30:偶発的事象
<エリア:バルス帝国、バルス城前>
バルス城を出るや否やすぐさま魔王が勇者に駆け寄ってきた。
「……もう、ウィル偉い! 流石に今回ばかりはもう駄目かと思ったのに、よく我慢したわ!」
やれやれ、と勇者は肩をすくめる。
『勇者』たる自分があのような程度の低い挑発で暴れ回るとでも思ったのか。
――あぁ、ギリギリだったとも。あのとき魔王との約束を思い出さなければ、視界の端に魔王が映らなければ、今頃バルス城は――いやバルス帝国は火の海となっていただろう。
「それにしてもほんとに感じの悪い皇帝だったわね! もうこんな国さっさと出ましょう!」
魔王は皇帝の言動に対して酷く腹を立てていた。
「この世界のこともある程度分かってきたし、明日の朝一番に出国しましょう!」
「そうか、それでどの国へ向かう?」
魔王が顎に手を当て、考え込む。
「たしか東側勢力……ヌー帝国とオー帝国は、バルス帝国とほとんど同じ考えだったわよね?」
「あぁ、そうだな」
「むぅ……そっか……」
東側勢力はバルス帝国を頂点に密な関係を構築しており、その基本的な理念は『人間至上主義』という話だ。おそらくヌー帝国・オー帝国へ場所を移したとしても、勇者に対しての風当たりは変わらないだろう。
しかし、この世界の人間の魔力感知能力はどうなっているのだろうか? 人間である勇者を悪魔と言い、悪魔である魔王を人間と言う。全く無茶苦茶である。
「多分距離はあると思うんだけど、思い切って西側の国へ行くというのはどうかしら?」
「あぁ、俺もそれがいいと思う」
正直勇者としてもそちらの方がありがたかった。魔王との『目立つ行動は控える』約束は可能な限り破りたくない。しかし、これ以上の挑発を受けた場合、勇者も全く気付かないうちに周囲が更地になっている可能性がある。こればかりはサイコロの目を振るような、偶発的な事象故に勇者としてもどうしようもない。
そういった意味では、挑発を受ける可能性の低い西側の国への移動は大変好ましいことであった。
「よし、決まりね! それじゃ今日は早いところ宿を見つけて、明日の朝一番に出発しましょう!」
魔王は『思い立ったが吉日』とばかりに、颯爽と宿屋探しに向かう
しかし、その前にしなければならないことがあるのだが、気付いていないのだろうか……?
魔王は中央街を一歩、二歩と進んだあたりでピタリと立ち止まった。
「ねぇ、ウィル……。私とんでもないことに気付いちゃったかもしれない……」
「どうした?」
「……お金がない。ううん、魔王国のお金はあるんだけど、この世界とは通貨が違うの……」
……ようやく気付いたか。