作戦前夜
「遅かったわね?」
タクトと共に着替えを済ませた御影が脱衣所から出ると、リトス達が待っていた。
どうやら、彼女らの方が早く上がっていて待たせてしまったようだ。
「いやー、御影が途中で倒れちゃってさ。」
あはは、とタクトが笑いながら説明した。
「倒れたって…平気なの?」
心配そうに御影を見つめるリトス。
「平気だよ。慣れないことで、少し疲れが出たのかもな。」
「異世界転移に慣れなんてあるのかしら…?」
「御影さん、今日はゆっくり休んでくださいね。」
首を傾げるリトスを横にユウが言った。
「そうだな。」
「じゃあ、早く戻ろうよ。そろそろ冷えてきたし…」
クレアが腕を擦りながら横目でこちらを見ている。
(…擦る度に胸が揺れてるんですけど?わざとですかねぇ…?)
御影がそんなことを考えていると、
「そうね。春になったといえど、まだ夜は冷えるものね。」
リトスのその言葉と共にクレア達は歩き出す。
その後を慌てて御影がついて行く。こうして、露天風呂を後にした。
「そういえば、さっき春になったって言ってたけど、この世界にも四季はあるものなのか?」
歩き出した中、御影がふと、気になったことをこぼした。
すると、御影の隣を歩いていたユウの耳に入っていた様で、わざわざ答えてくれた。
「地球と同じく、1年間は1月から始まり、12月で終わります。そして、それぞれの月に春、夏、秋、冬、とそれぞれの四季があるんです。」
「へー、じゃあ、さっきリトスが言ってたけど今は春なのか。」
「はい。今は三月ですので、ナスタリアでは春になりますね。」
ユウの説明を聞く中、新たな疑問が生まれる。
「さっきの自己紹介で、高等部二学年って言ってたよな?今がまだ3月ってことはまだ進級してないよな…?もしかして、お前らって俺より一個上?」
御影は年の差ーーーいわゆる先輩、後輩の関係を気にする質なのでそこは重要な点だ。
(兵校の先輩にそういうの厳しい人がいたからなぁ…)
「あー…あれは、今年度で二学年になるって意味で言ったのよ。だから、実際はまだ一学年ね。」
話を聞いていたのか先を歩いていたリトスが歩みを止めず、こちらに首を傾けながら話に入ってくる。
「そうだったのか。」
なら、別に問題ないな、と一人納得してると今度はリトスが問いかけてきた。
「あなたも2年生って言ってた気がするけど?」
「あぁ、俺の居た高校は進級の時期が少し早くてな。俺は2年生なりたてだぞ。」
御影が通っていた兵校は他の高校とは違い、三月には全生徒が進級するという変わった仕組みになっていた。
普通ならば四月に進級するのだろう。だから、実質的にはリトス達とは学年の関係としては大して差はないはずだ。
「…と、そんな話してたら着いたわね。」
リトスの言葉通り、目線を前にやると先程まで自分達がくつろいでいたテントがある。
リトスはそのまま前に進み、履いていたズボンのポケットから1枚のカードを取り出した。
そのカードをテント入口脇に埋め込まれているデバイスの様なものにかざすと、ピピッという音と共に赤く光っていたランプが青くなる。
リトスが言うには、これがこのテントの戸締りの仕方らしい。
御影達が最初に来た時にロックをかけていなかったのは、すぐ戻るつもりでいたからだとか。
テントの中に入ると、各々自分の荷物の元へ行き無くなった物がないかチェックを済ませる。
これは、さっきクレアと遊んでる時に聞いたのだが、遠征基地にいる奴らは全員『異空間収納』という魔法が使えるので、貴重品は皆そこにしまっているのだとか。
なので、この行為はほとんど無駄と言える。
ならば、何故、クレア達は自分達の荷物へと向かったか。
「それじゃ、さっさと布団敷いて、寝支度を済ませて明日に備えて今日はもう就寝!」
ーーーパンパン、と手を叩き、お前らの考えはお見通しだと言わんばかりにリトスが呆れ顔をしている。
「えー、ボク、御影とまだ遊びたいんだけどなぁ…」
クレアがうなだれながら、寂しそうな声を漏らす。
ちなみに、その手には先程遊んでいた革命の王の箱が握られている。
(いや、遊ぶのはいいんだが、お前のそれはチート使ってんだろ…)
他にも、望遠鏡を手に持っているタクト。分厚い本を抱え込んでいるリリア。何やら甘い匂いが香ってくるバスケットを前に真剣な顔をしてるユウ。
(コイツら、本当に魔獣討伐に来てるのか?)
魔獣の恐ろしさを知らない御影だが、危険な存在と言うのはリトス達から聞いている。
だが、御影から見た限り、危険な怪物を退治しに行くというより修学旅行に来た学生にしか見えなかった。
「クレア、カードはまた今度、しまってきてもう寝なさい。タクト、天体観測は依頼が終わってからやってちょうだい。リリア、もうすぐ照明落とすんだから本なんか読んでられないわよ。」
今リトスが口に出した『照明』。
これは、地球で使う電球の様なものではなく、四角いパネルが天井から数枚ぶら下がっている。このパネルは、光を発生させる魔道具なのだとか。
リリアが自慢げに話していたが、照明の魔力補給は自然の魔力を使っている。
それは、自然がある場所には当たり前にあるものらしい。
自然が成長する度に、あるいは自然が尽きる度に、自然の魔力は生まれる。
なので、太陽の陽を浴び植物が育てば自然の魔力が生まれるし、雨が降り、乾いた大地に潤いが戻れば自然の魔力が生まれる。
このテントはその太陽の陽から生まれる自然の魔力を利用して照明に使う魔力をチャージ、使う時になったら、その魔力で照明が使えるという仕組みらしい。
簡単に言い表すなら、ソーラーパネルの様なものだろう。
(水も出るし、明かりもつくし、ガスもある。このテントは本当に有能だ…)
元の世界にこんな物があったなら…なんてことを考えていると、リトスが最後にユウの方に振り向き言った。
「ユウ、あなたこんな時間にお菓子なんか食べたら……太るわよ?」
半眼でジトーっとユウを見つめるリトス。
ユウはそんな視線を受け、たらたらと頬に汗を垂らしながらそ〜っとバスケットを荷物に戻した。
「はい!それじゃ、さっき言ったとおりにさっさと就寝!」
各々持っていた物を、片付けられたのを見届けたリトスが再度急かすように言う。
(そうだよな、明日から魔獣狩りだ。ここはさっさと寝て明日を迎え、万全の状態で望まないとな!)
そして御影はリトスの方を向き、
「先生!俺は布団が無いのですがどうしましょう?本当に外で寝るのは勘弁ですよ!?」
地味に泣きそうな声で訴えた。
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