横浜加利福尼亜化計画
あけびの高校の学食において、カレーライスは季節を問わずベスト3に入る売れ筋メニューだ。そのトッピングは学園創立以来グリーンピースと決まっており、一度も入れ替わったことはないし、取り除かれたこともない。
もちろん学食選挙の議題として取り上げられたことは何度もある。グリーンピースの代わりに納豆を乗せようとか、揚げナスを乗せようとか、焼きカボチャを乗せようとか──中にはトンカツを乗せようという意見を出した者もいたが、それはもはやカツカレーという別物になってしまうため即座に却下されたこともある。
そういった数々の挑戦者を長年にわたって退け、カレーライスのトッピングという王座に君臨しつづけるグリーンピース。たかが豆と侮ることはできない。
だが、何故これほどまでにグリーンピースは支持されているのか。
諸説あるが、ひとつには横浜という土地柄が挙げられよう。
そう、だれもが知るとおり……横浜といったらシューマイ! この地で生まれ育った者ならば、だれもがシューマイを愛しているのだ!
たとえば佐賀で生まれた者がW-RSBを愛するように!
北海道で生まれた者にとって『焼肉=ジンギスカン』であるように!
香川で生まれた者が朝昼晩うどんを食べて糖尿病になるように!
愛媛で生まれた者がポンジュースを産湯にするように!
じつはミカン生産量日本一なのに『ミカン=愛媛』のイメージを壊せない和歌山県民のように!
そう! すなわち横浜県民にとって、シューマイはソウルフードなのだ!
それが証拠にJR横浜駅には無数のシューマイ屋が立ち並び、あたり一帯にはシューマイの匂いが立ちこめ、行き交う人々は老若男女の区別なくシューマイを貪り喰っている。こんな光景は世界中さがしても横浜以外ないだろう。あるかもしれないが作者は知らん!
このように石器時代からシューマイを常食としてきた横浜民は、潜在的にシューマイを求める遺伝子がDNAに刻み込まれている。彼らは本能のレベルでシューマイを欲しているのだ。言いかたを変えるなら、シューマイを愛する者だけが横浜という土地で生きのびることができ、子孫を残すことができたと言えよう。酷寒の氷河期を耐え、幾度もの戦乱を乗り越えるのに、シューマイは不可欠だったのだ。
そしてシューマイといえばグリーンピースは欠かせない。横浜人がシューマイを求めるとき、そこには無意識のうちにグリーンピースを求める心が付随するのだ。この際、エビシューマイとかいう異端の存在は無視しよう。
あと『最近のシューマイってグリーンピース乗ってないよね』とかも言ってはいけない。作品の世界設定が根底から覆されてしまう。そもそもこの世界は現実とは違うんだ。なんせ四次元ポケットみたいなの持ってる男が出てくるんだぞ! こんな世界ではすべてのシューマイにグリーンピースが乗っかっていることは確定的に明らか!
まぁとにかく横浜県民にとって、シューマイとグリーンピースは一心同体。むしろ横浜県民とシューマイが一心同体なのだ。香川県をうどん県と改めるのならば、横浜県はシューマイ県とするべきであろう。
横浜出身の、ある作家はこう述べている。
『シューマイこそグリーンピースをもっともおいしく食べる調理法である』──と。
彼に言わせればシューマイはグリーンピースに肉の風味を与えるための存在であって、食べるものではないという。シューマイはグリーンピースをおいしく蒸し上げるための土台に過ぎないというのだ。
これなどはシューマイ愛に生きる横浜民族の中でも最たる極右思想だが、かの内田百閒は『天丼は天ぷらの味が飯に染みたのを食うものであって、天ぷらと飯を一緒に食うのは犬や猫の所行である』とまで言ってるぐらいなので、道を極めた食通(極道)はグリーンピースだけを食べてシューマイ本体は猫にでも食わせてしまうのかもしれない。
おお、猫舌の猫に熱々のシューマイを食わせるとは、なんて非道な! 百閒死すべし!(注:故人です)
『のぞみ』級の時速300キロ超で話が脱線転覆崩壊したので、もとの軌道に戻そう。
これが現実の列車事故なら死者100名ほどは出そうだが、小説はいくら脱線事故を起こそうとも犠牲者ゼロなので平和なものである。犠牲になるのはせいぜい読者の時間と視力だけだ。なにも問題ない。作者の時間と視力も無駄になってるのは大問題だが。
ともかく、あけびの高校の学食カレーにグリーンピースが入っていることの理由が、これで理解してもらえただろう。すべては横浜という舞台が原因だったのだ。闇に乗じて世界経済を牛耳るユダヤ系グリーンピース・シンジケートの陰謀とか、そういうことはない。この作品を書きはじめたときにはそんな超真面目な裏設定も考えたが、面倒くさくなってきたのですべてナシだ! べつにユダヤ系組織から圧力をかけられたわけではないぞ!
だが、ここまで説明すればもうわかっただろう! 横浜県民はシューマイ中毒でグリーンピース大好き! これ以上説得力ある設定は他にない! あるなら言ってみろ! ……いややっぱり言わなくていい! 黙って読め!
話を軌道に戻したはずが、ふたたび脱線していたようだ。まさに底抜け脱線ゲーム……って誰がついてこれるんだ、このネタ。
しかし、字数を費やしたぶんだけ深く理解してもらえたはずだ。この世界における横浜民のグリーンピース愛というものが。ひいては、カレーライスのトッピングをレーズンに差し替えることの難しさが。
こうした『横浜』という特殊な地盤による優位と、自らのカリスマによる生徒たちからの支援。そのふたつが隼一の武器だ。
しかも相手はただの干しブドウ。負ける道理がない。
こっちもただの豆だが、『横浜』の地形効果はグリーンピースに対して強力なバフを与えるのだ!
M:TGでたとえるなら、『【横浜】伝説の土地:すべてのグリーンピースは+1/+1の修正を受ける』ぐらいのパワー!
……え? +1/+1じゃ大したことないって? おいおい、グリーンピースの数を考えてみろ! 圧倒的な数の暴力による恐ろしさが肌で実感できるだろ! 数こそ力! 力こそパワー!
そう、これぞ『横浜』の力! もしここがカリフォルニアだったら、隼一には1ミリの勝ち目もなかっただろう。だが、ここは横浜! 横浜なのだ! 横浜なのだァァァァッッ!
「……うん、ここは横浜だったはずだよな」
その日の朝。ごく普通に登校した隼一は、ごく普通ではない光景を目の当たりにして立ちすくんだ。
毎日見慣れたはずの、あけびの高校正門前。だが──
そこは今やすっかり改装され、昨日までとは別物の風景と化していた。
校門から校舎まで整然と立ち並ぶヤシの木。やたらカラフルな仮設テントにはサーフボードやビーチパラソルなどのレジャー用品が飾られ、路肩には燃費ばかり高そうなオープンカーが駐車されている。海から吹き寄せてくる風さえ、いつもとは異なるアメリカンな空気をはらんでいるかのようだ。
「なんだこりゃ……まるでアメリカ西海岸じゃねえか……」
隼一の言うとおりだった。
まさか、たった一晩の間に横浜はカリフォルニア州の一部になってしまったのか? シュワルツェネッガー州知事の豪腕おそるべし! っていつの話だ!
しかし、もっとも目を引くのは風景などではなかった。
というのも──水着姿にパレオを巻いた金髪美女が20人ほど、ずらりと並んでいるのだ。
見たところコンパニオンガールである。あけびの高校の在学生などではない。完全にプロの女の子たちだ。おかげで辺り一帯は、まるきりカーニバル状態。男子生徒はもちろん女子生徒も大騒ぎだ。
しかも彼女らは、ただのお飾りではなかった。『試供品』と称して、レーズンを利用した食品を無料配布しているのだ。
時刻は平日の午前8時。にもかかわらず、週末の午後6時ぐらいのにぎわいを見せている。とても朝の登校風景とは思えない。異様な光景だ。──が、欧米風の顔立ちでサングラスにアロハシャツという風貌の隼一こそ、だれよりもこの背景に馴染んでいるのであった。それはもうホームタウンかというぐらいに。
「まさかここまでやるとは、鶴見め……。どうやら本気だな」
隼一はギリッと歯を噛んだ。
なにひとつ証拠はないが、こんなクリックひとつでヤシの木を植えるリアル箱庭ゲームみたいな芸当が可能なのは、零司しかありえない。一体どれだけ課金したのか。土木工事だけでも軽く数千万……いや億単位の金がかかっているだろう。ただ横浜という地形をカリフォルニアに変化させるためだけに!
だが、いつまでも驚いているわけにはいかなかった。零司が正面切って宣戦布告してきたからには、この程度の攻撃は予想してしかるべきだった。まえもって、この土地にランドプロテクト(カルドセプト)をかけておけばよかったのだ。隼一、痛恨のプレイングミス!
「おはようございまーす。こちらはカレートッピング選挙に使うカリフォルニアレーズンで作ったスイーツの詰め合わせでーす。投票の参考に、おひとついかがでしょうかー」
隼一を敵と知ってか知らずか、最高の笑顔で試供品を手渡そうとするコンパニオンガール。
まぁ敵の情報は多いほうが良いだろうと理性的に判断して、隼一は迷いなく受け取った。
けっして女の子がかわいかったからとか、ふつうにスイーツがおいしそうだったからというわけではない。──いや、それらも理由のひとつには違いないが。そもそも隼一にはことわる理由もないのだ。ましてや相手が水着の巨乳の金髪美女とあっては! 金髪の水着美女とあっては! どこの誰がことわることなどできようか!(反語)
「ほう……ずいぶん色々と入ってるな」
もらったその場で、隼一は試供品の紙袋を開けた。
出てきたのは、レーズンサンド、ビスコッティ、ラムレーズンチョコレート、レーズンマフィン。おまけにレーズンの袋詰めそのものまで入っている。いずれも市販品だが、安物ではない。高級ブランドばかりだ。
「まともに買えば、これだけで2000円以上はするぞ。わかってて配ってるのか?」
「はい、もちろんです! でも正しい選挙、正しい学食運営のためですから!」
屈託のない笑顔で、コンパニオンは答えた。
そう、彼女たちは仕事でやっているだけだ。いまの回答も雇い主の指導によるものであって、彼女自身は選挙のことも学食のことも知りはしない。
「一応訊いてみるが、おまえらの雇い主は誰だ?」
「本日はGPBさんからのご依頼でうかがいましたー」
「鶴見零司、天王寺万由梨、どちらかの名前に聞きおぼえはないか?」
「ありませんねー」
「ち……っ。そう簡単に尻尾はつかませないか」
隼一は舌打ちした。もしも零司と万由梨がこのキャンペーンを仕掛けたのだという証拠をつかめれば、運営委員が選挙活動にかかわったということで全てを無効にできる。選挙法違反で両者は委員会を追放、選挙も取りやめだ。もっとも、そんなボロを出す相手でないことは隼一が最も理解していたが。
まぁ仕方あるまいと、隼一はラムレーズンチョコを口に放りこんだ。
食通の彼には最初からわかっていたことだが、かなり上等な品だ。
チョコレート特有の、甘味と苦味のバランス。
硬すぎず柔らかすぎもしない、絶妙の歯ごたえ。
ラム酒の香りとレーズンの酸味が心地良い。
おそらく、1個300円は下らないだろう。
そこへ、もうひとりのコンパニオンが声をかけてきた。
「よろしければ、同じブドウを使った特製ジュースもいかがですか?」
「なに、ブドウジュースだと……?」
隼一は眉をしかめた。
コンパニオンが差し出すプラコップの中には、ルビー色の液体が揺れている。
「はい。特別な製法でブドウ果汁を熟成させた、大人のお飲み物です」
「ほう、大人の飲み物か。よし一杯もらおう」
「ありがとうございます。そうそう、炭酸入りのブドウジュースもありますよ」
「スパークリング・ブドウジュースか。それもいただくとしよう」
「ご試飲ありがとうございます。選挙当日は、ぜひレーズンに清き一票を!」
「考えておこう」
という会話の結果、隼一の両手にはルビー色のジュースと、黄金色のスパークリングジュースが。
あらためて周囲を見てみれば、隼一と同じようにジュースを飲んでいる生徒が大勢いた。皆そろって試供品のスイーツをたのしみつつ、陽気にジュースを飲み交わしている。中にはビーチパラソルの下にデッキチェアを並べ、グラス片手にホットドッグをほおばる者まで。
念のため繰り返しておくが、いまは平日の午前8時。場所は横浜の私立高校。
にもかかわらず、そこは完全にアメリカ西海岸のビーチリゾートと化しているのだった。
「な……なに、これ……」
変わり果てた学園の様子を見て、千果子は立ちつくした。
が、隼一の姿を見つけた彼女はすぐさま駆け寄る。
「ちょっと! なにやってるの!? なんでレーズン食べてるの!? あたしのこと裏切ったの!? あなたもレーズン教になっちゃったの!?」
「おちつけ。俺は裏切ってなどいない」
と言いながら、平気な顔でレーズンサンドをかじる隼一。
「でもレーズン食べてるじゃん! しかも朝からワインとか飲んじゃって!」
「俺はおまえと違って、すべてのレーズンを否定しているわけじゃない。パイナップルだってそうだ。どんな食材でも、しかるべき場所に存在するのであれば問題ない。それから、こいつはワインではない。発酵させたブドウジュースだ」
「屁理屈はいいから、あたしにもちょうだいよ。そのジュース」
「なんだ? すべてのブドウを許さないんじゃないのか?」
「あたしが許さないのは、ひからびたブドウだけ! 健康なブドウなら許すよ! それにお酒は好きだし! いいよね、お祭りみたいな気分になれて♪」
「酒じゃなくてジュースだと言ってるだろうが。だいいちおまえの場合、四六時中お祭り気分だろうに」
「寝てるときはお祭りできないよ!」
「よろしければ、お飲み物をどうぞー」
どうでもいい会話をするふたりのところへ、コンパニオンがジュースを運んできた。
「よろしいよ! 一杯ちょうだい!」
ごく普通に受け取り、普通に飲みはじめる千果子。
「俺もおかわりをもらおうか」
隼一は3杯目だが、まるで酔った様子がない。
「あなた全然酔っぱらってないよね? お酒がもったいないと思わない? あたしが飲んであげるほうが、お酒も幸せだと思わない?」
千果子が言いがかりをつけた。
「俺は酔っぱらうために飲んでるわけじゃない。味わうために飲んでるんだ」
こなれた所作でブドウジュースをあおる隼一の姿は、完全に昼下がりのイタリア人である。
「酔っぱらうために飲んでるわけじゃないって……イタリア人の考えることはよくわからないなぁ」
「何度も言うが、俺は純粋な日本人だ」」
「あなたがそう思い込んでるだけで、本当は両親ともイタリア人かもしれないでしょ?」
「可能性で言えばゼロではないが……すくなくとも両親がイタリア語を話しているところは見たことがないな」
「あなたがいないところではイタリア語で会話してるかもよ?」
「何故そんな隠れキリシタンみたいなことをしなけりゃいけないんだ」
「隠れイタリアン? ……あ、もしかして密入国者なのかも! これは事件だよ!」
「おまえの存在が事件だよ……」
隼一の両親の名誉を守るために言っておくが、彼らは日本国籍を持つ立派な日本人だ。
とはいえ今後彼らが登場する予定はないので、まったく意味のない弁護ではある。
「まぁいいよ、隠れイタリアンの話は。そんなことより選挙どうするの?」
自分で話を振っておいて、勝手に話を切り替える千果子。
だが、これぐらい強引でないと本作は話が進まないのだ。
「どうもこうも、ふつうに戦うつもりだが?」
「ふつうにって……。勝てるの? こんなことしてくる相手に」
千果子は普通に赤ブドウジュースを飲んだ。
隼一もスパークリング白ブドウジュースをあおりながら応じる。
「正直なところ少々きびしい戦いになるのは間違いない」
「それじゃ困るよ! ちゃんと勝ってよ!」
「それはもちろんだ。俺は全力をつくす……が、この状況をよく考えてみろ。鶴見はカネにモノをいわせて全力で勝ちに来る。票を買収される可能性も低くはないはずだ。無尽蔵に実弾(現金)をバラまかれたら、庶民の俺には手の打ちようがない」
隼一は苦い顔で告げた。
だが、こればかりはどうしようもない。相手は無限の財力を持つ(と思われる)男なのだ。スポーツやゲームなどの勝負ならともかく、『選挙』という戦いにおいて『財力』以上の武器はない。しかも財力だけにとどまらず、零司は大半の女子を虜にする美貌をはじめ、文武兼備・多芸多才・十全十美・完全無欠・全知全能の性能をそなえているのだ。はっきり言って相手が悪すぎる。
もちろん隼一にも武器はある。一部の特殊な趣味を持つ男子を虜にする濃厚な顔貌。中華料理に関する深遠な知識。築き上げてきた学食改善の功績。そして──すべての食材を亜空間にはじきとばす特殊能力、『食材追放』
並みの相手なら勝負にもならないスペックだ。
実際、千果子は勝負の舞台に立つことすらできないまま敗れた。
彼女だけではない。いままでに隼一と戦った相手は、ほぼ一方的に撃破されてきた。そもそも隼一は、ただ一度の敗戦以外すべての選挙戦を圧倒的な強さで勝ち抜いてきたのだ。──が、その唯一の黒星をつけた人物こそ他ならぬ鶴見零司! しかもその選挙のとき零司はカネの力に頼らなかった。完全に、己の実力だけで隼一を打ち破ったのだ。
そしてその後、零司は学食運営委員に参入。全勝無敗のまま、選挙バトルから引退した。言うまでもなく学園最強の男である。
「そ、そんな……! じゃあ負けるの!? あたしたち来月からレーズンカレーを食べなきゃいけないの!?」
千果子が涙目で怒鳴った。
「負けると決まったわけじゃないが……万が一負けた場合でも無理してカレーを食う必要はないだろ」
「ええっ、そういう発想なの!? もしかして負けてもいいと思ってる!? どうせ負けても学食のカレー食べなければいいんだって思ってるの? そんなこと言ってたらねぇ、あいつらレーズンは図に乗ってピザとかチャーハンとかも占領するに決まってるんだよ! どうするの? 山菜うどんにレーズンが入るようになったりしたら! 地獄だよ!?」
「それはさすがに投票で落とされるだろ……なんだよレーズン山菜うどんって」
「そんなのわからないじゃん。そのときにはもう、生徒全員洗脳されてるかもしれない。脳味噌がレーズン化したレーズン主義者に支配されて、購買のパンが全部ぶどうパンになってるんだ! 中華まんだって、肉まんもピザまんもなくなってラムレーズンまんだけになるんだよ! イヤでしょ、そんな未来! 安心してカニパンやイカスミ海鮮まんが買える未来にしたいでしょ!?」
「カニパンやイカスミまんには興味ないから、どうでもいい」
「どうでもよくないよ! とにかく、いまここでレーズンを食い止めなきゃダメなの! シロアリが家に入ってくるのを黙って見てるわけにいかないでしょ!? そんなふうに指をくわえて見てたら、あっというまに家を乗っ取られちゃうんだから!」
「レーズンはシロアリと違って勝手に増えたりしない」
「増えるよ! あいつらはアメーバみたいに分裂してどんどん増えるんだから!」
「見たことあるのか」
「ないけどあるよ!」
支離滅裂なことを言いながら、千果子は地団駄を踏んだ。
どうして俺はこんなのと共闘してるんだという後悔にとらわれつつも、隼一は声をかける。
「意思表明として、これだけは先に言っておくが……今度の選挙に敗れたら俺は潔く腹を切る」
「え? どういう意味!?」
「言葉どおりの意味だ。俺は鶴見の下で働く気などない。だが賭けを反故にはできないだろう。ならば自ら命を断つほかない」
「だからって、そんな切腹なんて……。もっとラクなのにしようよ、たとえば首吊りとか練炭とか。そうそう、成田エクスプレスに飛び込んでもいいよね。あと自殺する前に塩ラーメンよろしくね?」
「いろいろ言いたいことはあるが、飛び込み自殺は周囲に迷惑をかけるからやめておこう」
「あたしには飛び込んでみろって言ったくせに!」
「おまえが、カレーを食べてれば死なないとか馬鹿げたことを言ったからだ」
「あなたたちがカレーをバカにしたからでしょ!」
「俺はカレーを馬鹿にしてなどいない。おまえを馬鹿にしただけだ」
「あたしはカレーで出来てるの! 身も心もカレーなの! つまりあたし自身がカレーなの! だからあたしをバカにするってことは、カレーをバカにするってことなんだよ!」
「おまえは何故そこまでカレーが好きなんだ……?」
「おいしいからだよ! ほかに理由なんかないでしょ!?」
「まぁカレーがうまいという事実は否定しない」
「だよね! やっとカレーがおいしいって認めてくれた♪」
「それは最初から認めてるぞ」
ともあれ『カレーはおいしい』という言質を得たことで、千果子は急に笑顔になった。
そこでふと思いついたように、彼女は問いかける。
「ところでさぁ……おかしいのは大森のほうじゃない? 選挙に負けたら自殺するって極端すぎるでしょ。前回も思ったけど、なんでそこまで鶴見会長のこと嫌ってるの? なにか理由があるわけ?」
「あたりまえだ。理由もなく他人を恨むほどヒマじゃない」
「どんな理由? 聞かせてよ、酒の肴に」
「理由か。……つまらない話だぞ。酒のアテにもならないぐらいの。それでも聞きたいのか?」
「聞く聞く」
「長い話になるぞ」
「あ、なんか目つきが真剣になった」
「俺はいつでも真剣だ」
隼一はブドウジュースを口に運ぶと、物憂い表情で青空を見上げた。
そして静かに語りはじめる。
「……あれは3年前。俺たちが中学2年のときのことだ」
次回、ついに隼一と零司の過去が明かされる!
なぜ隼一は零司を憎悪し、零司は隼一を取り込もうとするのか。
パイナップルを消すだけだったはずの隼一の力が、なぜ全ての食材を消す能力にまで進化したのか。
あらゆるものを取り寄せる、零司の力の秘密とは?
そんなどうでもいい設定が暴かれたとき、物語の歯車は回りだす──!