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5:討伐依頼


<エリア:魔王国冒険者ギルド前>


 冒険者ギルド――各国から様々な依頼が寄せられ、冒険者がそれらを受注する場所。その内容は荷馬車の護衛から、耕地開拓、魔獣の討伐など多種多様に渡る。

 天界と魔王国、両者の冒険者ギルドには大きな違いがあった。魔王国の冒険者ギルドでは人間種の討伐依頼は禁じられており、『魔獣』のみが取り扱われている。一方天界では人型の悪魔と異形の悪魔――魔獣の区別はされておらず、『悪魔』の討伐依頼が認められている。

 先代の魔王の治世(ちせい)では人間種の討伐依頼も認められていたが、今代の魔王カレンがそれを禁じた。


「これじゃどっちが悪魔だかわからないな」


 身バレ防止の変装を施した勇者がギルドの扉をくぐる。

 ギルド内には掲示板と睨み合いをしている悪魔や併設のバーで酒を飲み交している悪魔など、様々な悪魔がいた、

 勇者が受付カウンターまで歩みを進めるとギルドの受付嬢から声をかけられた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 勇者が見るからに怪しい変装をしているためか、受付嬢は少し(いぶか)しげな視線を勇者に向けつつも必要最低限の対応をする。

 勇者は冒険者登録をしに来た旨を伝え、紹介状を手渡す。身元が不確かな勇者では、冒険者登録に差し障りが生じるだろうということで、大臣に用意してもらったものだ。


 ――それにしてもこの娘は、サキュバスだろうか? 少々露出が多い気がする。


 紹介状を一読した受付嬢の顔色が一瞬青くなり、その後、凛とした表情で向き直る。


「先ほどは大変失礼いたしました。冒険者登録をご希望ですね? では、こちらの冒険者カードをどうぞ。続けて冒険者についての簡単な説明をさせていただきます」


 勇者は『冒険者ウィル』と書かれたカードを受け取り、受付嬢から説明を受けた。依頼の受け方、報酬金制度、施設の利用方法など様々なことを学んだ。

 勇者は受付嬢にお礼をいい、掲示板に貼られた依頼を物色する。狙いは比較的報酬金が高く設定される傾向にある魔獣の討伐依頼だ。

 掲載されている依頼の中で、報酬金が最も高額な『一角獣(いっかくじゅう)』討伐の紙を掲示板からひっぺ返し、受付カウンターへ持って行く。


『おい、見ねぇ顔があの一角獣を受けやがったぞ!』

『報酬金に釣られたんだろうな……可哀想に……』

『あの依頼を受けて、今まで帰って来た冒険者は一人もいないってのにな……』


 ギルド内が少しざわついている。

 勇者の他にもこの依頼を受けたかった冒険者がいるのであろう。しかし、残念ながら譲ってやる気は毛頭ない。これほどおいしい――金払いのいい依頼は天界でもそうなかった。

 勇者はホクホク顔でギルドを後にし、一角獣の住処(すみか)とされる西の洞窟へと向かう。





<エリア:西の洞窟前>


 道中に襲い掛かって来た低能な魔獣を鼻歌交じりに切り捨て、勇者は西の洞窟についた。


 洞窟内に獣特有の匂いと確かな圧を感じる、ここが一角獣の住処で間違いなさそうだ。

 しかし、勇者は強い違和感を覚えた。

 多くの魔獣は高い身体能力を有する代わり、知能と魔力は低い。しかし、洞窟内には強い魔力を感じる。


 ――まさか、あの依頼を勇者の先に受注していた冒険者がいるのではないか!?


 勇者は走った。

 我武者羅(がむしゃら)に、ただ一心不乱に。自分の予想が杞憂(きゆう)に終わることを願って。


 しかし、現実は残酷だった。

 洞窟内の少し空けた広い空間で、血に濡れた一角獣が勇者の眼前で倒れ伏した。

 一角獣の対面には若い男が立っている。上背はそれほどなく、ツンツンの黒髪にどこかで見たような形の尻尾が生えている。それ以外は普通の人間と同じ姿だ。


 こいつが――こいつが大事な一角獣をっ!


 勇者はやりようのない怒りを目の前の男に向ける。


「おぉ、なんじゃお前さん、怖い顔をしおって。――ん? その剣は……」


 男は品定めをするように勇者の全身を見る。


「なるほどな、お前さんが勇者か」


 勇者の変装の甲斐(かい)虚しく、一瞬で正体を見破られてしまった。


「ははは、そんな驚いた顔をするでない。少し知っているものならば、その魔剣でピンとくるわい」


 先ほどから眼前の男の喋り方と外見にズレがある。

 そもそも倒れ伏している一角獣は、勇者の魔獣討伐歴で見てもかなりの上物――強い個体である。それをいとも容易く打ち破るとは。


「それでお前は一体何者なんだ?」

「ん、ワシか? ――ワシはゼベル。魔王サターニャ・ヘル・カレンの父親じゃよ」


幕間


冒険者ギルドの受付嬢(何この見るからに怪しい男。ん、紹介状――それも大臣から? 中身は――っ!?)


『この男は、かの有名な頭のおかしい勇者だ。機嫌を損ねれば、お主の命はない。国賓級こくひんきゅうの待遇を期待する』


受付嬢(――まじかよ)





 この黒髪ツンツン頭の若い男が先代の魔王ゼベル?

 見た目と年齢が合わない――そもそも前魔王は老衰(ろうすい)で亡くなったと聞いていたが。


「うん? あぁ、確かにワシは一度死んどるよ」


 既に『一度』死んでいる?

このツンツン頭は一体何を言っているのだろうか。


「おっとっと、その前にちょっと失礼するぞ。やはり肉は新鮮なうちに食わんとな!」


 そういうと前魔王ゼベルは倒れ伏した一角獣(いっかくじゅう)におもむろに近づき、その頭にそっと右手を乗せた。


「――起きろ<暴喰グラトニー>」


 すると血まみれの一角獣は光る粒子(りゅうし)と化しゼベルの右腕に吸収されていった。

 このような魔法は見たことがない。


「ご馳走さんっと」


 ゼベルは腹のあたりをさすり満足気だ。


「ええっと、どこまで話したかの……。あぁ、ワシが一度死んだとこまでじゃったか」


 勇者はコクリと頷き、続きを促す。


「まず事実としてワシは一度死んだ。知っておると思うが老衰じゃ。何というか不思議な感覚じゃったのう……。暖かいような、冷たいような。そして『黄泉よみガエル』の力を使って、蘇ったというわけじゃ」


 『黄泉ガエル』――寿命により絶命したときに若返った状態で復活するという伝説のカエルだ。その肉は非常に美味であり、乱獲にあって既に絶滅したとされる種である。


「黄泉ガエルの力を使ったとは、どういうことだ?」

「さっきワシが一角獣を吸収したのは見ておったな? あれはワシの特異(ユニーク)スキル<暴喰(グラトニー)>の力じゃ。こいつは物体を粒子状のエネルギーに分解・吸収し、自分の力にできる。ワシは大昔に喰った黄泉ガエルの力を使って、現役時代の肉体に蘇ったのじゃ」


 つまりゼベルは現役時の肉体でありながら、老年時の精神というわけだ。どうりで喋り口調と外見に違和感があるはずである。


 『特異スキル』――通常の魔法やスキルとは異なり、遺伝的要因や個人の才能により突如発現するもの。その中でも<暴喰>は、非常に強力な性能といえよう。何せ喰えば喰うほど、強くなれるのだから。


「しかし、一つ想定外のことがあってのう……。肉体は蘇ったのじゃが、今まで<暴喰>で蓄えた力は、全て失われてしまいおった。じゃから今はこうして各地で魔獣を喰い漁り、力を蓄えておるのじゃ」


 なるほど、ゼベルの事情はよくわかった。しかし、どうしてそんな大事な情報を勇者に話したのだろうか?


「なに、お前さんのことは大臣より聞いておるぞ勇者よ。何でも我が娘サターニャと婚儀を結ぶそうではないか」


 ――結婚? 魔王が? 誰と? というか大臣?


「大臣とは今でも連絡を取り合っておって、魔王軍の中で唯一ワシが生きていることを知っておる。それと婚儀の―――ふむ、その話は今はまだよかろう。また追い追いというやつじゃ」


 ゼベルは魔王城の方角を見やる。


「勇者よ、あの()のことをよろしく頼む。誰に似たのやら昔からおっちょこちょいでな。心配でおちおち死ねんわい」


 そこには絶大な力で魔王国を統治していた前魔王ゼベルではなく、一人の親としてのゼベルがいた。

 その魔力とは別種の圧に押され、勇者は頷くことしかできなかった。





<エリア:天界首都ヴァーラ儀式の間>


 天界首都ヴァーラの地下に秘密裏に存在する儀式の間。ここでは現在、最高位天使セラフィム召喚の大儀式が行われていた。大儀式は触媒(しょくばい)である神器『熾天使像(してんしぞう)』の祭壇に希少金属を大量に捧げ、神官達が多量の魔力を注ぎ込むことによって完成する。

 神官達は昼夜交代制で魔力を注ぎ込み、儀式が開始から既に数日が経過していた。


 そしてついに『その時』が来た。


 儀式の間が光に包まれ、最高位天使セラフィムが顕現(けんげん)する。

 頭上には天輪(てんりん)が神々しい光を放ち、背には六枚の翼、その手には絶大な魔力を放つワンドが握られている。『神の如き力』を振るうにふさわしい神聖な姿だ。


『おぉぉ、なんと神々しい!』

『これが最高位天使セラフィムっ!』

『……これならば。……これならばあの勇者をも!』


 セラフィムが放つ神聖な気にあてられた神官達が次々と感嘆の声が漏らす。


 神官長ジャッカルはにやりと口を歪ませる。



「……喜べ、神官達よ。この戦争――、我々の勝利だ!」


幕間(まくあい)


前魔王ゼベル「して、どうじゃサターニャは? えぇ乳をしておったじゃろ?」

勇者ウィル「……」


控えめに言って、ゼベルは最低だった。





<エリア:天界首都ヴァーラ>


 衛兵が神官長ジャッカルに報告を行う。


「天界全軍の帰還が完了いたしました!」


 ジャッカルは厳格な口調で衛兵を(ねぎら)う。

 しかし、各軍を率いていた将から次々と不満の声があがる。


『なぜ撤退の指示を出されたのですか!?』

『あと少しで魔王国を落とせたというのにっ!』

『いくらあの頭のおかしい勇者といえど、物量で押し切れたはずです!』


 神官長は鷹揚(おうよう)に手を挙げ、各将を黙らせる。


「お前達はいまだに勇者を過小評価している! 『ヴァーラ』の悲劇を思い出せ!」


 各将どころか天界全軍が押し黙る。

 ヴァーラの悲劇――天界首都ヴァーラに単身で強襲した魔王軍幹部ラピスを勇者が迎撃した際に起きた惨事である。

 死闘の末に勇者は魔剣エクスカリバーを解放し、一撃で天界首都ヴァーラを半壊させた。しかもその一撃は幹部ラピスに回避され、恐れをなしたラピスは幹部メフィストの<転移(てんい)>により離脱した。

 撃退には成功したものの、戦果はゼロ。そのうえ首都は半壊。

 勇者には減給半年の厳しい処分が下された。


「あの勇者には底知れないものがある。常に力を温存しているような、何かを隠しているような。私はあのヴァーラの悲劇ですら、勇者が故意に起こしたのではないかと考えている!」


 流石にそれは言い過ぎだろうという空気が場を支配する。

 事実、魔王軍幹部ラピスの戦闘力は凄まじく、あの勇者と互角の戦いを繰り広げ、魔剣エクスカリバーの全力を引き出したのだから。


「そこで我々神官は天界の至宝である『神器』を用い、最高位天使セラフィムを召喚した!」


 神官長ジャッカルが空中に手をかざすと、そこに最高位天使セラフィムが現れた。

 その神々しい気と有無を言わさぬ圧力に天界全軍は息を飲む。

 衛兵たちの反応を見たジャッカルは満足気に頷く。


「明朝より我々はセラフィム――『神の如き力』をもって、魔王国へ侵攻する! 愚かな勇者どもに神の鉄槌を下すのだ!」





<エリア:冒険者ギルド>


 別れ際に前魔王ゼベルは自身の存命は秘密にするようにと念を押した。

 現在はまだ<暴喰(グラトニー)>での力の蓄積に専念したく、天界軍に目をつけられたくないとのことだ。勇者は肯首し、ゼベルと別れた。

 勇者は冒険者ギルドに戻り、一角獣(いっかくじゅう)は、既に西の洞窟にはいなかったという嘘の報告を済ませ、再度別の討伐依頼を受注した。


<依頼:毒吐(どくは)きサラマンダーの討伐>

 強毒性の(ブレス)を放つ大トカゲ。

 しかし、生まれながらに毒や呪い、麻痺などのバッドステータスに絶対の耐性を持つ勇者にとっては大きめのトカゲである。


 ――斬った。


<依頼:鉄壁ガメの討伐>

 どれほどの衝撃を与えても絶対に割れない鉄壁の甲羅を持ち、高速移動で突進してくる危険なカメ。


 ――叩き割った。


<依頼:剛力(ごうりき)サイクロプスの討伐>

 通常のサイクロプスよりも遥かに大きく、力も強い危険種。


 ――上から強打し、コンパクトにしておいた。


 連日のように多くの討伐依頼をこなした勇者の懐はどんどん暖かくなっていった。

 勇者はお金が大好きだ。お金だけは勇者を裏切ったことはない。

 勇者は魔王国に非常によく適応していった。冒険者仲間とも呼べる良き友人達もでき、彼らと夜更けまで酒を飲み交すこともある。不思議と城下町の人々にもよく好かれ、井戸端会議に花を咲かすことも珍しくない。

 勇者は今日も今日とてギルドへ向かう。


「おはようさん、ウィル。良い魚が入ってんぜ! 安くしとくよ!」

「よっしゃ! 今晩は飲むぞ、ウィル! いつものテーブルで待ってっからな!」

「ほれ、ウィル。今朝とれたばかりの野菜じゃ、もってけ」


 その道中に多くの善意を受けながら。





<エリア:魔王城、勇者自室>


 夜中、今日も多くの依頼をこなした勇者が自室でくつろいでいるとドアがコツコツとノックされた。


「ウィル、起きてる?」


 入室を促すと魔王カレンが入って来た。


「遅くにごめんね、今ちょっと時間大丈夫?」

「あぁ。どこか座りなよ」

 

 魔王はキョロキョロと周囲を見渡し、ポスンと勇者のベッドに腰掛けた。

 少しの間沈黙が降り、やがて魔王が口を切る。


「あの……ね、やっぱりそろそろ話しておかなきゃって思ったの……」


幕間(まくあい)


魔王カレン(こ、ここでいつもウィルは寝ているのよね? やだ、ちょっとドキドキしてきたかも。あれ、けど普通にベッドに座ってよかったのかな? ……怒ってないかな? いやちゃんとお風呂に入ったし、綺麗にしてるし、いいにおいだし! ……あぁ、でもやっぱり、ちゃんと許可をとるべきだったよね。これで嫌われたら、どうしよう……)


【ポイント評価】【ブクマ】応援ありがとうございます。


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