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8:内政


<エリア:魔王の間>


 勇者・魔王・幹部メフィスト・大臣による今後の対天界会議が行われている。こういった場では最年長ということもあってか大臣が進行役となることが多い。


「えーでは、まず情報の共有をば。この大臣から始めさせていただきますぞ。尋問の結果、現在天界は資源・兵力共に激しく消耗していることが判明。セラフィムの召喚に国家予算規模の希少鉱石と膨大な魔力を要したようですな。そのうえ撤退する天界軍への我が軍の追撃により、兵の損耗も激しく、戦争継続は不可能とのことです」

「ありがとう、大臣。これで少しの間、時間を稼げるわ! 今のうちに国内の復興を進めましょう!」


 全員がコクリと頷く。


「――して、メフィスト殿。街の様子は?」

「南部は酷い有様ですね。特に食料庫が吹き飛んだのが痛い。これからの季節は寒くなりますから、食料の確保が最優先でしょう。まったく、どこかの馬鹿は加減というものを知らないのかねぇ……」


 幹部メフィストは粘り気のある視線を勇者に向ける。勇者の額に大筋の汗が伝う。


「こら、メフィスト! ウィルがいてくれたから、被害は最小限に収まったのよ? そんな意地悪言わないの!」

「も、申し訳ありませんっ!」

「もう、まったくっ!謝る相手が違うでしょうにっ!」


 メフィストは、しどろもどろとなる。魔王はずいぶんとご立腹のようだ。


「ううむ。天界の情勢が不安定な今、一気に侵攻したいところではありますが。――南部は未だ半壊状態。そのうえ食料問題となると……今は内政を重視すべきと言わざるを得ませんな」

「……そうね、決まりよ! まずは国民のため食料の確保! 何かいい案はある?」


 大臣がスッと手を挙げる。


「今年はあいにくの天候により凶作でして……。元々備蓄を切り崩す予定だったのです。とても国内生産だけでは、内需を賄い切れません。他国からの支援が最も現実的な手段かと思われますぞ」


 大臣の発言を受けて、メフィストが続ける。


「今年はどこの国も凶作により、余剰生産物が少ない。そうなると交渉相手としては大量に食料の備蓄がある国――モブ王国でしょうか?」

「それが最も妥当な選択肢でしょうな」

「しかし、我ら魔王国は天界と戦争中。『永世中立国』を語るモブ王国が支援などするでしょうか? それに初代や二代目モブ王ならいざ知らず、今代の――三代目モブ王は知略の王。交渉で相手をするとなると非常に厄介では?」


 大臣は待ってましたといわんばかりに不敵に笑う。


「私とて魔王国の内政を(あずか)るもの。ご安心ください、この大臣に秘策がありますぞ!」


 自信あり気な大臣に魔王が問いかける。


「大臣、その秘策というのは?」

「はい。まずこの状況で支援の要請や新たな交易を持ち掛けても、モブ王国は何かしらの理由をつけて断ってくるでしょう。会談の場を持つことすら難航すると思われます」


 当然のことだ。

 今年のような不作の年は、大量の食糧備蓄のあるモブ王国にとって絶好のビジネスチャンス。ましてやモブ王国は永世中立国を詠っており、戦時中の国に支援や取引を行うメリットはない。


「ならば我らは強引にモブ王国に潜入すればいいのです!」

「それって密入国じゃ――」

「いいえ、違います! 不慮の事故が起きてしまうのです!」

「どういうこと?」


 大臣は一息のみ込んで、話し始める。


「戦争で疲弊した我々は、癒しを求めて魔王国領とモブ王国領にかかる湖に慰安旅行へ。しかし、折悪く大魔獣グリフォンの強襲にあい、止む無くモブ王国領に逃げ込む我々。グリフォンはなおも追いかけてきて、ついにはモブ王国城下町に侵入し、民に攻撃を始めます。そこで我らが勇者殿が見事グリフォンを撃退し、街に平和が戻ります。感謝したモブ王国は我々に食料の支援を約束するのです!」


 大臣は一気にまくし立て、魔王に是非を問う。


「いかがでしょうか!?」


 ――完璧だ。これ以上ないほどの完全なるマッチポンプだ。魔王のジャッジは?


「却下っ! バカじゃないの!?」


 大臣の秘策は見事に一蹴(いっしゅう)されてしまった。

 大臣は確かに魔王軍一の知恵者ではあるが、根本的なところが致命的に馬鹿だ。

 しかし、一つ気になる点がある。グリフォンにどうやって我々を襲わせるのであろうか?


「あぁ、ウィルはたしか知らなかったわね。大臣は高位の魔獣の使役する凄腕の調教師(テイマー)なのよ?」


 大臣にそのような隠れた特技があったとは。


「ちょっと話しがズレちゃったわね。他に何か案はない?」


 勇者が率直に思ったことを口にする。


「素直に食料の取引をしたい旨を国書で伝えればどうだ? 『支援をしてほしい』と書かなければ魔王国のメンツも潰れないだろう。とりあえず動いてみればいいんじゃないか?」

「んー、それがいいかな。よしそれじゃ交易拡大の国書をしたためましょう!」

「魔王様、一つご提案がありますぞ。使者の役目なのですが、勇者殿に任せてはいかがですかな? 現在我が国は建物の復旧作業などにより深刻な労働力不足です。モブ王国への道中は魔獣も出没するため、使者には護衛をつけねばなりません。しかし勇者殿なら、魔獣に襲われても容易く撃退可能でしょう」

「うーん、そうね。ウィル、お願い出来るかしら?」


 それぐらい朝飯前だ。勇者は首を縦に振った。


幕間(まくあい)


大臣「ちなみに私の使役する魔獣グリフォンは、メフィスト殿より強いですぞ」

勇者ウィル「ほぅ……」

幹部メフィスト「言わんでいい!」





<エリア:モブ王国、王の間>


 歴代の王の中でも最も優れた知恵を持つと言われ、すらりとした長身に透き通るような黒髪の美男子――三代目モブ王。彼は現在も王の間で、三人の腹心『エー』、『ビー』、『シー』と今後展開していく国策について議論している。

 ドアがコツコツとノックされる。入室を促すと一人の衛兵が入ってきた。


「陛下、魔王国からの使者が国書を持参してきました!」

「そうか、連絡ありがとう。どれ――なるほど食料資源の交易の拡大か。検討してみよう。使者殿にもそう伝えてくれるかな? くれぐれも丁重な対応をお願いするよ」


 衛兵は歯切れが悪そうに情報を付け加える。


「あ、あの、魔王国からの使者殿なのですが……例の勇者でして……」

「そうか……、それは少し対応が難しいね。よし私が出よう。勇者殿を応接室に案内しておいてくれ。私達は少し準備をした後に向かうよ」

「はっ!」


 衛兵が退出し、部屋にはモブ王と三人の腹心のみとなる。するとモブ王の発する空気がガラリと変わる。


「ふん、ドブネズミ共め。我らの食料をたかりに来たか」


 三代目モブ王は民からの人気稼ぎのために、日ごろは猫を被っている。

 しかし、自身の任命した三人の腹心のみとなるとその傲岸不遜(ごうがんふそん)な本性が(あらわ)になる。


「わざわざ陛下が時間を割かなくとも、書状は既に受け取ったのですから、そのままお帰りいただけばよかったのでは?」

「おいおい、使者はあの頭のおかしい蛮族だぞ? 機嫌を損ねて、暴れまわられでもしみろ、迷惑どころの騒ぎではない。俺様が直接応対すれば、満足して帰るだろう」





<エリア:モブ王国、応接室前>


 モブ王は三人の腹心に側仕え、衛兵を侍らせ、応接室の扉の前に立つ。身嗜みの最終確認を行い、ドアノブに手をかける。

そして――


 ――扉を開けた瞬間、濃密な魔力の奔流(ほんりゅう)がモブ王達を襲う。身の毛もよだつ邪悪な魔力に一同は、立ち(すく)んでしまう。見ると応接室内で待機中の衛兵は、辛うじて立ってはいるが、焦点が合っていない。立ったまま気絶している。

 この魔力の発信源は、テーブルのど真ん中――上座に堂々と居座る勇者。

 一体何を考えているのか、その眼は虚空の一点を凝視したまま動かない。


 ――くそがっ! 魔王国め。これほど早く、武力を盾にした強硬外交(きょうこうがいこう)に出るとは!


 モブ王は自身を奮い立たせ、堂々とした立ち振る舞いで入室する。いつものように人懐っこく、柔和な笑みを浮かべ、勇者に挨拶をする。


「はじめまして、勇者殿。私はモブ王国、三代目国王モブ=ジャ=ナーイです。かねてから勇者殿とは一度お話ししたく思っておりました。この機会をいただけたことを神に感謝しております」


 勇者は席すら立たずにコクリと一度頷く。


「魔王国の使者、ウィルだ。よろしく頼む」


 その無礼な態度に場の空気が緊張する。しかし、誰も勇者に注意出来るものなどいない。

 それほどの絶対的な『圧』は、勇者が放っている。


 三代目モブ王は、その明晰な頭脳をフル稼働させる。


 ――なぜわざわざ使者という事務的な仕事を最高戦力である勇者に? そもそも使者として来るならば、武装は最低限度に留めるのが礼儀。――目的は他にある?


「では、早速ですが本題に入らさせていただきます。貴国からの国書にあった食料資源の交易拡大の件、大変魅力の感じられるものでした。――しかしながら、今年は凶作により我々も食料難にあえいでおり、即座には決めかねる案件です。せっかくここまで御足労いただいたのですが、検討するお時間をいただければと思います」


 勇者は一息をつく。


「……そうか、残念だ。では、帰――」


『ぐぎゅるるるるるるるるぅー』


 勇者の腹の音が応接室に鳴り響いた。

 モブ王は困惑する。


 ――ば、馬鹿な!? 臨時とはいえ、他国の王族との会談の場で腹を鳴らすだと!? 無礼にもほどが――いや待て、よく考えろ。相手の真意を掴み取れ。そもそもさっきこの蛮族は何を言いかけた? 『……そうか、残念だ。では、』――まさか!?


 モブ王と勇者の視線が交錯し、勇者はニヤリと笑う。

 モブ王に戦慄が走る。


 ――笑った!? 間違いない、腹を鳴らしたのはワザとだ! ……なるほど、こちらが交渉を飲まねばこのままモブ王国を侵略する手はずというわけか。しかも直接明言はしないという陰湿さ。こちらの反応を見て楽しんでいやがる!


 モブ王は勇者に向き直り、(たたず)まいを正す。


「ふ、勇者殿には負けましたよ。――わかりました。今後我が国は魔王国との密接な関係構築のため、両国間の交易を拡大したいと思います。もちろん、食料資源も含めてです」

「それは良かった。感謝する」


 モブ王と勇者は互いに強く握手する


「本日は実りのあるよい会談でした。道中お気を付けて」

「あぁ」


 勇者は王城前までモブ王に見送られ、そして帰路についた。





<エリア:モブ王国、王の間>


「クソがっ!」


 三代目モブ王は自室にある調度品の一つを蹴り上げる。


「この俺様があそこまで虚仮(こけ)にされたのは初めてだっ!」


 モブ王の怒りは収まらない。


「なにが『それは良かった』だぁ? 我が国を滅ぼさずに済んで良かったとでも言いたいのか! いかれた勇者めっ!」

「へ、陛下、落ち着いてくだされ」


 モブ王は手近にあった水を一杯あおる。


「――っふぅ。とにかく、勇者は相当に頭が切れる! セラフィムを単騎で討伐したと言われる『武』に俺様さえ出し抜く『智』。奴はまさしく生来の『王』と言えよう」


 傲岸不遜(ごうがんふそん)なモブ王が手放しで他者を褒めたことに驚愕する腹心エー、ビー、シー。彼らは勇者への評価を大きく上昇させる。

 腹心の一人、エーは先ほどから自身の胸の内で(くすぶ)っている心配事を口に出す。


「交易拡大の件本当に良かったのでしょうか……。我が国は永世中立国――しかしこれでは魔王国に加担しているとみなされかねません。天界が余計な口を挟まなければよいのですが……」

「最低限の『人道的支援』という形をとり、後に我々から天界に交易拡大の打診でもすればよかろう。そんなことよりも最優先に着手すべきは国力――特に軍事力の増強だ! これからは一層忙しくなる。お前達には働いてもらうぞ」


『はっ!』




<エリア:魔王国への帰路>


 国書を届け、無事に使者の役割を果たした勇者は、達成感に満ち溢れていた。

 途中いくつか予期せぬアクシデントが発生したが、その全てに完璧に対応できた。

 ただ国書を渡して帰るつもりが、衛兵に引き留められてから全てが狂いだした。まさかその日中に、三代目モブ王と会談が行われるなど考えてすらいなかった。

 王族との会談のような経験は、勇者には一切ない。そのため細かな作法や礼儀には明るくなく、終始緊張しぱなしだった。


 終盤腹の音が鳴った時は、さすがの勇者も肝を冷やしたが、照れ笑いでなんとか誤魔化せた。


(三代目モブ王――良い奴だったな。あいつとなら、友達になれそうだ)


幕間(まくあい)


勇者ウィル(友達になれそうだ)ホクホク

三代目モブ王(糞勇者め、絶対に許さん)ギスギス


二人のすれ違いの行方は!?


【ポイント評価】【ブクマ】応援ありがとうございます。


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