七、
七層、中央都市ジーニアル。
階層にはそれぞれ中央都市と呼ばれる生産拠点が用意されている。中央都市は、そこに行くだけで必要なものは全て揃うと言われるほどの経済力を擁しており、生産から流通までの全てが中央都市を軸にして行われる。
生産から、というのは冗談でも誇張でもなんでもない。中央都市の地下部には巨大な生産スペースが設けられており、都市の住人はそこで働く。
都市が生産拠点も兼ねているのは珍しいと思われるかもしれないが、そもそもこの世界の魔物はかなり能動的なのだ。人間を見るや襲ってくると言っても過言ではない。
そんなモンスターが無限に湧く世界では、要塞のような堅牢な壁でも作らなければ畑の一つも守れないのだ。都市の中に生産点も置くのは、この世界の住人からしてみれば必然だったのだろう。
また魔王が能動的に攻めてくる機会が少ないのもまた、都市機能を一点に集約させることになった一因だ。
本来、人間側にとって一番恐怖すべきは『魔王』という存在が陣地から飛び出し、魔物を率いて攻めてくること。しかし、この世界は有り体に言ってゲームの法則にかなり縛られているところがある。
魔王は自分の陣地を出てこないし、魔物の大軍を率いて攻め入るということをしたりはしない。
この辺りは元魔王に訊いてみたのだが、
「オレは強いヤツと戦えればそれでいいからな。街を襲う? 別に必要ないだろ」
とか、まるで参考にならん返答が投げられてきた。魔王と言うのは、無責任な自由人みたいなところがあるのかもしれない。
まあ、というわけで、人間側からしてみれば『魔王が攻めてこないのならば一点に集中させても問題ないだろう……』、なんて結論に至ってしまうのも致し方なかった。
物事はパフォーマンスのみに非ず。しかし、冒険者を動かすための物流にやたらコストをかけて、価格を上げれば冒険者も立ち行かなくなる。コストの面を軽くし、物資を安く卸して価格を下げるのは、様々なレベル帯の冒険者を支援する上で必要な措置とも言えた。
と、ここまで長々説明したことの大半はクエストで得たフレーバーとカリン達からの情報だ。俺が自ら確かめたわけではないが、概ねこの説明であっている筈。
そして、俺達がやらないといけないことはシンプル。
中央都市を制圧して自分達の支配下に置き、人間の流通拠点を掌握する。
ライフラインを握り、なるべくであれば人間側への牽制材料とする。
ただしこれに、『武力による制圧』をしてはならないという制約がつく。あくまで相手側を納得させた上で、支配下に置かねばならない。
俺達が成すのは、世界征服だ。しかし、それは気ままに人間を虐げる事ではない。
そう、カリンのお願い、ラブアンドピースは実際非常に厄介だ。
やること自体のシンプルさに反して、まとわりつく制約が多い。それが問題を複雑化させている。
そも、これが成功しても、まとまりの無い魔物側を俺達が制御する必要性も出てくる。
さて、山積みな問題を抱えて先も見えない問題ばかり。やっぱり寝てていい?
「ハードル高いぜ、なあ元魔王ちゃん」
制御された気流に乗って、七層中央都市を目指し続ける浮遊島。
外周部から地上を一望しながら、俺は元魔王に声を掛ける。
日は大分傾き始めて、既に夕暮れを形成する時刻だ。景色を眺めるだけであれば、空と地上を二分しながらも茜色がそれぞれに散らばる今の時間は非常に趣があっていい。
「なんのことだよ。たく、景色なんて見てもつまらんだけだろ」
元魔王は魔王のローブではなく、プリムさんから見繕ってもらった適当な冒険者用の服に着替えて、外周部に座り込んでいた。
胡坐をかいて、それこそ外周部の落ちかねないようなところから景色を眺めている。
俺は少しばかりこの元魔王と話がしたくて、戦の前に一つ景色を見ようと提案してみた。
元魔王は何度か渋って迷ったようにしていたものの、結局最後に折れてこうしてついてきている。
「恐くねーの?」
「つまらん。この程度で恐いなどと言う魔王がいてたまるか。力を失ったところで余裕よ」
俺は恐いけどね。
しかし、この度胸は見習いたいなー、とか思いながら、俺はそっと元魔王の後ろに回って。
「ほっ」
「おわああああああああああああああああああ!? 悪魔かお前!?」
「魔王だ」
「最上位だったな! 悪かったよ! 死ねッ!」
肩を軽く押して見たら、すごいビビりようで俺へと抱きついてきた。
なんとも品の無い悪態を吐かれてしまうが、子どもの姿だとそれがあまりに『らしい』ので苦笑いの一つも出るというもの。
「大体、いいのかオレなんかに構っていて。用意するものとかあるんじゃねえのか」
「その辺は大丈夫だ。プリムさんに頼んでる。その前にお前とは腹を割って話しておかないといかんと思ってな」
「オレとぉ……?」
不信感しか感じられない視線に俺は両手を上げる。敵意も変な思惑もございません。
純粋に今の立場を分かち合えるヤツっていうのが貴重だから、単に話がしてみたかった。
「お前は俺の人間性を、俺はお前の魔王としての立場を。互いに得ちまったわけだからよ。勇者だったと明確に知ってるのも……まあ話半分のカリンとプリムさんは置いてもお前だけだ。
だからよ、なんつうか……その、仲良くしていこうぜ」
差し出した俺の手を、元魔王はしばらく見つめて、フンッと鼻を鳴らして握った。
「……どの道魔王じゃなくなった今、お前達に協力しないと生きていけない。取り敢えず今は仲良くしておいてやるよ」
「たく、素直じゃねーなーお前。本当は仲良くなりたくてしょうがないんじゃない?」
「誰がだッ!? 確かに魔王なんて座についてからは退屈を持て余してたのは否定せんよ。だからと言って寂しかったなんてことは絶対に無い。いいか、絶対に無い! ……無いんだからな!」
「俺は一人の時は寂しいって思うけどなあ」
「アアン?」
「勇者なんて大仰な役割で別の世界から召喚されて、誰も知らない世界で、いきなり魔王を倒せって『どうのつるぎ+』をくれるんだぜ? 仲間はつけてくれないわりに、そんな武器一本でどうしろってんだって話だが。
まあ、そりゃ不思議な世界だし、戦う力もあったから楽しかったさ。一応は、な。
けど、それ以上になんか寂しかった。腹を割って話せる仲間にも恵まれないし、魔王はどいつもこいつも口ほどにも無いし。だから、お前と戦った時のあのわかり合えた感じは嫌いじゃなかったぜ。敵に対して不思議な話だが、一人じゃないって何となく思えて、ちょっと嬉しかったんだ」
あの戦いの狂気と興奮の中で、確かに俺はコイツと何か分かり合うものがあった。
お互いに戦いの中でしか得られない何かを渇望していて、それを得るために剣を、腕を振るう。
俺もコイツも、死と隣り合わせのスリルが好きな博打打ちだ。気が合ってる自信はあった。
「お前が一人じゃないって思えても……」
うめくように、元魔王は呟きを漏らす。
「……オレは独りだ……お前とはもう戦えないじゃないか。分かり合えないよ……」
その横顔はとても悲しそうで、欲しかったものをあと一歩で取り逃した幼い子供のように心細そうだった。
心惹かれるものがある憂い顔だった。
やはり、コイツは俺と同じなのだ。
パソコンと向き合う自分にしか情熱を見つけられなかった俺。
戦いでしか自分を感じられなかったお前。
それらでしか分かり合えないような気になる俺達。
「そんなことはねえよ。俺がお前の可能性を教えてやる。戦わなくてもお前が誰かと分かり合えることだって、きっと今は無理でも、教えてやる」
でも、そんなのは悲しいだけだろ?
だから、俺がお前にこの先の道を切り開いてやる。
だから、お前も俺を……。
首を振って、俺は自分の専用ウインドウを広げ、スキル欄を開く。
あの後、必死にスキルを捜索した結果、本来スキルの自動追加の無いセブンスにおいて、ありえないことながら新規に追加されたスキルを二つ見つけた。
その片方をタップする。
【インフォメーション・アナライズ】
【魔王の権限によって拡張されたウインドウシステム。
あなたは他者の情報を一部解析出来る。あなたは許可されたパーミッションの範囲で、相手の情報ウインドウを任意に操作出来る。このスキルは神への反逆である。消費マナリソース無し】
「元魔王、俺を許可しろ」
「なにを言って」
「許可すると一言言えばオッケーだ」
「きょ、許可する……」
宣言と同時に、元魔王の情報を変換したウインドウが現れる。
きっと何かあるはずだ。それが何だっていい。この元魔王の矜持を奮い立たせるほどのものであれば、何でもいい。
名前は文字化けし、ステータスは本当にレベル1の冒険者と変わらないが、コイツが元魔王だったという特異性を示す部分は……あった! それも一瞬、目を剥いて三度ほど見返してしまうくらいの。
俺はゲーム内でもほぼ使うことのなかった可視化ボタンを押す。相手にウインドウを見えるようにする特殊なボタンだ。
「な、なんだこれは……」
「お前の情報を視覚的に得られるようにしたものだ。そして、お前は……」
レベル 1/∞ と書かれた項目を示す。
「無限に強くなれる」
「なんだこの文字は」
「限界が無いってことを示す文字さ。人間なら本来レベル99。俺でもレベル999。強さには到達出来る限界がある」
「ああ、強さに限界があるのは感じていたが……これは……」
「人間と魔物が混じり合った可能性じゃねえの? 種族とか見てみろよ」
彼女の種族は、ハーフアンノウン。半分以上正体不明の何か。
「ま、強くなりたかったら一から強くなっていくこともしてみろよ。どうせ魔王の頃は最初から最強だったんだろ?」
「な、なる前はそうじゃなかった! でもなってからは……そうだな。強くなる楽しみを忘れていたかもしれない」
「今のお前なら、誰も目じゃないほどの最強になれるぜ」
「……お前とも戦えるのか?」
あまり訊きたくない質問をする時、声が小さくなるよな、お前。
なんとなく可愛げがあるのかもしれないと、俺は内心で笑った。
「クックックッ、ああ、戦える。俺なんて目じゃないかもしれないぜ。負けるつもりはさらさらねーけどな」
「は……ハンッ! だったら、少し頑張ってやろう。すぐにお前に追いついて見せるからな」
偉そうに、だがどこか嬉しそうにそう言う元魔王の少女。
俺は少女の前にガントレットをつけた無骨な拳を差し出した。
少女は意図に気づいて、すぐにその拳に自分の拳を当てて返す。
そうやって互いを認め合ったところで、肝心なことを忘れていることに気づいた。
認め合った相手のそれもわからないんじゃ、しまらない。
「ところで、お前、本当の名前とかは?」
「ああ……確かにセブンスは、あくまでこの階層の魔王の名前だからな。だとしたら、……無い。昔も今も名前のないただの魔物だ」
「じゃあ、お前は今からは元魔王じゃない。
ここからのお前は、ハーフアンノウンの……そうだな……ナナミ。ナナミだ」
あまり凝ってもしょうがない。俺が思いつく中で、元魔王の印象にピッタリの名前を持ってくる。
どこがって? なんとなくお転婆な感じと活発な感じと可愛らしい感じが溢れてるだろ?
「……ナナミ……へへ」
はにかんで嬉しそうにしてくれるナナミに、俺は嬉しくなる。
名前ひとつで喜んでくれるなら、俺もお前に宣言した甲斐があったよ。
そして、俺はお前にもう一つ宣言しなきゃならんことがある。
「んでだ。お前が魔王で無くなった以上、……俺が次のセブンスとならなきゃならない」
「お前……そういえばその厳めしい鎧と仮面はなんだ」
今更気づいたのかよ。と苦笑いしたくなった。
俺が着込んでいたのは、倉庫に余っていた古臭い黒の下級防具だ。仮面だけは鍛冶屋に急いで拵えてもらった。幾らノンストップで魔王をしばいたとは言っても、幾らかの人間に人相がバレていてもおかしくはない。
それを防ぐために仮面をつけ、俺は魔王セブンスを象徴する黒……その色をした着なれた鎧を着込み、人間であったことを"やめる"。
俺はゆっくりと手に持っていた仮面を顔につけた。
「俺の名前は片峰数奇」
「スーキ……」
「でも、俺の人間性はお前にやっちまった。だから、この名前もお前に預ける」
捨てるとは腐っても言えない。俺の親が苦心してくれた名前だ。
人ではなくなっても、俺は俺でありたい。
「俺は今ここから、魔王セブンスとなる。
だから、お前だけでもその名前を覚えておいてくれ、ナナミ」
「……ああ。覚えておこう。元勇者、スーキ。現魔王、セブンス」
俺はその答えを得て、迷いなく頷いた。
カリン達にとって俺は『魔王様』であって、元勇者でも廃人ゲーマーでも、まして片峰数奇でもない。
だったら、その期待に応えようじゃないか。
どうせ戻れない人生。胸躍る世界征服という四文字に、今この時、全てを捧げてやろうじゃないか。
「さあ、優しい世界征服を始めようぜ。元魔王」
「ああ、お前を殺すまではついていくぜ。元勇者」
夕闇の狭間、小さく見え始めた城郭都市に向かって俺は宣言した。
***
夜闇が世界を包む中、眠ることなく動き続ける城郭都市を見下ろしながら、俺は息を吸った。
外周部の更に外。崖に作られたステージの上。
手を挙げて、何となくそれっぽそうなポーズを決めて俺は合図を鳴らした。
夜の闇に紛れて空を浮遊し続けていた都市が、まばゆい光に包まれた。
俺にはその光量をしのぐ、更なる光があてられる。うおっまぶしっ。
俺の隣に立つカリンとナナミは、あまりの眩しさに目を閉じて少し離れてしまった。
おい待て、恰好がつかないだろうが。離れるな。
ジーニアルは突然のことにざわめきを伝播させて、あわやなにが起きたものかと途端に騒がしくなっていた。
いつも暢気に浮かんでいるだけの浮遊島から、突然アクションを起こされて、半分パニックのような状態になっているのが目に浮かぶ。
そう、それでいい。小市民は俺のこの姿に恐れ戦くのだ……ッ!
ちょっと調子に乗ってしまったので、元の路線に戻るためにも一度深呼吸をする。
さあ、征服の始まりを告げよう。
「レディースエンッジェントルメンッ!
どうも、ごきげんようお前ら。調子はどうだッ!」