帰す異形の剣>っ!」
勇者はラピスを見下ろす形で、上から下へと<全て無に帰す異形の剣>を放つ。
狙いはラピスの真下、天界首都ヴァーラの街を破壊し、土煙をあげること。
「ひっ!?」
勇者の狙い通りにエクスカリバーの一撃はラピスの真横をかすめ、轟音を立て首都ヴァーラの街を粉砕し、大量の土煙があがる。
――避難命令は出されているので、人的被害は出ていないだろう。
『あの野郎、やりやがった!』
『畜生、前が見えんぞ!? 何が起きている!?』
『ラピスは? やったのかっ!?』
勇者は怯えた目でこちらを見るラピスに告げる。
「じきにメフィストがくる。<転移>で撤退しろ」
「くっ、敵の慈悲などいらないわっ! さっさと殺しなさいっ!」
勇者は強く歯噛みし、きつくラピスの頬をぶつ。
「命を無駄にするな! お前にはまだやらなくちゃならないこと(天界軍を追い詰めること)があるはずだ! 魔王国でお前の帰りを待つものもいるだろう。その想いを(特に俺の)無駄にするな!!」
ラピスが我に返ったような表情をする。先ほどまでのラピスは冷静ではなかった。それほどの事情があったのだろう。
「ラピスっ!!」
タイミングよくメフィストが現れる。勇者が作り出した混乱に乗じて、首尾よく潜入できたのだろう。
「なっ、貴様勇者!」
「今日は見逃してやる。さっさと撤退しろ」
「くっ、貴様の意図はわからんが今日のところはおとなしく撤退させてもらおう」
<転移>間際にラピスと目が合う。
「この御恩は、いつか必ず……」
そう思うなら一人でも多くの天界兵を討伐し、天界をもっと窮地に追いやってほしいものだ。勇者は期待を込めて、優しくラピスに笑いかける。
こうして『ヴァーラの悲劇』は、天界首都ヴァーラの破壊による天界戦力の減耗、幹部ラピスの安全な撤退と全て勇者の思惑通りに進んだ。
――この後、勇者に減給半年の処罰が下ることを除いて。
■
【現在】<エリア:魔王城、南部>
「――久しぶりだなラピス」
「はい、ずっと会いたく思っていました! 魔王軍に加入したという報は、本当だったのですね!」
勇者は肯首し、今後もよろしく頼むと伝える。
「ところで勇者様、この街のデザインは?」
「あぁちょっとした事故があってな。ちょうど俺が修繕していたところなんだ。なかなかいいデザインだろう?」
「はい! それはもう完璧です!」
幕間
街の住人A『おいおいおい、なんだよこれ。どういうセンスしてんだ勇者は……』
街の住人B『文句を言っていたラピス様は、なぜか勇者にべったりだし……』
街の住人C『え、これからずっとここで住むの? 嫌だよこれ、なんか呪われそうだし……』
魔王『ごめんね、後でこっそり大工に頼んで直してあげるから。ちょっとだけ我慢してて』
街の住人ABC『魔王様ぁぁあああ! ありがとうございますっ!!』
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