2:魔王軍の勇者
「そんな……どうしようもなく頭のおかしかったあのウィルが……」
「ゴミ勇者め、完全に魔王に魂を売りおったか!」
「私たちにも落ち度があったのかもしれません……」
「「「ッ!」」」
勇者を散々罵倒していた元勇者一行だが、勇者が魔剣エクスカリバーを抜くと面構えが変わる。
勇者を中心におどろおどろしい邪悪な魔力が吹き荒れる。
『な、なんという邪悪な……』
『あれほど濃密な魔力を人間が纏うとは、流石は勇者殿!』
『おぉ、彼こそが我らの希望となるだろう!』
悪魔たちから賛辞の声が寄せられる。同僚からの称賛、素直に喜ばしい気持ちになる。
「ちっ、悪魔め……」
――いいえ、勇者です。
『どうする、ワシ等三人でいけるか?』
『ムリムリムリ、絶対無理だって! ウィル一人でもしんどいのに後ろには魔王も控えてるんだよっ!?』
『ここは一時撤退し、天界への報告を優先しましょう』
即座にパーティ内の意思決定を果たした元勇者一行は、後方にある破壊された扉からの脱出を図る。
「そうはさせるかっ! <不浄壁>!」
しかし、勇者の発動した<不浄壁>により、破壊された扉を覆うように負のオーラを放つ膜が張られた。
――ここは一つ手柄を立てて、魔王に恩を売っておかねば。ヘッドハンティングを受けた身とはいえ、手ぶらというのは格好がつかない。
「ちっ、ワシとアイラが時間を稼ぐ! リーネは<転移門>の準備を!」
言うが早いかジャロは自身に強化魔法をかけ、アイラは素の戦闘力をもって勇者に肉薄し、激しい近接戦闘が繰り広げられる。
流石は高レベルの元勇者一行。速度、攻撃力共に申し分ない。
『ね、ねぇ大臣。ここは勇者の助太刀をするべきじゃないの?』
『いや、今は勇者殿と天界側を仲違いさせることが最優先ですぞ。ここは「見」でいるべきでしょう。それにしても流石は勇者殿。……なんという禍々しい魔力っ!』
勇者VSジャロ・アイラ。両者は拮抗した戦いを繰り広げているように見えた。
――だが、その均衡は脆くも崩れ去る。不意にバランスを崩したジャロに勇者が斬り掛かる。間一髪でガードは間に合ったものの、ジャロは吹き飛ばされ壁に強く叩きつけられた。
「おいおい、忘れたのか? 魔剣エクスカリバーは生者の力を吸収する! 相性が悪かったな」
すかさず勇者とジャロの間にアイラが割り込む。しかし、勇者とアイラの一対一など勝負にもなるはずもない。
決着かと思われたそのとき――勇者の動きがピタリと止まる。
真の『勇者』を自称して憚らない勇者にとって、元パーティのアイラに直接手をくだすことがほんの少し躊躇われた。
――仕方ない。ここは<峰打>で勘弁してやるか。
勇者が魔剣エクスカリバーを振りかぶり、アイラが声にならない悲鳴をあげる。
「<転移>っ!!」
しかし、その直前でリーネが<転移>を発動させ、ジャロ・アイラ・リーネの姿は虚空に消え去った。
「流石はリーネ。この短い時間で三人同時の<転移>とは……」
■
<エリア:天界の外れ>
「む?」
「あ、あれ? ここは……天界?」
アイラ・ジャロ・リーネたちは無事に魔王城からの<転移>に成功し、無事に天界の外れに飛んでいた。
その横で肩で息をするリーネが、糸の切れた人形のようにぐたりと倒れ込む。
「はぁっはぁ、はぁ……」
「り、リーネ!」
「大丈夫か!?」
アイラは慌てて魔力回復用のポーションをリーネに飲ませてやる。
「――ふぅ、ありがとう。助かったわ。けど、ごめんなさい。ちょっと座標がズレちゃってたみたい」
「そんな小さいこと気にせんでええわい。お前さんの<転移>がなけりゃ、ワシ等全員おっ死んどったところじゃ」
「うんうん、本当に助かったよ! ありがとう、リーネもう大好きだよっ!」
アイラがリーネに飛び跳ね抱きつく。ポーションで回復したとはいえ、大幅に魔力を消耗したリーネはバランスを崩しアイラにされるがままとなる。
「あぁ、もうアイラ……くすぐったいってば!」
「ほれほれ、そのへんにしておけ。リーネは疲れとるんじゃ。今は一刻も早く首都ヴァーラへ向かい、神官達に勇者の裏切りを伝えんといかん」
■
<エリア:天界首都ヴァーラ>
アイラ・ジャロ・リーネの三人が天界首都ヴァーラに着いたその日に円卓会議が開かれた。
円卓会議――全員が自由に平等に意見を出し合うための会議で、そこでの白熱した討論の後に神官長ジャッカルが多数決をとる。
「――以上が魔王城で起きた事件のあらましじゃ。ワシ等の報告はこれで終わらせていただく」
ジャロがパーティを代表して神官たちに報告を終えた。会議にはアイラとリーネも出席している。
神官長ジャッカルが「ご苦労」と重い口を開く。
『しかし、どうする。まさか勇者が寝返るとは……』
『もしや、奴を閑職に回す計画が漏れたのではあるまいな?』
『大至急討伐隊を編成するべきだと、私は進言する』
『それは早計じゃあるまいか? 勇者は、頭はおかしいが実力は折り紙付きときておる。あやつを討つとなると、こちらも本腰を入れねばならん』
『せっかく後一歩で、魔王を討つことが出来るところまできたというのに!』
『そんなことより、各地の魔王軍との戦いはどうなっておるのだ。未だ幹部の一人も倒せんのか!?』
様々な意見が飛び交った円卓会議は、長時間に渡り続いた。議論も煮詰まってきたところで、神官長ジャッカルが決をとる。
「それでは裏切りの勇者ウィルを討つため、討伐隊を結成することに賛成のものは手を挙げよ。反対の者は下ろしたままだ」
元勇者一行のうち、アイラとジャロは賛成派。リーネのみが反対派だった。
「――ふむ。賛成27、反対4。賛成多数により、討伐隊を結成する。続いて、討伐隊の規模だが――」
瞬間、部屋の扉が荒々しく開かれ、天界の衛兵が大慌てで入室してきた。
「た、大変です。ジャッカル様っ!」
「騒がしいぞ、何事だ」
「――魔王軍が、魔王軍の奴等がっ!」
幕間
リーネ「全く、あなたたちはどうして、ウィルを信じてあげないのです! 彼にだっていいところはあるんですよ」
ジャロ「あいつにいいところなんぞあったかのう……」
アイラ「うーん……」
リーネ「以前ウィルは私に借りていたお金が返せなくなったとき、誠意を持って真剣に謝罪に来ました。もちろん私は許し、借金はチャラにしました。彼の真摯な態度に心を打たれたからです。どうですか、彼にだってまともな一面はあるでしょう?」
ジャロ・アイラ「あ、はい(ダメ男製造機だ……)」
■
<エリア:魔王の間>
「一応の危機は、去ったぞ。話しを戻すがさっきの――」
「え、えーっとね。さっきの話しなんだけど! いきなりその……そういう関係はまだ早いと思うの! 少しずつ、そう徐々に仲を深めていけば! べ、別に私は嫌な気なんかは……」
(こ、この甘っちょろい生娘は、まだそんなこと言っておるのか!!)
大臣が鋭く魔王を睨むが、激しく取り乱している魔王の視界には入らない。
――ふむ。ヘッドハンティングを受けたとはいえ、俺はまだ新入りに過ぎない。過度な贔屓はせず、最初はドライでビジネスライクな付き合いをということか。
「確かに少し焦り過ぎたかもしれないな。俺は少しずつで構わない。ところで魔王のことは何と呼べば? 魔王、魔王様?」
「そうね。私のことは……うん。今後、魔王と――」
「魔王様それでは、いささか以上に距離を感じますぞ。ここは名前呼びあたりが適当かと」
「い、いきなり名前呼び? 大臣、それは少し早くないっ?」
「せっかく魔王様の手を取っていただいた勇者殿に礼節を尽くさず、『魔王』という役職名で呼ばせるのは、この大臣感心しませんなぁ」
『魔王様、今ここで勇者との距離を詰めずにどうするのですか!』
『うー、わかった! わかったからっ!』
「わ、私は、魔王サターニャ・ヘル・カレン。勇者と魔王、対等な立場として以後カレンと呼ぶように! ……勇者殿のことは、なんとお呼びすれば?」
なるほどあくまで『勇者』と『魔王』、対等な立場を望んでいるということか。
「俺のことは、ウィルと呼んでくれ。よろしくな、カレン」
背後で控えている悪魔達から拍手と歓声が沸き上がる。
「ところで勇者殿。こちらとしては願ったり叶ったりなのですが、天界を裏切ってしまってよかったのですかな?」
「あいつらは――天界は俺を裏切った。勇者として持て囃されるべき俺を閑職に追いやろうと画策していた。そんな腐った組織なんて潰れてしまえばいい」
「なんと!? 勇者殿を閑職に回そうと!? 天界は骨の髄から腐っていると見えますな。いやはや勇者殿の悔しさ――この大臣、自分のことのように感じますぞ!(天界もこの頭のおかしい勇者を要職には就けたくないだろうて)」
「わかってくれるか大臣!」
「もちろんですとも勇者殿!」
勇者と大臣が熱い握手を交わす。
「うぃ、ウィル。それでこれからどうやって天界軍と戦っていくの? 知っての通り魔王軍は今も旗色が悪い状況なのよ」
「まずは、魔王城前に設置されている<転移門>から破壊しよう。いや……まだ利用価値はあるな。よし、カレン。――戦闘用の魔獣はどれくらいいる?」
■
<エリア:魔王の間>
魔王カレンの前に配下の悪魔達が膝を折り、平伏している。
「とりあえず低級の魔獣100体ほど集めたけど、どうするの? この子達じゃ<転移門>の破壊はおろか、天界軍とまともに戦うこともできないわよ?」
「詳しいことは魔王城前に居着いている天界の羽虫共を蹴散らしてからだ」
勇者は魔王と共に魔獣100体を引き連れ、魔王城前に進む。
魔王城前は現在も天界軍の駐屯地となっており、多くの衛兵が魔王軍との戦いに備えていた。
『おいおい、今になって魔王軍が攻めてきたぞ!」
『へっ、魔王自らお出ましとはな」
『ぷぷぷ、見ろよ。あの低級な魔獣の群れ。あれが最後の戦力なんじゃねぇのか? 魔王ともあろうものが、みじめなもんだぜ』
『ん、その横の小さな人影は、どこかで見覚えが……』
『~~~~~っ!?』
天界軍は低級の魔獣と共に現れた勇者の姿を視認する。
『勇者だっ! 裏切り者の勇者が現れたぞっ!』
『なにぃ、あの頭のおかしい勇者か!?』
『て、て、ったい、~~っ撤退!! 退けぇー!!』
『勝てない、撤退戦! 無駄な攻撃魔法は魔力の無駄だ! 互いに防御魔法をかけあえ!』
魔王と低級な魔獣を見て嘲笑をあげていた天界軍が勇者を見つけるや否や、即座に撤退を開始する。
「ウィル、あなた一体天界で何をしでかしたの? 何度攻撃してもビクともしなかった駐屯地がもうほとんどもぬけの殻なんだけど……」
魔王からの疑問に勇者は答えられない。勇者には自分がこのような扱いを受ける理由に全く思い当たらなかった。
「まぁ、自宅前に敵がいる状況で毎日ビクビク寝ても体が休まらなかったし。今日からグッスリ眠れそう、ありがとう」
そんなお礼など言われるほど、大層なことはしていない。勇者はただ魔王城から<転移門>まで歩いて来ただけだ。
「それでこの子達はどうするの? もう天界軍も逃げちゃったし、お城に戻ってもらう?」
勇者は一つ首を傾げる。
「何を言っているんだカレン。こいつらには今から天界の首都まで飛んでもらう。せっかく首都ヴァーラへの直通路を残してくれたんだ。これを使わないのは、むしろ失礼に当たる」
「おぉ、流石は勇者殿! まさしく悪魔のような発想ですな!」
「あ、悪魔ね、あなた……」
勇者は魔獣を見据え、満足そうに頷く。
「よし、一列に並べ。中に入ればすぐさま天界首都ヴァーラだ。いいか、まずは悪い神官を、次に悪しき神官を最後に邪悪な神官を狙うんだぞ? この俺を裏切った、性根の腐った奴等だからな」
勇者の指示に従い、魔獣が次から次へと<転移門>へと入っていく。それを魔王は半ば引きながら眺めていた。
全ての魔獣の投入を見送った勇者はニヤリと笑う。
「最後に、少しトッピングを加えてやるか」
■
<エリア:天界首都ヴァーラ>
「た、大変です。ジャッカル様っ!」
「騒がしいぞ、何事だ」
「――魔王軍が、魔王軍の奴等がっ! 首都ヴァーラに攻め込んで来ております!」
「なんだと!? 一体どこからだ!?」
「魔王城前の<転移門>から直接乗り込んできております! 至急<転移門>の閉鎖命令をっ!!」
「――っ、背に腹は代えられん。魔王城前の<転移門>は放棄。国中の衛兵を招集し、大至急魔王軍の駆逐にあたれ!」
「はっ!!」
突然の急襲に神官達は騒然となる。
『なんということだ』
『多大な犠牲を払って、魔王城前まで進軍し、ようやく<転移門>の設置に至ったというのに……』
『駐屯地の奴等は何をやっていやがる!』
『畜生、奴等のどこにそんな余力が……』
神官長ジャッカルがすぐさまその場を治める。
「静粛に――静粛に! 先の報にあった通り、現在首都ヴァーラは魔王軍の侵攻を受けている。ここで議論を行うのは後だ。今はワシ等も現場に向かい、一刻も早く事態の収拾を図らねばならん。総員、現場に急行せよ!」
■
<エリア:天界首都ヴァーラ>
現場の衛兵達の迅速な判断により、<転移門>周辺の非戦闘員の避難が最優先で行われた。その結果、非戦闘員への被害はなく、魔獣の討伐は無事に完了した。しかし、その後に突如襲い掛かった上級闇魔法が神殿などの建築物に生々しい傷を残した。
神官長ジャッカルは衛兵から襲撃の詳細な報告を受ける。
「報告いたします。確認された魔王軍は低級の魔獣が約100体ほど。全ての討伐を確認しております。<転移門>を通して、撃ち込まれた魔法は<呪われた炎>、<負の雷撃>など、一部の上位悪魔と――勇者が得意だったものばかりです」
「ご苦労。――して魔王城に残っている上位悪魔は魔王のみ。他の幹部は各戦場に散っているとのことだったな?」
「はっ!! 間違いありません!!」
「魔王の得意魔法は聖属性の魔法。――つまり今回の主犯は頭のおかしい勇者ということか」
「魔王城から撤退した衛兵からの証言もあります。もはや疑う余地はないかと」
神官長ジャッカルは今後の魔王軍――特に勇者との戦いへ向け、戦略を練る。
「現時刻をもって魔王軍に対する同時多面攻撃を停止。天界全軍を首都ヴァーラに集結させるのだ!」
「し、しかし、それでは全ての前線基地を放棄することになり、今までの犠牲が無駄に!!」
「言うなっ!……勇者の無駄に高過ぎる戦闘力は脅威だ。戦力を分散していては確固撃破されるのがオチだろう。それに天界軍とて、我らが戦力の集中を図っていることに気付けば、同様に幹部を魔王城へ集結させるはず。さして深追いはしてこないだろう」
■
<エリア:魔王城>
「魔王様、各軍より通達。天界軍の奴等が撤退を始めたとのことですぞ!」
「それは助かるわ! それで大臣、天界軍はどこの戦線から撤退したの?」
「そ、それが東西南北、全ての戦線から離脱を開始したとのことです。おそらく奴等の狙いは戦力を集結させ、魔王城での全面戦争でしょう」
「――っそ、そんな! 城下の民にただちに避難命令を! それと大至急全幹部を魔王城に集めて!」
そこに勇者が待ったをかける。
「落ち着けカレン、これはチャンスだ。まずは各戦場にある天界軍の前線基地を破壊した方がいい」
「な、なにを馬鹿なことを言っているの!? 今の魔王城でまともに戦えるのは、私と大臣しかいないの! 天界にここを落とされたら、多くの民が殺されてしまうのよ!?」
「天界にも軍備を整えるのに時間はかかる。今は落ち着いて、自国の領土を安定させるべきだ」
「で、でも、万が一、<転移>でも使われて奇襲を受けたら……」
勇者は心配性な魔王にやれやれと頭を振る。
「問題ない。そのときは――俺が出る」
幕間
勇者ウィル「喰らえ、<呪われた炎>っ! <負の雷撃>っ! ふはははは、燃えろ、燃えろ、全て燃えてしまえ! ハハハハハ」
魔王カレン「ちょ、ちょっとやりすぎじゃないかしら?汗」
大臣「恐ろしい、嬉々として故郷に攻撃魔法を撃ち込むとは……」
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