34:危機
<エリア:バルス帝国、街道>
『あ、い、いやだ……、や、やめて……あ、あ゛ぁああああああっ!』
『戦士長、マルコが……マルコがっ!』
「ぐっ……もう助からん! 振り返るな! 進め……進めぇぇえええええ!」
戦士長ゲイルは手綱を引き、ただひたすらに馬を走らせる。
背後では一人また一人と部下の憲兵が食われていく。長年同じ釜の飯を食らい、共に泣き、共に笑いあった朋友だ。手元の手綱は、強く握りしめ過ぎたために血で深紅に染まっている。
(すまん。――すまんっ!)
敵は伝説上の生物。どう足掻いても、人間に勝ち目などない。――例えそれがバルス帝国最強の戦士だとしても。
(このままでは――全滅だ。神でも悪魔でも何でもいいっ! 誰か助けてくれっ! せめて姫様だけでもッ!!)
■
<エリア:バルス帝国、西門>
「……ふわぁあああ」
勇者は小さな石垣に腰掛けたまま、大きくあくびをする。
運搬依頼を受注し、冒険者ギルドを出た勇者たちはバルス帝国正門へと来ていた。
「よっ、ほっ――はっ……っと」
魔王が入念に準備運動をしている横で、勇者はぼんやりと空を眺める。
「……いい天気だ」
雲一つない、どこまでも続くような青空であった。
しばらくすると魔王から声がかかる。
「お待たせ、ウィル。もう準備運動はばっちりよ!」
「そうか、後は魔法か?」
「うん、それじゃ使うね――<敏捷性強化>!」
魔王が魔法を発動し、自身の敏捷性を強化する。
「これでよしっと。……本当にウィルにはかけなくてもいいの?」
勇者の体力と脚力を舐めてもらっては困る。魔法の底上げなど不要だ。
「それじゃ行くか」
「うん、絶対に日が暮れるまでに着いて見せるんだから!」
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<エリア:バルス帝国、街道>
「えっほえっほ……ふぅ」
しばらく走ったところで、魔王の息が少し乱れ始める。顔には少しだが、疲労の色が窺えた。魔法――<敏捷性強化>を使用しながらの長距離走行だ、無理もない。
「大丈夫か、カレン? そろそろ休憩をはさむか?」
「ううん、まだ大丈夫。……それにしてもウィルの身体能力は本当に反則級ね。どうして魔法で強化した私よりも速くて、しかもそんなに余裕そうなの?」
どうしてと言われても『勇者だから』としか答えようがない。
二人でそんな話をしているとはるか前方より、馬のいななく声と共にひづめが大地を蹴る音が聞こえてきた。
――ふむ、五、六、七……多いな。何の集まりだ?