16:建国祭
無事に話もまとまったようで何よりである。これで爆弾魔事件も一件落着、勇者の役目は終わりだ。しかし、せっかくここまで来たからには、いくらかモブ山の土を確保しておきたい。
「カレンはメフィストと一緒に先に帰っておいてくれないか。俺は少し寄って帰りたいところがある」
「わかったわ。モブ王国の人達には絶対見つかっちゃダメよ? 今日はありがとうね」
魔王の許可を得た勇者は一人モブ山へと向かう。
「じゃあアスフィ、今日はどうもありがと――はっ!?」
魔王の脳裏に大臣とのやり取りがよぎる。
『魔王様がアスフィ殿のところ直接出向き、勇者殿と交際していることをアピールするのです! 外堀から徐々に埋めていきましょうぞ!』
急いで外に出て、周囲を見渡す。しかし、そこには既に勇者の姿はなかった。
――あぁ、もう! どうして私はこういつも肝心なところで失敗するのよ……。
玄関口で項垂れる魔王にアスフィが声をかける。
「ちょっとはゆっくりしてきなよ。せっかく邪魔者がいなくなったんだ。ここはガールズトークといこうじゃないか」
これは渡りに船だ。まさかアスフィの方から、そういった話を振ってくれるとは。
「んで、実際ウィルのことどう思ってんだい?」
「ど、どうしていきなりウィルの話になるの!?」
「そんなの見りゃ分かるさ。ここに来てからもずっとチラチラとウィルの方を見てたじゃないか」
――うそ、私ってそんなにわかりやすいの!?
「女同士なんだから、隠さなくたっていいよ。ほれほれ、正直におねーさんに言ってみ?」
「き、嫌いじゃないっていうか……。そのちょっとだけ好……気になるというか……」
「へ~……。ふ~ん……」
腕を組みながら、ニヤニヤと魔王を見るアスフィ。
「私だけ話したのじゃ割に合わないわ! アスフィは誰か気になる人とかいないの? そんなに美人なんだし、もう誰かと付き合ってるとか?」
「び、美人!? い、いや私はほら、泥臭く花火ばっかり作っててさ、ちょっと火薬臭いし……。そういう話はなくて、その……。きょ、興味がないわけではないんだけど……」
初心だった。アスフィは派手な格好をしている割に純真な女の子だった。
その後も二人のガールズトークは続いた。
「まぁとにかく、ウィルは悪い奴じゃないよ。ちょっと頭のおかしいところもあるけど、根は良い奴だ。おねーさん応援してるから、頑張りなよ」
「ありがとう。アスフィも何かあったら相談してね?」
「あはは、またそのときは頼むよ」
魔王がふと外を見ると日も暮れかけていた。
「そろそろいい時間ね。今日は長居しちゃってごめんね、楽しかったわ」
「気にすることはないよ、またいつでも来な」
魔王がアスフィの工房から外に出ると――
――いったいいつからそうしていたのだろうか。木に頭を打ち付ける変質者がいた。
「魔王様、忠義、美しい。魔王様、忠義、可憐な。魔王様、忠義、麗しい。魔王様、忠義――」
「め、メフィスト!? 何してるの!?」
メフィストの動きがピタリと止まる。
「これはこれは魔王様、少々内なる自分と闘っておりました。いやはや何とも強敵で……」
その額からはドロリと赤い液体が流れている。
「いやメフィスト血が、血が出てるから!」
「はっはっは、何のこれしき! さぁ魔王城に帰りましょう」
メフィストはおぼつかない足取りで魔王の横に立つ。
「それじゃまたね、アスフィ!」
「そ、それではアスフィ……さん。またいつの日か」
「うんまたね、カレン、銀髪のおにーさん!」
「では……<転移>」
幕間
腹心エー「モブ王様、またモブ山で勇者の目撃情報が」
腹心ビー「大量の土を奪っていったそうです」
腹心シー「魔王国の侵略作戦の一環でしょうか?」
三代目モブ王「あの憎らしい勇者め……今度はいったい何を企んでいる? ……読めん……読めんぞっ!」
■
<エリア:天界首都ヴァーラ、儀式の間>
ジャッカルが壇上に立つ。
眼下にはジャッカルの同調者の神官多数。堕天衆の幹部とその部下。さらにはかつて勇者とパーティを組んでいたジャロの姿もある。
「前魔王ゼベルが死に、勝利が目前となったところでの勇者の裏切り。セラフィム召喚に要した大量の希少金属による財政の圧迫。セラフィムの消滅。大将軍ファブロと神官多数の戦死。我々天界は近年稀に見ぬ苦境に立たされている……」
儀式の間全体に重苦しくも苦々しい空気が流れる。
「このまま奴等の好きにさせてよいのか!?」
『否!』
『愚かな悪魔どもに神の鉄槌を!』
『頭のおかしい勇者に災いを!』
ジャッカルは満足気に頷く。
「我々に残された勝利への最後の手段は奇襲攻撃――電撃戦だ!」
神官達の間に小さくないざわめきが起こる。
「私とてこのような卑怯な手段しかとれないことが、どうしようもなく不甲斐なく、情けなく思う。どうかこんな私を許してほしい」
深々と頭を下げるジャッカル。
その伏せられた顔は――
『そんな!? 頭など下げないでくださいジャッカル様!』
『申し訳ありませんジャッカル様……我々が不甲斐ないばかりに……』
『我らが王よ! 全ては悪魔達が悪いのです! 我々に罪はありません!』
――どうしようもなく醜く歪んでいた。
「感謝する。我らは皆同じ志の元に集いし同朋。真に天界の将来を思う仲間である!」
儀式の間にいるものの士気が最高潮となる。
「神の敵――魔王国に住む悪魔達を打ち滅ぼすため、始まりの神器『主神の槍』の解放に取り掛かる!」
『おぉ!』
「――最終戦争だ! 魔王国の奴等を根絶やしにしてくれる!」
■
<エリア:魔王城、勇者自室>
日課である愛刀の手入れを終えた勇者は軽く伸びをする。
勇者がそろそろ風呂にでも入ろうかと考えていると、不意に扉がノックされた。こんな夜更けにいったい誰だろうか。
「ねぇウィル、私だけど。……いる?」
ノックの主は魔王だった。勇者は入室を促す。
「お、お邪魔します」
魔王はしばし勇者の部屋をキョロキョロと見渡すと以前とは異なり、ベッドではなく部屋の隅にある椅子に座った。
こんな時間にいったいどうしたのだろうか。
「……あのね、明日の建国祭なんだけど、もしよかったら一緒に見て回らない?」
建国祭――前魔王ゼベルが魔王国を設立した記念日であり、その日は国を挙げての祭りが開かれるという話だ。
そういえばネコスケも新技を開発すると言っていたな。
特に他の予定がない勇者は快諾する。
「やった! もう約束したからね? 絶対に破っちゃだめだからね?」
何をそれほど興奮しているのだろうか。
勇者は決して嘘はつかない。自身に利益がある場合はまた例外となるが、基本的には嘘はつかない。
勇者はしっかりと了承したと魔王に伝える。
「よかったぁ……。安心したら、気が抜けちゃった。今日は遅いし、もう寝るね。おやすみ、ウィル」
「あぁ、おやすみ」
魔王が退出した後に、勇者も明日の準備を済ませて床についた。
■
<エリア:魔王国、魔王の間>
建国祭当日ということもあって、今日の会議は手短に終わった。
「今日の仕事はこれで終わり。魔王国は今大変な情勢だけど、こんなときだからこそ楽しむときは目一杯楽しみましょう! では解散!」
職務から解放され、幹部一同が皆思い思いに伸びをする。勇者もまた例外ではない。
「ね、ねぇラピス! ボクと一緒にお祭りに行かない?」
「……いいわよ」
「だよねー……って、え? ほ、ほんとにいいの!?」
「ふ、ふん。勇者様に断られちゃったから、あんたはその代わりよ、代わり!」
「あ、そうだよね……」
テオドールは目に見えて消沈する。
勇者は首を傾げる。ラピスに建国祭に誘われた記憶など勇者にはなかった。
その反応を見て事情を察した魔王が勇者に耳打ちする。
『ふふふ、ラピスは本当はテオドールのことを悪く思っていないのよ。ただちょっと素直になれないだけでね』
確かにあの二人は、どことなく波長が合っているような気がする。いわゆる『お似合い』というやつなのかもしれない。
「ねぇラピス、本当はテオドールのこと大事に思ってるのに、そんなつれないことばかり言ってると逃げられちゃうよ? テオドールが天界軍に深手を負わされたとき、単騎で天界に乗り込んで行ったのは誰だっけ?」
「なっ、それは!?」
なるほど、あのときの鬼気迫る迫力にはそういった理由があったのか。
「そ、そうなの?」
「勘違いしないでよね! 天界のやり方があまりに卑怯だったから、灸を据えてやっただけよ! べ、別にあんたのためなんかじゃないんだからっ!」
「ありがとう、ラピス!」
「もう! さっさと行くわよ!」
「あ、ちょっと待ってよー」
なんだかんだで良いコンビである。
「では、魔王様。私めは一足お先に祭りに参加してまいりますぞ。私の使役している魔獣たちも羽を伸ばさせてやりませんといけませんからな!」
大臣は一礼した後に鼻歌交じりに祭りへと向かった。ずいぶんと上機嫌なようだ。
「大臣はああ見えてお祭りが好きなのよ。毎年この日は、魔獣達と一緒に一日中大騒ぎしているわ」
申し訳なさそうに、メフィストが手を挙げる。
「……魔王様、私も失礼いたします」
「へぇ……メフィストは誰と一緒に?」
「う……そ、そのアスフィ殿と……」
「えぇ、うそ!? いつ約束したの!?」
「せ、先日たまたまお会いしたときに……その、ちょっとありまして……」
ほうアスフィとメフィストか。なかなかに興味深い組み合わせだ。
そういえばアスフィが建国祭で花火を打ち上げるとか話していたな。
「それでは魔王様もお気を付けて!」
メフィストはそそくさと去って行った。
「皆行っちゃったね。……じゃあウィル、私達もそろそろ行こっか?」
■
<エリア:魔王国、城下町>
勇者は魔王と共に城下町へと繰り出す。
城下町にはところせましと屋台が並んでおり、人通りも平時とは比べ物にならない。街一帯が活気で満ち溢れていた。
「この日は相変わらず、すごい人の量ね」
魔王は見るからに上機嫌で、尻尾もフリフリと揺れている。
「あ、りんご飴! ウィル、一緒に食べよ?」
勇者は一つ頷き、屋台の主人に金を渡す。
「りんご飴を二つ売ってくれ」
「はいよ、勇者殿。お、これは魔王様……お二人で仲のいいことで」
屋台の主人が微笑ましいものを見るような目で二人を交互に見やる。
「いや違うから、これはこの街に不慣れなウィルを案内してるの! そういう意味があるとかないとかじゃないからね!?」
「ははは、わかっていますよ魔王様。ではお気を付けて」
魔王の去った後、城下町の民達が思い思いに口を開く。
『それにしても、一国の王が国民に紛れて祭り巡りとはなぁ……』
『それだけこの国が『良い国』ってこった。天界のように神官長ジャッカルが偉そうにしている国なんぞ、息苦しくてたまらんさ』
『しかし、魔王様は、あぁ見えてうっかり屋なところがあるから心配だよ……』
『なぁに大丈夫さ。儂にはあの頭のおかしいのの隣以上に安全な場所なんぞ想像つかん』
『ははは、そりゃ違いねぇわ』
魔王は少し早足で歩き、少しして勇者の方へ振り向いた。
「困っちゃう……よね?」
なぜに疑問形なのだろうか。勇者は魔王の問いに苦笑で応える。
それよりせっかく買ったりんご飴を食べないのだろうか?
魔王は忘れていたとばかりに小口を開けて、りんご飴をカリカリとかじる。
「あ、おいしい。おいしいよ、これ!」
勇者も一口ガブリとかじる。ふむ、確かにおいしい。りんごに絡められた飴がぼどよく甘く、りんごの新鮮なみずみずしさと合わさって非常に美味である。
「じゃあ次はどこに行こっか?」
その後も勇者と魔王は輪投げ、ボールすくいなど様々な出し物を楽しんだ。その途中で見かけた悪魔達は、みんな笑顔だった。
屋台の出し物にはしゃぐテオドールとそれを嗜めつつも楽しそうなラピス。
見るからに緊張しているメフィストといつも通り明るく笑っているアスフィ。
使役している魔獣達と飲めや歌えやの大宴会をしている大臣。
この日のために磨いた芸を披露し、観客からの声援を一身に受けているネコスケ。
屋台で獲ったのであろうお面をかぶり、笑顔で走り回る子ども達。
酒を片手に肩を組みながら街中を千鳥足で歩く大人達。
天界と戦争中という緊迫した状況下にありながら、今日という一日は皆笑っていた。楽しむときは目一杯楽しむ。魔王の言っていた通りこれは必要な息抜きなのだろう。
「あー、今日はいっぱい遊んだね!」
日も暮れ、建国祭も残すは打ち上げ花火のみとなった。例年、建国祭では花火を打ち上げているらしいおり、今年度はアスフィ特製の花火を使用するとの話だ。勇者としてもこの祭りのメインイベントとして非常に楽しみにしている。
「少し早いが、花火を見る場所に移動しようか」
「ふふ、私、特等席知ってるんだ。ウィルには特別に教えてあげるね」
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