八、
「レディースエンッジェントルメンッ!
どうも、ごきげんようお前ら。調子はどうだ?」
カリンに拡声魔法を使って貰い、地上にまで響き渡る声でそう告げる。
俺の拍子抜けするような一声に、地上の人間達は困惑を隠せないと言った感じで、進むことも戻ることも出来ずに立ち尽くしているようだった。
壮観だなあ。実に壮観だ。人がゴミのようだって一度は言ってみたいセリフだよね。
「ああああああ、もう! なんで私がこんなことをしているの! ああッ!? 光が消えるッ!? マナが足りない! リンリン、ポーション投げてッ!」
俺の荘厳な雰囲気作りの努力も全く気にせずに、レグナがなりふり構わない悲鳴を上げた。
悪いな、と思いつつも今は彼女に全てを頼むしかない。これだけ大量の光源を様々に作れる高位の光の魔法の使い手は、今ここに居るのはレグナ一人だけなのだ。冒険者の一人でも引き込めればまた違うのだが、無いモノねだりをしても仕方があるまい。
人間っていうのは雰囲気に呑まれやすいから、この手法で行くと決めたんだ。気張れよ、レグナ。
さあ、レグナのおかげで相手の度肝は抜いてやった。まだまだ押していこうじゃないか。
「ああ、悪い悪い。訊いたけれど、お前達の調子の良い悪いは、そう、大したことじゃない。
今からお前達は、俺に蹂躙されるのだから。先にひれ伏して従うのが得策だぞ?」
なんとかショックから立ち直った一部の冒険者が、俺の言葉に多大な危惧を感じて身構えた。
次々に長い詠唱のもと、魔法を打ち出してくる。
しかし、それらは全てカリンの作り出した強固な結界に阻まれて、あえなく霧散していった。
隣のカリンがいかにも誇らしげに胸を張った。
確かに流石だ。エルダーフォックスの名は伊達では無く、彼女は多種多様な魔法を扱える超がつくほど優秀なSIだ。
属性制限こそ人間同様二つの制限に縛られているが、そのハンデを補って余りあるレベルで魔物特有の特殊な魔法を習得している。最早、プリーストとのハイブリッドと言っても過言では無いだろう。
カリンの強力な防護の前。渾身の魔法がまるで意味を成さなかった事で、冒険者たちの間にも動揺が走る。
俺は狙い逃さず、その動揺に付け入った。
「我が名は『魔王セブンス』……ッ!
我が力の一端は見せた。従うなら繁栄を。抗うなら死を齎そう。さあ、どうする人間諸君ッ!」
俺が名乗り上げた、その名。
しかし本来魔王は長い復活の期間を置かなければならないのが、世界の理……。
人々は虚実判別ならない俺の大言に、ただ困惑している様子だった。
「我が名とか言ってやんの、ククク……。似合わねーなお前が言うと」
「魔王様、超☆カッコいいです……」
うちの面子は通常運行ですけどね。
含み笑いでこっちを見るナナミに、うっとりとした表情で何故か全面的に俺を肯定しているカリン。
君らね、もうちょっと必死で演じてるこっちの身にもなってくんない?
肯定も否定もしなくていいから、取り敢えず目の前の事に集中して下さいよ。恥ずかしいわ。
俺だって『我が名は』とか似合わないこと言いたくないんだよ、マジで……ッ!
「ところで、オレはなんで手錠とかはめられてんの?」
ナナミが自分の手に取りつけられた錠をじゃらじゃら鳴らしながら問いかけてきた。
これもまあ、演出の一環というか。
ナナミの協力を取り付けたのは、魔王としての踏ん切りをつける為というのもあったが……。
もう一つ見た目完全に人間の女の子の役者が欲しかったという理由もあった。
「それはだな……」
俺はナナミを抱き寄せて、剣を突き付ける。
「お前は魔王に供された人間役だからだよッ!」
「ハァ?!」
「聴け、人間ども! 抗うのをやめろ。この少女のように、突き立てられた剣の前に震え大人しくするのであれば、私も命までは奪わないことを約束しようじゃないか!」
「ち、テメエ……まさかこんなくだらないことのためにあんな話を……」
「ありゃ別だが、一応でも協力するって言ったからには反故は無しだ。ま、何かするわけでもなし、大人しくしといてくれよ」
「く、屈辱だ……」
本当は悲鳴の一つでも上げて貰いたいが、「テメェ許さん」という反抗心たっぷりの目をつきつけてくるコイツに、かような演技は期待出来ないのでやめておく。
まあ、それでも効果は十分だった。
眼下、ジーニアルから次々悲鳴と怒声が上がる。
幼気な人間の少女が、手錠で封じ込められ、剣を突き付けられているのだ。
見せつけられた時の無力感たるや、想像するとちょっと興奮してきた。あ、なんか変な脳汁出てる?
反応を細かく知りたいので、合図を出してカリンに地上の声を集音してもらう。
童女趣味の魔王だの非道だのの恐怖に抗うように投げられる罵声が四分の一ほど。恐らく冒険者達だろう。
残りは、泣き喚き絶望を口にする、こちらの心も痛くなるような悲鳴だった。
ロリコンじゃねえよ?! しかも、前者はやたら何か余裕あって癪に障るんだけど!?
「ええい、ロリコンじゃないやいッ! 好き放題言ってくれた礼をしてやるッ!」
「魔王様魔王様、多分に私怨になってます!?」
「このまま黙ってロリコン魔王なんて汚名をつけられてたまるか……ッ!」
俺はスキル欄を開き、追加されたもう一つのスキルを選ぶ。
【魔王剣】
アクティブ:どこかの漫画で見たような衝撃波を飛ばせる。威力変化。
パッシブ:剣に魔法を吸収させることができる。このスキルは神への反逆である。
消費マナ:よりけり
能動的に使う必要性があるスキルをアクティブ。
常時、記された効果が発動するのがパッシブ。時に両方の効果を備えたスキルなども昨今のゲームでは見受けられるが、これはそれだ。
流石にいちいちスキル欄を開いて使うのは面倒なのだが、この世界でのスキルはゲームと違いショートカットを使っての簡単発動というのは出来ない。
音声認識とスキルのイメージ、発動モーションなどを総合して、『発動させる』条件がある程度揃うことによって発動させることが出来る。その辺りの感覚を掴むまでは、スキル欄から押して発動させた方が圧倒的に早い。
俺は【魔王剣】のスキルを押した。自動で剣を腰に構えさせられる。すると次には剣が黒色のオーラを帯び、時間の経過とともに徐々にだが大きく強くなっていくのがわかる。
威力可変とあったが、どうやら時間とともに威力がチャージされるものらしい。
あまり威力をあげるとヤバくなりそうなので、俺の事をロリコン扱いした野郎どもの声が聞こえた辺りに、すぐさま弓を引き絞るように狙いを定めた。
そして、剣を振るう。
「――――【魔王剣】ッ!!」
横の一文字に斬り振るわれた剣から、半月の黒色の衝撃波が飛び出した。
衝撃波は矢をも越える速度で、冒険者を呑み込まんと一瞬にして届く。
あ、いかん。まあロングソードで出したものだし、死にゃせんだろう。
轟音とともに冒険者が衝撃波に飲み込まれ、包み込む闇が消えた後には、いかにもやられましたという感じで倒れる彼らが。慌てて周りのプリースト達がかけより治療を施す。
まあ七層まで来るほどの冒険者だ。丈夫さを信じよう。
「ま、魔王様、魔王様。酷い八つ当たりになった気が」
「……何時の世も争いってのは虚しいものだなあ、カリン。俺はその争いの芽を早急に積んだまでだ。……わ、悪くないよね?」
「いや、今のはお前が全面的に悪いだろ……」
ナナミが実に冷静に、俺の感情の赴くままにやってしまった行為を批判してくる。
ち、違うんだ。ロリコンなどという謂れの無い誹謗を俺は許せなかっただけなんだ!
「と、取り敢えず、ダメ押しになったということで一つ、これはこれでヨシとしよう!」
「魔王様……無計画なところもステキです!」
「お前さ、実は何も考えてなくて魔王を崇拝したいだけじゃねえか?」
「違います元魔王のナナミさん! カリンは魔王様の全てを全面的に受け入れたいだけなのです! 魔王だからとかではありません!」
このキツネ娘、凄腕の駄目男メイカーになれる気がするぜ。
「じゃあ、まあ、そろそろ行ってくる。護衛はリンリンとレグナ、二人だ。カリンは結界の維持を頼んだぞ」
「はいです!」
「……ま、人間にボコボコにされんようにな」
俺は二人の見送る言葉に頷いてから、ステージから飛ぶ。
落下の最中、追いついたレグナの手を握り、地上へと滑空した。リンリンは球状に自分の身体を固めて、そのまま落下していく。地上へと落ちてもスライム娘はボヨンと一跳ねするだけで、無傷で元の姿へと戻った。
「ふう。なかなかこのスリルが快感っすね!」
「私が降ろしてあげるって言ってたのに……」
溜息をつくレグナとともに、リンリンのすぐ側へと俺達は降り立ち、辺りを見回した。
殺気立ったような者達。怯えから動けずに腰を抜かしたようにへたれ込む者達。
それぞれ様々な様相で俺を迎え、しかしそのどれもが等しく敵意を刺すような視線で送ってくる。
歓迎はされてないな。
「うらああああああッ!!」
背後から飛び上がった何者かが俺へ向けて光を帯びた斧を振り下ろす。
俺はそれを微笑で出迎え、腰の鞘からロングソードを引き抜き、大きく振り回した。
なまくら刀は相当攻撃力の差があるだろう斧を受け止めて、その攻撃力の差をまるで物ともせずに易々敵ごと跳ね飛ばした。
歴然としたステータス差が武器の差を凌駕する。
本来ならばこちらの武器がへし折れかねないような攻撃だったが、なんとかロングソードは耐えてくれたようだった。攻撃力以上の耐久性は有しているな、コイツ!
「な、お、俺の【パワースレッジ】が……ッ! あんな軽々……ッ!?」
斧系のスキルの名前を叫びながら、有り得ないと言いたげに尻もちをつく戦士。
他の冒険者達もその様を見て、一人では無理だと悟り、多数で飛び掛かってくるが。
「【魔王剣】ッ!!」
一回目でなんとなくコツは掴んだ。腰に剣を構えて、スキル名を発声する。剣へと漲るオーラ。
それを後は最少チャージで放つだけ。
発動から間を置かず、円を描くように振り回された俺のロングソードに、衝撃波もまた円を描き、全方向へと飛んだ。
薄い衝撃波は、飛び掛かる冒険者達全てを打ち落としてすぐさま掻き消えた。
チャージ量に応じて飛距離や貫通性なども変わる感じか。
「つ、強い……」
「本当に魔王なのか……」
「はいはい、抵抗しない。【ダークプリズン】」
「うおおおおお!? 何も見えない!?」
「【ダークミスト】じゃないぞ!? お前達気をつけろ!」
「う、動けない……」
闇の魔法は往々にして、トリッキーなものが多い。
レグナが軽々使った魔法は高位の闇魔法であり、視界と身体の自由を奪うという格別嫌らしいバッドステータスを張り付ける魔法だった。
「はい。じゃあ魔王の力のお披露目はこの程度にしよう。これ以上逆らうようなら、その時は容赦はしないから覚悟しておくように!」
「そうっすよー。わたしは溶かすっすよー。恐いっすよー。あ、でも溶かしちゃダメなんでしたっけ?」
「このスライム娘は常時混乱か何かなの……?」
「す、すみません魔王様……後でよく言って聞かせます」
俺が周りに向かって高らかに行った宣言に続いて、リンリンが自分の身体を酸に変えて、地面を溶かしながら周りの人々を威圧する。
いや、別にそんなことしなくて良かったんだけどね。恐がられるのは俺だけで十分だったんだけど……。
まあ、いいか。
「はい、じゃあそこの人」
「ひ、は、はひ」
俺が適当にそこらの市民らしき人間を指名した。
女性は、こちらの指名に対して返事をしながらも恐怖のあまり座り込んだ。
「取って食いはしないから安心しなさい」
自分が同じ立場だったとして、まるで安心出来ないような言葉を吐きながら俺は女性を立たせる。
「この街を仕切ってる人のところまで案内してくれない?」
「は、はひ、わ、わか、こ、こっちで。あっ」
「おっと」
腰が抜けてるのか、うまく歩けないようなので、支えてあげる。
「ひ、ひいい!!
わああああああああああん誰か助けてえええええええええええ!」
すごい泣かれてしまって、どうしようか。
「あー、魔王様が人を泣かせたっす。魔王様ってばいじめっ子っすよねー」
「ごめんリンリン。それ以上喋ると魔王様が怒りそうだから黙ってて」
「ひいいい、魔物がなんか喋ってるううう」
「悪い悪い。後ろのモンスターさんのことは気にしないで、取り敢えず案内して、ね。すぐ解放してあげるから」
「ひいいいいん信用出来ませんよおおおおお」
意外と余裕あるんじゃないか。この人……。
けたたましい泣き声と、わいのわいのと騒がしい魔物二人を引き連れ、俺は騒々しさに頭を悩ませながらも都市を治める人間との謁見を目指す。
過ぎ往く人々の顔が、恐怖を通り越して最早奇妙なものを見るような目に変わっていたのには、こちらも少々恥ずかしいという思いを抱かざるを得なかったが。
「あ、魔王様! ポーション屋があるっすよ! すごい品ぞろえが豊富そうっす……。ああっ、色々な液体の特性を取り込みたいと、身体がうずうずするっすよ! 買ってきていいっすか!?」
「だーかーらー! リンリン! 観光じゃないのよ!」
「ひいいいいいん!!」
人選というか……モンスターの選択を間違えたかな……俺。