ある少年の記憶。
「ここは…」
目を覚ましてまず目に入ったのは見知らぬ天井、そしてベッドのシーツの上に気持ちよさそうに涎を垂らしながら寝ている少女だった。
目覚める前の記憶を思い出すに、ここは病院だろう。俺の腕から伸びている点滴と病院独特の匂いで確信する
(…余計なことをしてくれたもんだ)
雑誌の上でスヤスヤと寝ている少女を忌々しげに睨む。後2、3日放置して置いてくれれば確実に餓死していたはず。だが、過ぎたことをとやかく言ってもしょうがない。
はぁ…と溜息を一つ。そして、少女の頭を両手で鷲掴みにし、気を失う前にされたように思っきしシェイクしてやった。
「…!?!!?何かな!?何なのかな!!?」
気持ちよさそうにしていた表情が一変、物凄い戸惑いの色へと変わり、少女が起きた。
あわわわ、と喚いてる少女の頭から手を離し、
「おい、ここは病院だろ。静かにしろよ?」
しー、と人差し指を口元に持っていく。
「え、あ、うん。ゴメンナサイ。」
「よろしい、素直な子は嫌いじゃない。」
にっと素直に自分の非を認めた少女に笑みを浮かべる。
「て、あれ?何で私が怒られてるのかな!?明らかに危害を加えられてた方だと思うんだけど?!」
何が気に入らないのか、また少女が喚き出した。…この子は人の言っていることがわからない可哀想な子なのだろうか?
いや、相手も自分と同じ人間であろう。ならば、人の言葉は通じるはずだ。
(俺の伝え方が悪かったんだな…)
きっとこの少女は通常の人達よりオツムが弱いのだろう。となると、もっと簡単に教えてあげるべきだった。
哀れみの表情を浮かべ、少女を見ていると
「…何かな、その顔は?なんか失礼なこと考えてるでしょ!?」
はぁ…と二つめの溜息をつき。
「あのな、ここは、病院だ。病院ではな、静かに、してなきゃ、ダメだぞ?」
しっかりと、区切りをつけて、子供を諭すように言い聞かせてやる。
「…ゴメンナサイ。って、そうじゃなくて…何で私は頭をシェイクされながら起こされたのかな?」
「いや、だってお前。人が寝てるベッドに涎たらして寝られてたらなぁ…」
「うっ、それは悪かったけど…でも、あんな起こし方は…」
「いや、お前だって死にかけてる人に対してやってただろ…」
ぐぬぬ…と少女が言葉に詰まる。それは、その…と口ごもっている少女を他所に改めて俺の状態を確認する。
『細胞』の恩恵なのか、腕や足の肉はそれほど、痩せこけてない。が、やはり空腹は誤魔化せない。先程から激しい空腹感に襲われ、目がチカチカしている。少しでも動いたら吐き気に襲われそうだ。
そして、右腕には点滴の針が刺さってており、中身はあと少しで終わりそうだ。
「…何であんな状況になるまで何もしなかったの?」
身の回りわ確認していると、先程までワタワタしていた少女が真顔でこちらを向いていた。
「別に…ただ、ちょっと死にたかっただけだ。」
「ちょっと死にたかったからって…」
少女の顔が悲しみの色に染まる。
「詳しいことは聞かない。聞いても私には何もできないだろうから。でも、これだけは言わせて、命は粗末にしないで…!」
少女が悲痛な叫びを漏らす。
少女にも何か思うものがあるのだろうか?
だが、
「お前には関係ないだろ。」
「関係あるよ。うちの寮生が死んだら悲しいし、同級生が1人減るのも寂しい。それに、救えた命があったのに救えなかったらきっと私はいつか後悔する。」
だから、と一呼吸置き、
「だから、自分の命は大切にしてね。龍ヶ崎君?」
そして、にっと笑った少女の顔は明るく、太陽みたいな笑みを浮かべていた。
「わかったよ…」
肩をすくめ、やれやれとポーズをとる。
ーーー嘘だ。
こんな出会って間もない少女の説得で死ぬのを諦めるのならはなから死のうなんて思わない。
ただ、このまま、ああだ、こうだ、言い合っていても埒が明かない。なので、俺が大人の対応でここは引いてやろうということだ。
「何かな…その勝ち誇ったような顔は。」
「別に?…そういえば、何でお前俺の名前知ってるんだ?しかも同級生とかも言ってたよな?」
俺はこの少女に一度も会ったことがない。なので、俺は彼女のことを何一つ知らない。なのに、彼女は俺のことを知っているらしい。
「だって私、寮長の娘だし。お母さんから龍ヶ崎君と私、同い年って聞いてたしね。」
なるほど、寮長の娘か。
あれ?ちょっと待てよ?俺が見た寮長はせめて20半ば位の外見だったんだが…
「あ、お母さんのこと考えてるでしょ?お母さんに私くらいの歳の子がいるって聞くと皆そんな顔するんだよ。」
少女は笑いながら言った。
そんなたわいもない話をしてると、見回りをしていたのか、看護師が部屋に入ってきた。看護師はまず、俺を見て、少女を見た。
その後、少女に近づき小言を言い、部屋から出ていった。
「えへへ、君が起きたらすぐ連絡するのを条件に、ここに居させてもらってたんだけど…連絡するの忘れてた!てへぺろ☆」
少女が頭を軽くこづき、舌を出す。
「いや、あんま可愛くないぞ…」
しばらくすると、医師が入ってきた。医師の話によれば、2、3日安静にしていれば退院できるそうだ。
「それじゃ、また来るね!」
少女はそう言い残し、部屋を出ていく。
「待てよ。」
去りゆく少女の背に声をかける。
うん?と少女はこちらを振り返った。
「名前、聞いてないぞ?」
「あぁ!そーいえば言ってないね。私の名前はね、博峯優っていうの。これからよろしく!」
それが、優との初めての出会いだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
面白いと感じたら点数評価やブクマをお願いします。
やる気に直結しますので!