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ツナギトメルモノ

作者: 君津 塵

80パーセントは真実。20パーセントはファンタジックストーリー。

実は本当にある話かもしれない。

寒い夜だった。当直室の硬いベッドに横になり少しでも身体を休めようと目を閉じていた。眠ろうとしても眠れない。耳を澄ますと救急車のサイレンの音が聞こえるような気がする。だがここは救急病院ではない。救急指定だけは標榜しているが、実際には救急患者の受け入れは無理だ。救急医療には人手がかかる。医師一人では絶対に不可能だ。救急患者の取り扱いに慣れた数人の看護師、臨床検査技師、放射線技師それに待機している各科の医師。これらの人員が揃っていないと、助かるはずの患者も助からない。過去に勤務した地方の中核病院ではこれに近い状態で救命救急センターの当直をさせられていた。「させられていた」というのは自分から望んでしていたのではないからである。救急車で搬送されてきた患者で、助かりそうなものには知力と体力を振り絞って対応したが、努力の甲斐なく、銀の紐が薄くなり消えてしまうものも多かった。

意識のない患者が運び込まれるとその人と同じ形をした影が部屋の天井付近の隅に見えていた。救命出来るものは身体から伸びる銀の紐が太く、はっきりしていたが、救命できないものはこれが薄く、今にも消えそうになっていた。最初のころは消えそうな患者にも手を尽くしていたが、まったく無駄だった。わかっているからといって何もしないわけにいかなかったので、こういった患者に対しては周囲に努力しているように見せる術を身につけた。

物心ついたときから見えていたことは覚えている。死にそうな人間の上方に同じ形をした影のようなものが浮かんでおり、銀の紐で身体とつながっていたのだ。最初は不思議に思ったが、祖父が死んだときにこの銀の紐が薄くなり消えて行くのを見て、その意味が理解できたように思えた。これがシルバーコードと呼ばれていることも知った。小さいころは変な子供と思われていたが、やがて人には悟られないように振舞うようになった。銀の紐のことが知りたくて図書館でいろんな本を読んだが、心霊関係や宗教関係の本に記載されているだけだった。この紐が人間の魂と肉体を結ぶ重要なものであることはわかったが、どうやれば消えるのを防げるのかがわからなかった。

あるとき交差点で自動車とオートバイが衝突したのを目撃した。オートバイの運転者は吹っ飛んで地面に叩きつけられた。すぐに身体から影が分離して浮かび上がり、銀の紐が伸びたが、突然ぷつりと切れた。救急車がすぐにやってきて運んでいったが、ほぼ即死だと思った。人間の力でこの紐をつなぎとめることができるのか知りたくて、医師になろうと思ったが、若いころはそれなりに葛藤も多く、かなり回り道をしてようやく地方大学の医学部に入学できた。学生時代も銀の紐のことは誰にも話さなかった。似たような話は誰からも聞いたことはなかった。病院での実習が始まると、各病室の隅々に浮かんでいる姿がいくつか見えた。治療がうまく行っているらしい人の紐は太くてはっきりしており、意識が戻って元気になり退院間近の人では身体に戻ったらしく、浮かんでいなかった。

この病院では病室全部の隅に患者の影が浮かんでいる。銀の紐は細く薄い。ここは療養病床が中心であり、たいていがいわゆる寝たきりで意識のない患者である。つまりは大部分が死を待つだけの人間の集まりである。



枕元においていた院内携帯電話が鳴った。

「西病棟ですが、608号室の患者さんの血圧が下がっています。お願いします」

飛び起きた。

「血管確保は?ドパミン(昇圧剤)投与の指示は?」

「血管は確保してあります。ドパミンの指示は出ています」

「じゃ指示通りに始めて。すぐに行く」

ドパミンの指示が出ているということはDNR(do not resuscitationの略で、蘇生術不要の意味)ではないということだ。

ベッドから降りて靴を履き、ケーシーの白衣の上に長袖の白衣を引っ掛けて当直室を出ると長い廊下を走った。冬の廊下は寒い。吐く息が白く後ろになびく。

病棟詰め所には誰もいなかったので、明かりのついている病室を見つけて中に入った。

ピッ ピッ ピッ と心電図モニターの音が響く。

「血圧は?」

「今70と45です」

「ドパミンは?」

「4です」

「8に上げて」


部屋の隅を見ると、浮かんでいる。銀の紐は細く、薄く今にも消えそうである。


(昇圧剤のドパミンは微量注入ポンプで1時間1mlから注入を開始する。1時間5mlくらいまでなら腎臓の血流もよくなって尿がたくさん出るが、それ以上、特に1時間20ml以上になると血管が収縮して血圧を上げるだけで、尿の出具合が悪くなる)


心電図モニターのアラームが突然鳴り出した。見るとモニターは心室細動を示していた。


(心室細動になると心臓がプルプルふるえるだけで、ポンプとして血液をうまく送り出すことができなくなるので、心臓マッサージをしないと死んでしまう。)


「おっと、いけない。心マッサージ!」

胸骨剣状突起より少し上(頭側)に左手の掌底を当てその上から右手を添えて指を絡め、両肘を伸ばし、心マッサージを開始した。肘を曲げないのが鉄則だ。バリボリと肋骨の折れる音がするが、年寄りの場合は仕方ない。

「除細動器を持ってきて!なければAEDでもいい!ついでにアンビュバッグも!」

あわてたナースのひとりが詰め所にとりに行っている間、ある歌謡曲を頭の中で口ずさみながら心マッサージを繰り返した。この曲のリズムが1分間100回にちょうどいいのだ。本当は人工呼吸も必要だが、短時間ならば心臓マッサージだけでも何とかなる。


(除細動器というのはAEDと同じく電気を流して心室細動などの心臓の電気的異常をリセットする道具。これを使うときに患者に素手で触れていると感電する)


「酸素飽和度は?」

「90です」

鼻カニューラで酸素が流してあった。90ならそこまで悪くはない。


(酸素飽和度とは血液の中の赤血球のヘモグロビンがどれだけ酸素と結びついているかを手足の指の爪のところで測定して得られる数値で、大体92%以上あれば正常範囲。普通の人は99~100%)


「持ってきました。」

AEDしかなかったようだ。心マッサージをやめると相変わらずモニターは心室細動だった。

アンビュマスクで鼻と口を覆い、左手のおや指とひとさし指でマスクを押さえ、小指とくすり指を患者のあごに引っ掛けて固定した。右手でバッグをつかみ、握って離すのを繰り返す。麻酔科医はこの動作を「揉む」というらしい。バッグに酸素のチューブをつなぎ、最大量を流す。この間もう一人が再び心マッサージを再開していた。

「パッドを開いて胸に貼って」

ナースがAEDのケースに入っていた電極パッドの袋を破って電極を取り出し、保護シートをはがして一枚は右胸の上に、もう一枚は左胸の横に貼り付けた。貼り付ける場所はパッドに印刷してあるので間違えようがない。

心マッサージをやめて、心電図モニターの電極をはずし、AEDのスイッチを入れると、音声が指示する。

「身体から離れてください。心電図を調べています。電気ショックが必要です。充電しています。点滅スイッチを押してください」

AEDは親切だ。AEDの声のままにスイッチを押した。

患者の身体が一瞬跳ね上がる。

「身体から離れてください。心電図を調べています。電気ショックは必要ありません。心マッサージを続けてください」

モニターの電極をつけると正常洞調律に戻っていた。一発でうまくいった。


(正常洞調律とは、心電図で見られるP波、QRS波、T波の一連のつながりが、規則正しく繰り返されることで、心臓の洞結節というところから電気信号が出て、この信号が心室という分厚い心臓の筋肉に伝わり心臓がうまく働くリズミカルな動きのこと)


自発呼吸が再開していた。

「血圧と酸素飽和度は?」

「血圧は100、酸素飽和度は94です」

「酸素はマスクで5L(1分間に5L)流して。家族に連絡は?」

「心臓が止まってから連絡をしてくれといわれていますので、まだしていません・・・」

薄情な家族が多くなってきた。

ドパミンが効いてきたのか、心拍が90台になっていた。


部屋の隅を見上げると、銀の紐はさっきよりもやや太く、はっきりと見えるような気がする。


「しばらくは大丈夫かな」

夜中の2時過ぎでもあり家族からの申し出があったということなので電話はしなかった。ここは療養病棟で、たいていの患者は寝たきりで意識もないので、完全な救命とまではいかなくても、朝までの時間稼ぎのために一応の救命処置を行っているのだ。

カルテに所見と処置内容を記載して、

「点滴にリドカインを追加しておくから、投与速度を間違えないように」

リドカイン2000mg入りの200ml点滴バッグを処方して処方箋をナースに手渡した。

以前は1000mg 10mlの点滴用アンプルがあったのだが、100mg 5mlの静注用アンプルと間違って使われることがあって死人が出たために生産中止となったのだった。そのため2000mg入りの点滴用製剤が使用されるようになった。

「1時間10mlの速度で点滴して」

1時間10mlつまり100mgで1分間約1.7mgの維持量になる。心室細動はある程度抑えられるだろう。


(心臓の不整脈の薬の中でリドカインは定番のひとつ。心室性期外収縮という不整脈を抑えるのによく使われる)


久々の心マッサージで汗をかいてしまった。冷えて風邪をひくといけない。

「ちょっと着替えてくるよ。変化があったら連絡して」

ナースに声をかけて再び寒い廊下を医局へと向かった。


廊下を歩いていくと向こうから黒ずくめのすらりとした女性が歩いてきた。通りすがりに声をかける。

「こんばんは」

「・・・」

ぞくぞくしてきた。早く着替えなければ。

急ぎ足で階段を上がり、ロッカールームで下着のシャツを着替えてとなりの医局に入った。

さっきの女性が立っていた。

「あの、関係者以外立ち入り禁止なんですが」

「・・・」

医局のパソコンや金目のものを狙った病院荒らしが時々ニュースになるが、ここではまだ被害にあっていない。遂にやってきたかと思ったが、病院荒らしにしては様子が違うようだ。

暖房が入っているのに背筋がぞくぞくする。やはり風邪をひいてしまったか。

「やはり我が姿が見えるのか?ほほう」

「見えるのかって、いったいどういうことです」

「座ってもよいか?」

「・・・」

応接用のソファーに座ってしまった。

「これが見えるか?」

差し出された手を見ると、どこから現れたのか太い鎖が載っている。

「鎖?」

「ほう、見えるのか。意外と重いぞ、これは」

細くて長い白い指にそぐわない太い鎖を眼で追ってゆくと、鎖の先はドアの外に続いている。

えっ、ドアの中から鎖が生えてる?

「どういうことだ?あなた何者です?」

暖房がはいっているにも関わらず、寒さで身体ががたがたふるえてきた。研究室の極低温室に入っていたときのことを思い出した。今にも吹雪が吹いてくるような感覚にとらわれる。

「ふたりの者を貰い受けに来た。小澤某と千石某。ここに入院中であろう」

「小澤というと・・・、さっきの患者?」

カルテの名前を思い出した。

「寝たきりだし、さっき不整脈で死にかけたから今は動かせないな」

変な言葉遣い、というか古風な、まさか・・・

「まさか、死神?」

夢でも見ているのか?たちの悪い夢だ。

「ほぼ正解じゃ。褒美は何がよいか?」

白く整った顔がニイッと笑った。

「冗談じゃない。さっき落ち着かせたばかりなのに」

寒気と妙なシチュエーションで一瞬頭が混乱してしまった。

あまりに寒気を感じるので、熱いコーヒーでも飲もうと思い、食器棚からコーヒーカップを取り出した。カップにドリップ型のコーヒーパックを載せようとしたが、手がふるえてパックがうまくカップにはまらない。何とかカップに載せて電気ポットからお湯を注いだ。

インスタントのドリップコーヒーは何度かお湯を注がないといけないが、1回のお湯が多すぎると挽いたコーヒー豆があふれてカップに流れ込むので、焦ってお湯を入れてはいけない。

「いただけるかな?」

ふるえる手でもう一杯コーヒーを入れた。手はふるえたが、コーヒーを入れるという決まりきった行動で少しふるえが弱まった。

熱いコーヒーで少し身体が温まり、気持ちが少し落ち着いた。改めてよく見ると、漆黒というのだろうか、黒い長い髪に白い整った顔、若干大きめの目に引き締まった薄い唇。ほぼ完全に左右対称だ。左右対称な人間なんて本来はいないはずだ。年齢不詳。見かけは若く見えるが、実際は違うようだ。着ているものはこれも漆黒のスーツ、いやローブというのか。洋服のデザインには疎いが、あまり現代っぽくないように見える。生地は何だろう?光沢はあるように見える。シルクか?

「さっきの患者は確かにあまり長くはもたないとは思う。しかしもう一人は状態が悪いとは聞いていないなあ。ところで今まで死神なんて見たことなかったが、どうして今頃現れたのです」

「あまり驚かぬようだな。死者かかなり霊感の強い者でなければ我らのことは見えぬし、ましてやこの鎖は見えるはずはないのだが」

「まさか過労死してたっていう落ちじゃないだろうな。まあ昔から他人には見えないものが見えていたからそのせいかな」

ドアから生えているような鎖が気になった。

「あの鎖はどこにつながっているんです?」

「見せてやろう」

コーヒーカップをテーブルに置いて、両手で(ジャラジャラと音まで聞こえる)鎖を手繰り寄せると、ドアから何と長い箱が出てきた。

「おっ、これは棺おけ!これに魂を入れて連れて行くのか!どうやって魂を捕まえるというか、この棺おけにいれるんです?」

「この鎌を使う」

右手をさっと振ると大きな鎌が現れた。

「それで銀の紐を切るのか」

「帯が見えるのか。寿命の尽きた者では帯は消えてしまうが、何らかの要因で消えるべき帯がまだ消えておらぬ者では、この鎌で帯を切ることもある。死んだ直後は魂はまだ居心地のよい肉体の近くにとどまっており、なかなか離れようとせぬ。人間界では死後に火葬にすることがあるであろうが。ああすることで魂がうまく肉体から離れる。土葬の場合は肉体が朽ち果てるまでとどまっていることがあるゆえ、墓の周りに自縛霊として見えることがある。我らが迎えに来ぬときはこのようなことが稀に起こる」

「人が死ぬときには必ずあなたが連れに来るんですか」

「必ずというわけではない。昔の人間は三途の川を渡ってあの世へと行くことを知っておったので我らが出向くまでのことはなかったが、おのれが死したことを理解できていない状況では我らが出向いて連れて行く」

「ところで死神というと、骸骨の姿とかもっと恐ろしげに見えるものかと思っていたんですがね」

「おのれが何を見たいかによってわれらの姿は異なる。同様におのれが何を聞きたいかによって聞こえるものも異なる」

じゃオレが女の人を見たいと思っていたから女の人に見えるというのか?

「魂はどこに連れて行くんです?」

「人間の言葉で言う幽冥界である」

「幽冥界?ところで天国ってあるんですか?」

「在るとも言えるし、無いとも言える」

禅問答みたいだ。

「おぬしに我が姿が見えるようであったので少し寄り道したが、そろそろ行かねばならぬ。馳走になった」

「今からさっきのふたりを連れて行くんですか?」

時計を見ると3時前だった。

「困るなあ。今ふたりも連れて行かれると夜勤ナースはバタバタするし、死亡診断書書いたり、家族呼び出したり、葬儀社に連絡して引き取りに来るまで待たなくてはならないし、いろんな方面に迷惑がかかるので、さっきの褒美ということで夜が明けるまで待ってもらうわけにはいきませんか?」

「われらの采配について知っておるのか?」

「采配って何のことです?」

「われらが出向く場合は、連れて行く刻限は任されておる」

「じゃ朝まで連れて行くの待ってください」

「よかろう。ではここでそのときまで休ませてもらおう」

「聞きたいこともあるし、コーヒーもう一杯いかがです?」

「いただこう」

ブルーマウンテンブレンドがあったので、お湯を注いで2杯入れた。冷蔵庫を開けると袋に入ったドーナツがあったので、食器棚から大きめの皿を出してきてドーナツを載せた。

腹が減ったのでドーナツをかじったが、死神もドーナツに手を伸ばした。


結局オレは朝まで医局でこの死神と話をしていた。目がさえて眠れなかったし、昔から見えていたものが本当は何であるかを聞きたかった。死神から聞き出したことで今までの疑問がかなり解けた。またあの世のことが想像とまったく違っていたことが驚きだった。死神は朝8時半にオレとともに病棟に赴いた。オレは睡眠不足で少しフラフラしながら死神について行ったが、他の人間には本当に見えていなかったようだ。コーヒーはうまそうに飲んでいたし、コーヒーカップもちゃんと手に持って口に運んでいたが、朝早く医局に出てきた他の連中にはまったく見えていなかったようだった。ただコーヒーカップが二人分置いてあったことに怪訝そうな顔はしていたが。死神は廊下や病棟では、人やドアをすり抜けて歩いて行き、ついて行くのが大変だった。オレが蘇生させた患者の病室では死神が入っていくと今にも消えそうだった銀の紐がさらに薄くなり、消え去ったので、あの大鎌をふるって患者の身体の上に浮かんでいた影を棺おけに押し込んだ。そのときに死神はオレに向かって、

「おぬしのわざもまんざらではないな。消えるはずの帯を少し保たせていたぞ」

と無表情に言った。

もう一人の患者の部屋では銀の紐はすでに消えており、部屋の隅に浮かんでいた影を大鎌で棺おけに押し込むだけだった。

オレは昨夜の患者のところには、ちょっと様子を見に来たという感じで顔を出してその様子を見守り、もう一人の患者のところへはちょっと隣の患者を診に来たふりをして顔を出した。二人分の霊体を入れた棺おけを重さのない箱のようにひっぱる死神は昨晩すれ違った廊下のところでオレのほうを振り向くと、

「いずれまた」

と言った。ゆうべはその存在に気が付かなかった凝った作りの門が開き、死神は棺おけを引きながらその中に入って行った。死神がその中に入ると門は閉じ、その門もかき消すように消えた。

いずれまたって、次に会うときはオレが死ぬときだろうか?

考えても仕方ない。オレたち医師は当直の翌日も休みはもらえないので、今から受け持ち患者の回診をしなければならない。

病棟に戻ってみると霊体(魂)が離れた患者はそれからまもなく心拍動がゆっくりと遅くなり、血圧が下がってきた。主治医がそれぞれ出勤してきたところで、ナースが家族に連絡を入れた。しばらくして家族が到着し、心拍が停止した。それぞれの主治医が死亡を診断し、いい旅立ちをしたように見えた。


相変わらずの日々が続いていたが、死神から聞いた事が胸の中のもやもやをある程度解消していた。しかしオレのモチベーションは上がりもせず、下がりもしないままだった。そこへ市内の病院から寝たきり患者の受け入れ要請があった。自分からは積極的に動こうとはしないが、こうやってある程度無理やり働かされたほうがあまり考えなくていい。電話でのやり取りがあって転院の日時が決まり、患者がやってきた。65歳の女性。2年ぐらい前から徐々に会話の受け答えが遅くなり、歩くときに小刻みとなり、だんだん歩きにくくなってきたらしい。そしてお決まりのように転んで大腿骨頚部骨折を起こし、手術は受けたものの寝付いてしまったようだ。寝付いてしまってからは尿便失禁の状態となり、食事も摂れなくなって腹壁から胃に通した胃瘻チューブで流動食を流し込んで命をつなぐようになった。何箇所かの専門医を受診したが、多発性脳梗塞(脳の小さな動脈がいくつか閉塞したもの)などによるパーキンソン症候群(パーキンソン病と同じ症状を示すが、パーキンソン病の薬がほとんど効かないもの)と診断されたりしていたようだ。まだ影は身体から分離していない。

診察をしてみると、意識は覚醒状態であるが、名前がかろうじて言える程度であった。検眼鏡を用いて眼底を見たが、うっ血乳頭はなかった。瞳孔は左右同じ大きさで、眼球運動はほぼ全方向に良好。頚部は軽度に硬さがあった。四肢は下肢優位につっぱりがあり、痙直といわれる状態だ。両方の足が膝を伸ばしたまま鋏のように交差している。四肢の腱反射は全体的に高かったが、特に下肢で亢進しており、片方の手で膝を軽く屈曲させてもう一方の手で足先を頭のほうに押し上げると、何度も下方に足くびが動く足クローヌスがみられた。上肢の自分で動かす随意運動は可能であったが下肢は随意運動は不可。両側の脛の筋肉である前脛骨筋の筋萎縮が見られた。

転院してきたその日には何とか受け答えができていたが、数日でまったく無反応となり、病室の隅に影が浮かぶようになった。ただし銀の紐はまだはっきりしている。また、他の寝たきり患者では影もぼんやりして見えるのだが、この患者の影は姿かたちが結構はっきりしている。何よりも訴えかけるような目でこちらをじっと見つめているし、他と違ってはっきり見える銀の紐が気になった。検査に金がかかるので家族の了解を得て頭部CTスキャンを撮ってみた。とはいっても外国に比べてわが国では10分の1の値段なので、家族の負担はたいしたものではない。寝たきりの患者で意思疎通ができなくなっている場合、CTで見える脳はかなり萎縮して(縮んで)いることが多い。しかしこの患者では脳は萎縮しておらず中にある脳室が拡がっていた。放射線科のコメントでは水頭症の状態だという。脳は頭蓋骨の中で髄液という液体の中に浮かんでいるが、この髄液は脳室の中にある脈絡叢という組織で作られる。そして脳の下方に向かって流れ、中脳水道という狭い管状の通り道を経て4番目の脳室にある開口部から脳の外に出る。この髄液の流れが途中で止まると脳室の中に髄液がどんどん溜まってきて脳室が大きくなり水頭症という状態になる。成人の脳は硬い頭蓋骨に入っているから、こうなると脳は中から髄液で押されて頭蓋骨で拡がるのが阻まれて、この両者で圧迫されてしまう。そうなると脳の中を流れる血管も圧迫されてしまい血液も流れにくくなる。血液が流れにくくなると脳は酸素がもらえず、さらに機能が低下してくるので、意識がボーっとなったり、手足が動きにくくなったり、尿失禁を生じたりして最後は寝たきりの状態になってしまう。普通に考えると、髄液の流れが邪魔されて水頭症が起こるのだと思ってしまう。これが閉塞性水頭症だ。それならば脳や脊髄を横にも縦にも切ったように見ることができるMRI検査を行えば髄液の流れを邪魔するものが見えるのではないかと思われる。簡単なことのようだが、毎日の雑事の合間にこれらのことを考えて検査計画を立てたり、家族に連絡したりするので物事は遅々として進まない。この国の医師は外国とは違って医学のことだけ考えていればいいのではなく、医師じゃなくてもできる書類書きやくだらない雑事も押し付けられているのだ。再び家族に連絡をとり、MRI検査を行った。中脳水道はきちんと開いており、髄液の通り道を邪魔するようなものは見られなかったが、右の聴神経の出口のところに腫瘍が見つかった。聴神経が脳から出て頭蓋骨を通過する聴神経孔に入り込んでいるので、聴神経腫瘍と考えられる。文献検索システムで聴神経腫瘍と水頭症をキーワードにして掛け合わせると、いくつかのレポートが出てきた。髄液は脳室で作られて、中脳水道などを通って脳の外側に出ると、脳や脊髄の周囲を循環し、脳の上の方にあるクモ膜顆粒という小さな粒のようなところから上矢状静脈洞という大きな静脈に流れ込んで体中をめぐるようになる。聴神経腫瘍などの腫瘍はその表面から細胞やたんぱく質が剥がれ落ちて髄液とともにクモ膜顆粒に到達するが、液体ではないので、クモ膜顆粒の細かいフィルターに詰まってしまう。そうなると髄液は体循環に流れ込むことができなくなり、脳室の壁から無理やり脳の中を通って脳の中の静脈に流れ込むようにならざるを得ない。そうなると脳室が大きくなって水頭症となってしまう。閉塞性水頭症では髄液の通り道が何かに邪魔されて急に流れなくなるため、頭蓋骨や脊椎などの骨で囲まれた空間の中の圧力が高まることが多いが、聴神経腫瘍の場合はゆっくりとクモ膜顆粒の目詰まりが生じるので、圧力が高まることはなく、正常圧水頭症と呼ばれる。

隣のベッドにも寝たきり患者がいるが、このところ銀の紐が細く薄くなってきた。

ある当直の夜、医局でコーヒーを飲みながら本を読んでいると、急に気温が下がったように感じた。前に誰かが立った。ふと顔を上げると、黒ずくめの女性が見下ろしている。

「あっ」

「再び参上することになった故、おぬしがおるかと寄ってみた」

「今回は何人ですか?」

「一人である」

時計を見るとまだ9時半だ。

「じゃ今からいきますか」

「よいのか?」

「今の時間ならまだ大丈夫ですよ」

そのとき院内携帯電話がなった。

「西病棟ですが、610号室の安住さんの脈が止まりそうです」

「わかった。すぐに行く」

先日入院したあの患者の隣だ。

「行きましょう」

死神と連れ立って病棟まで行った。

心電図モニターがつけてあったが、心拍数は1分間に15となっていた。

天井近くの影につながった銀の紐はもう見えない。じきに止まる。

心拍が0になった。5分ほど見ていたが、完全に止まっている。

「午後9時40分、ご臨終です」

誰に言うともなく宣告した。

「家族に連絡して」

ナースが詰め所に行ったところで死神を振り返ると、大鎌で天井に浮いた影を棺おけに入れていた。

「次は隣か」

死神がポツリともらした。

死神が帰った後に家族が到着し、型どおり午後9時40分に臨終だったことを告げた。霊柩車が到着し、11時前には見送りも終了した。

死神の言葉が気になった。あの患者も死亡リストの予定に入っているということか。銀の紐は確かに心もち細くなってきているようだった。

その晩はそれ以外何事もなく、眠ることができた。

翌朝、聴神経腫瘍の患者の家族に電話し、腰椎穿刺と脳槽シンチグラム検査をしたいことを説明した。脳腫瘍を見つけたことで家族は協力的になっていたので、検査計画を立てた。

腰椎穿刺というのは腰の骨のところから針を刺して脳と脊髄の周囲を循環している髄液を採取する方法である。脳槽シンチグラムは腰椎穿刺を行ったときにこの針から放射性インジウムを含んだジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)という薬を注入して髄液の循環を調べる方法である。正常人ではほぼ24時間で脊髄腔と頭蓋内から消え去って尿として体外に排泄されるが、正常圧水頭症ではこれが24時間以上頭蓋内に残るのである。残ったとしても放射性インジウムは半減期約3日なので人体に対する被曝はたいしたものではない。放射性インジウムはγ線を放出するので、ラジオアイソトープ(RI)検査機器で容易に検出することができ、時間毎にスキャンすると髄液の流れが画像で表されるのである。この病院にはRI検査室が備わっている。ずいぶん前の院長が放射線科の医師で専門分野がRI検査だったそうだ。


放射線技師に電話して、脳槽シンチを行いたいと話した。

「脳槽シンチですか?できますけど、ここではやったことがないですよ」

「水頭症の患者がいるんだけど、予約を入れられるかな?」

「わかりました。今日RIを注文しますので、届くのは2日後になると思います。届く前日に連絡します」

「ありがとう。頼んだよ」

翌日連絡が来た。

「明日RIが届きます。9時前に届きますが、何時から検査を始めますか?」

「じゃあ9時ごろから腰椎穿刺をしようか。RI室でいいかな?」

「わかりました。準備しておきます」


翌朝RI室で検査台の上に寝かされた例の患者を、ナースに手伝ってもらって左向きにして足を曲げ、背中を丸めた状態で保ってもらった。衣服の背中の部分を頭の方にずらして、テープでずり下がらないように固定した。両方の腰骨の上端を手で確認し、左右を結んだ中心にある背骨の突起の下のくぼみを親指のつめで押さえて×印が少し残るようにした。滅菌したピンセットで消毒剤のポビドンヨードに浸した綿球をとり、×印の中心から外側へ螺旋を描くように背中の皮膚を消毒した。2回繰り返し、殺菌力が最大となるように数分待ってから今度はハイポエタノールに浸した綿球で同じように消毒し、ヨード剤の色を落とした。ただし、一番端のほうは5mmばかりヨード剤の色を残してどこまで消毒したかがわかるようにした。滅菌したゴム手袋を両手につけ、使い捨ての滅菌した穴あき敷布を患者の背中にかけ体の上を覆うようにした。RI室にはある程度の暖房が入ってはいるが、こうすると患者も寒くないはずだ。メモリの記してある中空のプラスチック製の圧棒に三方活栓を取り付けて滅菌トレイに置いておく。5mlの滅菌注射器をとり、ナースに開けてもらった局所麻酔剤を注射器に吸った。23ゲージの細めの注射針を注射器につけ、ナースに声をかける。

「じゃ、今からはじめるので姿勢の介助をよろしく。背中が丸くなるように軽めでいいから首と膝を近づけるように押さえて」

一応患者に向かって声をかける。上に向かって声をかけると周囲から変に思われるので。

「吉田さん、今から麻酔の注射をしますから、少しチクッとしますよ」

患者は意識がないはずなのだが、頭上の影はじっと見つめている。銀の紐はまた細くなっている。

浅くくぼんだ×印の中心から2、3mm離れた場所に向かって皮膚とほぼ平行にすっと針を入れる。浅く入ったところで注射器の内筒を押して少し薬液を注入する。ツベルクリン反応の要領で、皮内に小さな盛り上がりを作る。皮内麻酔だ。×印の中心が盛り上がった。こうするとこの後皮膚に針を刺しても痛みを感じない。腰椎穿刺は痛いものだとみな思っているが、何のことはない、単に麻酔の方法がよくないだけだ。皮膚から針を抜き、今度は×印の中心に向かって背中に垂直に針を刺す。5mmほど針を進めては薬液を少しずつ注入する。この注射針では髄腔まで到達しないのだが、その途中を麻酔しながら、同時に脊椎の棘突起とその周囲の骨の突起の感触を探る。水先案内のようなものだ。局麻剤は1mlほど使用しただけで注射器を抜いた。滅菌ガーゼで刺入部をすぐに押さえる。注射器を滅菌トレイにいれ、次に腰椎穿刺針をとる。腰椎穿刺針は70mmのものと90mmのものがあるが、この患者はやせているので70mmを準備した。この針の中にはマンドリンという針が入っており、皮膚に刺してから髄腔に達するまでに内腔が詰まってしまわないようになっている。21ゲージや20ゲージのやや太目の針のほうがしっかりしていて使いやすいのだが、検査後に頭痛を起こしやすい印象があるので、オレは22ゲージのやや細めの針を用いている。23ゲージぐらいになると腰が弱くてフニャフニャした感じだが22ゲージなら何とか使える。マンドリンが先端まできっちり入っていることを目で確認し、穿刺針の根元を持って針先を皮膚についた刺し痕に当てる。垂直に少し刺入した後根元を両手のおや指とひとさし指で右と左からつかんで固定し、少しずつ針先を進める。皮下に入ってしばらく進めると棘突起同士を結ぶ棘間靱帯に針先が入った感触が指に伝わる。軽い抵抗感を感じながら針先をなおも進めるとコツッという感触で骨に当たった。ゆっくりと2cmばかり針先を引き戻し、針先を頭のほうに向けるように左右の指で針の根元を調整し、再び進めた。今度は骨に当たることなくスムーズに進んでさらに軽い抵抗感を突き抜けた。ここで針を進めるのを止めてマンドリンを抜くとゆっくりと透明な液体が流れ出てきた。一旦マンドリンを戻して、三方活栓を取り付けた圧棒を片手で取り、マンドリンを抜いてすばやく穿刺針に取り付ける。髄液の流れは穿刺針から圧棒の方向へと活栓を向けているのでゆっくりと髄液が圧棒の中を上昇する。100mmのところで液面が止まった。液面はゆっくりと拍動してみえる。心拍が伝わっているのだ。100mmならば正常範囲だ。

「初圧は100mmH2Oひゃくみりめーとるえいちつーおー

穿刺針と圧棒を左手で支え、右手で滅菌試験管を取り穿刺針に取り付けた側と反対側の三方活栓の開いた孔に試験管の口を当てる。ここで試験管を持った右手で穿刺針と圧棒も支えるようにし、三方活栓を左手で操作してまず圧棒の中の髄液を試験管に流す。全部流れ込んだら左手で圧棒をゆっくりとねじって三方活栓から抜き、滅菌トレイに置いた。今度は三方活栓をひねって髄腔の中の髄液が試験管に流れ出るようにする。ポタリポタリと髄液が試験管内に滴下する。

技師に尋ねる。

「RIはどれだけ入れる?」

「全量で5ccに調整しています」

5ml注入するので最低5mlは髄液を抜かないといけない。正常圧水頭症では髄液を排除するタップテストが推奨されているが、このためには髄液を20mlから30ml抜かないといけない。この操作で症状が少し軽くなることが多いと言われており、診断の目安になるという。5mlを注入するので、25ml抜くことになるようにするため、30ml排除することとした。滅菌試験管4本に髄液を採り、4本目の試験管を三方活栓の口から離して手早くトレイに置き、技師からRIの入った注射器を受け取った。注射器は普通の注射器がタングステンでできた入れ物に入っている。注射器内の薬液から出る放射線をタングステンが防ぐのだ。右手で受け取ったので、この時点で右手は不潔になっている。間をおかずに注射器の先端を三方活栓に差し込むと右手のおや指で注射器の内筒をゆっくりと押し、RIを髄腔内に入れる。注入し終えたら穿刺針にもRIが付着しているため、注射器をくっつけたまま穿刺針を患者の体からすっと引き抜く。同時に左手で滅菌ガーゼを取って刺入部を押さえる。注射器と穿刺針はRI用のトレイに入れる。RIの付着したものは放射線管理区域外には原則的に持ち出せないのだ。ガーゼを絆創膏で固定し、消毒の周囲に残っていたヨード剤の色をハイポエタノールでふき取り、ガーゼで拭いて衣服を元のとおりに戻した。後は測定だけだ。

技師が言う。

「今9時40分ですから2時間後の11時半ごろに来てください。2時間後の測定をします。その後は午後3時半ごろに6時間目の測定をします。後は明日の9時半とあさっての9時半で終わりです」

「72時間目も測定してほしいんだが」

「72時間までやりますか。いいですよ。じゃあしあさっての9時半にも来てください」


RIは脳室内まで逆流しており24時間、48時間、72時間すべてで脳室内の残存が証明された。結論として髄液の流れが障害されていることが判明した。また髄液の蛋白が増えており、正常では40mg/dlまでのものが150mg/dlに増加していた。細胞数や糖に異常は見られなかった。

タップテストで髄液を多めに抜いたが、患者はまったく変わらない。でも脳槽シンチの結果から正常圧水頭症は間違いないようだ。ただし、聴神経腫瘍に伴うものなので、続発性正常圧水頭症という診断になる。さて、次のステップをどうしようか?当然聴神経腫瘍が原因と考えられるので、これを取り除かねばならない。ここでは脳腫瘍の手術は不可能だ。脳神経外科のある総合病院は何箇所かあるが・・・ 手術後の受け入れを再び行うということで大学病院の脳外科に頼んでみるか。

患者家族に検査の結果を説明し、症状の経過と検査結果を持たせて大学病院の脳神経外科を受診してもらった。手術後の受け入れを行うことがよかったらしいが、あっさりと手術が決まった。

数日後、介護タクシーに家族とともに乗せられた患者は、大学病院に転院していった。

2週間後、無事に手術を終えた患者が帰ってきた。影が消えていた。体に戻ったようで、患者の表情が出てきていた。脳外科の報告書では聴神経鞘腫という種類の良性腫瘍だったようだ。

朝の回診を終えて詰め所でカルテに記載していると

「吉田さん、手術してから言葉が出るようになりましたね」

とナースが言った。

「えっ?言葉が出た?」

さっきこの患者のところに行ったときは、目でじっと追うだけで口を開こうとはしなかった。もちろん影は体内に戻っているようだったが。

病室に再び行って、

「吉田さん、おはようございます」

「おはようございます」

「言葉が出るようになったのですね。よかったですね」

「はい、おかげさまで。いままで眠っていたような気がします」

それからは早かった。

寝たきりだったことが嘘のように、動けなかった状況は薄皮をはぐように消えていった。

毎朝回診に行くと、感謝の言葉がかけられる。最初はこちらもいい気で聞いていたが。毎回になるとうっとうしくなる。だんだんと手足の随意運動が可能になってきたので、

「そろそろリハビリテーションを開始しましょうか」

「また立てるようになるでしょうか?」

「足の筋肉が細くなっていますから今すぐには難しいですが、訓練しだいでは立てるようになると思いますよ」

リハビリテーションの処方箋を書き、理学療法士に電話をしてリハビリテーションの開始を依頼した。

翌日からリハビリテーションが開始された。まずはベッド上での手足の運動訓練から始まって、数日でベッド上に座ったままでいる坐位保持が可能となってきた。こうなってくると周囲が寝たきり患者ばかりの病棟では会話をする相手に不足するだろうと思ったことと、理学療法室まで離れすぎていることもあって、亜急性期病棟に病室を変更しようとしたが、本人がこのままでいいと言ったため病室は変更しなかった。1ヶ月ほどでつかまり立ちができるようになったので、退院してさらにリハビリテーションのできる施設に移って行った。この病棟から退院するときは皆彼岸に逝ってしまうのだが、生きてそれも元気に退院していくことは珍しい。家族の「お世話になりました」という言葉も、通常とは意味が違っている。退院のときにドリップコーヒーの詰め合わせセットをもらった。中のブルーマウンテンブレンドだけをありがたくもらって、残りは詰め所のナースに配った。

脳腫瘍の患者がいたときにはそれなりに変化があったが、いなくなればまたもとの日常だ。病室の天井近くにはいつものごとく影が浮かび、銀の紐はまだはっきりしているのもあれば細く薄くなっているものもある。見える力が強まってきているのか、あるいは慣れてきたせいかもしれないが毎日観察を続けていると次は誰かがおおよそ見当がつく。自分の担当でそろそろ旅立ちが近い患者がわかってきたので、当直を交代した。その夜いつものごとくコーヒーを飲みながら本を読んでいたら、冷気とともに死神がやってきた。10時過ぎだった。

「お待ちしてましたよ。コーヒーを飲んでいきますか?」

「わかっておったのか。ではいただこう」

引き出しの奥に隠していたブルーマウンテンブレンドのインスタントドリップコーヒーを取り出し、90度に保った電気ポットのお湯を注いだ。

「しばらく前にも味わったが、人間の飲み物もなかなか捨てたものではないな」

コーヒーを飲み終えた死神が感想を述べた。

絶妙のタイミングで院内携帯電話がなった。

「西病棟です。615の市川さんの脈が止まりそうです」

「了解。すぐ行く。」

電話を切ると、

「じゃ、行きましょうか」

死神を促して医局から出た。

病室に着くとまさに銀の紐が消えようとしていた。

1分とたたずに銀の紐が消え去り、影が天井に残った。心電図モニターの心拍は0となり、アラームが鳴ったので、すぐにアラームを止めて、宣告した。

「午後10時20分、ご臨終です」

ナースが家族への連絡に詰め所に行った。

死神は大鎌を振るって天井の影を棺おけに入れると、オレの方を振り返り、

「連れて行くべき予定であった者が1名予定から外れたぞ。おぬしは人の定めを変えるほどの力を持っておるのだな」

「?!」

あの脳腫瘍の患者のことだと気がついた。死神はゆっくりと棺おけを引きずって、廊下の門に消えていった。

30分ほどで家族が到着し、1時間後に霊柩車が到着し、無事に見送った。

当直室のベッドに入って先ほどの死神の言葉を思い返してみた。

そうか、オレは銀の紐が消えるのを防ぐことができたのか。でも、マンガやSFに出てくるような華々しい超能力みたいなもので防いだのではなく、ものすごく地味な小さな努力の積み重ねでしか防げなかったのが、複雑な気持ちだ。でも、この変化のない無色の日常がなんとなく彩られて見え始めたように思えた。


ストーリー後半はほとんど事実だ。

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